『超守雄列伝』③
みつるがプレイしていたゲームの機種は昔懐かしのものだったので、コントローラーと本体は一体となっており、取り外しがきかなかった。
なのでみつるは仕方なく押入れからもう一台本体を出す羽目になってしまった。
万が一の為に予備を(親の金で)購入していて良かったとみつるは心底思った。
勇者は大きな手の上に、硬そうな飾りのついた手甲をはめているから、大層コントローラーを握りにくそうだった。
気を取り直してみつるは画面を見て勇者にゲームの説明をする。
「『超守雄列伝』だよ。シリーズは沢山あるんだけど、最初のヤツなんだ。横スクロールアクションゲーム、つっても分かんないよな」
そう言うと、みつるは少し照れ臭そうに笑った。
画面には主人公の守雄が映し出されている。
そこへ、敵キャラのクリキントンボーイがヘラヘラ笑いながらゆっくりと迫ってきた。
「危ない、ジャンプして!」
「■■?」
「ジャンプ!」
このままでは守雄にクリキントンボーイが接触して死んでしまう。みつるは必死に勇者に伝える。
「ジャンプしてって!」
「■■?」
だが、勇者には分からないようだ。
――ダメか。伝わらないか。
「ジャンプだよジャンプ!」
それでもみつるはピョンピョン飛んでジェスチャーで勇者に「ジャンプして」と伝える。
「…………」
少し考え込む勇者。そして、彼は動いた。
「…………■■!」
掛け声と共に勇者がジャンプしたのだ。
――伝わった!
ただそれだけの事なのに、みつるは感動を覚えた。
だが、実際に飛んだのは勇者自身だった。
重厚な鎧の重さでベッドがギシイイイ!と軋む音だけが部屋に響いた。
画面では、直立不動のままクリキントンボーイにぶつかった守雄が悲鳴を上げて、死んでいた。
「あーあ、死んじゃった。自分がジャンプしても意味ないのにね。まあ、言葉も操作も分からないんだから当然か……」
それでも、少しでも意志の疎通が出来た事をみつるは喜んだ。苦笑いを浮かべて勇者を見る。
だが、勇者の様子がおかしい。
勇者は震えながら血相を変えていた。その表情は憤怒の色に染まっている。
「な、なに?どうしたの?」
「■■■■!!■■■■!!」
勇者は叫び声を上げるとバキッとコントローラーを二つに割った。
「だから割るなってもおおおお!!」
みつるの悲痛な叫びが部屋に響く。
だが勇者はそんなみつるの非難の声も聞こえていないようで、腰に帯びた煌びやかな装飾の付いた剣(まさに聖剣と言った感じの剣)を抜いて、テレビに向かって振りかざす。
「……■■■■■■■■」
「ちょ……ちょっと、何してんだよ」
そのまま勇者が何事か念じると、みるみる聖剣に光の粒子が集まる。それに呼応するように聖剣の鍔の辺りに雷の様な格好良い紋章が浮かび上がった。
「ええ?何だよそのファンタジックなギミック」
光を帯びた剣を構えたその姿は、まさしくゲームや漫画で見るような、勇者そのものであった。
「…………」
そのシルエットに、思わずみつるも見とれてしまう。
そして、勇者は眼光鋭く真っ直ぐにテレビを見据え、その不思議な力の溜まった聖剣を振り降ろし――。
「ちょ!な、何してんだよ!やめろ!」
それをみつるは慌てて止める。
「おいおいおい!!何やってんだよ、やめてくれよ!コントローラーはともかくテレビ壊したらゲーム出来ないだろう!大丈夫だから、本当に守雄が死んだわけじゃないから。これはゲームなんだから。本当の命じゃないの!だから大丈夫なんだって!」
本当に誰かが死んだ訳ではない。
多分勇者は箱の中の小人がモンスターに殺されたと思っているのだ。いや、実際に殺されたのは事実なのだが。
「ゲームなんだから!本当の命じゃないの!」
みつるは何とか身振り手振りでその事を勇者に伝える。
「■■■■……」
伝わったのかどうか定かではないが、勇者は必死な形相のみつるを見て何とか落ち着きを取り戻し、剣を鞘に収めてくれた。
ひょっとしたら自分が異世界からの訪問者である事を思い出し、みつるに迷惑をかけては申し訳ないと考えたからかもしれない。
大人しくなった勇者を見てみつるは安堵し、ベッドに腰を下ろした。
――やはりコイツはダメだ。
自機が死んだぐらいで異世界の伝承に伝わってそうな、勇者のみが使える格好良い剣技みたいなのを放とうとするなんて……。
洒落が通じない。
洒落が通じないにも程がある。
おそらく異世界にはゲームの概念がないのだろう。
自分は何てことをしてしまったんだ。
勇者にコントローラーを握らせるなんて。
ファンタジー世界の人間にゲームをさせてはいけないのだ。
みつるはほとほと疲れ果ててしまった。
「はい、もういいだろう。早く元の世界へ帰ってよ」
みつるはそう言うが、勇者は何故だか真っ二つになったコントローラーを握ったまま離さない。
「離さないのかよ。何だよ。気に入っちゃったの?」
「■■■■」
あれだけ怒り狂っておきながらも、ゲーム自体への興味は失っていない。
どうやら勇者もゲームが面白くない訳ではないようだ。
それは、みつるとしても悪い気はしなかった。
そう、ゲームは面白いのだ。
異世界の勇者にとっても共通の認識が得られるというのは、何だか気分が良いものである。
「……仕方ない。コントローラーの使い方から教えてやるか」
みつるは更に予備の本体を押入れから出してくると、テレビに繋いだ。