『スターシューティングファイター』⑥
「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「うわ、何よ突然大声を出して」
突然テンションマックスで叫び声を上げたハプスブルグに女エルフのサティが顔をしかめる。
ハプスブルグがこんなに興奮する姿等、長い付き合いの女エルフサティでも初めて見るものであった。
王様から勇者の称号を授かった時でも、こんな表情は見せなかった。
「ん……?戻ってきたのか」
ハプスブルグは我に返った様に周囲を見渡す。
やはり前回と同じく時間は一切経過していなかった。
「それでは勇者様、また来週ー」
時と次元の精霊サタディがニコニコしながら飛び去っていった。
ハプスブルグはそれを見送り、仲間達を振り返った。
「ねえハプスブルグ。どうするのよ。死の粒子は」
「ああ、それならもう大丈夫だ」
勇者は自信満々に大きく頷くと、スクッと立ち上がり、大魔法使いチリドッグの方へとゆっくりと歩き出した。
「まあ、見ておけ」
突然のその行動に女エルフサティが慌てて声をかける。
「ちょっと……ハプスブルグ!正気なの?当たったら死ぬのよ」
「それはつまり、当たらなければ死なないという事だな」
「え……?」
即座に言い返す勇者。
それは絶対的な自信だった。
その勇者の頼もしい後ろ姿に女性三人は全員惚れ直した。
キラキラ輝く瞳でハプスブルグを見詰める。
大魔法使いチリドッグはそんな勇者の行動を鼻で笑う。
「ふん。策も考えずに死にに来たか。先の炎獄騎士ヤキカレーとの戦いでは冴え渡る頭脳を見せたと聞いておったが、やはり勇者の石頭は変わらないという事だな!!」
「……賢者が教えるのはなにも戦術だけではない。卓越した技術そのものも、彼からは教わる事が出来るのだ」
「何を訳の分からん事を言っておるのだ!……喰らえ、死の粒子!!」
チリドッグが叫ぶと、彼の全身から死の粒子が放たれる。
何百発、同時である。
触れると死に至る呪いの魔法がチネッタ大平原の広範囲に広がる。
その光景は、壮観だった。
「………………」
「ハプスブルグ危ない!」
猛スピードで迫りくる粒子にハプスブルグは一切慌てる素振りを見せない。剣さえ抜かずに、両腕をだらんと下に垂らしたまま黙って歩いている。
「な、何をなさっているんですかハプスブルグ様!?」
自殺行為とも取れるその無謀な行動に仲間達が驚きの声を上げた――次の瞬間、彼女達に更なる衝撃が走った。
「……ハプスブルグ。あんた一体どうしたのその動き」
「……ハプスブルグ様。凄いです。凄過ぎます」
「……ハプス。神業」
「な、何故だ!何故当たらん!!」
敵も味方もただただ驚愕していた。
そう、ハプスブルグは死の粒子の嵐の中を、平然と歩いているのだ。
しかも彼は、死の粒子を殆ど避けていない様に見えた。
ただゆっくりと前進しながら、ほんの少し身体を斜めに向けたり、歩幅を変えて歩いたりと、それだけである。
なのに死の粒子はハプスブルグに一切触れられない。
「ザ!サッ!」ではなく「ぬたん、たとん」と流れる様な動きで粒子を避けていく。
常人には計り知れない程、身体に触れる寸前でしっかりと体を躱しているのだ。
ハプスブルグは粒子を見ている様で、見ていない。
意識しながら、無意識に、粒子の動きを感じ取り、最小限の動きで躱す。
大平原全てに意識を傾けながら、世界と一体になっていた。
――集中力が途切れてしまわない様に、集中をしない方向に集中するのだ。よいな……ハプスブルグよ。
異世界の賢者の言葉はやはり理解出来なかったが、ハプスブルグにはあの時、何となく彼がそんな事を言っていた様な気がそこはかとなくした感じだった。
賢者の教えとハプスブルグの身体能力が合わさって完成する。それはまさしく神業であった。
そして、ハプスブルグは堂々と歩み、あっという間にチリドッグの眼前まで迫ってきていた。
勇者はそのまま詠唱を始める。すると垂らした腕に炎が纏う。
それは勇者のみが使える聖なる魔法「ホーリーファイア」である。
聖者には影響は一切なく、熱くも痒くもないが、邪悪な者がその火にひとたび触れたら地獄の業火でその邪心を焼き払う効果がある。
その炎と共に、勇者はチリドッグの下へと向かう。
魔法使いは、勇者の脅威的な能力に怯えた表情を浮かべた。
「ぐ!!やめろ!」
