043 - hacker = new Teacher();
ハッカー達はいつだって勉強熱心だ。
会社の退社時間が来て、やっと仕事から解放されたと皆が喜びながら帰宅していく中、どこかの会議室の一室には煌々と明かりがつき段々と人が集まり始めていく。
そして、司会者がこう口火を切って催しが始まるのだ。
「えー、それでは、勉強会を始めます」
始まるのは勉強会や発表会といった有益な情報を共有する場。時には会社の枠を飛び越えた規模で、時にはもっと大規模に世界中のハッカー達が集まるカンファレンスが開かれる事もある。
このような催しはハッカー達の間で毎日と言ってもいいほど頻繁に開かれている。出席者を管理するためのサイトや予定を管理するためのカレンダーサービスがいくつもあるほどだ。
ハッカー達はどうしてそこまで集まりたがるのか。もちろん勉強熱心だというのも理由の一つだが、やはり「情報発信」「情報共有」が文化の一つとして根付いているからだろう。ブログや書籍など様々な形で自分の発見や研究をすぐに共有するのが当たり前となっている。
なぜ共有するのか。それは、孤高のハッカー達には意外なことに「コミュニティ」を重視しているからだ。自分の属するコミュニティに貢献する事が、周り回って自分のためになる事を知っている。まさに「情けは人のためならず」を体現しているのだ。
勉強会や発表会にはたいていテーマが決まっていて、そのテーマに沿った発見や新技術の紹介などのプレゼンが次々と行われていく。その内容が聴衆にとってすぐに役に立つものかどうかは実はそこまで関係がない。重視されるのは発表者の「熱量」だ。
他の人にとってはそこまで興味のない内容でも、そこに発表者の「これを知ってほしい」「俺はこう思うんだ」という熱い想いが込められていれば素晴らしいプレゼンとなる。そういうプレゼンは会場が一体となって笑ったり、驚いたり、気持ちを一つにさせる力がある。
そういった小さな「波紋」が少しずつ重なりあい、お互いを刺激しあい、やがて「大きな波」を起こす原動力となるのだ。
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「え、僕をですか?」
先日の冤罪事件から二週間ほど経っていた。いつもならスクリーンに向かって黙々とコーディングしている時間帯なのだが、今日はいつもと違っていた。来客の約束があったのだ。
我が社の社長であるルビィ=レイルズこと『ボス』は僕に対する来客を極力カットする方針だ。その多くが「マギハッカーの再来」として名が売れてしまった僕への単なる顔つなぎにすぎなかったり、他のマギサービス企業への引き抜き目的だったりするからだ。
だが今日の相手はいつもと少し毛色が違っている。だからこそ、ボスも僕への対面を許したのだろう。
「ええ、マギハッカーの再来として名高いバンペイさんに是非お願いしたいと考えています」
「で、ですが僕には全く経験なんてないですよ……教師なんて」
そう、何を思ったかこの相手は僕に『教師』を頼んできたのだ。
彼の名はザッキー=シミンスキー。マギの技術者であるマギエンジニアの養成学校である『マギアカデミー』を経営している学校長だ。同じ王都にあるとはいえ、わざわざ我が社のオフィスまで校長直々にやってくるのはかなりの特別対応だと思われる。
「なにも一から十まで教えてほしいというわけではありません。マギハッカーのバンペイさんの授業ともなれば、生徒たちにとって大きな刺激となるでしょう。お恥ずかしい話なのですが、最近の生徒たちはどうもやる気や熱意というものが少なくてですね……」
「は、はぁ……」
僕なんかが話したところで本当に刺激になるのだろうか。だいぶ改善してきたとはいえ、まだまだ人前で何か話すのは苦手だ。生徒達を相手に授業をするなんてできそうにない。
断りの言葉を口にしようとした時に、ボスが横から口を挟んできた。
「いいじゃないか、バンペイ。将来のマギエンジニアを育てるのも立派な仕事だぞ」
相変わらず真っ赤なショートカットの髪が陽光を反射して魅力的だと思う。父親のデイビッド氏が来た後は恥ずかしがって目も合わせてくれなかったが、なんらかの気持ちの整理をつけたのか再びいつも通り接するようになっていた。
