034 - hacker.try(-> { hacker.undo() });
電話のマギシステムに謎のアクセスをしてきたのはパール・モンガーという人物だと判明した。僕とボスは顔を見合わせて、どのように対処すべきか話し合う。
謎のアクセスなんて実害がないから放っておけばいいのではないか、という意見もボスから出たのだが、もし僕が作ったマギの不具合による通信だったりしたらまずいし、そうでなくてもシステムに通信を試みて何をしようとしていたのか非常に気になる。最終的には僕の言い分が通り、コンタクトを取ってみる事に決まった。
といっても、肝心の相手の場所がわかっているわけではない。マギサービスで登録される個人情報には、『住所』が含まれていないのだ。
住所がわからないと利用料の請求に困りそうだが、そんな事はない。支払いが遅れたり未払いになった時点で、ペナルティとして規定の年数の間マギサービスが一切利用できなくなってしまうからだ。
この異世界でマギサービスなしに暮らすのは非常に大変である。なにせ水ひとつとっても設備が満足に揃っていないのだ。どれもこれもマギデバイスで出す事を前提としていて、異世界に来たばかりだった僕は大いに戸惑ったものだ。
ペナルティはマギフィンガープリントで識別されるだろうから、例え変装したりマギデバイスを変えたりしても無駄だ。これがあるから利用料の滞納というケースはかなり少ないらしい。
そういったわけで相手の住所はわからないのだが、僕達には相手の居場所を知らなくてもコンタクトを取る方法がある。『電話』という強い味方だ。相手の電話番号も判明しているわけで、掛けようと思えばすぐにでも掛けられる。
「し、しかし、いきなり電話して大丈夫でしょうか?」
「おいおい、バンペイが言い出した事じゃないか」
「実は電話が苦手なんですよね……」
「自分でマギサービスまで作っておいて、苦手ってどういう事なんだ? いいから、さっさと掛けてしまえ」
ボスが呆れた顔で僕をうながす。そう言われても、見ず知らずの相手に電話を掛けるのは結構ハードルが高いのだ。普通の人でも少し緊張するのに、コミュ障とあがり症を併発している僕にはかなりの緊張を強いられる。
それでも、異世界に来てボスに出会ってから僕のコミュ障とあがり症はだいぶ改善の兆しを見せている、と思う。出会う相手出会う相手すべてが初対面だし、自分で喋らないとならない場面が多々あった。感情を揺さぶられて発言する事もしばしばだし、ボスやシィから頼られると緊張するなんて言ってられなかった。
電話を掛けるためのスクリーンを呼び出して、腹をくくり相手『パール・モンガー』氏の電話番号をダイヤルする。僕が構築したマギシステムが動きだし、呼び出し音が鳴り響く。自分のシステムが動くのを見るのは、いつだって楽しい。
「は、はい! パ、パパパ、パールですけど!!」
数回の呼び出し音ののち、相手の顔がスクリーンに映しだされた。そこに映っていたのは、恐らく地球でいう高校生ぐらいの若い女性。電話を受けるのに慣れていないのだろう。僕が掛けたのはパールさんのはずで、パパパパパールさんではないはずだ。
まず目を引くのは黒縁の大きなメガネ。レンズの奥には大きくて丸い眼が見開かれている。ガラスの加工技術はそこまで発達していないため、この世界のメガネは単純な拡大鏡レベルに留まるが、眼を拡大して見せるには十分な働きだ。
そしてライトブラウンの髪をきっちりとまとめて、前髪はきれいに左右にわけられている。まるで地球の就活生のような髪型だ。見るからに真面目そうな雰囲気と、それでいて明るいイメージが同居している。
「突然のお電話で申し訳ございません。パール・モンガーさんでしょうか?」
「え、は、はい! そうです!」
「私はこちらの電話マギサービスの提供元にて、開発者をしております白石番兵と申します。実は二、三お尋ねしたいことが――」
「ええっ!? あのバンペイさん!? 本物ですかっ!?」
「え、ええ……本物、ですけど……」
僕が名乗った途端、今まで緊張していた様子だったのが激変して急にテンションが振り切れたように身を乗り出してくるパール。どうやら僕の事を知っているようだが、それだけでここまで大きな反応を見せるとは考えづらい。
「あ、あのっ! わ、わたし、バンペイさんのファンなんです!」
「ええっ!?」
