『スターシューティングファイター』④
「ええと。まずはね……」
コントローラーを持って、勇者に見える様に操作する。
まずは十字キー。上下左右に自機を動かす。
「これで機体そのものを動かす。これは分かるね。十字キーに関しては前回のアクションだとか、自機を動かすゲームだと基本的に同じだからね」
「■■■■」
素直に勇者は頷いた。これは先程も瞬時に理解出来ていたので大丈夫だろう。
「で、次だけど……」
続いて、みつるはAボタンを押してみせる。すると、ピュンと音がして自機からビームが発射された。
みつるはそれで敵の戦闘機を撃墜してみせる。
「■■■■、■■■!」
興奮した表情で叫ぶ勇者。
「なるほど、攻撃か!」と言っているのだろう。
――フフフ。この勇者は攻撃が好きだからな。
上手くツボをついたのだろう。みつるは大きく頷いてみせる。
「ジャンプじゃないけど『炎の麒麟児超守雄』の時の火の玉だね。あれはBボタンだったけど、言ってみれば常にあれが使えるって訳だよ。攻撃し放題。わざわざ踏んづけなくて良いの。ビームを撃ちまくればいいんだから。勇者として、男としてこっちの方が楽しいだろう?」
「■■■■」
分かっているのかいないのか、勇者がうんうんと頷いた。
――そしてそれなら、これはもっと喜ぶだろう。
次にみつるはBボタンを指差す。
「いいかい?見てなよ」
「■■■?」
みつるの手元を凝視する勇者の目の前で、Bボタンを押してみせた。
すると、自機からボムが発射される。
画面で大爆発が起こった。
あっという間に画面上にいる敵の機体が全て消え去った。
「…………!! ■■■■!!」
予想通り、これには勇者は大興奮だった。
「■■■■!! ■■■!! ■■!!」
目を輝かせて画面を食い入る様に見つめて、叫んでいる。
「まあ、言ってみれば必殺技だよ。あんたにもあるでしょう?あの紋章が浮かび上がるヤツとかさ」
みつるは勇者の剣を指差して、彼が必殺技を構える素振りをしてみせる。
部屋の隅にある鏡に映ったみつるの姿は棍棒を振りかざすトロルそっくりだったが、勇者はみつるの言っている事が理解出来た様で、笑顔で剣を抜き上段に構えて必殺技の名前を叫んだ。
「■■■■『■■■■■■■■■■■■■■■■■■』!!」
「長いな必殺技。何言ってるか全く分からないけど、必殺技が長い事だけは理解出来たわ」
そして、みつるはいつの間にか先週の様に聖剣が光り出したのを見て、慌ててやめさせた。
「まあ、こうやって自機を動かしながら敵を倒して進んでいくゲームだよ。以上」
そう言うとみつるは勇者にコントローラーを渡した。
「■■■■!」
勇者は嬉しそうに画面に喰らい付き、ゲームをプレイし始めた。
だが、すぐに首を傾げる。
「……? ■■?」
「どうしたの?」
どうやら画面が勝手に上から下に動いていく事に違和感を覚えている様だ。
「ああ、強制スクロールなんだよ」
「■■? ■■?」
「まあ、プレイしてなって。やってたら慣れるからさ」
そう言ってみつるは勇者を放っておく事にした。
炎を喰らって身体がダルいのもある。
だが、ゲーム毎に多少の違和感があるのは当然である。操作性を身体に染みつけるには、兎に角プレイするしかないのだ。
習うより慣れろである。
シューティングはその意味合いが強いゲームであると言える。
みつるはベッドにごろんと横たわると、呑気に勇者のプレイを眺める事にした。
すると面白いものが見られた。
勇者は身を動かしながら自機を動かしているのだ。
自機が左へ動くと勇者の身体は左に傾く。
右へ動くと、右。前進すると身を乗り出す。
その様子を見て思わずみつるは吹き出してしまった。
――出た、自機の方向に体が傾く「シューティングあるある」。
ゲームをやりたての頃の自分を思い出し、懐かしさからつい笑みがこぼれてしまう。ゲームにのめり込んでいる証拠だった。
「■■■■■■■■!!」
勇者はAボタンを連射して自機から弾を放ち敵を撃つ。
だが、他の敵から放たれた弾を避けようと、半ばパニックになって身体を動かし――ピチュンと被弾して、自機は消え去った。
「…………」
勇者は茫然と画面を見つめている。
「暴れるなよ……頼むから……」
みつるは背後に周り、勇者を牽制する。
――というか、この勇者は絶対抜くッッ!!
