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マギハッカーの異世界ベンチャー起業術  作者: 入出もなど
Ch.01 - 魔法ビジネスはブルーオーシャン!? マギサービスでレッツ起業!!
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「僕の力……ですか?」

「うん。君になら出来るんじゃないかな」


 僕にニコリと微笑みかけるブライさんからの謎の信頼感が辛い。なんだか、すごく気に入られてしまったようだ。その笑みを向けられると、なんだか居心地が悪くなるので正直やめてほしい。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい! 支援して頂けるというお約束では!?」


 慌てた様子のボスが横から介入する。すでに支援の約束を取り付けていたらしい。先ほどからの敬語といい、普段のボスからは考えづらい態度だ。よほど重要な支援だったのだろうか。


「ルビィ君、私はまだ支援()()とは言っていないよ。支援()()()()()と言ったんだ。君がぜひにバンペイ君と会ってほしいというから、ここにいるに過ぎない。支援するかどうかは、これから決める事だ」

「そ、そんな……」


 会った時の印象とは違って、優しく落ち着いた声ながらも厳しいセリフが飛び出してきた。まるで父親に諭されている気分になるな。どうやらボスの早とちりだったようだ。しかし、商人らしい言い回しで煙に巻き、ニコニコとここまでついてきたのだから期待してしまってもしょうがない。


「それに、私はまだ条件を説明していないよ? 問題を聞かないうちにあきらめるのかい?」

「い、いえ! 聞かせて下さい。問題を解決するのが、僕の役目ですから」


 そうだ。こんな事でいちいち怖気づいてどうする。ハッカーたるもの、目の前にある問題を片付けなくてどうする。支援がどうしても必要なら、僕がしっかりと働けばいい話だ。僕がこの会社の最高技術責任者(CTO)なんだ。会社のために技術を振るわなくて、いつ振るうんだ。

 ブライさんの瞳が興味深そうに輝く。ボスはおろおろとしていたが、ごほんと一つ咳をつくと落ち着き払った表情を作った。


「いいね。事の発端は、定期的に送り出している商隊だったんだけどね――」


//----


 ブライさんが主に取り扱っている品目は、食品と鉱物。鉱物は鉱山にある炭鉱で掘り出されたものを王都まで運び、鍛冶師や金属細工師に卸している。その際の往路で食品を炭鉱街に運び、料理店や宿屋に卸している。

 十日ほど前の話になるが、いつも通り鉱物を受け取りに炭鉱街へと向かった商隊が消息を断ったのだ。道程は片道三日ほどなので、本当ならとっくに鉱物を受け取って王都まで戻ってきているはずである。食品を納入するはずの料理店からの苦情が来て発覚した。

 王都で知らせを受けたブライさんは、納入するはずだった食品をかき集めて、慌てて転送マギサービスで炭鉱街に向かったが、商隊は影も形もなかった。鉱物の買い取り先である鉱業会社に聞いてみても受け取りに来ていないという。どうやら炭鉱街へ向かう途中で何かあったのではないかとブライさんは推測した。

 仕方がないので一緒に転送してもらっていた馬車に受け取った鉱物を載せ、いつも商隊が通っているはずの街道を辿って王都へと戻ることにした。途中いくつかある村で聞き込みをしてみても商隊が通りすぎた様子はなく、首を傾げた。


 しかし、王都よりおよそ半日ほどの場所で、ついに商隊を発見した。街道の脇に焚き火をたいて商隊の面々はその周りで地面に腰を下ろしている。

 思っていたよりも平和な様子に、行き違いになっただけかと安堵しつつ、ブライさんはゆっくりと商隊の元へと向かおうとした。そして、思わぬ事態に遭遇した。


 ゴツンと()()にぶつかったのだ。


 それは、まるで透明な()で、ぶつかるまでそこにあるとは気がつかない。だが、触れてみると確かにそこに存在している。叩いてみると、コツコツと硬質な感触が返ってくる。ガラスか何かのようにも思えるが、ここまで透明度の高いガラスなどついぞ見掛けた事もない。

 ブライさんは困惑しつつ、どうにか壁を迂回できないか手を触れつつ壁に沿って歩いてみたものの、ぐるりと商隊の周囲を切れ目なく囲んでいる事がわかっただけだった。高さもあるらしく、壁の切れ目に手は届かない。商隊の規模は馬車三台の小規模なものだが、それでも完全に囲うとなるとかなり巨大な壁が鎮座している事になる。

