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『超守雄列伝』④

「えとね……」

 勇者の隣に座ると、2プレイヤー用のコントローラーを持って指導し始めた。

 まずはAボタンを勇者に見える様に、しっかりと押して見せる。

「このボタンでジャンプね。これ」

「■■■?」

「そうそう、それ」

 勇者がみつるの真似をしてAボタンを押すと、画面の中の守雄がジャンプした。


「…………!!」


 勇者は目を丸くして、コントローラーと画面とみつるとを見比べている。

「■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?」

「あはは、何言ってんだよだから。分かんないって」

 そう言いながらもみつるには何となく彼の言っている事が理解出来た。

 多分「まさか、この魔倶でこの箱の中の小人を操っているのか!?」とでも言っているのだろう。

「そうそう、それそれ。コントローラーって言うの」

「■■■■■?」

「うんうん、そうそう」

 みつるは適当に頷いてみせ、次へと進む。


「で、この十字キーで守雄が動いて、Bボタンを押しながらでダッシュだ」

 勇者も十字キーで自機を動かす事は直ぐに理解出来た様だ。守雄が左右に動く。

「■■■……」

 勇者の口から感嘆に似た言葉が漏れる。

 自分でキャラクターを動かす快感を身に染みて感じているのだ。

 初めてゲームをプレイした時にはみつるもその操作性に酔いしれたものである。


 特に勇者はダッシュが気に入った様だ。

 ダッシュで走り回る守雄を楽しそうに操作している。


 どことなく守雄も楽しそうだ。


 そのまま守雄は楽しそうに猛スピードでクリキントンボーイに突っ込んで死んだ。


「…………」

「…………」

 勇者のその背中は哀愁に満ちていた。

 みつるは物凄く嫌な予感を覚えた。


「おい……抜くなよ……?お願いだから、抜くなよ」

「……■■■!!!」

 みつるの願いもむなしく、画面に向かって何事か叫びながら勇者が再び剣を抜いた。

「だから抜くなって!どんだけ堪え性がないんだよあんたは!」

「……!」


 みつるが大声で制止したのが分かったのだろう。勇者はわなわなと震えながらも、今度はあの必殺技っぽい光の粒子を集める事なく剣を仕舞う。

 それでも怒りのやり場が見つからない勇者は、ベッドの上で飛び跳ねて暴れ出した。

 ギシギシ!!ギシギシ!!とベッドが悲鳴を上げる。

「ちょっとやめろって!うるさい!俺だと思われるだろうが!そんなに騒いだら親が来るって!それに近所迷惑だろ!」

 そうは言うが、みつるは普段から同じように一日数十回、多い時には数百回以上はゲームをやりながらベッドの上で飛び跳ね、癇癪を起こして暴れまくっているので、これぐらいの音では親もご近所も特に不思議に思う筈もなくいつもの事だと思っていた。いや、実際は「なんだかいつもより暴れる回数が少ないな?具合でも悪いのか?珍しい事もあるもんだ」くらいに思われており、当然誰も様子を見になどやって来なかった。


 みつるは真剣に勇者を嗜める。

「大丈夫。死んでもまだ出来るから。最初は誰でも上手くはやれない。あんたも冒険の最初はスライムとかにも苦戦してただろう?でも、経験値を積んで強くなってきた。な?そういう事なんだって、何度でもやって、上手くなりなよ」

 そう言ってみつるが必死に訴えかけ、指を画面に向けると守雄は復活して、またゲームが始まっていた。


「■■■!」

 勇者は嬉しそうな声を上げて、プレイを再開した。

 Bダッシュで走り出す。

 そして猛スピードでクリキントンボーイに突っ込んで死んだ。


 守雄が復活して、またゲームが始まった。

「■■■!」

 勇者は嬉しそうな声を上げて、プレイを再開する。

 Bダッシュで走り出す。

 そして猛スピードでクリキントンボーイに突っ込んで死んだ。


 守雄が復活して、またゲームが始まった。

「■■■!」

 勇者は嬉しそうな声を上げて、プレイを再開する。

 Bダッシュで走り出す。

 そして猛スピードでクリキントンボーイに突っ込んで死んだ。


 守雄が復活して、またゲームが始まった。

「■■■!」

 勇者は嬉しそうな声を上げて、プレイを再開する。

 Bダッシュで走り出す。

 そして猛スピードでクリキントンボーイに突っ込んで死んだ。


 守雄が復活して、またゲームが始まった。

「■■■!」

 勇者は嬉しそうな声を上げて、プレイを再開する。

 Bダッシュで走り出す。

 そして猛スピードでクリキントンボーイに突っ込んで死んだ。


 守雄が復活して、またゲームが始まった。

「■■■!」

 勇者は嬉しそうな声を上げて、プレイを再開する。

 Bダッシュで走り出す。

 そして猛スピードでクリキントンボーイに突っ込んで死んだ。


 守雄が復活して、またゲームが始まった。

「■■■!」

 勇者は嬉しそうな声を上げて、プレイを再開する。

 Bダッシュで走り出す。

 そして猛スピードでクリキントンボーイに突っ込んで死んだ。


「どんだけ死ぬんだよお前!!だからジャンプしろよ!!」

 

