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『超守雄列伝』②

 向島みつる33歳はどこにでもいる至って普通のニートである。

 人生の早い段階で社会に適応する事を諦め、また、社会にも諦められた相思相愛の存在である。

 好きな事と言えば当然ゲーム。

 恋人は当然いた事もないし当然友達もいない。1日中ゲームだけをしながら生活していた。

 それだけの生活でみつるは満足していた。


 収入がある訳でもなく、親の稼いだ金で当たり前にゲームをしているのだが、大抵のニートがそうであるのと同様に、みつるは親の事が嫌いだった。

 その矛盾をみつる自身はちゃんと理解していて、自分の中ではその状態を「ダブルスタンダード(二重規範)」という何となく格好良い言葉に当てはめ、かなり悦に入っていた。

 そう、つまりみつるは日本中のどこにでもいる、神様が天から石を投げたら2回に1回の割合で当たる程の典型的なニート(平均的ダメ人間)なのだ(実際、ニートは家から殆ど出る事はないので空から降る石が当たる事はありませんが、ここでは統計的な意味合いで「神様が石を投げたら」という言葉を使わせて頂きます)。


 その日もみつるは寝そべりながら、ぼんやりとコントローラーを握ってゲームをプレイしていた。

 ゲームをしながら、部屋の扉の前に母親が作って置いてくれている晩御飯を感謝の気持ちも何もなく、当たり前の様にガツガツ食べ、皿の乗った盆を廊下に放置する。

 最近みつるは、何世代か前の古いレトロゲームにはまっていた。


 今プレイしているソフトのタイトルは『超守雄列伝』である。


 日本人なら、いや、世界中でも知らない者はいない程の超有名アクションゲームの初代である。

 みつるは何度もプレイした事のある感覚に安心を覚え、特に何も考えずに守雄を動かし、ゲームを進めている。


 みつるには夢があった。

 ある日、食糧確保の為にコンビニに向かう途中、トラックに引かれそうな猫の身代わりとなって死んで、異世界に転生するのだ。

 そうなったら人生勝ち組である。

 転生したもん勝ちだ。

 異世界では、現世で培った知識をふんだんに使い、チートを駆使し、勇者となり、冒険して、勿論可愛い女の子にも好かれて、好き放題のやり放題である。


「ぐへへ。いや、そんな人生が待っているんだったら、今真面目に働く方が馬鹿らしいや。ぐへへ」

 異世界転生を夢見、何の躊躇いもなく自らを正当化して、みつるは嫌らしく笑った。


 その時、ふとみつるが後ろを振り返ると――ベッドに鎧を着た騎士が立っていた。


「うわああああああああああああああああああ!!!」


 みつるは驚いて大きな悲鳴を上げる。 

 当然である。

 つい一瞬前まで、そこには誰もいなかったのだから。

 それは確実だ。

 そもそもみつるの部屋にはここ五年程、誰も入ってはいない。

 週に何度かコンビニに買い出しに行く時だって、しっかりと鍵をかけていくので親も入った事はないだろう。


 この部屋はみつるの聖域だった。


 そこに、突然鎧を着た騎士が現れたのだ。

 みつるの驚き様は仕方がないといえよう。


「うわああああああああああああああああ!!!!」


 みつるはそのまま絶叫を上げ続ける。


 尋常ではないみつるの叫び声で、下の階にいる親が様子を見に来るのではないかと思われたが、みつるは普段から「きえええええええええええええええええええ!!!!」や「ぐへええええええええええええええええ!!!!」等、今と同じくらいかその何倍もの奇声を上げながらゲームをプレイしているので、特に異変が起きたという様子でもなく、なので誰も部屋に上がって来る事はなかった。

 ご近所さんにしても「ああ、また向島さんの所のダメ息子か。あそこも大変だな……」ぐらいにしか思わなかった。 


「な、なんだよあんた!!な、なんなんだ!」

 みつるは突如現れた鎧騎士に向かって叫ぶ。

 鎧騎士も辺りを見回しており、少しは動揺している様なので、彼にとっても意図した状況ではないようだ。

 だが、どっしりとベッドの上に立っているその様子は、落ち着いてみえた。まさしく質実剛健な佇まいといえよう。


 そして、死ぬほど驚きながらも、みつるは何となくこの現象に直感を覚えていた。


――これは、きっと異世界転生だ!いや、違う。異世界召喚だ!


