『超守雄列伝』⑤
勇者からコントローラーを奪い、画面の前に座ったみつるは集中力を高める。
守雄を左右に素早く動かして十字キーの反応を確かめる。
Aボタンを押してジャンプさせる。
小ジャンプ、中ジャンプ、大ジャンプの順である。
自分の指が動いてから0.00何秒で守雄が動くのか。その感覚は鈍っていないか。
自分の指の強弱は意識した通りに働いているか。認識と現実に差異はないか。差異があるならそれはどれだけか。
その操作性を数千、数万、数億とプレイしてきた今までのみつる自身の意識と経験に一瞬で落とし込み、そのズレを頭の中で調整する。
その日のみつるの体調、機嫌、眠気によってレスポンスの感覚は変わってくる。
それらを精査して、プレイに反映させるのはみつるの長年の経験で培った超感覚である。
そこから生まれる機能と動作は精密機械さながらであった。
感覚の中枢でみつるは『超守雄列伝』を司るプログラミング言語と会話する。
ゲームは全て約束事だ。
プログラムされた以外の事は絶対に起こらないし、プログラムされた以上の能力等、キャラクターからは発揮されない。
完全なるロジックの元に成立された揺るぎない存在。それがゲームである。
なのに、何故これほど人の心を揺さぶるのか。
人々を熱中させるのか。
それはプレイヤーが存在するからである。
プレイヤー次第で、ゲームは無限の可能性を発揮する。
だからゲームは奥が深い。
つまり、不可能などないという事だ。
勇者は固唾を飲んでみつると画面を見比べている。
――確かに、ここは難関だ。
揺れる橋の上で、屈強なボスを倒さなくてはならない。下は炎の海。相手は火を放ち、こちらの攻撃は通じない。
更に思考の落とし穴があった。
倒さなくてはならないと考えているなら尚更難関になるという事だ。
確かに正面から倒す事も出来る。
途中で手に入るアイテム「炎のスパム」を手に入れて「炎の麒麟児超守雄」の能力を得ていれば、条件が合えば強行突破も可能だ。
火の玉を十発当てる事でビビンバ大将軍を倒れるのだ。
「炎の麒麟児超守雄」に関しては勇者も途中で何度か「炎のスパム」を手にしていて、その効果は知っている(当然、鬼の様にはしゃいで火の玉を投げまくり、調子に乗って穴に落ちて死んだ)。可能性として、脳裏に浮かんでいるだろう。
「炎のスパム」を取りに戻って、ビビンバ大将軍に挑むという作戦である。
だが、みつるはそうしない。
今は今で、その時の状況に於けるベストを尽くす。
どんな状況下でも、絶対に糸口が用意されている。
それがゲームである。
それが、ゲームがプレイヤーという挑戦者に対して常に正々堂々と待ち構えていてくれる、真摯な姿勢だ。
――だから俺達も安心して、ゲームを楽しむ事が出来るんだ。
だから、無理な事なんてない。
「さあ……ゲームスタートだ」
みつるは揺れる橋の上で、ビビンバ大将軍が火炎瓶を投げるパターンを読んで、その都度、サッと守雄を操作して巧みにかわす。
とにかく相手を見るのだ。
全神経をビビンバ大将軍の一挙手一投足に集中させる。
次はどう動くか。そして、何を仕掛けてくるのか。
決して慌てず、様子を窺う。
焦りこそが一番の敵である事をみつるは十分に理解していた。
熱くならず、クールに状況を見極める。
そうすれば、必ず突破口は開かれる。
そして32秒後、その時が来た。
ビビンバが火炎瓶を投げ、大きくジャンプをし、着地した。
その瞬間を狙って――みつるはBダッシュで助走をつけ、守雄を大ジャンプさせた。
部屋にターン!!というAボタンを弾く小気味良い音が響く。
そして次の瞬間、守雄はビビンバ大将軍の頭上を飛び越えていった。
「■■■■■■!!■■■!」
感嘆の表情を浮かべる勇者。だが、同時に別の感情を含んだ言葉を叫ぶ。
「分かってるよ!!」
すかさずみつるが言い返す。
――「飛び越えたはいいが、ヤツはどうするんだ?」って事だろう?