 歩いている間、壁の内側にいる商隊に何度も声を掛けてみたが、彼らはブライさんに気づいた様子はなかった。よくよく見ると、憔悴しきっているような暗い表情をしている。

 焦ったブライさんはついに壁の破壊を試みるが、剣で叩こうが槍で刺そうがビクともしない。小さな傷すらつけることができなかった。考えてみれば、閉じ込められている商隊が破壊を試みていないわけがない。物理的な手段ではどうしようもない事がわかった。


 普通ならこの時点でお手上げなのだが、この世界には別の手段がある。

 ブライさんはマギデバイスを取り出すと、壁に向かって攻撃用のマギを行使した。火の玉を飛ばすマギサービスのものだ。人にぶつかっては危険なので、人のいない方向に向けて壁を狙った。


 しかし、そこでまた思わぬ事態が発生する。

 マギデバイスの先端が赤く発光して、マギが発動しなかったのだ。


 はじめは何かの故障か、呪文の言い間違いによるものかと考えた。何度か試みてみるものの、やはり発動する気配はない。他のマギサービスを試してみても、連れてきた部下のマギデバイスで試してみても、やはりマギデバイスが赤く発光するだけで何も起こらない。

 そこでふと思いついて、壁ではなく違う方向に向けて発動してみると、きちんと火の玉が飛び出した。

 どうやら、壁に対してマギが一切通用しないようなのだ。それも、発動して防がれるならともかく、発動すらしない念の入れようだ。


 これにはとうとう万策が尽き、仕方がないので連れていた部下を何人か残して王都まで戻る事にした。そして、王都に到着したのが昨日の事だ。


//----


「実に不思議な現象だったよ。マギが発動しないなんて聞いた事がなかったからね。王都に着いてから急いでマギサービスの運営会社に問い合わせてみたものの、彼らも心当たりがないらしい」

「確かに不可解ですね。壁に向けたマギだけが無効化されているとすると、その壁自体もマギに関係がありそうですが……」


 マギランゲージを学んだばかりの初心者の僕にとってはまだまだ情報が足りないが、考えられるとすればマギデバイスの側の問題という事になるだろう。赤く発光しているのがその証拠だ。マギの発動に何か条件があるのだろうか。


「運営会社に調査隊を組んでもらう予定なんだけど、彼らも腰が重くてね。すぐに動いてくれる、というわけにはいかないようだ。まあ、彼らの動きが遅いのは今に始まったことではないけど」

「しかし、中には閉じ込められた人がいるのでしょう? 彼らは大丈夫なのでしょうか?」


 僕と一緒に話を聞いていたボスが心配そうな表情で尋ねる。ボスの問いにブライさんは首を縦に振って答えた。


「幸い、商隊が閉じ込められたのは往路だったようだからね。炭鉱街に向けて食料を運んでいたから、彼らが飢え死にする心配は当分ないだろう。節約していれば一月は持つはずだ。とはいえ、閉じ込められたままでいたら、恐慌状態(パニック)に陥る人が出てきてもおかしくない」

「それは……心配ですね」

「うん、一刻も早く彼らを救い出さなければならない。そこで、君の出番というわけさ」


 そう言ってブライさんが僕に微笑みかける。


「で、ですが、バンペイはまだマギサービスを学び始めたばかりで……」

「ルビィ君。君が言ったことだよ。バンペイ君はマギサービスに頼らずに、マギランゲージだけで独自の水生成をしてみせた、彼は()()()()()()()()を操ってみせる、と」


 どうやらボスは支援を引き出すために、僕の事をこれでもかとアピールしたらしい。目に見えないものつながりとはいえ、水や声と壁では随分勝手が違うと思うのだが。


「ルビィ君が事業の支援を依頼しにきた時、何もこんな時にこなくてもと思ったものだったが、今にして思えば僥倖だったね。ルビィ君からバンペイ君の話を聞いた時は半信半疑だったけど、藁にもすがる思いでここに来たんだ。そして、君を見て確信に変わった」


