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『スターシューティングファイター』②

 向島みつる33歳はどこにでもいる至って普通のニートである。

 人生の早い段階で社会に適応する事を諦め、また、社会にも諦められた相思相愛の存在である。

 好きな事と言えば当然ゲーム。

 恋人は当然いた事もないし当然友達もいない。1日中ゲームだけをしながら生活していた。

 それだけの生活でみつるは満足していた。


 みつるは散らかった部屋の床に転がり、先週起きた出来事について考えていた。

 異世界から勇者が現れて一緒にゲームをした、あの出来事。


 あれは一体何だったのか。


 色々と考えてみたが、そもそもあんな事が現実にあり得る筈がない。

 夢だったのだと結論付けて、すっぱり忘れる事にした。というか忘れた。

 みつるは一週間もあれば、どんなに良い事だろうが最悪に悪い事だろうがまるで十年前の事の様に忘れ去る事が出来る。

 精神に不可をかけずに生きていく術を身につけているのだ。


 そう、つまりみつるは日本中のどこにでもいる、都合の良い事でも悪い事でも考えたくないものには一秒で蓋の出来る典型的なニート(外界を遮断する天才)だった。

 

 そして、その日も当然みつるはゲームをプレイしていた。

 それは当然だった。

 みつるはゲーム以外にやる事はないのだから。

 何をふざけた事を言っているのか。

 仕事を探す暇があるならゲームをする。

 親孝行をする暇があるならゲームをする。

 暇があればゲームをする。 

 それが向島みつる(最強無職ニート)である。


 たまにパソコンを弄る事もあるが、ゲームの攻略サイトかゲーム掲示板を覗く目的の為である。

 つまり、みつるの人生はゲームと共にあった。


 だが、みつるの人生はゲームの様にコンティニューも出来なければ、過去のセーブデータに戻る事も出来ない。

「まったく、人生は世知辛いぜ」と格好付けた台詞を言いながら、右手で伸びに伸びた不潔な髪を掻きながら、左手で肥えに肥えた腹をボリボリ掻く。

 そして、ゲームをプレイしながら部屋の扉の前に母親が作って置いてくれている晩御飯を感謝の気持ちも何もなく、当たり前の様にガツガツ食べ、皿の乗った盆を廊下に放置する。

 とんでもないクソ野郎(向島みつる)であった。


 その日、みつるは『スターシューティングファイター』という有名シューティングゲームをプレイしていた。

 慣れた手つきで自機を動かし、弾を避け、弾を放つ。


 敵機の放つ弾を頭を使わずに、ただ漠然とした感覚で躱していく。

 それは本能に近かった。いや、みつるの経験が自機の動きを本能へと近づけたと言う方が正しいかもしれない。

 画面を見ている様で見ていない、自機を見ている様で見ていないその動き。

 この域に到達するまでにはかなりの時間を費やした。

 避けるという感覚の機微も重要である。

 いつからだろうか。

 弾を避ける際に頭でイメージする効果音が「ザ! サッ!」ではなく「ぬたん、たとん」と滑らかな余韻になったのは。

 集中が切れて自滅してしまわない様に、集中をしない方向に集中する方法も編み出した。

 なのでみつるは『スターシューティングファイター』をプレイしながらも自由に思考出来るし、テレビを観ながらでもプレイ出来る。そう、まさしく息をする様にシューティングをプレイしていた。


 それらの感覚を掴むまで、みつるは一日中コントローラーを握り続けた。

 するといつしか、プログラムがみつるに話しかけてくるようになったのだ。いや、実際はそんな不気味な事は起きていないが、みつるはそう思った、というニート特有の気持ちの悪い妄想話である。

