039 - hacker.make(presentation);
ボスに同行しているというオスカーが犯人である可能性に気がついてから、いてもたってもいられずにオフィスを飛び出した。
せっかく電話という物を作ったにも関わらず、その時には思いつきさえしなかった。どれだけ動転していたのかわからない。とにかく、ボスが話していた宿屋へとマギデバイスだけを片手に急行する。
「ボス! 大丈夫ですか!!」
受付で渋る男性から脅し気味に無理矢理ボスの居場所を聞き出すと、6番の番号が書かれた部屋へと飛び込む。そこには、信じがたい光景が広がっていた。
ボスが誰かに抱きついている。いや、よく見れば非常に見覚えのある人物だ。あの自信なさげで、いかにも女性にモテなさそうな顔。今朝も顔を洗った時に見た覚えがある。
「な、な、な、バンペイが……二人!?」
ボスが僕の気持ちを代弁してくれる。そう、ボスに抱きつかれているのは僕だった。非常にうらやましい。同じ僕ならどうか代わってほしいと、馬鹿な考えが一瞬頭に浮かんで消えていった。
「あのー、すみません。私はミミックのディットーなんですが」
僕の顔をした彼は、僕の声で自分の正体を暴露する。そう、彼はシィの『おじちゃん』こと、ミミックの男性だったのだ。彼の名前はディットー。その正体に納得するとともに、その彼が僕の格好をしてボスに抱きつかれている状況が理解できない。
「あ、あ、あああ……きゃあああああ!!」
ボスがミミックだと名乗ったバンペイを突き飛ばす。そして、ボスには珍しく女性らしい悲鳴を上げた。真っ赤にした顔を手で覆い隠しているが、耳まで赤くなっているので丸わかりだ。
「あわわ、す、すみません! 何度か言おうとしたのですが……」
僕の顔をしたディットーさんは冷や汗をタラタラと流している。その顔でやられるとなんだか僕まで緊張してくるのでやめてほしい。
「うー! うー! 私はもうだめだぁ!!」
ボスは赤ん坊のようにうめきながら、うわ言を繰り返している。どうやら、ミミックのディットーさんに対して非常に恥ずかしい行いをしてしまったらしい。抱きついていた場面を見ればだいたい想像がつくが、惜しいことをしてしまったと感じる。
のたうち回っているボスを放置して、ディットーさんに話を聞くことにした。
「ディットーさんはどうしてここに?」
「ええ、それが……たまたまルビィさんが男性とこの宿に入っていくのを見かけまして……この宿は、あまりよろしくない連れ込み宿として裏の世界では有名なので、もしやと思って隠れながらつけてみたのです」
「そ、それはまた……」
そんな宿に無防備に男と二人きりで入っていくボスを見れば、誰でも心配になるだろう。裏の世界で働いていたディットーさんがたまたま見ていてくれて助かった。あと少し遅かったらどうなっていたかわからない。
「こう見えても荒事には慣れているつもりですからね。とはいえ、いかんせん相手の人数が多かった。ここはあなたの姿をお借りするのが手っ取り早いと考えまして、急いで変装して飛び込んでみたのですが……申し訳ありません、逃げられてしまいました」
「いえ、ボスを助けて頂いただけで十分ですよ。どうせボスを人質に取られてしまったんでしょう?」
「はぁ、その通りなんですが……よくわかりましたね」
「ボスならきっと暴走してピンチに陥ると確信していましたからね……」
遠い目をした僕に、ディットーさんはポンと肩を叩く。
「あなたも苦労されているようですね……それで、その彼女は放っておいてよろしいのですか?」
「え、ええ……ボス! いい加減に戻ってきてください!」
「あ、ああ、バンペイ……な、何も聞いてない、よな?」
「何をですか?」
「い、いや! なんでもない! なんでもないからな! いいな!」
「はぁ。もうわかりましたから、これからどうするか話し合いましょうよ。結局、オスカーさんが真犯人だったんですか?」
なぜか慌てて僕に確認してくるボスをさばきながら、こちらは真実を確認する。
「あ、ああ。そうだ。そうなのだ! あのオスカーが実は汚職していた議員だったのだ! そして父はオスカーが汚職しているという証拠を目撃してしまった! だからオスカーは父に汚職の事実をかぶせた! 父はオスカーの事を今でも信じているに違いないのに……許せない! あの男め!」
徐々にヒートアップしていくボスが語る真実に、なるほどと頷く。やはり、ボスのお父さん、デイビッド氏の冤罪には議員が関わっていたか。それがオスカー氏であるという確信はなかったが、デイビッド氏に近いという事で非常に怪しい立場ではあった。