「命乞いか……。私はこのホーリーファイアの前に自ら立ち塞がった勇敢な賢者を知っておるぞ。まあ彼は確実に聖者なのだから、炎を喰らっても何の影響もないのだが。いや?そういえば随分と熱がっていた様な?まあ、異世界とこちらではその辺りの理屈が違うのかもしれないな……」
「何をぶつぶつと……」
「それに比べてまったく、貴様は……あの方の勇気には程遠いな」
そう言いながらハプスブルグは、燃える指先で自らの頭をトントンと叩いた。
「な……何を言っているんだ……。や、やめろ。やめてくれ……」
炎を掲げると、チリドッグに向かって放つ。
「ホーリーファイア!!」
「ぐわあああああああああああ!!」
聖なる炎で焼き尽くされる大魔法使いチリドッグ。
大平原に断末魔が響き渡った。
その後、チリドッグはすっかり邪気を抜かれ、聖人の様になってしまった。
「お見事ですじゃ、勇者ハプスブルグ殿。さあ、早く想像樹の中へ。あ、これは内部の地図じゃ。持っておいき。ああ、それに回復魔法を使っておこう。それ」
ハプスブルグ一行の体力が全回復した。
「すまないなチリドッグ」
「いえいえ、散々御迷惑をおかけしましたからな。お詫びですじゃ」
チリドッグは本当に、ただの人の良いおじいちゃんとなっていた。
これが「ホーリーファイア」の力である。
どんな邪悪な心の持ち主だろうと「ホーリーファイア」の火を近づけられるだけで大半の者が一瞬で邪心を燃やし尽くされて善人になる。
直接炎に触れてもなお邪心を保っていられるのは、よほどの荒んだ精神の持ち主である。
それこそ魔王かとんでもないクソ豚野郎ぐらいのものであろう。
神の御業とも思しき偉業を成し遂げたハプスブルグに仲間達が称賛の声をあげる。
「凄いわハプスブルグ!一体いつあんな技を身に着けたの?あの……抱いても、いいんだからね!」
「凄過ぎますハプスブルグ様!あれだけの死の粒子を平然と躱すなんて。技もさる事ながら、その勇気が素晴らしいです。抱いて下さい!私の全ては貴方様のものです」
「……流石はハプス(抱いて!今すぐここで抱いて!!渇きに渇いた私の身体を滅茶苦茶にして!!!お願いだから!!!!D☆A☆I☆T☆E)」
仲間達の賞賛の声に、ハプスブルグは軽く頬を持ち上げ、笑みを浮かべる。
「全て、賢者のおかげだ」
そして、右手人差し指と中指を立てて鼻の下に置き、左手で耳たぶを触りながら空を仰いだ。
それを見て女エルフサティが驚きの声を上げる。
「そ、その姿勢は……『神拝の儀』!!」
マーモスタットに於いて、最も敬愛する神を崇める際に用いる、最上級の崇拝の所作であった。
女エルフサティは今まで共に冒険してきて、ハプスブルグが神拝の儀をした姿など見た事がなかった。
「賢者に絶対回避の魔法を教わったのですか?」
女魔法使いジャスコの問いに、ハプスブルグは神拝の儀を保ったままゆっくり首を振る。
「いや、違う。魔法ではない」
「魔法ではない?奇跡ですか?」
「そう、奇跡の教えだ。これこそが賢者の教え…………『ぴちゅる』だ」
ハプスブルグはピチュるを間違えて覚えていた。
だが、神拝の儀と共に勇者の口から語られた「ぴちゅる」は、そのままマーモスタットで誤用され、最終的には「人智を越え、奇跡の力で神の頂きへと登りつめる事。または登りつめた人間。ぴちゅる人(例:村の洪水を一夜でせき止めたあの方は、絶対にぴちゅる人に違いない)」という意味として、永きに渡り使用される事となる。
そしてこの時、女召喚士マイカルは心の中で「なんだかぴちゅるっていやらしい響きだな……ああ、ハプスブルグ、私をぴちゅって!!」と考えていたのだが、それはマーモスタットの史実には残されていない……。
『スターシューティングファイター』
日本を代表する弾幕系シューティングゲーム。
元々はアーケード版でゲームセンターに設置されていたが、その難易度とストイックな設定から爆発的な人気を得て、家庭用ゲーム機に移植された。
挿絵付きの萌えキャラ操縦者どころか、そもそも戦闘機の設定からパイロットの情報は一つもなく、ただゲーム性のみでプレイヤーに真正面からぶつかってきた、超硬派作である。
だが、その硬派な信念を貫くあまり、近年の萌えやキャラクター重視の業界の波に上手く乗る事が出来ず、三年前、古参ユーザー達に惜しまれながら、製作会社は潰れた。