今度はこちらが驚かされる番だった。ファン? 扇風機か何かだろうか。僕にファンがいるなんてありえないし意味がわからない。
「バンペイさんの作った電話マギサービスがすごくって……!!」
「それは、ありがとう、ございます?」
「あ、あの、この電話ってマギデバイスの通信機能を利用しているんですよね?」
「ええ、そうですけど……」
「実は私も通信機能を使って何か作れないか考えてるんですが、マギランゲージからアクセスするのに命令を送ってから結果を受け取るまでにラグがあって上手くいかなくって、どうすればいいんでしょうか?」
「ああ、それは結果を非同期に受け取らなくちゃいけないから、いったん命令した事をキューに溜めておいてポーリングしつつ返ってきた結果と付きあわせて――」
彼女は突如としてマギランゲージで通信システムを作るのに具体的な質問をしはじめた。専門的な質問に気をひかれた僕も思わず答えてしまい、電話越しで活発なやりとりがなされる。
「ええっ! じゃあ通信するのに決まりがあるんですかっ!?」
「別に法律で決まってるわけじゃないし、他の会社ともまだまだバラバラだけどね。これから決まり、つまりプロトコルを広めていきたいと思ってるんだ」
「すごいですっ! そんな発想はありませんでした! そのプロトコルに従ってマギシステムを作れば、他の同じプロコトルに従うマギシステムと連携できそうです!」
「そうそう、まさしくそのために――」
久しぶりの技術的な話題に楽しくなってきてしまって、ついつい時間を忘れて話し込んでしまった。気がつけば一時間ほどが経ち、隣にいたはずのボスはどこかへと消えている。延々と続くマギランゲージの話題に呆れたのだろうか。
「って、ついつい話し込んじゃったけど大丈夫?」
「はいっ! すっごく勉強になりました! ありがとうございます!」
「えーと、そろそろ本題に入ってもいいかな?」
「はわっ!? そ、そういえば、わたしったら一方的に質問してばっかりで……ご、ごめんなさいぃ……」
「いや、こっちも楽しかったから大丈夫だよ」
どうやら一度火がつくとのめり込んでしまうタイプのようだ。僕と同種の匂いを感じる。そして見た目はキッチリして真面目そうなのだが、中身は結構おっちょこちょいなところはボスに似ていると言えるだろう。あちらは猪突猛進型で、こちらはうっかり屋さん型だが。
最初は敬語で話していたのだが、質問に答えている間にすっかり崩れてしまった口調で本来尋ねる予定だった謎のアクセスについて聞いてみる。しかし、もう半分以上答えが出てしまっているようなものだが。
「それで聞きたかった事なんだけど、先日、電話のマギシステムにパールさんのマギデバイスから不思議なアクセスがあったみたいでね」
「ああっ! そ、それ、私が色々と通信機能を試している時のものだと思います! どんな通信してるのかなーって、通信内容を『キャプチャ』したりして……す、すみませんでした!」
「い、いや、別にいいよ。僕のマギに不具合があったりしたらまずいと思ったから、念の為に確認したかっただけなんだ」
通信内容のキャプチャとは、端末上でやりとりされている通信の内容を横から覗き見るように確認することだ。僕も電話をデバッグする時にお世話になっている。
「キャプチャしてみたんですが、バンペイさんの仰った通りほとんどが暗号化されていて全然わかりませんでしたけど……」
そう言ってうなだれてみせるパール。彼女の言う通り、電話マギサービスでやりとりされる通信はほとんどが公開鍵方式によって暗号化されている。覗き見してもわかる事など大してなかっただろう。僕の場合はデバッグ目的なので秘密鍵を使って暗号化を解除して確認していた。
「戻ったぞ」
そうこうしている間に、どこかへ出かけていたボスが帰ってきた。いまだにパールと電話している僕を見て呆れた表情をする。
「なんだ、まだ話してたのか? 随分と長話だな。話してる内容がちっともわからんから途中で逃げ出してしまったぞ」
「ははは、すみませんボス。つい楽しくて話し込んでしまいました。例の不思議なアクセスは彼女が通信機能のテストで間違って送ったものだったそうです」
「ほう……テストで、ねえ」
ボスの目が怪しく光る。まるで獲物を見つけた鷹のように、捕獲すべきガベージを見つけたガベージコレクタのように、どうやら彼女にロックオンしたようだ。マークしたといってもいい。その後に続くのはガベージコレクタが行なうようなスウィープではなさそうだが。