 ゲームを身体の一部とする。それこそが極意であり、即ちゲーマーであった。


 だが、それは同時に自らを退屈に近付けただけでもあった。

 ただ、息をするだけの生活は退屈である。

 ゲームにはそんな一面がある。

 極めれば極めるだけ情熱が冷めていく感覚。

 だからみつるは新しいゲームを求める。

 彼の時間は無限ではない。

 いや、同年代の一般的社会人からしてみれば倍以上の時間はあるのだが、やはりそれでもみつるを心の底から満足させるには足りない。

 時の止まった場所で一生ゲームをやり続ける。それがみつるの夢であった。


――それにしても、あの勇者は本当に新鮮な表情でゲームをやっていたな。俺にもあんな頃があったんだろうな。なんだか羨ましいぜ。


 そして、思わずみつるの口から言葉がこぼれ落ちる。

「あー、あのまま一緒に異世界に連れてってくれたら良かったのになー。つまんねーな」

 夢だと結論付けたにも関わらず、やはり異世界への願望を諦めきれていなかった。その想いをつい口に出してふと後ろを見ると――


――ベッドに鎧を着た騎士が立っていた。


「うわあああああああああああああああ!!!!」

 驚いてみつるは悲鳴を上げる。


 そこに立っていたのは先週の人物。そう、勇者である。

 彼はやはり堂々とベッドの上に佇んでいる。

「また来たよ! やっぱり夢じゃなかったんだ!」

 前の土曜日から、丁度一週間後の土曜日。

 再び勇者がみつるの目の前に現れた。


「あんた、先週も来たよね……くさ!!」

 みつるは勇者に近づくと即座に顔をしかめる。

「鎧草くさ! 何か草食動物みたいな臭いがするよ? 何だ何だ? 平原にでもいたの?」

 あまりにもの草臭さに顔をしかめるみつる。

 そう言うみつるも、もうかれこれ一週間は風呂に入ってなく、髪も顔も洗ってなく、歯も殆ど磨いていないので全身から死んだ豚の様な匂いがしていたのだが、みつるは神の様にとてつもない高さまで自分の事を棚(「神棚」と呼ぶ)に上げる事が出来る能力の持ち主(最強無職ニート)なので、自分の事は一切気にせずに勇者の臭いを平然と非難する事が出来た。

「草っぱらで寝転んだの? 異世界にも草があるんだね。まあ、当然か」

 そう言って笑うみつる。先週よりも幾分落ち着いて事態に対応が出来ていた。

 勇者も再び訪れた異世界の地にやはり少しは驚いてはいるが、その表情には喜びの感情が混ざっている。

「■■■、■■」

 勇者はベッドから降りるとみつるの前にひざまづく。

「お、何?」

 そして胸に手を当て、恭しく頭を下げた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

「??何?」

 勇者は「先日は貴殿のお陰で炎獄騎士を倒す事が出来た」と礼を言っているのだが、みつるには当然何の事だか分からない。

「何言ってんの?」

「■■■■■■■■■■■、■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■!! ■■■■? ■■■? ■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

「いや、だからそんな長文で話されても全然意味分かんないから!! んだよ、お前どんだけフレンドリーになってんだよ俺と!! 一度ゲームしただけでもうマブダチかよ!!俺そういうの苦手ー。一番苦手なタイプだわー」

 みつるは大声でツッコむ。


 だが、しばらくして、どちらからともなく顔を見合わせて笑い合った。


 みつるは嬉しかった。

 彼がまた来てくれた事に喜びを覚えていた。

 こんな気持ちはいつぶりだろうか。

 誕生日会に友達を招いた、小学生の頃を思い出す。

 御馳走を食べた後は、みんなでみつるの部屋でゲームをした。

 とても楽しかった。

 あの頃は普通に友達ともゲームをやれた。

 本当に楽しかったのだ。

 それが、一体何故こんな事になってしまったのか。

 そんな思いが頭を一瞬よぎる。


――まあ良いや。こちらの世界とはおさらばだ。今日こそ俺は異世界に連れて行ってもらうからな。


 みつるは勇者に身振り手振りで色々と聞こうと思った。


「ああ、その前にちょっと待って。キリの良い所でやめるから」


 中途半端でゲームを切らない主義のみつるは一時停止を解いて(勇者が来た瞬間、咄嗟にポーズしていた)、ゲームの続きをプレイし始めた。


「………………!」

 すると、みるみる勇者の表情が変わる。

 勇者はガッとみつるの両肩を掴んだ。

「うわびっくりした!!いたたたたたたた!! いた! 肩痛い痛いいたたたたたたたたたた!! え? え? どうしたの?」


 とてつもない腕力で肩を掴まれたみつるは苦痛に顔を歪めながら勇者に訊ねるが、彼は答えない。

 画面に釘付けなのだ。

「え? 何? どうしたのよ?」


 そして、勇者が呟いた。


「げえむ……」

 それは先週勇者が覚えた、こちらの世界の言葉だった。



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