都市伝説×ケータイ×友人=
『隆かっ!! 俺は今凄い物を見ている。いいか? よく聞けよ、人面犬はっ!! あっ!? ぎゃぁぁぁ プツッ……ツーツー』
「ちょっ!? おいっ、正志っ!? まさしぃっ!?」
俺は今、友人から掛かって来た電話を受け、携帯電話を手に立ち尽くして居た。
時刻は夜の12時過ぎ、珍しく夜更かしをした晩に友人の正志から電話があった。それが冒頭の内容だ。
"プルルルルッ、プルルルルッ"
再度かかって来た電話の相手は矢萩 正志、さっき切れたはずの友人だ。
頭の中に"イタズラ"の四文字がよぎる。正志1人ではこんな趣味の悪いイタズラはしないが、正志の彼女である佐藤 香奈であれば飲んだ後にこういうイタズラをすることが多い。
きっとさっきの電話もイタズラだったんだろう。直ぐに掛け直して来たことでそんな思いに至る。
そもそも、今時人面犬ってなんだよ。あまりにも迫真の演技だったから騙されちまったよ……。
若干ジト目になりながら軽い気持ちで携帯の通話ボタンを押す。
『もしもし、隆さん?』
始めて聞く声だ。女性の声……正志の彼女の友人か何かか? イタズラの続き? 他人が正志の電話をかけるシチュエーションの可能性も考えられるな。
「ええ、隆は俺ですけど?」
『そう。では今からそちらに向かいます。今、代々木公園に居るので、お待ちくださいね』
どう言うことだろう? ふと思案したが直ぐに答えが頭をよぎった。さっきの話は人面犬、とすると今のやりとりは【メリーさん】だろうか?
ちなみにメリーさんとは、携帯電話に非通知で電話が来ると「今、○○に居るの」と言われる。何度か電話がくるたび、距離が近づいて来て、最後には「今、貴方の後ろに居るの」と言う言葉とともに……
まぁ、本来は怖がったり対策をしてしかるべきなんだろうが、既にイタズラと気づいて居る。適当に対応してあげよう。
"プルルルルッ、プルルルルッ"
などと考えていたら次が来た。
『今、新宿に居るの。もうしばらく待っててね』
んー、足は何を使って居るんだろう? 順当に考えれば電車かな? 少なくとも正志も彼女も車を持っていなかったはず。……よし。
「あっ、じゃ迎えに行くよ。つつじヶ丘駅待ち合わせで良いね? じゃっ」
『えっ!? ちょっ』
返事の途中だったけど問答無用で切る。
いけないな、俺の悪い癖だ。……楽しくなってきた。
急いで着替えると財布と自転車の鍵を持って家を出る。
「隆? もう12時過ぎよ?」
リビングでまだ起きていた母さんに声をかけられる。
「ごめん。ダチが遊びに来ちゃったみたいでさ、迎えに行ってくる。泊まるようだったら勝手に準備するから」
「分かったわ。あまり夜更かし過ぎないようにね?」
「りょうかーい」
軽く返事を返し、靴を履いて家を出る。するとまた携帯がなった。
「おぅ、俺俺」
『今、明大前に居るの』
「おう、そうか。こっちは今家を出た所だ。急げば駅に着くのと同じぐらいに迎えいけるわ」
『えっ!? 本当に来るの?』
「おう、マジマジ。んで、集まって何する?」
『ちょっと待って、ごめんなさい。また掛け直すわ。ブツッ……、ツー……、ツー』
急に切られた。どうやら俺が行動を起こすことは予想外だったようだ。
正志なら俺の性格を考えてこうくるだろうと予測しそうなもんだけど……?