「えーと、君は確かパール君といったな?」
「え、ええ、あの、ボスって呼ばれていらっしゃるようでしたが……」
「ああ。私はこのバンペイの上司であり、この会社の社長でもあるルビィ=レイルズというものだ」
「わあっ! やっぱり! あのすごいプレゼンをされた方ですよね!」
手をパンッと鳴らしてボスに驚くパール。この時点ではまだ電話マギサービスの大躍進の原因がボスのプレゼンにあり、僕がマギハッカーの再来とまで言われている事など知るよしもなかった僕達は、頭の上に疑問符を浮かべる。
「すごいプレゼン? 議会での事かな? まあ、そんな事よりもだ。君は見たところまだ若いようだが、もう働いているのか? まだ学生かな?」
「え? えーと、はい、学生としてマギランゲージを学んでいます!」
「ほほう。それはそれは」
ボスの笑みがますます深くなる。マギランゲージを学んでいるという学生はそう多くない。この世界のマギランゲージというのは、地球における『哲学』の扱いに似ている。
難解でとっつきにくく一般の人にはとかく敬遠されがちだが、実は身近で面白い。アリストテレスやニーチェなどの有名な哲学者は一般人の間でも広く知られていて、マギハッカーが有名なのと似ている。だが、似ているだけで大きく異る点がある。
哲学を専攻している人達は、哲学が実生活の役に立つと思っているわけではないだろう。もちろん考え方や生きる指針として役立つ事もあるだろうが、哲学とは本来『探求』であり、人間の起源を追い求める純粋な学問だ。
一方マギランゲージを学ぶのは人々の生活に役立てるのが目的であって、マギランゲージから世界の成り立ちを探ろうという人はなかなかいない。マギランゲージを学ぼうという人達はマギサービスがもたらす『富』に興味があるという人が大半だ。
その点で、画面の向こうにいるパールという女の子は変わり者であった。難解なマギランゲージをパズルのように楽しみ、マギランゲージを学ぶ事自体が目的となっている。質問を受けてみてわかったが、理解力もあって科学的素養も高いと思う。
「どうかな? もしよければ、一度うちの会社に遊びにこないか?」
「えぇっ! 本当ですか!?」
「なんなら、実際にマギサービス開発に関わってみてもいいぞ? 生のバンペイと一緒に開発してみないか?」
「は、はいっ! 行きます絶対!!」
なぜか僕がナマモノ扱いされてしまったが、ボスの勧誘は功を奏したようだ。パールは勢い良く手を上に挙げて、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
以前ボスが会社を興す際には学生達に相手にされなかったと言っていたが、電話という実績がある現状では状況が異なる。まあ、このパールは他の学生達ともまた毛色が違うだけかもしれないが。
ボスは一度食いついたら離さないスッポンのように、相手を勧誘することだろう。どうやら、近いうちに職場に仲間が増えるのかもしれない。
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パールにオフィスの場所を教え訪問の約束をしてから電話を切った後も、ボスはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「やったぞバンペイ。有望そうな技術者を確保だ」
「まだ確保できると決まったわけじゃないんですからね。相手が嫌がったらちゃんとあきらめてくださいよ?」
「ふん。あきらめるなど、私の知らない言葉だな!」
腕を組んで胸を張るボス。そういえばパールは歳の割には大きかった……いや、よそう。なぜかボスがジト目で僕をみている。相変わらず勘が鋭い。
「そういえば、バンペイも男だったな」
「な、な、なんのことですか?」
「パールの胸は大きかったな? 私のいたって普通のサイズに比べて、バンペイの小さい煩悩を刺激するほどだったか」
「そ、そんなことありませんよ! ボスだって十分に魅力的です!」
あ。
「……そ、そうか? ふ、ふふ、そうか」
少し顔を赤らめたボスが、先ほどまで浮かべていたニヤニヤとは別種のニヤケ顔になる。魅力的なボスは、嬉しそうに鼻歌まで歌いながら書類仕事にかかり始めた。とんでもない言葉を口にしてしまったが、口から出た言葉は引っ込まない。
エディターのようにアンドゥできればいいのに。切実にそう思った。




