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マギハッカーの異世界ベンチャー起業術  作者: 入出もなど
Ch.03 - バンペイ先生の常識破壊レッスン!? ばらまけイノベーションの種!!
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「よしよし、みんな、なんとか第一関門は通過できたな」


 宙に浮かぶ無数のスクリーンを眺めながら、ついポツリとつぶやいた。

 一人でじっとしていると、時々無性に独り言をしゃべりたくなるな。シィにもコードを書いてる時にブツブツと独り言をつぶやいてると指摘されたし、もはや癖のようなものかもしれない。

 癖といえば、やはり生徒達にもそれぞれコードの癖のようなものがある。あのシールイには仕掛けがあって、近くで書いたコードを無条件で収拾するようになっているのだ。イベントフックって悪用すれば本当に色々できてしまいそうで少し怖いな。


 今回はコードの長さで分岐を作ったのだが、一番短いコードを書いてきたのはやはりパールだった。だが、問題が全く無いというわけではない。あくまで僕の基準ではあるが、短く書くことにこだわりすぎて、かえって読みづらくなっているのだ。


 地球の話だが『コードをいかに短く書くか』を競う競技が存在する。打数をいかに少なくできるかを競うゴルフに似ている事から、『コードゴルフ』と呼ばれている。世界中で大会が開催されており、日本にも競技者がたくさんいる。

 コードゴルフで書かれるコードというのは一文字でも短くする事を目指すため、本来なら読みやすさのために入れる句読点のような記号類すらゴルフスコアのために吹き飛ばされる。句読点の一切ない文章がどれほど読みづらいかは想像にかたくないだろう。

 熟練のコードゴルファーが書いたコードはもはや芸術の域というか、常人には理解できない様々な手法でコードを短縮していくため、もはや一行すらまともに読めない状態になるのだ。だが、たった数行のコードで複雑なゲームや美麗なグラフィックのデモなどを作ってみせる。


 パールの書いたものはそこまではいかないにしても、あまり読む人の事を考えていないコードだ。変態的で、トリッキーな記述がたくさん登場するのだ。僕の弟子に志願したからには、こういうコードを書かせ続けるわけにはいかない。この授業が終わったらビシバシ鍛えなくては。


 パールの他にもう一人、短いコードを提出してきたものがいる。生徒名簿によると彼の名はペチパ=ペアーズ。パールはペペ君って呼んでるみたいだし、僕もそれに習おうかな。

 確かペペ君は初めての特別授業で僕に絡んできた生徒だ。しかし、その不真面目そうな態度と振る舞いとは裏腹に、ペペ君のコードは非常に()()に書かれている。見た目は素直でおとなしそうなのに、アグレッシブ(攻撃的)なコードを書くパールとは対照的だ。

 どうやら彼は、僕のコードを参考にしているらしい。見覚えのある書き方なのですぐにわかった。もちろんコピペするような真似はせずに、きちんと意図を理解しているようだ。おかしいところはない。

 彼のような生徒がこれからも増えていけばいいと思うが、他の生徒の様子を見ているとなかなか難しそうだ。


 パールとペペ君がペアになって第二関門への道を進んでいるのに較べて、人数が多い中級コースはまさに混沌としている。


『外じゃない!? どうして!? コードが間違ってたのかな?』

『ちょっ! やめてよー! だとしたら私達、本当に閉じ込められちゃうじゃない!』

『み、みんな、ひとまず落ち着こう。ここからどうするか決めようよ』


 失礼な。僕のミスでは断じてない。画面の向こうの生徒達を傍観する。

 中級コースは、まとまりのない生徒達を何とかまとめようと序盤から孤軍奮闘しているガリ勉キャラのヴィル=ベーク君を中心として、なんだかやけに僕に馴れ馴れしくしてきた女子生徒など、第一関門での集団がそのまま移動してきたような様相だ。

 二十人ほどいるクラスの内、ほとんどの生徒がこの中級コースに集合している。コードの長さを基準にしたのは失敗だった。まさか皆が皆、似たようなコードを出してくるとは思わなかったのだ。恐らくヴィル君の書いたコードを真似しているのだろう。