そして同時に、ボス自身ではなくボスの父親であるデイビッド氏を狙った理由も判明した。デイビッド氏が真犯人のオスカーの汚職に気がついたから、その口封じとして逆に汚職の罪をかぶせたのだ。
犯罪を犯したと目されている人間が、「やったのは俺じゃない、あいつだ」といくら主張したところで真実味がない。しかもデイビッド氏はオスカーの事を信じているというじゃないか。信頼に唾吐くようなオスカーの行為に強い憤りを感じた。
「マギシグネチャの件は何か話していませんでしたか?」
「いや……それが、奴は答えをはぐらかして答えようとしなかった。くそっ、あのマギシグネチャさえなんとかなれば、父の無罪を証明できるかもしれないのに!」
歯を食いしばり悔しそうにするボスに、僕は嵐を巻き起こす一言を解き放つ。
「ああ、マギシグネチャの検証を偽装した手法なら、わかりましたよ」
それを聞いたボスは、自分が何を聞いたのか理解できない様子でポカンと口を開ける。
「バ、バンペイ……すまない、今なんと言ったんだ?」
「だから、マギシグネチャの――」
「いや! いや、言っている事はわかるが、マギシグネチャの検証を、偽装?」
「ええ。それも非常に簡単ですね。今まで誰も気がついていなかったのが不思議なくらいです。これは単純な脆弱性、わかりやすいセキュリティーホールですよ」
「セキュ……? し、しかし、それが本当だとしたら大問題になるぞ。なにせ、マギシグネチャといえば我が王国ではあらゆる証明に利用されている。王の権威を傷つける結果につながりかねん……」
「しかし、問題を放置しておくほうが問題です。僕はエンジニアとして、エンジニアの倫理を否定する事はできない。例えどんな権力や権威に押さえつけられても、技術を前に嘘をつけないのです」
しれっと言い放つ僕に、ボスは呆れた表情を見せる。どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。この異世界に来て慣れきった会話のテンポが心地いい。
「ええと……私は聞いてしまってよかったんでしょうか?」
先ほどからボスとの間で繰り広げていた会話をしっかりと耳にしていたディットーさんは、マギシグネチャが偽装できるという衝撃の事実にすっかり萎縮してしまっているようだ。
「そうですね、どうせならディットーさんにも協力して頂くのはどうでしょうか?」
「えっ、いやしかし、私は知っての通り、ただのしがないミミックですが……」
「変装の名人としてちょっと働いてもらうだけですから大丈夫ですよ。あのオスカーに一泡吹かせてみせませんか? それに、贈賄容疑を掛けられているマギ・エクスプレス社の前社長を助けるという意味もありますし」
ミミックのディットーさんは現在、マギ・エクスプレス社の前社長が身元保証人となっている。前社長の息子の逮捕による失脚によって、そのコネで入社していたディットーさんは一気に職場での立場が悪くなった。前社長は自分の息子が犯した悪事の責任を取るといって、そんなディットーさんに新たな職の世話もしているのだ。
ディットーさんはそんな前社長に感謝しきりであった。
「社長の……そ、そうですか。それならば是非はありませんね。微力ながら、私にも協力させてください」
やる気を見せるディットーさんに頷き返す。残る問題は一つだけだ。僕は先ほどから考え込んでいるボスの方に振り向く。
「ボス……ボスの自分でやりたいという気持ちはわかりますが……」
「いや、その先は言わなくてもいい。私にだってこれ以上の追求は一人だけでは厳しい事も理解している。それにな……私は気がついたのだ」
何に気がついたというのだろう。首を傾げる僕に、ボスは悪戯めいた笑みを見せる。
「社長の仕事とは、自分で動き回る事ではない。部下を上手く使う事なのだ。なんでもかんでも自分でやっていたら、会社を作った意味がない。うまくできる部下がいるなら、その部下に任せれば良い、とな」
そのボスらしい結論に、僕は微笑み返す。
「はいはい。ボスは偉そうに椅子でふんぞり返っていてくださいね。動きまわるのは部下にお任せください」
「ふっ! ゆけバンペイ! 会社のため、私のために、父の無実の罪を晴らすのだ!」
公私混同も甚だしいセリフだが、それでこそボスだった。