「………………■■■■!!」
勇者がおもむろに腰の剣の柄に手をかけた。
「させるかよ!」
みつるは抜かせまいとその手を掴んで阻止する。
「うわああ!!」
だが、スポーツは愚か、肉体労働皆無のただの無職ニートのみつるの力など勇者にしてみればほぼ蚊と同様であった為、すんなりと聖剣は抜き放たれた。勇者が「あ?いたの?」と言った目付きでみつるを見下ろす。
勇者はそのまま聖剣をぶんぶんと振り廻し、壁や扉に傷をつける。
ゲーム本体や画面を狙わなくなったのは、成長したといえよう。
「だから、暴れるなって!ああ!壁に傷が!ドアがへこんだ!」
慌てふためくみつる。とは言っても部屋の壁もドアも、みつるがこの数十年でこの家で現在の地位を確立、誇示する為の己との戦いによってへこみ、更には今の勇者の様にゲームが思うようにいかなくて金属バットを振りまわしたりしていたので、既に見る影もない程ボコボコだった。
つまり今更一つ二つ壁やドアに傷が増えた所で何の問題もなかったのだが、自分で傷をつけるのと他人からつけられるのとではやはり感覚が違う。自分に甘く他人にひたすら厳しいみつるは勇者を必死で諫めるのであった。
羽交い絞めにして、ようやく勇者を落ち着かせる事が出来た。とは言っても当然みつるが力づくで押さえた訳ではなく、勇者が自分で勝手に冷静になっただけなのだが。はあはあと息を乱しているのはみつるだけである。勇者はあれだけ暴れても平然としている。フィジカルの格段の違いを見せつけられた。大袈裟でなくF1とチョロQ程の馬力の差が二人にはあったのだ。
それでもみつるは折れそうな心を奮い起たせて勇者を睨みつける。
「あのな……何度も言うけどな……。暴れるな……。アクションでも死んだけど、今回はあれの比じゃないからな。ピチュる度に暴れられたらたまったもんじゃねえよ」
みつるは額に汗を滴らせながら、頬に張り付いた見ている方が鬱陶しい長髪をかき上げて、勇者を指差して叫ぶ。
「覚えておけ! シューティングはピチュる! 死んで当然……ピチュって当然なんだよ!」
勇者はその真剣な瞳を見返しながら、ぎこちなく口を開く。
「ぴ……ちゅ……る?」
「……ああ、そうだ!! ピチュるだ!」
再び意志の疎通に成功して、みつるは満足感と共に大きく頷いた。
「撃墜されて、何度もピチュって成長するんだから!それがシューティングってもんなんだよ!あんたみたいな豆腐メンタルじゃ、機数がいくらあったって足りないし、部屋の壁は穴が空くし、ゲーム機は壊れるし、テレビは消滅して、俺は就職しちまうよ!頼むからそれだけは勘弁してくれよ!」
「………………」
みつるの真剣な眼差しと意志が通じたのか。それから勇者は大人しくプレイする様になった。
撃墜された時は悔しそうな表情は浮かべるが、暴れるのは必死に我慢をして自制している様だった。
――なんだよ。やれば出来るんじゃねえかよ。
そして、みつるの言う通り、それから勇者は何度もピチュった。
避けた方向に丁度良く敵の弾が飛んできてピチュった。
アイテムかと思って取りに行ったらちょっと派手な色した敵機でピチュった。
ちょっと慣れたぐらいで音楽に乗ってノリノリでプレイしていたらピチュって恥ずかしそうにしていた。
何故か今まで一度もピチュらなかった最序盤の簡単な場所でピチュった。
何故か心眼が身についたと錯覚して目を瞑ってプレイして速攻でピチュった。
ふと瞬きをした瞬間にピチュった。
ピチュりにピチュり、ピチュりまくりのピチュり天国だった。
そして、勇者はその度に屈辱に耐えた。
歯を食いしばり。拳を握りしめ。
時折その拳はみつるの部屋の壁を叩いた。
漫画みたいに壁に拳の跡がついたが、みつるはそれには何も言わなかった。
彼が努力しているのが分かっていたからだ。
悔しい気持ち自体は、ゲームが上手くなる糧である。
みつるはその気持ち自体を否定している訳ではない。
ただ悔しい気持ちからゲーム本体を壊す様な本末転倒をして欲しくない。
将棋で負けた殿様が将棋自体を国で禁止する様なものである。
だが、何故こんなに勇者は完璧を求めるのだろうか。
多分、真面目過ぎるのだろう。
そして、彼の生きている世界ではこんな事は許されないのだ。
一度死んだら、生き返る事など出来ない。
だから真剣に、一度の人生を生きている。
