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『スターシューティングファイター』⑤

「■■■、■■■。■■■■■■■■■!」

「そんな、まさか。無理に決まっている!」という表情で、勇者はコントローラーをみつるに渡す。


 みつるは勇者とは対称的に余裕の表情である。

 その事自体が勇者には信じられない。

 画面一面の弾の雨嵐に、こんな楽しそうな顔をしてみせるとは。

 勇者はみつるに畏怖の念を覚えていた。


「まあ、見てなよ。……シューティングの楽しみ方を教えてやるぜ」

 みつるは画面を凝視してセットポジションに入る。

 だが、絶対に視野を狭くはしない。

 画面全体を把握するように、遠巻きで俯瞰の視点を心掛ける。

 集中を切らさない様に集中しない方向の集中力を高める。 


「さあ、ゲームスタートだ」


 停止していた画面をスタートボタンで解き、ボス戦に挑む。

 砲台から容赦ない攻撃が放たれ、すぐに画面は嵐の様な砲弾で埋め尽くされる。

「■■■■■■!!」

「………………」

 勇者が絶望的な悲鳴を上げるが、みつるは慌てない。


「全部で285発ってとこか……星の数ほどじゃねえな」


 砲弾の全てを漠然と把握し、全ての弾に意識を傾ける。

 一秒後に迫る弾を最優先に、だが二秒後に来るであろう弾への意識を外さず、その状態で五秒後、十秒後の弾道を読む。

 勿論、それを全て頭で計算して、考えて実行する事は不可能だ。

 これまでみつるが培った経験と感性をフルに活用して、その意識を補佐する。


 その「集中しない方向への集中」がハマった瞬間――。


 みつるは画面を見ていなかった。

 見ていながらも見ていない。

 見ていないながらも見ている。


 みつるは宙を浮き、ゲームをプレイしている自分自身を上から眺めている錯覚を覚える。

 神の視点である。

 だが、それは自分が「その状態である」と意識した時点で覚める程、危ういものである。

 夢の中で「ああ、これは夢だ」と気づいた瞬間に目覚めてしまう感覚に似ている。

 だがみつるは長い自己コントロールの訓練で、その状態を維持する方法を会得していた。

 気がつきつつも、感覚に対して気がついていない振りをする術である。

 みつるは無意識を意識的に作り出す事に成功したのだ。


 みつるはその状態の事を「ZONEに入る」と呼んでいた。


 以前深夜のテレビでスポーツ選手がそんな事を言っていたのを聞いて、これは良いと思ったのだ。

 どこかで絶対に使おうと固く決意した。


 ZONEに入った瞬間、みつるは勝利を確信した。


 脳から自動的に送られてくる信号に従う様に、十字キーを最小限に動かし「ぬたん、たとん」と嵐の様な弾幕を掻い潜っていく。


「■■!■■■■■■!!」

 その神憑りな動きに勇者は驚愕の声を上げる。

 自らの目を疑う様に強く顔面を擦り、みつるの手元と画面を交互に見る。


 まるで初めからみつるの為に道が用意されていたかの様に機体は悠々と移動し、気が付けばボスのコアの目の前にいた。


「……ふう」

 そこでみつるは煙草に火を付け、美味しそうに……ゆっくりと一服する。


「■■■■■■!!」

 その信じられない行動に勇者が目を剥いて驚く。

「■■■!■■■■■■■! 」

「危ない!早く撃たないと!」とい言う様に画面の中のボスを指差す。


「おいおい……そう慌てんなよ。人生焦っても良い事ないぜ?33年焦ってない俺が言うんだから、間違いない(間違いです)。まあ一服ぐらいさせてくれよ」


 煙草の火が短くなり、テーブルの上に置いてある灰皿でそれを消してから――みつるはAボタンを連射した。


――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!