まてよ? さっきの慌てた様子も計算の上って可能性もあるよな? となるとここからが勝負だ。
気分を盛り上げつつ駅に向かって自転車を飛ばす。
早く着いて正志の仕掛けを台無しにしてやらねぇとな。
知らず知らずに楽しくなっていたんだろう、ペダルを漕ぐ足に力が入る。
細い路地裏も慣れたもので、スピードを出して走り抜ける。
っと、あぶねぇ。道の真ん中に女性が突っ立っていた。余裕を持ってかわすと横をすり抜ける。
「あのっ……」
すり抜ける瞬間、声をかけられた気がするが見たこともない人だったので無視。
そのまま路地裏を抜け、表通りに出る。表通りと言ってもこの時間では時折車が通るだけで人通りはほとんどない。自転車だけど歩行者用道路に入って自転車を飛ばす。
この調子ならあと5分もせずに駅にたどり着けるはずだ。と思ったら地面にうずくまる人影が一つ。
正直関わり合いたく無いけど好奇心に負け、人影のそばで少しスピードを落とす。
近づいてゆくほどに人影がはっきりとしてくる。
白いワンピースに腰ほどに長いストレートの黒髪、口元はマスクで隠れているけど、目元はスッキリしていてかなりの美人だ。
女性は視線に気づいたのか、こっちを振り向くといきなり問いかけて来た。
「ねえ、私キレイ?」
あっちゃぁ……、これはイタい人だ。美人なだけに残念と思いつつも、関わったら面倒なことになりそうな気がしたので多少口調を変える。
「あ、はい、美人ッスよ。じゃ!!」
肯定だけしてあげ、さっさと自転車を走らせる。
「あっ、ちょっとっ!! 今マスクを取るんだから待ってなさい」
「大丈夫、お姉さんマスクとっても美人だから、じゃっ!!」
慌ててマスクを取ろうとしたので、顔は合わせつつも良く見もしないで自転車を出す。
「えっ? ……そんなこと言われたの始めて」
何か聞こえたけど気にしてはいけない。夏はイタい人も多いから気にしたらいけない。
全力でペダルを漕ぐと三分とかからずに駅に着いた。丁度良いタイミングだ、電話の時間から逆算すれば今ホームに入ってきた電車に乗っているはず。
"ブルルルルッ"
来たっ!! ワンコールで電話を取る。
『今「おぅ俺々、今つつじヶ丘駅前にいるわ。西口側で良いよな?」……えっ!? 本当に来たの? (ぼそっ)途中で彼女がいた筈なのに……。あっ!? ごめんなさいまた掛け直すわ』
ん? ボソッと何か言ってたな。もしかして裏路地で声をかけて来た人? いや、表通りで声をかけて来た女性の方かもしれない。
あぁ、思い出した。あのシチュエーションは口裂け女だ。
ともかく事前に用意するあたり正志も本気でイタズラをしかけて来ているようだ。とうとう彼女に感化されて……、尻に敷かれたな。
「ちょっとま『プツッ……、ツーッ……、ツーッ……』てって言ってんのになぁ」
取り敢えずホームを眺めて見るが電車の影に隠れて三人組か四人組ぐらいの集団を見つけることができない。仕方が無いので駅の出口で待つことにする。
「来ないな……」
出口からはまばらに人が出て来たがお目当ての正志達は出てこない。
もしや作戦を練り直しているんだろうか? いい加減そんな事はやめて遊びに来たんならさっさと降りて来てくれればいいのに。
"プルルルルッ、プルルルルッ"
電話が来た。
そうだな、待ちぼうけには待ちぼうけで返すのも手か。
『もしも「今電話を取れないので、留守電にメッセージを入れてくれ。折り返し電話をする」……えっ!? あのっ……、えっと……、また電話を掛け直すので待っててください。プツッ』
見事に騙されたらしい。後二、三回はやるか。そのまま三分ほど待つとまた電話がかかって来た。
"プルルルルッ、プルルルルッ"
『もしも「今電話を取れないので、留守電にメッセージを入れてくれ。折り返し電話をする」……えっ!? またっ!? 場所は動いてない筈なのになんで繋がらないのよ。もしかして電話取らない気じゃ無いでしょうね? また直ぐに掛け直すから次は取りなさいよね。でなければ……、分かってるわね?」
うん? 位置が分かる? どう言うことだろうか? ってホームに隠れてこっちをみてるのか。
「悪いな、バレバレだったか」