 彼らの書いたコードは恐らくこの異世界では典型的なものなのだろう。やけに回りくどく、大げさな書き方を好んでいるようだ。それは必ずしも悪い事ではない。普段からそのように書いていれば、本当にそのレベルのコードが必要な大規模なシステムを作る事も可能かもしれないからだ。

 ただ残念なことに、彼らの大部分は自分の書いているコードをそもそも理解していないから、それ以前の問題だ。一から書いたヴィル君は別として、他人のコードを真似するだけでは成長は見込めない。


『とにかくみんな! どうやら奥に続いてるみたいだし、進んでみよう!』


 ヴィル君は再びみんなをなんとかまとめて歩き始めた。うん、プログラミングスキルはともかく、彼にはリーダーの適性があるな。グイグイとみんなを引っ張っていくのは素晴らしい。

 中級コードは彼に任せておけば大丈夫だろう。あとは仲間割れなどしなければ良いのだが。


 視線を横にずらす。


「まさか……初級コースが()()()()になるとは、誤算だった……」


 そこに映っているのは、小柄で気の弱そうな少年。オドオドビクビクとしながら、黒い壁に囲まれた廊下を一人で進んでいる。その様はまるで、一歩間違えれば強制終了してしまうようなエディタで一文字ずつ文字を打ち込んでいるようだ。

 彼の名はスクイー。提出されたコードは他の生徒達よりも倍近い長さの力作だった。しかし残念ながら不具合があったりそもそも動かなかったりと、問題が多いコードでもある。シールイへの送信を何回かチャレンジしていたのだが、最後の最後まで上手くいかずに一人取り残されていた。

 最終的にはシールイの方が『ええと、その、そういう事もあります。ええ。がんばってください』と慰め始めた時点で、管理者権限で特別に初級コースへと転送した。さすがにかわいそうで見ていられなかったのだ。送り先に誰もいない事は、送ってから数秒後に気づいた。


 スクイー君はクラスの中で成績がドンケツ。前回の特別授業で見た限りでは本人の授業態度は至極まともで、むしろ熱心と言ってもいいぐらいなのに、それが成績に結びつかないのだ。

 提出されたコードも問題が多いとはいえ、基本に忠実であろうとするのが伺えるコードになっている。また、僕が話した事もしっかりと聞いているのか、短くしようと努力しているのはわかる。だが、残念ながらその試みは上手くいっていなかった。単に読みづらくなっただけのように見える。


 全体的に()()が悪い。それが僕のスクイー君に対して抱いた印象だった。


『うぅ……みんなどこいっちゃったんだろう……』


 スクイー君は心細いのか、とぼとぼと歩きながらしきりに独り言をつぶやいている。歩くといってもおっかなびっくりなので、このままだと第二関門も厳しいかもしれない。


「なにか良い案はないか…………」


 臆病な彼には、彼をグイグイと引っ張っていく存在が不可欠だ。だが、グイグイと導いてくれそうなヴィル君は別のコースだし……。と、そこで閃いた。


「あ、そうだ」


 おもむろに愛用のマギデバイスを取り出すと電話マギサービスのアドレス帳を開き、とある相手に電話をかける。かなりの冒険だが、まぁ……大丈夫だろう。呼び出し音が管理室の中に鳴り響く。


「あ、もしもし?」

『む、どうしたバンペイ? 今は学校で授業の最中ではないのか?』


 電話に出たのは僕にとってはおなじみの顔、我が上司であり、我が社の社長でもあるボスだ。本名はルビィ=レイルズだったはずだが、もはやボスと呼ぶのが当たり前すぎて忘れかけている。


「それがですね、その授業でちょっと困った状況になっていまして」

『ほう。バンペイが私に助けを求めるなんて珍しいじゃないか。なんだなんだ? 何でも言ってみたまえ』


 なぜか少し嬉しそうにするボス。どうやら頼られるのが嬉しいみたいだ。いつでも頼りにしてるのにな。

 それから僕はボスに今の困った状況について説明した。具体的には初級コースに一人で挑もうとしている生徒がいて不安だということだ。かといって、他のコースもあるので僕がフォローに回るわけにはいかない。彼を無理矢理にでも導いてくれる人に来てほしいという事。


