『超守雄列伝』①
そこは超次元世界マーモスタット。千年の封印を解き復活した魔王により、絶望の危機に瀕した世界。そんな世界を救うべく立ち上がったのは、伝説の刻印を受け継ぎし、伝承の勇者ハプスブルグ。
彼は数々の冒険の末、仲間と共に成長し、真の勇者への道を歩んでいく。
そして、彼は今苦戦していた。
「どうしたハプスブルグ!この橋を渡り、魔王様のいる次の地へと進むには、俺を倒すしかないぞ!」
炎獄橋の上に立つ炎獄騎士ヤキカレーが勝ち誇った様に叫ぶ。
先程から戦闘状態だが、どうしても倒せない。
歯が立たない訳ではない。
地の利を取られているのだ。
炎獄橋の下は火の海である。
炎獄運河ファルネーゼが覗いている。この距離でむせ返る様な熱気なのだから、落ちたらひとたまりもないだろう。
その状況でハプスブルグは果敢にヤキカレーに聖剣カイザルブレイドを振り下ろすが、悠々と防がれる。
橋の横幅が狭い為、ハプスブルグの攻撃を予測し易いのだ。
更に、橋はもの凄く揺れる。
バランスを取るのも一苦労なハプスブルグに対して、炎獄騎士ヤキカレーは同じ場所に留まり、どっしりと構え、勇者の攻撃を受け流す事だけに集中していれば良い。
攻め手と受け手の違いである。
己の立場と役目を十分に理解している証であった。
門番の様に橋の進路を阻んでいるヤキカレーに、勇者達は攻めあぐねている。
だが、かといって炎獄騎士ヤキカレーはただ愚直に防戦だけ行っている訳ではない。
時折、魔法の火球が彼の掌から飛ばされる。
炎獄騎士ヤキカレーは炎獄運河ファルネーゼの主である精霊ポロネーゼと特別な契約を交わしているので、この場所に於いて半永久的に火球の魔法が使えるのだ。
動き難い橋の上で火球を避けるのは大変である。ハプスブルグは三度に一度はその攻撃をその身に喰らい、確実にダメージは蓄積されつつあった。
逆にハプスブルグ側の魔力はというと、炎獄橋に辿り着くまでに、とうに切らしてしまっていた。
旅の仲間である女エルフのサティに女魔法使いのジャスコ、女召喚師のマイカルも同じくである。
勇者のみが使える必殺剣なら魔力関係なく使えるが、先述したように橋が揺れて集中が覚束ない。そもそもヤキカレーがのんびりとハプスブルグが必殺剣の力を溜めるのを待ってくれる筈もない。
勇者ハプスブルグ一行。彼らは全ての条件に於いて、劣勢であった。
「ハプスブルグ、どうするのよ?」
ハプスブルグと一番付き合いの長い女エルフのサティが問い詰める様な口調で訊ねてくる。
「何とかあいつを倒さなくてはならない。それだけだ」
至って真面目に答える勇者に、エルフのサティは呆れた様に肩をすくめて溜め息をつく。
「……本当、貴方って良く言えば武骨だけど、質実剛健だけど、真面目だけど……融通が効かないわね」
「サティさん、それがハプスブルグ様の良い所ですよ」
女魔法使いのジャスコの言葉に、女エルフのサティはあからさまにムッとする。
「そんな事あなたに言われなくても、分かっているわよ」
「分かってません。大体サティさんは普段からハプスブルグ様に対して無礼な口の利き方が多いのです。もっと勇者様に対する敬意を持たれてはいかがですか」
「何よ。私とハプスブルグはあなたなんかよりずっーーっと前から一緒に旅をしてきたんだから、当たり前でしょう。私はハプスブルグがハナタレ勇者の頃からの付き合いなんだからね」
何度も聞き飽きた女エルフサティの自慢話に女魔法使いジャスコはうんざりした表情を見せる。
「ほら、直ぐに昔の話を持ち出す。エルフって言うのは長生きだけあって、本当に過去がお好きなんですね!」
「なんですって!このロリ巨乳小娘が!」
「うるさいです。このアンチエイジング婆!」
そして、いつもの言い争いが始まった。
そんな中、我関せずといったスタンスで肩に子ドラゴンを乗せた女召喚士のマイカルが眼鏡を中指で上げ、クールに呟く。
「……というか、早くしないと、やられる」
橋を攻略出来ないと、先へは進めない。
