『チトリヌ』①
そこは超次元世界マーモスタット。千年の封印を解き復活した魔王により、絶望の危機に瀕した世界。そんな世界を救うべく立ち上がったのは、伝説の刻印を受け継ぎし、伝承の勇者ハプスブルグ。
彼は数々の冒険の末、仲間と共に成長し、真の勇者への道を歩んでいく。
そして、彼は今苦悩していた。
ハプスブルグ一行は近郊にある「賢者の洞窟」でかれこれ三時間以上悩んでいた。
「どうするの?」
女エルフのサティが訊ねてくるが、ハプスブルグも首を傾げる他にはない。
「賢者の洞窟」へと入り、襲いかかってくるモンスター達を勇猛果敢に薙ぎ倒しながら突き進んだ勇者一行。そこまではいつも通りのクエストである。何の問題もなかった。
――洞窟の最後に祭壇があり、壁に文章が綴られてあるのを見るまでは。
「石板の謎を解きし者に、じょうろを与えん」
その文字を見て、全員が頭を捻った。
謎とは一体何なのか。
石板とは?
そう思った瞬間、天井から何かが落ちてきた。
それは、石板だった。
一枚の石板が地面に着くと、更に上からもう一枚落ちてきて、地面に着くとまた上から新たな石板が落ちてくる。その繰り返しだった。
落ちてくる石板の形は毎回同じではなく、多種多様な形状を持っている。
正方形。長い棒の様な形。L字や凸字の石板がランダムで落ちてくる。
「…………」
「…………」
「…………」
「………… 」
しばらく、石板が地面に積まれていくのをただ眺めるハプスブルグ一行。
それが何なのか全く分からない。
謎は深まるばかりであった。
壁に書いてある「石板」とは、今目の前で上から落ちてきているものに間違いないだろう。
だが、それをどうしたらよいのかが分からない。
「どうするのハプスブルグ?この謎を解かないとじょうろが手に入らないみたいね」
「ううむ……」
そう、じょうろはどうしても必要だった。
そもそも、この賢者の洞窟に何をしに来たのかと言うと、じょうろを探しに来たのだから。
「じょうろがないと『空飛ぶ花壇』で次の大陸に進めませんしねえ」
ジャスコが困った様にため息をつく。
伝説の魔道具「空飛ぶ花壇」を育てる為には「賢者の洞窟」にある魔法のじょうろが必要だった。
ジャスコの言う通り「空飛ぶ花壇」が花を咲かせる事により、新天地へと導いてくれるのだ。
「とりあえず、あの石板を調べてみよう」
ハプスブルクが言うと、一行は落ちてくる石板に気をつけながら、地面に着地した石板を調べ始めた。
「これは、凄く硬いわね」
サティが恐る恐る石板に触りながら言う。重さもかなりあり、ハプスブルグならともかく、エルフの細腕では持ち上げる事は不可能であった。
「本当ですうふ。す、凄く硬いですうふん。あはん……硬くて……たくましい……」
何故か艶めかしい声を上げて石板を触るジャスコ。
「ジャスコ……いやらしい」
「本当、最低」
女召喚士のマイカルがボソッと呟き、サティはあからさまに眉間に皺を寄せる。
女性陣の非難と軽蔑の目等まったく気にせず、ジャスコは尚も長い棒の形状をした石板に舌を這わせながら、上目遣いで言う。
「はあはあ……ハプスブルグ様。硬くてたくましいですね。まるで、そそりたつハプスブルグ様のシ○ボルの様ですわ……。そう思ったら……もう私……ああ、、、あふん!!ハプスブルグ様ッッッッ!!ああん!!」
上気した表情で、目の前で何らかの絶頂を迎えるジャスコ。
それに対してハプスブルグは至って真面目な表情で答える。
「ああ、確かにこれは硬いな。叩いてもビクともしないし、剣でも斬れないな。ジャスコ、魔法攻撃も通用しないか、確かめてみてくれないか?」
「え……あ、は、はい」
拍子抜けした様子で頷くジャスコにサティが嬉しそうに囁く。
「ふん、あんな遠回しなやり方で、鈍感ハプスブルグに通じるもんですか」
その言葉に、眼鏡を上げながら女召喚師のマイカルもうんうんと頷く。
「うん。あんな遠回しじゃ……伝わらない」
二人の意見にジャスコはキュートな唇を尖らせて言う。
「分かってますよ。質実剛健なハプスブルグ様にあんな遠回しなやり方じゃダメな事ぐらい。軽い牽制ですよ」
そしてジャスコはハプスブルグの頼み通り、魔法で石板に刺激を与えた。
結果、攻撃魔法や物理攻撃等で壊す事は出来ないが、念動魔法で落ちている途中に向きの回転や左右移動を行い、落下地点を操作する事は可能である事が分かった。
ハプスブルグは自ら念動魔法を使って、石板を様々な場所に着地させてみる。