「そ、それじゃあ、私にもその、マギゲーム? をやれ、という事か?」

「ええ、そうして頂けると助かるのですが……」


 頬を引きつらせてピクピクとさせるボス。どうやらマギランゲージが苦手なのは相変わらずのようだ。初級コースだしちょうどいいから、ボスにも苦手を克服してもらうチャンスだな。うん。


「く……わ、わかった。何でも言えと言ったのは私だしな……」


 ガクリと肩を落とすボス。言質は取ったから、早速呼び出すことにしよう。


「じゃ、今から転送しますね。直接彼の元に送るので、あとは頼みますね」

「な、なに!? 今すぐにか!?」

「はい今すぐです。じゃあ、よろしくお願いしまーす」

「ちょっ、ま、まてっ、バン――」


 スクリーンを開くと転移マギの座標設定をさっくり書き換えて、ボスを直接スクイー君の元へと出現させるようにする。呪文を唱えるとマギデバイスの先端が輝き、マギが発動した事がわかった。

 彼にとってはさぞかし衝撃的な出会いになるだろう。楽しみである。


『わっ! な、なに……? マギの光……?』


 画面の向こうではスクイー君が目の前に突然現れた発光体に驚いて足を止める。発光体は徐々に光を収斂して輪郭を露わにし、中から現れたのは僕の知っているボスである。……いや、ボスのはずだが……。


『……君がスクイー君か?』

『え、は、はい。そう、ですけど、あなたはどなたですか?』

『私か? ……私は……そうだな……遠い国からやってきた、()()()というものだ』


 スクイー君の前に出現したボスは、なぜか()()をつけていて、ビールという偽名を名乗った。顔や名前を知られると何か不味い事でもあるのだろうか? 仮面は木製だが細かい飾りが入っている地味に高そうなものだ。鼻から上をオペラ座の怪人のように覆い隠している。


『わけあって、私が君を先導する事になった。私がいるからには安心して進むがいい!』

『はぁ……そうなんですか? ありがとうございます』


 ボスの謎の自信を受け流すスクイー君はなかなかの腕だ。僕も負けてはいられないな。


『さぁ、先へ向かおうではないか! はっはっはっは!』

『は、はい。よろしくお願いします』


 ペコリとお辞儀するスクイー君に対して、謎の高笑いをするボス。なんだろう、ボスは何か勘違いしているのではないか? 確かにグイグイ引っ張って欲しいとは思ったけど、変なキャラ付けは必要なかった。ルビィ改めビールとなったボスは、慌てて追いかけるスクイー君には構わずにどんどん先へ進んでいく。


『む? この扉はなんだ?』

『なにか数字が書いてありますね……うーん、どういう意味だろう……』

『ふん、このような扉など、こうしてやればよい!』


 そして懐からマギデバイスを取り出したボスは、そのマギデバイスをそのまま扉に――


「ってちょっと待ったあ!!」


 慌ててマイクのマギをオンにしてボスを止める。僕の大声がいきなり聞こえて驚いたのか、ボスはマギの行使をギリギリでやめたようだった。


「ボ……ビールさん! マギサービスは使ってはいけないと言ったでしょう!」

『なんだ、見てたのかバンペイ。ちょっとぐらい良いじゃないか』

「ダメに決まってるでしょう! なんのためのマギゲームだと思ってるんですか!」

『ちぇっ』


 ちぇっ、じゃないですよ。どうしてボスはいつもこう猪突猛進なんだろう。僕が見ていなかったら、せっかく作った問題の扉が無残に破壊されるところだった。

 他のコースの生徒達を見るためにボスを呼んだのに、これではむしろボスから目を離せなくなってしまう。ボスを呼んだのは失敗だったのかもしれない。


 マギサービスで破壊するのはあきらめてくれた様子のボスは、スクイー君と二人で扉を見て数字の謎を解こうとしている。これなら当分は目を離しても大丈夫だろうか。


『わからん! やっぱり壊してやるぅ!』

『あわわ、ま、まずいですよ、ビールさん……』


 なんだろう。目から雫が……。

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