魔王城はまだまだ先だ。こんな所で苦戦している場合ではないのだ。
ちなみに二人が言い争いをしている間に、ハプスブルグは炎獄騎士ヤキカレーと八回は刃を交えていた。
彼は仲間の不和や、戦いを一人に任せられている事に対して、特に怒りは感じていない。
女性を守るのは男の使命だとハプスブルグは常日頃から思っているのだ。
「とにかくヤツをなんとかしないとね」
「魔法さえ使えたら、私一人で十分ですのに」
「……召喚術さえ(以下同文)」
今現在、パーティー全員の考えは同じだった。
とにかく、ヤツを倒さなくてはどうしようもない。
炎獄騎士を倒さないと、橋を越える事は出来ない。
ハプスブルグも、平地なら10回中10回勝てる自信がある。
だが、やはり条件が芳しくない。
炎獄運河ファルネーゼを跨ぐ揺れ動く橋の上という、相手にとって完全に有利な場所。
基本は防御に専念し、時折放つ火球で牽制を加えるのみという徹底的な戦法。
そして、こちらの魔力不足。
それもこれも地の利を作りだし、最大限に勇者パーティーを消耗させる好敵手の存在が大きかった。
勇者と己れの力量の差を自覚して、相手を過小評価する事も、己れを過大評価する事もなく最善の手を尽くす。
炎獄騎士ヤキカレーの恐ろしさはそこにあった。
結果、時間ばかりが過ぎ、こちらがどんどん不利になってきていた。
どうしようもなく、相手から死角になる橋の欄干に身を潜めるハプスブルグ。
――さあ、どうするべきか。こうなったら捨て身で突破する他はないか……。
火球を無視して、瀕死になって突撃する覚悟があれば何とかなるかもしれない。ハプスブルグは今までもその捨て身の攻撃で苦難を解決して来た事が度々あった。
付き合いの古い女エルフサティからはその度にもっと頭を使えと苦言をぶつけられるのだが、仕方がない。
――それしか思いつく手段がないのだから。
……さて、行くか。
ハプスブルグがそう決断し、立ち上がったまさにその時――。
彼の目の前に何か小さな物体がふわふわと飛んできた。
それは手のひらサイズほどの、小さな少女だった。飾りっ気のない白い服をすっぽり被り、その背中からは小さな羽が生えている。頭には草の冠を被り、こちらを見てニコニコと朗らかに笑っている。それはとても可憐で、愛らしい表情で、地獄の様な炎と熱気にまみれたその場には、全く似つかわしくない存在だった。
「あれは?何だ。確か……」
ハプスブルグが首を捻ってその手のひらサイズの少女を思い出そうとする所に、女召喚師マイカルが眼鏡に手を添えてボソッと答える。
「……『時と次元の精霊サタディ』だね」
「ああ……」
そうだった。ハプスブルグは思い出した。ひとつ前の冒険で精霊国を救った際に精霊王に言われていた言葉を。
「そなたに危機が訪れた時、精霊が現れ、救いの手を差しのべるだろう」と。
「それが今って訳?この小さな精霊が何とかしてくれるの?」
女エルフサティが女召喚士マイカルに訊ねる。女召喚士マイカルは自信とも不安とも分からない無表情で、ただ眼鏡をクイっと上げて答えた。
「多分……」
そしてその時である。
時と次元の精霊サタディが輝き出した。
――次の瞬間、時が止まった。
「……なんだ、これは?」
周りを見ると、全員が止まっていた。
女エルフサティも女魔法使いジャスコも女召喚師マイカルも、瞬き一つせず、ピクリとも動かない。
味方だけではない。
橋の途中にいる炎獄騎士ヤキカレーも、ハプスブルグを待ち構える仁王立ちの体勢のまま止まっていた。
橋の下を見ると、先程まで命ある者の様に蠢き、牙を剥いていた運河のマグマ達も、ピタリと止まっている。
「これは……」
ハプスブルグは理解した。
時が止まり、自分だけが動ける世界となったのだ。
そして、時と次元の精霊サタディはニコニコと微笑んだまま、驚いているハプスブルグの周囲を廻り始める。
そこで、サタディは初めて口を開く。
「さあ、参りましょう。貴方を救う、賢者の下へ……」
ハプスブルグの視界がゆっくりと歪んでいく。
次元の扉が――開かれる。