 そう言って、ブライさんは深々と頭を下げた。


「頼む。私の部下たちを救ってほしい」


//----


 僕はブライさんの頼みを快諾した。というよりも、話を聞いた時点で断るという選択肢はなくなっていた。さすがに、命が危ないかもしれない人達を放置するわけにはいかない。それに、透明の壁という謎が気になるというのもある。

 ブライさんの話を聞いている内にとっぷりと日が暮れていた。人命がかかっているとはいえ夜の街道を進むのは危険なため、翌日の早朝に出発の待ち合わせを約束してブライさんは帰路についた。

 ブライさんの姿が見えなくなると、ボスまでもが頭を下げて僕に謝ってきた。今日は人のつむじをよく見る日だ。


「すまないっ! 君に相談せず早まった真似をしてしまった!」

「ボ、ボス、頭を上げてください。大丈夫です。確かにちょっと驚きましたし、支援が必要だというのは知りませんでしたが、どうせ事前に教えられていても僕の対応は大差なかったと思いますし……」

「いや、君だって我が社の一員なのだから支援については説明しておくべきだった。ただ、ちょっと、その……言い出しづらくて、な」

「言い出しづらい? どういう事ですか?」


 頬を赤らめたボスが言いづらそうにしている。今日はつむじだけではなく、珍しいボスの一面をよく見られる。考えてみれば、僕たちは昨日出会ったばかり。まだまだお互いに知らない事ばかりだ。


「ああ、実は、その……そろそろ資金が尽きかけていて……」

「ええ!?」


 驚愕。


「だ、だって、僕に前払いだって金貨や銀貨を渡してくれたじゃないですか!」

「ああ……。あれが手持ちで出せる精一杯の額だったんだ。君に気持よく働いてもらうには、あれぐらい必要だと思ったんだよ……」

「そ、そんな……じゃ、じゃあ昨日の食堂での宴会は?」

「あの食堂は事前に大金を渡してある。社員食堂というのは満更うそではないんだ」


 唖然として何も言えなかった。ボスが常に余裕たっぷりに見えていたから、気にもかけなかった。よく考えてみればわかったはずなのだ。本当に余裕があるなら、こんな廃屋を好き好んでオフィスにするわけがない。ブライさんとの会話で、ボスが妙に慌てていた理由に合点がいった。


「じゃ、じゃあ、前借りした給料を返しましょうか……?」

「いや! それはダメだ! それは君の働きに対する正当な報酬となる予定なんだ! それに一文無しだというなら、生活基盤を整えるのに何かと入用だろう。そして一度あげた物を返してもらうなんて私の矜持に反する!」


 確かにそれは道理だけど、僕だけが安穏としていた事実に気が引ける。答えあぐねていると、ボスは自嘲しながらつぶやいた。


「君に気を使わせないためにも、今日一日でなんとか支援を取り付けようと思ったのだが……まさかブライ氏が条件を出してくるとは思わなかった。私はダメな社長だな……」


 どうやらボスの帰りが遅かったのは、一日中外を駆けずり回っていたらしい。よく観察すればくたびれた顔をしているのがわかる。

 やっとの思いで支援をしてもいいという人を見つけたのだ。喜びもひとしおだっただろう。帰ってきたボスが鼻歌を歌うほどご機嫌だったのも頷ける。僕の事を考える余裕がなかったのも理解できる。それなのに事態がうまく運ばず、自信を失いかけているのもわかる。


 でも、言ってはいけない事もあるのだ。


「何を言ってるんですか、ボス。今の僕にとっての社長は、あなたしかいないんですよ。唯一の社員を路頭に迷わせる気ですか?」

「バンペイ……」

「僕がなんとかしてみせますよ! こう見えても、前職ではトラブルシューター(問題解決屋)として有名だったんですからね。くだらない事を言ってないで、明日の出発に向けて早く寝ましょう!」

「ああ……ああ、そうだな! はっはっは、バンペイも言うようになったじゃないか! バンペイの癖に生意気だぞ! この! この!」


 調子を取り戻したボスは笑いながら僕の頭を抱え込み、ぐりぐりと撫でる。なんだか、子供扱いされているようだ。いや、どちらかというと弟かな。普段の僕からすると仕方がないけど、こうみえても26歳の大人なんだけどな。


 そして大人は、女性の目に光るものがあっても、いちいち指摘したりはしないのだ。


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