029 - hacker.expose(wirepuller.character);
目的の場所を知らずに飛び出すというお約束を見せてくれたボスは、少し赤面しながら通りすがりの人々にマギ・エクスプレス社の場所を尋ねて回った。
ミミック男のもとにいたシィへ電話した時点ですでに夕方だったので、とっくに日は落ちて夜の帳が降りてきている。それでも王都はさすがに王国の中心地だけあって、人々の賑わいは衰えを見せない。
おいしそうな匂いを漂わせている屋台の前を通りかかって、そういえば晩ごはんを食べそびれている事に気がついた。
「ボス、さきにご飯を食べてしまいませんか?」
「む、確かに腹が減っていたんだった。屋台で何か食べていくか」
ボスも同意したのでみんなで屋台へと向かう。こちらの食事はさすがにもう慣れたが、社員食堂の料理はどれも美味で口が肥えてしまっている気がした。地球のジャンクフードやあっさりとした和食が恋しくなる時期でもある。
残念ながら米類は市場に存在しないらしく、小麦や芋類が主食として用いられている。地球でいうヨーロッパの気候に近いようだ。米が恋しいといえば恋しいのだが、もともと一人暮らしをしていて粗食気味だったので耐えられないほどではない。
屋台へ向かう途中に見覚えのある人物が近くを通りかかった。
「あっ! キャロルちゃんだー!」
シィがキャロルの元へ駆け寄る。社員食堂の看板娘である獣人の女の子だ。いつも食堂で会っていたから外で出会うと新鮮である。
「あ、シィちゃーん!」
キャロルもまた嬉しそうに駆け寄ってきたシィを受け止める。二人は歳の近い友達として仲良くやっているのだ。シィが耳年増であるキャロルの影響を受けないか心配ではあるが、友達がいるというのは素直に良い事だと思う。
二人が話し込んでしまったのでその場に残して、僕とボスは屋台へと向かった。見慣れない屋台があって気になっていたのだ。僕がこの世界に来て何日も経っているが、屋台料理はまだ数回しか口にしていない。早速人数分の料理を注文する。
そこで売られていた赤いスープとパスタのような麺を組み合わせた料理はラーメンともまた違っている。赤いといっても辛いわけではなく、むしろほのかな甘味を感じて不思議と癖になる味だ。しょっぱさと甘さがちょうどいいバランスで調和していて、いくら食べても飽きがこないようになっている。
「これはおいしいですね」
「うむ。初めて見る料理だが、どうやら当たりのようだな」
こうみえて意外と博識なボスが知らないとなると、誰かが新たに発明したか外部から最近になって流入してきたかのどちらかだろう。麺をすすっていると屋台の親父さんが話しかけてきた。
「へへっ、お味の方はどうですかい? その赤いスープには南の方で取れるっていう果物を使ってるんでさぁ」
「ほほう、果物だったのか。赤い果物なんて南の方にあったかな」
「いえいえ、その果物は不思議なもんで外は黒いんですよ。割ると中に赤い実が詰まっているって寸法でさ。これがなかなか良い味でね、これで何か作ってみようと考えたのが、お客さん方が今食べているもんです」
「外が黒くて中が赤い、か。確かに不思議だな」
「つい最近になって南の方に転移マギサービスが開通したでしょう? それで色々と新しいものが入ってきて、うちら屋台衆は大騒ぎですわ。はッはッはッ」
今から向かおうとしていた会社が経営する転送マギサービスの話題が出てきて驚いたが、考えてみれば人々の流通を支えているほど生活に密着しているのだから、話題にだって登りやすいだろう。
南の方に『開通した』らしいが、転送先となる目印かなにかを設置したという事だろうか。送り先を自由に設定できないのは、やはり座標の計算ができないからだろうか。せっかくここまで普及しているのにもったいないと思う。
「親父さん、その転移マギサービスのマギ・エクスプレス社がどこにあるか知りませんか?」
ついでなので尋ねてみると、親父さんはアゴをこすりながら思い出す素振りを見せ、「ああ」と手を打った。
「マギ・エクスプレスならそこの建物じゃなかったかなぁ」
屋台の親父さんが指さす方向を見ると、そこにはこじんまりとしたコンクリート製のような三階建てほどの建物があった。表に看板が出ているわけでもなく、言われなければ気がつかなかっただろう。
「あそこの社員さんが時々うちの屋台に来てくれるもんでねぇ。何度か話した事もあるんですわ。いっつも気前よく注文してくれるから、こっちもありがたいのなんのって。いやーマギサービスってのは儲かるんだねぇ」
からからと笑う親父さんにお礼を言って、僕とボス達はいよいよ敵地へと乗り込む。いや、ボスが乗り込んでいき僕達が追いかける、が正しいのだが。
お願いだから変に暴走だけはしないでくださいよ、ボス。
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「な、なんなんだ君達は!?」
しました。暴走。
「それはこちらのセリフだな。うちのシィの誘拐を企てた馬鹿者に言ってやりたい。さっさと本人を出せ!」
「一体なにを言ってるんだ君は!?」
知らない人が聞けば支離滅裂にしか聞こえないボスの暴言は、マギ・エクスプレス社の玄関ホールに虚しく響いた。まさに正面突破で玄関から乗り込んでいったのだ。
時間帯が夜とはいえまだまだ人は残っていたらしく、玄関ホールでは数人がくつろいでいた。その中でも一際目立つ、白衣を身につけた男性がボスの行く手を遮った。
いくら暴走中のボスでも、さすがに人に向かってマギデバイスを使うのは控えているようだが、玄関ホールは一触即発の空気に包まれる。だから言わんこっちゃないんだ。正面から乗り込んだらおさえられるに決っている。