 いい加減腹が立ってみつるは大声でツッコんだ。

 勇者はビクッと震え、みつるを振り返った。


「何やってんだよお前は!!最初は守雄が死んであんだけ怒ってたのに、何を楽しそうに殺しまくってんだよ!直ぐに暗黒面に堕ちてんじゃねえよ!!」 

 はあはあ言いながらみつるはツッコむ。

 本当にイライラしていたのだ。


 これはあれだ。彼女を家に連れ込んで初めてゲームをさせた時に感じる「あーん、何これ。私こんなのできなーい」という、彼女の顔の可愛くなさに比例して殺意が湧いてくるあの感情に似た何かを、みつるは覚えたのだった(逆に顔が可愛ければその「あーん」のリアクションの過剰さに比例して愛らしさが増す)。

 当然、みつるは彼女は愚か女性を家に連れ込んでゲームをさせた事などないのだが(親がいない時にこっそりデリヘルは呼んだ事があるが、インターホンに出る時に怖じ気ついてしまい、そのまま居留守を使った)、それでも勇者のプレイがあまりにも酷かったので、それに相当する感情を初めて体験する事が出来た、という事である。


 上手くゲームを進められない勇者は、どこか乞う様な瞳で、みつるを見つめている。

「……ったく」

 みつるはやれやれと頭をかきながら勇者からコントローラーを奪い取る。


「どんだけ体当たりしたってクリキントンボーイは倒せないよ。あんたみたいな岩石みたいなガタイがあれば出来るかもしれないけど、このゲームじゃあれは当たり判定なの。だから、ああいうのはジャンプで避ければいいんだよ。このボタン、教えただろう?」

 そう言ってみつるはAボタンを使い、ジャンプでクリキントンボーイを避けてみせた。

「■■■■!」

 すると、勇者が興奮した表情でみつるを振り返る。

「■■■!!」

「賢者よ!!」とでも言っているのだろう。

「ふふふ、まあね」

 それにはみつるは全く悪い気はしなかった。

「……■■■■?」

 だが、勇者はそのまま画面左に歩き去っていくクリキントンボーイが気になる様だ。

「ひょっとして、倒していないって言ってんの?」


 やはりそういう事は勇者として気になるのだろうか。

 確かにこの先に村があるとしたら大変だ。守雄はクリキントンボーイを黙って村に送り込む事になる。今までみつるはそんな事考えてもみなかったが、勇者はモンスターを放っておいて先に進んだりはしないのだろう。


「それなら……これで問題ないだろう」

 みつるはジャンプをして、着地に狙いを合わせて踏みつけてみせる。

 すると、クリキントンボーイが踏み潰されて消え去った。

「■■■!!」

 勇者のみつるを見つめる瞳が、一層爛々と輝きを帯びる。

「■■■!■■■■■■!」

「踏める!踏めるんだな!」と言っているのが分かった。

「そう。踏めるんだよ」

 みつるは笑顔でうんうんと頷いて見せ、コントローラーを返してあげた。


 それから勇者は踏んだ。

 とにかく踏んだ。

 嬉しそうに、楽しそうにプレイしている。

 子供の様なその表情にみつるは笑みを浮かべる。


 なるほど、勇者だから逃げたりした事がないんだな。

 みつるは彼の先程の行動に納得した。

 