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ざわつく観衆が中央に立つ男に注目を集めている。
「円卓議会議員の皆様、本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます」
ペコリと観衆にお辞儀する男。何を隠そう僕の事だ。
以前ならこんな数の聴衆を相手にプレゼンなど、手の震え、口の震えが止まらなくなり、まともにしゃべる事すら難しかった。この異世界に来て成長できたと感じる瞬間である。
「今日は皆様に一つ、私が発見した『問題』をお見せしたいと思います。この問題は下手に取り扱うと、王国に大きな災いを招く恐れがあります。皆様には、その点を重々ご承知いただきたいと思います」
僕の言葉に騒がしかった議会が静まっていく。単なる好奇心と興味だけだった議員達の目に、やや真剣味が宿る。どうやらこの議会の議員達は、熱心に王国の事を考えている人が多いらしい。素晴らしい事だと思う。
「皆様、先日この議会で大変な捕物があった事は記憶に新しいかと思います。そう、デイビッド=レイルズ氏が収賄の容疑で逮捕されたというものです」
ざわり、と議会が揺れる。人格者で有名だったデイビッド氏が汚職容疑で逮捕された事に納得していない議員も数多いと聞く。口をへの字に曲げた議員がチラホラといる。
「その際に証拠となったのが、マギシグネチャが入れられた書類です。本日は警察隊に協力をあおぎ、あの書類を再びここに持ち込んでいます」
傍らに控えていた警察隊の一人に頷くと、彼はゆっくりと前に出てきて厳重に封がされていた箱から一枚の書類を取り出す。その後ろでは警察隊の隊長がじっと一挙手一投足を見守っている。
警察隊の協力を得るまでには一悶着あったが、先日のマギ・エクスプレス社での一件で顔つなぎができていたのが幸いした。秘密の場を設けて隊長の男性にマギシグネチャの偽装を実演してみせると、一気に顔面を蒼白にして口をパクパクと動かしていた。
そしてデイビッド氏の逮捕が誤認逮捕である可能性を指摘すると、渋々ながらもそれを認めた。僕が真犯人の可能性が高いオスカーの事を教え、彼をはめる為のプレゼンに協力して欲しいとお願いすると、意外とそういうのが好きなのか、乗り気になって協力を約束してくれたのだ。
「そして、この証拠の書類が有罪を証明した人物、デイビッド=レイルズ氏もこの場にお呼びしています。神聖な議会に汚職の嫌疑がかかった人物を招き入れる事に抵抗を覚える方もいらっしゃるかと存じますが、寛大な心でお許しください」
再び揺れる議会。今度は先ほどよりも大きい。なにせ本人の登場である。先日の一件を再現したような状況に、困惑している議員が多い。
警察隊員に連れられてやってきた彼は、若干やつれていたものの、しっかりとした足取りで歩いてくる。お互いの目線があうと軽く会釈してきたので、僕も会釈を返す。
ボスの言う通り、真面目で誠実そうな、議員の鑑というべき人物のように見える。その澄んだ瞳で見つめられると、何もしていないのに白状してしまいそうだ。
「さて、ここに先日の状況が再び整いました。かくなる上は、今一度かの人物にマギデバイスを取り出して頂き、最後まで再現して頂きたいと考えています」
「王の権威を疑うのか!?」
どこかから罵声ともとれる声が聞こえてくる。そう、最後まで再現するという事は、マギシグネチャの検証をこの場で再び行なうという事だ。マギシグネチャの正当性に疑問を持つという事につながり、すなわち、王の権威への疑いにつながる。
僕は荒れ始めた議会を鎮めるように、ゆっくりと首を振る。
「いいえ、私は国王陛下への疑いなど、わずかも持ってはおりません。ですが、本日私がお見せしたい『問題』とはこのマギシグネチャに関わるものなのです。王への不敬を承知でお許し頂きたい!」
僕の不敬を認める大胆な発言に、議会が大きく揺れる。
しばらくしても騒ぎが収まらず収拾がつかなくなりはじめた時に、その音は議会に鳴り響いた。
甲高いラッパの音。そして、重く響く扉が開かれていく音。
先導しているのは、先日僕達へのオフィスへ召喚状を届けにきたマスター・センセイことジャイル=ムライさん。この議会を招集するのにも大いに手伝ってもらった。そして、その後ろには。
「神聖にて不可侵なる国王陛下のご入場であーる!! 皆の者、控えよ!!」
「国王……陛下……」
どうやらこのプレゼンは、人生初の『王様』に向けたものになりそうだった。