「ボス……どうせこれをきっかけに、我が社の社員を増やそうと目論んでいるんでしょう?」
「ふふふ、よくわかっているじゃないか。なにせ我が社が人手不足なのは、ここ連日の忙しさで身にしみて理解したからな。社長としては社の利益を考えてだな……」
「はいはい、社長の命令なら仕方ないですね」
まったく社長らしくない社長であるボスは、この二週間、交渉に折衝にと外を駈けずり回っていた。
冤罪事件をきっかけとしてマギシグネチャ、要するに魔法の署名に欠陥がある事がわかり、マギシグネチャに依存していた王国全土を揺るがす大事件へと発展したのだ。この欠陥の修正は僕が対応策を提案して早々に修正されていた。
しかし、その欠陥の発覚と対応に僕が関わっている事が王様によって大々的に知らされてしまい、僕の名前である「バンペイ=シライシ」は「マギハッカーの再来」として大いに売れる結果となってしまった。魔法のシステムであるマギシステムを生み出したマギハッカーと同一視されるなど、光栄の至りという以上に重圧が大きすぎて胃が痛くなる。
そして、そんな僕が所属する会社という事で、我が社の事も大々的に知られるようになったのだ。提供している電話マギサービスが異世界にとって革新的すぎた事も相まって、評判はうなぎ登りのようだ。
ボスはそんな会社の成長の影響をもろに受ける事になった。次々と取引や専用マギサービス開発などの依頼を持ちかけられて対応にてんてこ舞いだ。二週間前はのんきに新しいマギサービスの事を考えていたのだが、それどころではなくなってしまった。人手が欲しいというのは確かに納得できる。
「本当ですか! 助かります! ありがとうございます!」
「あ、あの……どのぐらいの人数を相手にするのでしょうか?」
「そうですね、成績上位者が集まるクラスに対してお願いしたいので、二十人ほどでしょうか」
「二十人ですか……」
多くも少なくもない微妙な数字だ。しかし僕にとっては数千人の聴衆に囲まれているのに等しい。先日の円卓議会での一席では犯人への怒りでプレッシャーを忘れていたのだが、今回はそうはいかない。
「おにーちゃん、先生になるの? すごいね!」
「がう」
ソファのすみで静かに話を聞いていたシィと、そのそばで伏せていたバレットが更なるプレッシャーを掛けてくる。シィのような純真な幼女の無邪気な期待ほど重いものはない。自身の長い金髪と同じように瞳をピカピカと輝かせている。
本来は黒死狼と呼ばれる凶暴な魔物であるはずのバレットは、僕のマギによって柴犬サイズになっているが、まるで中身まで忠犬になってしまったように振る舞っている。主人である僕が活躍する度に、なぜか誇らしげになるのだ。
こうして僕は様々な人達からの期待を一身に背負い、『特別教師』として週に何度か特別授業を受け持つ事になってしまった。
そもそもどうして僕がこのような教師の依頼を受ける羽目になったのか、それは数日前までさかのぼる。
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「バンペイさん! できました! 約束の電話自動応答サービスです!」
そんな元気な声を出して僕達のオフィスへと飛び込んできたのは、パール=モンガー。マギエンジニアを志すうら若き学生の少女である。いつも通りきっちりと整えた就活生のようなライトブラウンの髪を揺らし、黒縁の大きなメガネには、彼女の丸い瞳が爛々と輝いている様子が大きく映しだされている。
先日、電話マギサービスに謎のアクセスがあり、元をたどってみると彼女へと行き着いたのだ。そこで彼女と連絡をとり会社へ招待したところ、なぜか彼女は僕に憧れを抱いており弟子入りを志願してきたのだった。ボスもそれに乗っかって彼女をインターンとして雇い入れてしまった。
しかしそう簡単に弟子になれると思われては困る。そこで、弟子入りの条件として「プロトコルに従って、電話マギサービスの『自動応答サービス』をなんでもいいから一つ作り上げること」というものを出した。
自動応答サービスとは要するに地球における電話の時報や天気予報のような、着電に無人で応答して何らかのサービスを提供するものだ。
「え、もうできたの? まだ十日ぐらいしか経ってないけど……」
「はいっ! バンペイさんの『高級言語』のおかげです!」