そうすると、たまに石板がフッと消え去る事があった。
だが、それが何故なのか、さっぱり分からない。
法則性が分からないのだ。
「…………」
その時、女召喚士マイカルの眼鏡がキランと光った気がしたが彼女は何も言わなかった。
「やっぱりこの石板を積み上げて何かの形にするんじゃないの?女神の形とか、剣の形とかにさ?」
サティがそう言うのでハプスブルグはその様な形に石板を積んでみたが、特に何も起こらなかった。
それどころか、洞窟の頂上まで石板が積み上げられ、それ以上石板が落ちてくるのが阻まれる状態になると、どこからともなく「ブッブー」という音が鳴り、全ての石板が消えてまた最初の石板から始まるのだ。
「まったくもって分かりませんわね。まあこれでも食べて、少し考えましょう」
魔法使いのジャスコがそう言ってハプスブルグにセイコーの実を差し出す。
マーモスタットの簡易食である。
「ありがとう」
ハプスブルグはジャスコに礼を述べ、セイコーの実を口に含んだ。
旨くもなく不味くもない、馴染みの味が口の中に広がる。
そしてハプスブルグは考える。
「一体、石板の謎とは何なのだ。石板をどうすればよいのだろうか」
「多分、私達を消費させたいに違いありません……」
そう言いながらジャスコはハプスブルグの腕に豊満な胸を押し付けた。
そんな事をしてサティが黙っている筈がない。
「ちょっと変態魔法使い。あんた何やってんのよ」
「いやあ、ここ、狭いから仕方がないんですよー」
洞窟内の、石板が落ちてくる場所はある程度広いのだが、そこを避けて、人が待機出来る場所に関しては狭く、四人で丁度ぐらいのスペースであった。
「それなら私だって」
サティも負けじとハプスブルグにくっつく。
「あら、サティさんはスリムですから別に狭くないんじゃありませんか?それだけスリムなんですからね。あー、スリムで羨ましい」
「あんた喧嘩売ってるわね。スリムスリムうるさいわよ。胸が無いって言いたいんでしょ?そりゃあ無駄にでかいあんたに比べたら小さいけどね?それでもマイカルに比べたら倍以上はあるんだから!」
関係ないマイカルにまで飛び火する。
「…………」
当のマイカルは二人の会話等気にせず、そのどさくさに紛れて一人でハプスブルグの股間を触りまくっていた。
ハプスブルグは三人の密着や接触に関して、全く反応を示さなかったが、流石にこれでは集中出来ない。
ただでさえ頭を使う試練なのに、考える事もままならないのではたまらなかった。
そこでハプスブルグはある事に思い当たる。
――そういえば、周期的には巡ってきてもおかしくない…………。
そう、時と次元の精霊サタディが現れる周期なのだ。
また、この苦難のタイミングで賢者の祠に飛ばされるかもしれない。
今いる場所が「賢者の洞窟」だから、ひょっとしたらあの「げえむ」を司る賢者に聞けばなんとかなるかもしれない。
だが、いかな「げえむ」 と言えどもこの謎は分かるまい。
今まで二回の経験からハプスブルグはある分析をしていた。
「げえむ」とは敵と戦う際の「戦略」や「技術促進」の為の儀式なのではないかと。
前回、前々回と、どちらも「げえむ」は分かり易かった。
火の海の橋の上で戦う方法。
嵐の様な魔法の中を掻い潜る方法。
ハプスブルグ自身も「げえむ」の操作法や打開策では手間取ったが、それが意図する事に関しては、すんなりと合点がいったものである。
だが、今回に関してはこちらの状況が今までと違う。
敵もいない。
罠もない。
ただ様々な形の石板が落ちてくるだけだ。
ただ様々な形の石板が落ちてくるだけの「げえむ」など、ある筈がない。
そんな「げえむ」など、意味が分からない。
だから、賢者の下へ行った所で、彼を困らせてしまうだけだろうとハプスブルグは思っていた。
その時である。
ハプスブルグの前に小さな愛らしい少女が飛んできた。
「来たか……」
時と次元の精霊サタディである。
「さあ、参りましょう。賢者の下へ」
サタディはそう言うが、勇者に高揚感はなかった。
「いや、今回は無駄だと思うがな。無理難題を押し付けて賢者に迷惑をかけてしまうのは忍びない」
いつも部屋で逆上して散々迷惑をかけている事を顧みず、ハプスブルグは精霊に意見を述べる。
だが、サタディはいつもの様にニコニコと微笑んでいるだけだ。
そして、すぐにサタディが輝き出し、ハプスブルグの周りの時間が止まった。
――やはり、行くのか。
ハプスブルグは歪む視界の中、特に乗り気もせずに異世界へと旅立っていった。