なので本気で悔しがるのかもしれない。
そこにみつるは同類の匂いを感じた。
それはみつるも同じであった。
彼にはゲームしかない。
ゲームこそが彼の人生だった。
なので、ゲームで死ぬ事は自分の全てを否定された様な気分になるのだ。
勇者とみつるは世界を救う勇者と世界の底辺のダメ人間という些細な差はあれども、根っこの部分で同じ魂で繋がっているのかもしれない。
そして、勇者の努力と忍耐は徐々に実り始めた。
元々反射神経はずば抜けているのである。慣れれば、これほどシューティング向きな人物もいないだろう。
弾を巧みに避け、敵を撃墜して、先へと進んでいく。
みつるもその上達ぶりには目を見張った。
そして、何十ものピチュりの末、とうとう一面のボスまで辿り着く事が出来た。
大きな移動要塞の形をしているボスは、その巨体の中心に青く光るコアを備えていて、その部分が弱点となっている。だが、その懐に入り込むのは至難の業だった。
そのビジュアルから、相手がボスだと分かったのだろう。勇者は息を飲む。
勇者とボスの一騎打ちが始まった。
勇者はボタンを連射して弾を撃ちまくる。
ステージの敵よりも大きいので、着弾点が広い。
コアや他のパーツに当たり、ダメージを与える。
「■■■!!」
手応えを感じたのだろう。勇者が歓喜の声を上げる。
――甘いな。
そこで、みつるはニヤリと笑った。
このゲームを舐めてもらっては困る。
『スターシューティングファイター』だぞ。
この一面のボスこそがこのゲームの醍醐味なのである。
まあ、簡単にはクリア出来ないだろうなと、みつるは冷静に思った。
そして次の瞬間――要塞に搭載されている数十台もある砲台から、一斉に弾が放たれた。
「…………………………!!」
そのあまりにもの弾数に言葉を失う勇者。
ボスの放った弾によって、画面が埋めつくされてしまったのだ。
それは画面上の10分の9以上が弾幕に覆われている状態である。
一体どこに逃げれば良いのか。勇者は顔をしかめて焦りながらも、ガチャガチャとコントローラーを動かし、自機を移動させる。弾と弾の間を縫う様に移動するが、直ぐに機体は画面端に追い詰められた。
「……………………■■!!!!」
画面の外に逃げる訳にもいかず、無常にも勇者の戦闘機は押し寄せる弾幕によって、あっけなく撃墜させられた。
「■■■■!!」
勇者は怒り狂い、コントローラーを投げ捨てる。
「こら!物に当たるな!!」
自分も度々やっている行為にも関わらず、やはり他人がやると腹が立つ。みつるは勇者を怒鳴った。
「…………」
勇者は下を向いて震えている。
既視感を覚え、もしやと思いみつるが覗き込むと、やはり勇者は泣いていた。
みつるは呆れて笑う。
「また泣いているよ。勇者なのに」
勇者が凄い剣幕でみつるに何事かを言う。
「■■■■■■■■■■■!」
「何怒ってんだよ。まったく……」
「■■■■■。■■■■■■■■!」
勇者が何と言っているのかみつるには分からない。
だが、何となく意味は伝わった。
勇者は「このゲームはインチキだ!」と言っている。
「絶対に無理。不可能ではないか!」と言っているのだ。
「…………」
みつるは眉をピクリと上げる。
「無理……? 不可能だって……?」
先週に引き続き、みつるのスイッチが入った。
まあ、このゲームを不可能と感じても、無理はない。
確かにこの弾幕の嵐の様な姿は、残酷で無慈悲で、プレイしている者の戦意を殺ぐ。
当たれば最後、絶対に死ぬ。
戦う気すら起きない。
どこにも隙が無い様に思われる。
それこそ不可能だと感じてしまう程に。
だが、止まない雨がない様に、幸せが似合わない女性がいない様に、クリア出来ないゲームもこの世には存在しない。
そんなもの、みつるはゲームと呼ばない。
無理難題を押し付けてくるが、いつでもゲームは真剣に、どんなプレイヤーとも対等に、対峙してくれる。
みつるの、ありのままを認めてくれる。
――そうか。だから俺はゲームを……やめられないんだな。
みつるは自然と口許が緩むのを感じた。
みつるは勇者に向かって手を差し出す。
「コントローラーを渡しな。そしてそこで見てな。無理かどうか、俺がやってやるからさ」
みつるの真剣な眼差しに気圧され、勇者がゴクリと息を飲む。
「……ゲームを舐めんじゃねえよ」