どうやら彼女は僕が作った高級言語を見事に使いこなしてみせたらしい。そのままでは難解な魔法の言語である『マギランゲージ』を扱いやすくするために創りだしたのが高級言語だ。彼女はマギエンジニア志望とはいえマギランゲージもまだまだ十分に扱えるというわけではないはずだが、どうやら高級言語は性に合っていたのかもしれない。
「すごいんですね、高級言語って! いっつもマギランゲージでどう書けばいいのか悩んでいる事も、簡単に書けちゃうんですから! おかげさまでどんどん開発が進んで、あっという間にできちゃいました! こんな言語を創りだしちゃうバンペイさんは本当にすごいです!」
「ははは、それは良かった。書いている時に何か困った事とか、不具合とかはなかったかな?」
彼女への条件は、僕が作った高級言語のテストも兼ねていた。異世界から来た僕と違って、この世界のマギランゲージしか知らない彼女の視点は大いに参考にしたい。
「えーと、ほとんど大丈夫だったんですけど、『クラス』っていうのが良くわからなくって。えーと、オブジェクトを作る『もと』みたいな理解でいいんでしょうか?」
「うん。そういう理解で問題ないよ。マギランゲージだとオブジェクトを新しく作るには、すでにあるオブジェクトからコピーして作るのが当たり前だけど、それだけだとコピーされて加工されていく内にどんな状態になってるのかわかりづらくなるからね。画一的にオブジェクトを作りだせる『型』みたいなものが欲しくなるんだ」
「なるほど! クッキーを作る時の『型』みたいなものですね! そのクラスがあるとどういう時に便利なんですか?」
「そうだね、例えば『カプセル化』という考え方がある。オブジェクトを一種のブラックボックスとして扱えるようにするんだ。マギデバイスと同じだね。中身の事を知らなくても、外側の機能さえ知っていれば使いこなせる。中身の事を外から隠す事をカプセル化と呼ぶんだけど、クラスがあるとこういう外と中の区別がはっきりできるようになるんだ」
「ふむふむ、クラスで決められてる操作以外はできないようにする、ってことですね! なんだか通信にも使えそうな考え方です!」
やはり彼女の理解は早い。カプセル化の話から通信のセキュリティにたどりつくのは、通信方面に興味が強い彼女ならではと言うべきだろう。彼女なら恐らく地球に行ってもプログラマとして立派にやっていけるに違いない。
僕の説明を聞いてうなずいていた彼女は、しかし表情を曇らせて溜息をつく。
「やっぱりバンペイさんの説明はわかりやすいです……。学校の先生の話は回りくどいし、ややこしいし、理由も何も説明せずに『こうしろ』としか言わないから、とってもわかりづらいんです」
「そうなの? でも、みんな授業にはついていけてるんだよね?」
「うーん、結局テストに出る範囲だけ自習するって感じですね。普段の授業は真剣に聞いてる人はあんまり多くないです。テストさえ点数が取れれば卒業して職につけますからね」
「それは残念だね……」
マギサービス企業によるマギエンジニアの囲い込みの影響はこんなところにも出ている。テストで高得点のものを早い者勝ちと言わんばかりに高給で雇い入れていくので、生徒たちもテストで点数さえ取れれば将来安泰と考えてしまうのだ。
テストの問題次第ではあるが、テストで高得点が取れるからといってマギランゲージが使いこなせるというわけではないだろう。基礎知識というのは確かに大事だが、それだけでものづくりはできない。大切なのは知識の応用や、知らない事を調べる時の理解力だ。
聞いた限りでは教師たちの授業にも問題が多い。上から押し付けるだけでは生徒たちだって意欲は湧かないだろう。それでも、パールのようなやる気のある生徒は勝手に成長していくかもしれないが、それは教師の手柄とはいえない。全体を押し上げて平均を上げる事こそ教師の仕事だと思う。
「そうだ! バンペイさんが先生をしてくれればいいんですよ!」
「えっ、どういう事?」
「私、校長にかけあってみますね!!」
そう言うやいなやパールは来た時と同じようにオフィスを飛び出していった。僕は止める間もなく唖然としたままその姿を見送るだけだった。慌てん坊はボスだけで十分だ。
こうして、パールは見事に校長を説得してみせたらしい。
結局パールから自動応答サービスの内容が聞けたのは後日の事だった。