『ひゃっ!?』
あ、留守電のフリしてたんだった。
『ちょっと、なんでっ? 留守電じゃなかったのっ!?』
おー、慌ててる慌ててる。これはこれで意趣返しが出来たから良いか。
「いや、留守電の真似だったんだけど、見事に引っかかってくれたみたいで」
『酷いっ!! 私を騙したのね』
「うん」
『ちょっ!? そこであっさり認めるの!?」
「いや、ちょっとした意趣返しでしかなかったし?」
『意趣返しって……』
「だって、騙そうとしただろ?」
『……えっ!?』
「驚かせようったってバレバレだから?」
『そんなっ……』
「いや、そんなって言われたって最初から分かってたぞ?」
『えっ!?』
「まず人面犬だろ? 次にメリーさん。路上の人が口裂け女で、次は影女あたり? あ、ターボばあちゃんもありか」
『えっ!? 何でっ!?』
「なんでって……全部廃れた都市伝説だろ?」
『廃……れ、た?』
「おう、覚えている俺も俺だけど、よくそんなネタを掘り返したなぁとちょっと感心してる」
『ネ……タ?』
「あぁ、よくよく考えたら結構楽しかったぜ? んじゃ、都市伝説の次は何で遊ぶ? 眠気も冷めて来たから付き合うよ」
『いえ……、もういいわ。私たちの完敗よ』
「は?」
『矢萩 正志、彼は解放するわ。どうやら賭けは私たちの負けみたい』
「いや、どう言うこと?」
『隆さん、いえ、隆様、次こそは絶対に貴方から悲鳴を奪い取って見せます』
「いや、だから何が!?」
『矢萩 正志は先程口裂け女がいた場所に置いておきます。……次の機会は絶対に外しませんからね」
「ちょっと!? だから何が!?」
『プツッ…、ツーッ……、ツーッ』
「あぁ、もうっ!! 何が何だかわっかんねーしっ!!」
携帯の切ボタンを押して自転車の向きを変える。
少なくともさっきの女性がいた場所にいけば何かは分かるはずだ。
そう考えながら三分程自転車を飛ばすと、さっきの言葉通り正志がいた。
「おい正志、何酔いつぶれてんだよ。取り敢えず起きろって」
正志は壁に背を預け、座るように寝ていたので近づいて頬を叩く。
「んっ……、んぅ……」
やがてうめき声をあげて正志が起きる。
「ここ……は?」
「つつじヶ丘駅のすぐ近くだ。こんな所でなにしてんだよ」
「なにっ!?」
素直に教えてやると正志は飛び起きて辺りを見回した。
「じっ!? 人面犬はっ!?」
あまりにもわざとらしいのでジト目で答えてやる。
「まだ続けるのかよ、良い加減他の友達も紹介して欲しいんだけど……」
俺の答えに今度は正志の方がキョトンとする。
「友達? 今日は一人で飲んでたから誰とも合流してないぞ?」
「……は?」
正志は記憶を手繰りながら話し始めたので、俺は黙って話を聞く。
「今日は臨時収入があったから、いつもの小料理屋でビール片手にちびちびつまんでたんだよ。で、帰り道の路地裏で一匹の犬が残飯を漁っていたんだ。
妙にその犬が気になってな、恐る恐る近づいて見たんだよ。するとその犬はなんと人の顔だったじゃ無いか。それで思わずお前に電話を掛けたんだが……、うぅん、その後が思い出せない……」
あまりにも真剣に考え込んでいたので、俺はついその続きを答える。
「そのすぐ後にメリーさんを真似た電話がかかって来たんだけど? 覚えてないのか?」
「メリーさん?」
正志は怪訝な表情をする。これは本当に知らない時の表情だ。
「ほら、履歴を見てみろよ。お前の携帯から何度もかかって来たんだぞ?」
履歴を開いてケータイを見せる。
「隆……、履歴なんてないぞ?」
顔を青ざめさせ、震える指で正志はケータイの画面を指す。
「は?」
まだ驚かせるつもりかよ? と思いながらケータイの画面を見る。見慣れた筈の履歴画面は真っ白だった。
「ほら、俺の履歴だと最初の一回だけ……」
正志は自分の携帯を取り出し、操作を始めるとすぐにその手は止まった。
「悪い、なんでも無い」
慌ててケータイをしまおうとしたが、手が滑ったのか軽い金属音を響かせて俺の目の前に転がって来た。
「あ……」
「あ!?」
画面に映っていた履歴は……。
マイラヴァー隆……。
この後、終電の無い正志を泊めるしかなかった隆の運命は?!
っ 痔の薬