 放たれる砲弾。あっという間にボスのコアが破壊され、巨大な要塞は白煙を上げながらゆっくりと沈んでいった。 


「さあ、ゲームクリアだ」

 みつるはコントローラーを床に投げ捨てると、そうクールに言い捨て髪をかき上げた 。


 そして、口をあんぐりと開けて呆然としている勇者を振り返り、頭を人差し指でトントンと叩いてみせた。

「ここだよ、ここ」

 


「■■■■■■!!」

 勇者はブルブルと全身を震わせて叫んだ。

 彼はとてつもなく、途方もなく興奮していた。


「■■■■■■!!」

 物凄い勢いでみつるに近づくと、右手人差し指と中指を立てて鼻の下に置き、左手で耳たぶを触りながらみつるの身体に自身の腰を擦り付けてきた。

「ええ!?ちょ……!!何これ?怖いんだけど……」

 みつるは突然勇者が始めたそのよく分からない儀式に、混乱と不安の声を上げる。


 多分、異世界流、最上級の敬意を表す行動なのだと思うが、みつるからしてみれば「加トちゃんぺ」をしている勇者から「かいーの」をされている様にしか思えない。

「ええ……?何このシュールな光景。この瞬間親が入ってきたら何て言い訳すればいいんだよ」

 あからさまに嫌がる訳にもいかず、しばらくその地獄の様な時間は続いた。


「■■■■■■!」

 輝く瞳で勇者は画面とみつるを交互に指差した。

 きっと、教えを請いたいと言っているのだろう。

「良いよ」


 みつるはリセットボタンを押すと、初めからゲームを始める。

 すぐにボスまでやってきた。

 ちなみにその道中、みつるはふらふらと適当に機体を動かしている様に見えたが、一切敵の狙い外しもなければアイテムの取り逃しもなかった。ベストスコアである。

 このソフトのベストスコア欄は一位から十位まで「M&M(向島みつる)」で埋め尽くされていた(みつるしかプレイしていないので当然ではあるが)。


「無駄に動けば良いってもんじゃない。イメージだよ。最小限の動きで掻い潜るイメージ。弾を避けていくんじゃない。用意された道路を歩くイメージだ。うん、これ伝えるの難しいけどな。まあ、やってみるしかないんだけどね」

 意味が分かっているのか定かではないが、勇者はみつるの言葉にうんうんと熱心に頷いている。


「さっきの煙草じゃないけど、極めればこんな事も出来る」


 そう言ってみつるはコントローラーから右手を離し、ダランと床に垂らした。

 勇者が驚愕する。

「■■■!?■■■■■?」

「右手は!?おい右手は?」と叫んでいるのが分かる。

 だがみつるは余裕の表情である。


 そのまま左手だけで操作して、ボスの嵐の様な弾幕を自由自在に掻い潜る。

 こちらからは一切反撃しない。いや、出来ない。みつるは十字キーだけしか握っていないからだ。

 それでもみつるの機体は画面の好きな所を縦横無尽に移動していた。


「■■■■!!」

 勇者は拳を握りしめ、耳たぶを触りながら号泣している。

 もの凄い興奮の仕方だった。

 先程の件でもそうだが、何やら耳たぶを触りながらというのが異世界の重要なポイントらしい。


 そして、みつる自身もとてつもない興奮と優越感に包まれていた。

 異世界の勇者が自分のプレイに酔いしれる。

 こんな経験、そうそう出来る事ではない。


「よし、兎に角プレイするんだ!感覚は自分で掴むしかないんだからな!」

「■■!」


 それから勇者は何時間も画面の前で『スターシューティングファイター』をプレイした。

 何千、何万とピチュり。涙を流し、壁をへこました。


 彼はとても真面目だった。

 飽きる事なく、いつまでもいつまでもコントローラーを握り続けた。

 その真摯な時間は彼のスキルをぐんぐん上達させていった。

 彼が今まで勇者として死と隣り合わせで戦ってきた経験も当然生きたのだろう。

 敏感に、貪欲にピチュる危険を察知し、首の皮一枚の回避をマスターしていった。


 そして、みつるはうとうとしてしまい、いつの間にか寝てしまった。


 起きた時には朝になっていた。


 その時には勇者は既に消えていた。


「んだよ。また自分だけで帰っちまうのかよ。俺も連れていけよな」


 みつるは重さですっかりへこんだベッドを見て苦笑する。


 画面を見ると、『スターシューティングファイター』のエンドロールが流れていた。

「あいつ……やりやがったな」


 みつるはへへっと笑うとスコアの一位の欄に「USA(勇者)」と打った。


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