「おや、何の騒ぎですか?」
玄関ホールの奥から新たな人物が現れる。長身でスーツのような着衣をきちりと着こなした二十代の青年だ。目の前に怪しい闖入者がいるというのにも関わらず爽やかな笑みを浮かべている。
「あ、坊っちゃん。いえね、この人が坊っちゃんに会わせろって無理矢理に社内に入ろうとしていまして」
「それはそれは。面倒をかけてしまったようで申し訳なかったですね。この場は私が引き受けましょう。皆さんはそろそろ退勤して頂いて結構ですよ」
「は、はあ、そうですか? それならお言葉に甘えさせて頂きます」
拍子抜けしたように玄関ホールの奥へと消えていく白衣の男性。周りで様子を伺っていた社員たちも同様に奥へと消えていった。それを確認した青年はごほんと咳を一つついてからボスの方へと向き直る。ニコニコと爽やかな笑顔を崩さない。
「それで、一体なんの御用ですか?」
「とぼけるのもいい加減にするのだな。貴様の誘拐計画はすでに破綻している。うちのシィを誘拐しようとした男が、お前に命じられた事だと白状しているんだ!」
「……誘拐? 計画? 一体なんの話です?」
爽やかな笑顔から一変して戸惑った表情を浮かべる青年。とぼけているようには見えず、勢いづいていたボスも少し不安になってきたようだ。
「い、いや、だから、お前が命じたのだろう? シィを誘拐するようにと」
「はあ、誘拐、ですか? ……えーと、その子を誘拐してどうしようと言うのです?」
「それはだな……えーと、身代金を要求するとか……」
「こう見えても、自分で動かせるお金には不自由しておりませんが」
「う……」
身代金を要求しようにも、僕達だってマギサービスを始めたばかりの新興企業にすぎない。まとまったお金などそもそも用意する事などできないのだ。青年の言う事ももっともであった。普通、身代金を要求するならもっと稼ぎがよさそうな家を狙うだろう。
もはや当初の勢いを失い完全に失速したボス。黒幕の狙いすらわからない状態で突撃するなんて準備不足も甚だしい。そもそも今のやりとりを見ていると、本当に青年が黒幕なのかすら疑わしくなってくる。あのミミックの男がウソをついていたとも思えないが、何かの勘違いではないのだろうか。
「事情はよくわかりませんが、どうやら私が誘拐を命じたなどと『でまかせ』を言った人間がいるようですね。非常に心外です。お役に立てず申し訳ありませんが、私はその子と特に何の関係もありませんし、そんな事をする理由もありませんね」
「むぅ……」
反論を封じられてボスが黙り込んでしまったので、バトンタッチして僕が前に出る事にした。僕と同じ歳ぐらいの青年は、前に出てきた僕を見るとピクリと眉をあげる。
「一つ気になった事があるのですが、よろしいでしょうか?」
なるべく丁寧な態度で、生来のコミュ障を発揮しないよう注意しながら青年へと問いかける。ここが勝負どころだ。
「ええ、なんでしょうか?」
「あなたは誘拐されかけたのが誰なのか、わかっているのですか?」
僕の質問に青年は面食らい、「何を馬鹿な質問を」という表情を作りかけて抑えているように見えた。
「はぁ? だから、そこの女の子が誘拐されかけたのでしょう?」
首を振ってやれやれといった表情でため息をつく青年。先ほどまでの態度に比べると多少は『地』が出てきたかもしれない。
「そうですね。確かに誘拐されかけたのは、そこにいる女の子です。それで、あなたはなんでその事を知っているのですか?」
この僕の質問に青年はもはや呆れ返り、もはやこちらを馬鹿にするような表情を隠さなくなった。
「だから、先ほどからそちらの彼女がしきりに主張しているではありませんか。その子が誘拐されかけて、それを命じたのが私だと言いたいのでしょう? 全く馬鹿な話ですね。なんで私がそんな事をしなくてはならないのか」
「確かに、うちの社長が何度もそう主張していましたね。あなたが『シィの誘拐』を命じたのだ、と。確かに誘拐されかけたのはシィ、つまりそこにいる女の子です。ですが、なぜあなたは『そこにいる女の子がシィという名前である事』を知っていたのですか?」
「…………っ!!」
青年の顔に動揺が走る。
「ボスはおろか、この場にいる誰も、そこにいる女の子がシィであるとは口にしていませんよ。それを口にしていたのはあなただけです」
「そ、それはっ……だ、だが、誘拐されたとなれば、そこにいる女の子が誘拐されたなんて事は誰だってわかる事じゃないか! わ、私はシィという名前から女の子を連想しただけだ!」
青年は明らかに狼狽しながらも必死に弁明する。確かにその反論は筋が通っていると言えなくもない。誘拐されたとなれば年頃の子ども、だから誘拐されたのはそこにいるシィという女の子。
「なるほど。確かにそうかもしれませんね。ですがそれは、この場にいる女の子がシィだけだったらの話です。先ほどから、なぜこの場にいるもうひとりの女の子である彼女を無視しているのでしょうか」
そう言って僕は、シィの隣にいる『キャロル』を指し示す。そう、屋台で一緒になってから、なぜかキャロルまでもが会社への殴りこみについてきていたのだ。本人は「なんだか面白そう」と興味本位だったが、今は彼女の存在がありがたい。
「そ、そ、それは……」
青年は口をパクパクとさせて言葉を探しているようだったが、やがてあきらめたのか、皮肉げに口元を上げた。
「ちっ。私とした事が、こんな事でボロを出してしまうとは情けない」
どうやら、本当の戦いがここから始まるようだ。




