『チトリヌ』②
これからの数話に関して、大変恐縮ではありますが、読む際の注意点がございます。
取り扱うゲームの都合上、縦書き読みは推奨しかねます。
携帯の方も検証しておりませんので、ひょっとすると不具合が生じるかもしれません。
パソコンでも大丈夫ですが、なんとなくスマートフォンで読まれるのが一番面白いかと思います。
環境的に可能な方はそちらの方でお読み頂ければ有難いです。
土曜日の夜、みつるは少し緊張していた。
勇者は今週もやってくるだろうか。
二度ある事は三度ある。
一度だけならともかく、先々週、先週と続くと、今週もと、思ってしまう。
果たして勇者はやってくるのか。
みつるは柄にもなくドキドキしていた。
それは家に誰もいない隙に初めてデリヘルを呼んだあの時と同じ高揚だった。
だが、普段なら土曜の九時にはやって来るのだが、まだ勇者は来ていない。
やはり今日はもう来ないのか。
それとも、意識してはダメなのだろうか。
――何かをしなくては。
みつるはそう思い立つと部屋の扉の前に母親が作って置いてくれている晩御飯を感謝の気持ちも何もなく、当たり前の様にガツガツ食べ、皿の乗った盆を廊下に放置する。
みつるはベッドを見る。
だが、勇者は来ていなかった。
がっかりする。
ひょっとしたらゲームをしていないといけないのかもしれない。
今までは必ずゲームをしていたのだ。
そういう条件なのかもしれない。
「それなら、時間を潰せるゲームでもやって待っていよう。うーん……パズルゲームかな」
勇者が来たらすぐに止めて別の面白いゲームをやればいい。
というかあの勇者はいつもゲームをプレイするだけして帰っていくが、目的は何なのだろうか。本当にゲームをする為だけに来ているのだろうか?
何の為に?
まさかゲームの攻略が彼の世界の攻略に繋がる訳でもあるまいし。
まあ、言葉は通じないのだからそんな事を考えても仕方がない。
今日こそしっかり勇者をおもてなしして、異世界へと連れていってもらう。
その為に、名作アクションゲームもいくつか厳選していた。準備は万端だ。
取り合えず勇者がやって来るまでの繋ぎの為に、名作パズルゲーム『チトリヌ』を入れて、ゲームの電源を入れて、スタートさせた。
しばらくプレイしていたら勇者が現れるだろ――――ベッドに勇者が立っていた。
「うわああああああああああああああああ!!!」
みつるは悲鳴を上げる。
勇者はいつもの様に、悠然と立っていた。
「来た!!来たよ!何だ!?やっぱり油断しないとダメなのか?召喚されるの見せたくないの?あ、それかゲームかな?分かんねえけどいいや。また来たんだし!!」
みつるはおかしなテンションでそう叫ぶと、勇者を歓迎する様に笑顔を浮かべた。
「また来てくれて嬉しいよ!ささ、ここに座って 」
用意していた椅子を勧める。
珍しく少し部屋も片付けていた。みつるが掃除をするなど、十年ぶりである。
更にはお菓子まで用意しているのだ。
みつるが人をもてなすなど、あり得ない事である。
そもそもみつるは人とコミュケーションが取れない。
ネット掲示板でも荒らししかしない。
オンラインゲームでもPKしかしない。
「ヒヒヒヒヒヒヒ」と笑いながら、ただただ相手キャラクターを殺す。それが最高に楽しかった。
そんなクズのみつるが異世界の勇者をもてなそうとは、大成長である。
例えそれがご機嫌をとって異世界へ連れていってもらうつもりだとしても。
勇者は笑顔でみつるの促した椅子に座ってくれた。みつるは嬉しかった。
「さあ、どんなゲームが良い?アクションいっぱいあるんだぜ!」
だが、勇者はみつるが並べたアクションのソフトは見ていなかった。
画面に釘付けになっていたのだ。
それは『チトリヌ』のデモ画面である。
ただ単調にブロックが積み上げられていく映像が流れている。
「ああ、これはパズルゲームだよ。落ちてくるブロックを集めて消していくんだ」
そう言いながらみつるは内心慌てた。
『チトリヌ』は敵を倒したりしない、地味なゲームだ。
今までの傾向からこの勇者はアクションやシューティングが好きに違いない。
機嫌を損ねて部屋を滅茶苦茶にされたら最悪だ。
「いや、つまんないよね!こういうの興味ないよね?ごめんごめん。べ、別のソフトに変えようかな……」
そう言ってそそくさと『チトリヌ』のソフトをゲーム機から取り出そうとしたが――その手をガッと勇者に掴まれた。
「■■■■!! ■■■■!」
「うわびっくりした!! え? ……何?」
「■■■! ■■■■■■■■!!」
勇者は必死で何事か訴えてくる。
言葉は分からないが、意図は何となく伝わる。
「ええと…………替えなくていいの?」
勇者は力強く頷いた。
「良いの? これで良いの? パズルゲームだよ?」
画面を指差すとうんうんと首を縦に振る。
とんでもない食いつきだった。
ひょっとしたら今までで一番の食いつきかもしれない。
勇者が「これだ! まさにこれなんだ!」と言っている様に思えた。
勇者はパズルゲームに興味があったのか。それは意外だった。
「そんなにこれがいいなら、別に構わないけど……。もしかして、こんなダンジョンがあって困っていたりして? まさか、そんな事ないよね。あはは」
みつるは笑いながら首を捻り、勇者の意思に従ってソフトをそのままにした。
「じゃあ、まあそんなに好きならやってごらんよ」
とりあえずみつるは勇者にプレイさせてみる事にした。
インスピレーションは大事である。
だが、喰いつきは良かったのだが、やはり勇者はこのゲームを知っている訳ではなかったようだ。
訳が分からないのだろう。ブロックを闇雲に左右に動かしたり回転させたりするが、結局は意味なくどんどん積み上げていき、あっという間にゲームオーバーとなった。
――GAME OVER――
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「…………」
まあ、そうなるか。
勇者はこのゲームを知っている訳ではないのだ。
