『魔王』――でも、勇者は自分を疑わない
「おお、姫よ、ご無事でしたか!?」
その言葉にプラチナブロンドの美しい髪をひるがえす美貌。
「誰が姫だって?」
「げえッ」
勇者アーサーが驚愕したのは、そこにいるのは王女ではなく、一年前の敗退時、逃亡の最中に行方不明になった勇者パーティの一人、聖女のアリスだったからだ。
「てめえ、どのツラ下げて戻ってきた?」
そこは霧にたたずむ魔王城の奥。
「ア、アリス……、そ、そうだ、見ての通りお前の救出のためにここに来たんだ。見ろ
魔王もあのザマだ」
「あれは魔王じゃないよ、中ボスだよ、中ボス」
「そうだよ、あいつは魔王じゃない。さ、一緒に行こう。ボクはキミを助け、そして魔王も倒す」
「ほおん?」
そこへ後ろからアーサーの仲間が這って寄ってくる。なぜ這っているかと言えば、先ほどの戦闘で重傷を負ったからだ。一年前も一緒だった前衛のメンバー。だからアリスも彼を知っている。
「あら、ガード。久しぶりね。ひどいケガ……、回復魔法よ、ヒール」
詠唱し終えると同時に、仄かな、しかし温かな光がガードを包んだ。
「おお、た、助かる」
「でもアーサーってば相変わらずひどいよね。まずは仲間の回復が先でしょ」
「そ、そうだぞ、アーサー」
ガードもアリスの言葉に同意した。アーサーはここで明確な不利を悟った。構図としては2対1の気配がありありだ。
「ガード、しかしおかしくないか?こいつ本当にアリスか?アリスにしては口調がおかしいぞ」
「そりゃ、置いて逃げられ、一年も放置されたら誰だってそうなるわ」
「だよな」
ガードが相槌を打つ。が、藪蛇だ。アリスの矛先が、不用意な発言のガードに向く。
「てめえもだろうが」
勝機。敵チームの亀裂を見逃すアーサーではない。彼は勇者。勇ましきものだ。だからその亀裂につけ込むことにためらいがない。
「ガード、もうわかっただろ。彼女はもう、一年前のアリスではない」
「お、おう……」
そりゃそうだ。見りゃ分る。そして、そうしたのは俺たちだ。なのに勇者の言葉には原因への言及が一切ない。ガードは混乱しはじめた。
「ふふ。あんたは一年前とおんなじだね。何も成長していない」
アリスは笑ってはいるがその言葉はため息のよう。
「耳を貸すなよ」
「やれやれ。ところで頭数が合わなくない?ウィザードのエルフィーナは?」
「エ、エルフィーナは、こ、ここまでは来れなかった……」
「いいように言うんじゃないよ。どうせまた見捨てたんでしょ?」
「ぐ……ッ」
「マジか。とことんクズだね」
「お、王女のためだ……」
「ほお、詳しく聞いても?」
勇者の表情に苦渋が走る。その苦渋が浮いた理由。王女のために浮いたのではないし、エルフィーナのためでもない。窮地に立たされた自分へのためだ。
要は言い訳が思いつかないのだ。
「あ、ああ~。多分あれだ」
混乱のせいか、呆けたような表情のガードが何事か呟く。
「言ってみて」
「王女を救ったものは、その夫になる資格がある。王様が褒美の追加としてそう言ったんだよ」
「なるほどお~。エルフィーナが邪魔になったと?」
「ああ、思い当たるのはそれだ」
不意にアーサーが立ち上がる。
「黙れ、ガード。アリス、こいつはもうダメだ。頭を強く打って、その後ずっとこのザマだ」
「お前のザマこそどうなんだよ」
勇者の妄言に深いため息をつくアリス。その表情にはむしろ憐憫が浮かぶ。
「ねえ、アーサー。魔王はそんなに悪なの?何も悪いことしてないじゃない」
そうなのだ。組織としても規模が大きいわけではない。たった数人で乗り込んでもその玉座にまで迫られる程度の陣容だ。
「例えば、国王が軍隊を派遣すれば簡単にケリがつくんじゃないの?なぜそうしないの?」
「ちがうな。魔王は悪だ」
「お、お前……」
理性と知性を捨てた者の姿にアリスは真の恐怖を知った。ガードは呆けた表情のまま、こちらへの関与を、その表情で拒んでいる。巧妙なやり方だ。こいつは正気だ。正気なのだ。なのに巧みにバリアを張って巻き込まれそうな状況を避けることに成功している。
さすがガード。名は体を表すとよくいったものだ。アリスが妙なことに感心していると、勇者がズイと一歩を踏み出した。
「さあ。そこを退け、アリス。魔王は俺が討つ。それともお前も共に来るか」
「い、行くわけねーだろ……」
さすがに呆れた様子を隠せないアリス。
「そうか。真の勇者とはこの世にただ一人。それは孤独を恐れず先を進むもののことだ」
その後ろ姿を見送りながらアリスは思う。多分だが、こいつは本当に悪い奴ではないのだ。すこしだけズレているだけで。
読んで頂きありがとうございました。別の物語「ウソ吐き魔女のモルガナちゃんは今日も元気に世界を救う」も毎日更新、連載中です。