 勇者は嬉々としてジャンプを繰り返し、現れるクリキントンボーイを踏みつけている。

「ほら、あんまり調子に乗ってると……」

 みつるがそう言うや否や、守雄は地面を踏み外して、ステージに開いている穴に落ちて行った。

「あ、落ちちゃった。ほら、言わんこっちゃない」

「………………」


 黙ってうつむく勇者にみつるは嫌な予感を覚えた。


「おい……頼むよ」

 みつるは勇者がまた剣を抜くのかではないかと怯んだが、今度は違った。

 みつるに迷惑をかけられないと思ったのだろう、勇者は大人しくベッドに座ったままである。

 みつるは心からホッとした。

 だが、勇者の顔を覗いてみて、みつるはギョッとした。


 なんと、勇者は泣いていたのだ。

 みつるは呆然とその光景を見つめる。

「泣くのかよ、勇者。ゲームで……」


 質実剛健を絵に描いた様な屈強な騎士がボロボロ涙を流す姿を見て、みつるは何だか可哀想になってきた。それと同時に懐かしさと親近感も沸いてくる。

 ゲームを初めてやった頃を思い出す。

 どうしてもクリア出来ずに、みつるもよく泣いたものである。

 まあ、みつるは最近でもゲームで死んだり望んだアイテムが出なかったり高スコアにならなかったり上手く出来なかったりすると悔しさで号泣するので、勇者と同レベルではあったのだが、彼は自分を神の様に棚に上げる事が出来るので、特にそこを気にする事はなかった。


 みつるは勇者の目を見て言う。

「何度でもやるんだよ。沢山失敗して、どんどん上達すればいいんだからさ」

「…………■■」

 言葉は通じていないのだが、勇者はみつるの目を見返すと、大きく頷くのだった。 


 それから勇者は五時間ぶっ続けでゲームをしていた。とんでもない集中力である。


 踏んだ敵を投げたり、アイテムを拾ったり、切り株の中に入ったりと、様々なイベントに出会う度、勇者は驚き、失敗する度に全身で悔しさを表した。

 ブロックを叩くと手に入る金貨集めに没頭するあまり、タイムアップで死んだ時は流石に訳が分からず腰の聖剣を抜く寸前までいった。


 勇者は完全にゲームにはまっていた。


 途中、自分が独占している事に気が付いた勇者が申し訳なさそうにコントローラーを差し出してきたが、みつるは笑って首を横に振った。

「俺はいつでも出来るから、やっていいよ」

 みつるの意図が伝わったのか、勇者は空中にルーン的な何かを指で描くと、拳を自分の胸に当て、みつるに頭を下げた。

 それはとてつもなく絵になった。

 ゲームを譲ってもらった御礼だけなのに、こんなにも絵になる。

 やはり異世界は違う。

 みつるはすっかり感心してしまった。


 日付は変わり、曜日は日曜日になっていた。

 そもそも働いていないみつるにとって曜日など関係ないのだが、何となく時間を確認した時にその事に気が付いた。

 そうか、この勇者は土曜日にやって来たのだな、と。

 いつ帰ってくれるのか、それは不安だったが、こんなにゲームに熱中している者を無理矢理帰す訳にもいかない。そもそも、帰し方などみつるは知らなかった。


 そして多くの挫折と経験を経て、勇者はボスのビビンバ大将軍まで辿り着くのだった。


 だが、そこで勇者の様子が豹変した。


『超守雄列伝』のボス、ビビンバ大将軍。

 鎧を着た大柄でモヒカンでヨダレをダラダラ垂れ流している一切知性を持ち合わせていない、とてもクレイジーな武者なのだが、そのボスが火の海に掛かった橋の上に立っている姿を見て、勇者は震え出したのだ。

「何だよ?ようやくボスまで来たっていう、武者ぶるいか?」

 そう茶化して言ってみるが、勇者の反応が一体どういう事なのか、みつるにも理解出来ない。


「…………!」

 それから、勇者は何度かボスに挑戦するが、揺れ動く橋が操作の邪魔をして、ビビンバ大将軍が投げる火炎瓶に守雄は当たって死んでしまう。

 そもそも、ビビンバ大将軍は踏んでも倒せない。

 為す術もなく守雄が次々に死んでいくのを見て、勇者の顔面は蒼白になっていた。


 そして、みつるを振り返ると何事か叫び出した。

「■■■!」

「おいおいどうしたよ興奮して」

「■■■■! 」

「だから何言ってんだって……」


 だが、その時みつるには勇者の言っている事が何故か理解出来た。


 彼は「無理だ!」と言っているのだ。

「不可能だ!」と言っている。


 一体、どういう経緯で勇者がそう判断したのかは分からないが、その様な事を必死になって訴えているのだけは確かだ。


「………………」

 みつるはそんな絶望に打ちひしがれた勇者をしばらくジッと見つめていた。


「…………ったく」

 苛々した様にボサボサに伸びた髪を掻く。


「……無理だって?不可能?……おいおい、何言ってんだよあんた。ふざけんなよ……」

「■■!」

 みつるは勇者からコントローラーを奪い取る。

 その表情は、先ほどまでの情けない無職ニート丸出しの顔ではなく、真剣な男のものであった。


 みつるは勇者に背中を向け、画面をジッと見つめると、呟いた。


「無理かどうか、そこで見てな。……ゲームを舐めんじゃねえよ」

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