 何らかの事情で、異世界とみつるの世界が繋がったのだ。


 みつるにはゲームや漫画やアニメやネットで培った豊富かつ柔軟でフレキシブルな異世界モノの知識があったので、その仮説にすぐ辿り着く事が出来た。

 鎧もゲームで見る様にきらびやかで、格好良い紋章が施されている。


 騎士の容姿はというと、銀色の髪に、青い瞳。

 鍛え上げられた身体に精悍な顔つき。

 年齢はみつると同じ三十代か、少し上といった所だろう。

 まさに歴戦の勇者と言った雰囲気である。


 ひょっとしたら中世の騎士がタイムスリップしてきたという可能性もあるが、みつるとしてはそんな夢の無い、現実にあり得そうな話よりも(あり得ません)「異世界召喚」という一層現実離れしたシチュエーションに格段に心引かれた。


――勇者だ。ヤツは勇者に違いない。


 みつるは勝手にそう決めつけた。

 そして実際にその決めつけは当たっていたのだから、みつるの勘も彼の人生程捨てたものではなかった。


――この勇者が俺を異世界に連れて行ってくれるんだろう?よっしゃあ!俺の人生がようやく動き出したぜ!ぐへへへ。

 

 自分の望んだ人生が、これから始まるのだ。 

 みつるは喜びに打ち震えた。


「お、おい、あんた異世界からやってきた勇者だろう?お、俺を異世界へ連れて行ってくれ!勿論チート付きでな!」

 とにかくコミュニケーションを取らない事には始まらない。みつるはおっかなびっくりしながらも、期待を込めて勇者に話しかけてみる。

 人と話すなんて、いつも行くコンビニで「あ、ちょっと。その『つくねおにぎり』もちゃんと温めてくれよ!」と言うのを除いたら、かれこれ八年振りであるが、みつるは頑張った。

 

 そして、みつるの言葉に応える様に――勇者が口を開く。






 そして、みつるは絶望した。






「■■■■■。■■■■■■! 」


「言葉通じないパターンかよ!最悪じゃねえか!」


 みつるは天を仰いで叫び声をあげた。


「何でだよ!こういう時言葉は何の説明もなく、当たり前の様に勝手に通じるもんだろうがよ。そしてそのまま何の疑問も持たずに話が進んでいくんだろうが!!ふざけんなよ。何でだよ!!どうなってんだよ!!そこに変な現実感いらないよ!」

 一番面倒なパターンに、みつるは心底嫌になった。


 まさかそんな事を言っているとは思わないのだろう。勇者は尚もみつるに話しかけてくる。

「■■■■■■」

「いや、その言葉が通じなくて」

「■■■■■■!」

「いや、だからさ。分からないんだって」

「■■■■■■」

「……参ったな」


 更に勇者の使う言語が「○▽■□▲jgap▽■」みたいなヤツでないのも良くなかった。

 言葉が全て「■■■」では違いが分からない。実際みつるにはどういう発音なのか、形容出来ない程、勇者が口にする言葉を理解出来なかった。

 パターン分けが出来なければ、解析も出来ないではないか。

 

「■■■■■■■■」

「だから、分かんないって」

 それでも勇者は何か必死に訴えてくるがみつるにはさっぱり分からない。


「んだよ……めんどくせえよ。もういいから早く帰ってくれよ」

 みつるの期待は一瞬で打ち砕かれ、もう本当に、とてつもなく、死ぬほど嫌になった。

 人ともまともに話が出来ないニートが言葉も通じない異世界の勇者とコミュニケーションを取れる筈もなかった。


 あっという間に面倒くさくなった。

 もう、みつるは一人でゲームをしたかった。

 というか次の瞬間、みつるは実際に勇者を無視して、一人でゲームをやり始めた。

 それは彼が自分の殻に閉じ籠もった結果なのだが、客観的に見るなら、ある意味男らしい態度とも言えた。


――ふん。自分で勝手に来たんだ。勝手に帰るだろうさ。


 知らんぷりしてコントローラーを握り、画面に集中する。


「………………」


 そして、みつるは自分を見つめる視線を感じた。

 勇者が興味深そうにみつるの手元とテレビを覗き込んでいたのだ。


「…………ゲームだよ」

「■■■■?」

「まあ、こんなの異世界にはないよな……」

「■■■?」

「だからゲームだって」

「■■■?」

「はいはい、そうだよそうだよ」

 投げやりにみつるは勇者に相槌を打つ。


 それでも、やはり勇者はゲーム画面に釘付けである。


「…………やってみる?」


 そこで何を思ったか、みつるは勇者にコントローラーを差し出す。

「………………」

 勇者は要領を得ない表情であったが、興味には勝てなかったのだろう。素直に受け取った。


「■■■?」 

 そしてバキッ!!とコントローラーを真ん中から真っ二つに割った。

「うわああああああああ!!!何してんだよおおおおおおおおお!!!」

 みつるは泣き叫んだ。

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