ボスであるビビンバ大将軍をこのまま放っておく訳にはいかない。
――勇者は、敵を倒さないと意味がないんだよな。
「だから――こうするんだよ!!!」
その答えを示す様に、みつるは守雄を操作し、ビビンバ大将軍を飛び越えた橋の奥に置かれていた大きなまさかりのアイコンに触れた。
守雄はフルネームは「森野守雄」という名前であり、職業は木こりである。
まさかりは商売道具で、彼のまさかり捌きは同業者の中でも定評があった。まだ若かりし頃「まさかりの貴公子守雄」と呼ばれた時代もあったと説明書には書かれている。
「何で橋の横にまさかりが無造作に置いてあるんだって突っ込みは……勘弁してくれよ」
そう言ってみつるは唖然とする勇者を振り返り、片目を瞑ってみせた。
次の瞬間、守雄が大きく振るうまさかりによって橋が壊される。
「…………!!」
みるみるビビンバ大将軍の足場が無くなり、手足をバタバタさせながら、火の海へと落ちていった。
それを見届けてから、みつるが堂々と宣言する。
「さあ、これでゲームクリアだ」
「■■■■■■!!!!」
勇者は目を剥いて驚いていた。
口をパクパクと動かしてみつると画面を交互に見ている。
その大仰な表情に、みつるは思わず笑ってしまう。
「あはは、そんなにびっくりするなよ。だから言ったろ?無理な事なんて、不可能な事なんてないって。ココだよ、ココ」
そう言って守雄は自分の頭に人差し指を当てると、トントンと叩いて見せた。
勇者は感動に震え、目に涙を浮かべながらみつるに近づく。
手をむしり取られ、ガッチリと握手をされた。
「■■■■!」
「いやいや、興奮し過ぎだって。いた!握力強い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!骨折れる!!いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!!」
生まれてこの方味わった事のない、とてつもない握力で握られた手の痛みに、わめき散らすみつる。そんな事はお構いなしに、勇者は感情のままにみつるに接する。
感極まった勇者はみつるにガバっと抱き付いた。
「うわ!鎧臭い!臭いし痛いって!鎧のゴツゴツが痛い!!いたたたたたたたたた!!!いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!!!痛いってば!!もう!!!!」
何とも熱烈な喜び様である。
――ゲームを攻略しただけなのに、何だよ。これじゃあまるで――
世界を救ったみたいじゃないか……。
勇者にもみくちゃにされながらも、みつるはそんな事を考えた。
そして自分の中に眠る、小さなロウソクに火が灯るのを感じた。
「……そうだよ。……これだよ」
異世界の勇者にゲームを教えた高揚感がみつるを包み込んだのか、久しぶりに誰かとコミュニケーションを取った興奮がそうさせたのかは定かではないが、みつるはいつの間にか、感極まった様に叫んでいた。
「……そうだ。これがゲームだよ!!」
「げ……え………む?」
「……!!そう!そうだよ!」
勇者が初めてこちらの言葉を口にした。
それは覚束ない一言だったが、それだけでみつるは胸がいっぱいになった。
「ゲームだよ!ゲームなんだ!!」
みつるの目から涙が溢れ出る。
「ゲームなんだ。これが俺の大好きなゲームなんだよ!!」
「げ、え、む」
「そうさ!!ゲームだ!」
今度は先ほどより、しっかり「げえむ」と勇者は発音した。
みつるに更なる感動の波が押し寄せる。
「そうだよ、ゲームだ!ディスイズゲーム!ジャパニーズフェイバリットコンテンツ!!ゲイシャテンプラハラキリスシサムライニンジャハナシカ!!!」
気が付くと、みつるは自分から勇者に抱きついていた。
ちらかったゴミ溜めの様な小さな部屋で、勇者とニートは号泣しながら、強く抱き合った。
次の瞬間、勇者は消えていた。
「…………あれ?……消えた?」
みつるは部屋中を見渡したが、まるで長い夢でも見ていたかの様に、勇者の姿はどこにもなかった。