だが、あの凄い食いつきは何だったのか。
何か事情がある事には間違いなさそうだ。
――おっといけない。
みつるはすぐに勇者の前で手を広げる。
ゲームで死んだら、彼が怒るからだ。
「もう怒るなよ。な?」
みつるは先周りして止めに入る。
「すぐ怒るんだから。仲間が大変だよ。こんな子供みたいなヤツの面倒見ないといけないなんて」
みつるは異世界にいるであろう勇者のパーティー達に深く同情した。
すると次の瞬間、みつるはいつの間にか宙を浮いていた。
「う、うわあああああああ!!」
みつるは悲鳴を上げる。
80キロあるみつるの巨体が軽々と浮いているのだ。
勇者の手がみつるの方を向いて、そこで操作している。どうやら念動力系の魔法の様だった。
「ひえええええ!や、やめて下さい!ご、ごめんなさい!!」
みつるは高い所は大の苦手である。
だから社会の底辺に居座り続けているくらいなのだ。
「うわああああ!!浮いてる浮いてる!!ひいいいいい!!宙を浮いているよおおおおお!!!!」
これはいくらなんでも下の両親やご近所さんが助けにやってくるかと思ったが、両親はみつるがまた新しい自慰を編み出して騒いでいるだけだろうと思い(新しい自慰を編み出した時のリアクションと、今のみつるのリアクションはほぼ同じと言って良い程酷似していた)。よってご近所さんも同様に「ああ、また向島さんの所の息子が新しい自慰を編み出したんだな。前回から一週間か。今回は難産だったな……」ぐらいにしか思わなかった。
「降ろして!降ろして!」
そして、いつもの様にすぐに勇者は我に返り、みつるを降ろしてくれた。
はあはあ息を吐きながら、みつるは顔を真っ青にして、勇者に言う。
「……あんね。分かったから。ちゃんとやり方を教えるから」
「……■■■■■」
勇者はとても申し訳なさそうな顔である。
それならやらないで欲しいが、頭に血が昇るとどうしようもないみたいなので、仕方がなかった。
みつるはいつもの様にコントローラーを持って、勇者に操作を説明する。
そもそも、ゲームのルールやブロックが消える条件がよく分かっていない様だ。
ブロックを消すゲームだという認識がなければ、このゲームはプレイしようがない。
みつるも中古で買った時は、説明書も何もなく、ただがむしゃらにブロックを積み上げてはゲームオーバーになっていた。
初めてプレイした勇者を責めるのは可哀相だといえよう。
「このゲームは簡単に言えばブロックを積み上げていき、消していくゲームなんだ」
そう言うと、みつるはゲームをスタートさせた。
すると、様々な形のブロックが一つずつ画面上から落ちてくる。
正方形もあれば長い棒の様なブロック。L字やZ字に凸字もある。
それらを十字キーで操作、ABボタンで回転させ、地面を平らにするようにブロックで作りあげていくのだ。隙間が出来たらそれを埋めるピースが落ちてくるまで待つ。
「まあ、パズルみたいなもんさ。パズルが分かるかどうかだけど……まあ、見ててよ」
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「四角は……ここ」
左右で操作して、下ボタンで急落下させる。
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「よし、次は……」
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「Lか……よし」
みつるはAボタンを押して回転させる。
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「で……と」
右に寄せて落とした。
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次のブロックが落ちてくる。
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「はいはい」
正方形のブロックをみつるは一番左端の隙間に落とした。
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すると、勇者の目を疑う事が起きた。
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「…………!■■■!!」
↓↓↓ ↓↓ ↓
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「■■■!■■■■!!」
一番下の段がブロックで隙間なく埋まった瞬間、その一列が消滅したのだ。
「…………!!■■!!」
その光景を見て勇者は目を見開き、口をあんぐりと開けて驚いている。
みつるは得意顔で口を開く。
「ま、こういう事だよ。どんどんブロックを消していくゲームなの」
そして、また同じ様にブロックを、埋めていく。
横の列が隙間なく埋まれば、消えていく。
上の段でも、中間でも、一列だけでなく二列や三列と同時に消える事もあった。
みつるはブロックをどんどんと積み上げていく。
そして――
「よし……これで全消し!!」
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みつるが長い棒を隙間に落とす。
――ALL VANISH!――
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ブロックが全て消えた。
「■■■■!!■■■■!!」
それを見て勇者はとてつもなく興奮している。
完全にゲームについて理解した様だ。
「ルールが分かっただけでこんなに嬉しいかね。ひょっとしたらアクションやシューティングよりも好きなのかな?」
勇者の興奮ぶりを、みつるは不思議に思ったが、やはりこんなに反応してくれて、嬉しかった。
「まあいいや。はい、やってみなよ」
「■■!」
みつるは勇者にコントローラーを差し出し、勇者は嬉しそうに受け取った。