王弟殿下の選択肢がいつもおかしい
仕事の帰り道、トラックのヘッドライトが眩しくて、目を閉じた瞬間、けたたましいブレーキ音が響く。
私──白雪沙羅は、一瞬の衝撃と共に意識を失った。次に目を開けたとき、目の前には興奮した歓声と、見知らぬ人々の熱い視線。訳もわからないまま貴女が聖女様だと騒がれ、拝まれ、懇願されて。身体がないので、もう元の世界には帰れない──そう告げられ、気づいたら魔王討伐の旅が始まっていた。
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あれから一ヶ月。
碌な説明もなく不安しかなかったけれど、勇者パーティーの面々はとても面倒見がよくて、なんとか魔王討伐の旅を続けている。
勇者で狼獣人のリックは底抜けに明るく、武闘家で虎獣人のエミリーちゃんは美人でめちゃくちゃ強い。魔法使いで王弟殿下のハルトさんは年上でとても紳士。ケモ耳も尻尾もなく、なに獣人か聞いてもはぐらかされている。そこに、聖女の私を加えたパーティー編成。
「サラ、あと少しで今日の野営地です。大丈夫ですか?」
「……が、がんば、ります」
ハルトさんに尋ねられ、息を整えながら頷いた。
魔王は最果ての地にある魔物の住む森の奥に魔王城で眠っている。そう、つまり、とても遠くて足場が悪い。
現在進行形でリックとエミリーちゃんは前方にいる魔物をどんどん倒してくれている。おかげで魔物を見ることなんてほとんどないというのに、運動不足な現代日本人を絵に描いたような私は目の前の道を歩くのに必死。本当に必死。歩いているだけというのに、迷惑をかけていて本当情けない。
「サラ──おんぶと抱っことお姫様抱っこ、どれがいいですか?」
王弟殿下の選択肢がおかしい。絶対におかしい。
「っ! ま、まだ大丈夫なので自分で歩きます……っ」
「それなら僕の手と腕ならどっちがいいですか?」
譲歩された選択肢に迷っていると、「やっぱりお姫様抱っこがいいのかな?」という不穏な呟きが聞こえてきた。
「──っ、て、手、でお願いします」
「ふふっ、はいどうぞ」
楽しそうに笑うハルトさんに綺麗な手を差し出される。男の人らしい大きさと指のゴツゴツした感じもあるのに、綺麗としか形容できないハルトさんの手に自身の手を重ねた。長い距離を歩いていても、ハルトさんは息ひとつ上がってないし、手もひんやりして気持ちいい。
優しいハルトさんはずっと私に付き添って歩いてくれている。たまに現れる魔物も、ハルトさんの魔法で一瞬で、私が目にしない内に跡形もなく討伐してくれる過保護っぷり。
「頑張り屋さんですね、サラは」
「い、いえ……、私が居なければ、みなさんとっくに魔王城に着いてますよね……?」
「早く着いても、サラがいなければ魔王の封印はできませんからね。サラを魔王城に連れて行くことが勇者パーティーの役割ですよ」
どういう理屈かわからないけれど、魔王封印する聖女は魔王城まで自力で行く必要がある。帰りは転移魔法でいいらしい。頭にハテナが浮かぶけど、過去に転移魔法で魔王城に行った聖女は魔王封印ができず、城からやり直して封印ができた。魔王封印に向かう人数が多すぎても駄目だった歴史から、聖女を守り、魔王城まで連れていくのが少数精鋭の勇者パーティーの役割だと聞いている。
「そうかもですけど……。私なんかじゃなくて、もっと体力のある方が聖女だったらよかっ──きゃっ!」
突然の浮遊感に悲鳴を上げた。
子どものようにハルトさんに抱っこされて、銀髪金色の色素薄めで端正な顔立ちが至近距離に現れる。王子様すぎるハルトさんに見つめられ、頬に熱が一気に集まっていく。
「僕はサラが聖女でよかったと思っています」
「わ、わ、わかりましたから、降ろしてください……っ」
「大きな声を上げると魔物が寄ってきますから、静かにしてくださいね。サラ、疲れが溜まると思考がマイナスになります。野営地までは、あと少しですから、サラは僕の腕の中で休んでいてください」
あやすように背中をぽんぽんと撫でられてしまえば大人しく腕を回すしかない。ハルトさんは、見た目はすらりと細いのに、私を軽々といつも持ち上げてしまう。優しくて紳士なのに、頑固なところがある。多分、いや絶対、私が魔王討伐に出発してすぐに倒れたことが原因なんだけど──。
最初の頃のハルトさんは、一歩引いたような寡黙な人だった。人懐こっいリックと距離感の近いエミリーちゃんが私の両隣、ハルトさんは少し離れて後ろからついてきた。
二人の進む速度は森でも平原でも走ってるみたいで、ようやく休憩できても二人に質問攻めされる。私のことを気にかけてくれていると思うから、ひとつひとつ答えていたら食べるのも飲むのもできなくて。休みたいなんて言える雰囲気もなくて頑張らなくちゃと思っていたら、ハルトさんが二人にキレた。
「リック、エミリー! 魔王討伐に聖女の力が必要だと聞いていなかったのですか? あなた達のペースで進めば魔王城にたどり着く前にサラが倒れるでしょう──あなた達が任せてほしいと言うから我慢していましたが、もう任せられません!」
それから、ハルトさんが私の面倒を見てくれる。困っていたら、疲れていたら、ホームシックになったら、全てすぐに気づき、助けてくれる色素薄いイケメン王弟殿下のハルトさん。
そんなの好きになっちゃうのは仕方ない。不可抗力です──。
というわけで、絶賛片想い中の私は、好きな人に抱っこされている状況。ハルトさん、細身なのに鍛えているのか私を軽々抱っこしてくれて、いい匂いもするし、とにかく格好いい。
もちろん身の丈は理解している。
魔王を封印するためには、聖女の祈りが必要不可欠。だから、異世界から召喚した聖女の私を王族のハルトさんが丁重に扱っているだけだと分かっている。でも、分かっていても、好きな人に優しくされるのは嬉しくなってしまうのは仕方ない。魔王討伐するまでの期間限定の恋をどうか許してください──。
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野営地で珍しく早く起きた私は、エミリーちゃんを起こさないようにテントの外に顔を出した。鬱蒼としている魔の森も、朝はわずかに明るくて気持ちがいい。
ハルトさんの結界魔法が張ってある範囲からはみ出さないように歩いていると、なにか動くものが見えた。にょろにょろ動く白いもの──白蛇と目が合った。
ハルトさんの結界魔法の中には、魔物も邪な思いがあるものも入れない。輝く白色に色素の薄い金色の瞳。とっても神々しい蛇に見惚れていると、エミリーちゃんの呼ぶ声が聞こえてきた。
「あの……白ヘビさん、ここは結界魔法があるから安全だよ。でも私たちが出発すると結界がなくなっちゃうから魔物に気をつけてね──またね」
なぜ白蛇に話しかけたのかわからない。
色合いがハルトさんと同じで、高貴な気品にあふれた白蛇に見えたからだろうか。白蛇は私をしばらく見つめた後、にょろにょろと去っていった。
「サラ、誰かと話してなかった?」
「エミリーちゃん、おはよう。うん、今、白ヘビがいたから挨拶してたんだよ」
「ええっ、サラ……蛇、大丈夫なの……?」
「うん。苦手な人もいるけど、私のいた国は白蛇は神様の使いって呼ばれていてね、幸運の象徴なんだよ。蛇の抜け殻をお財布に入れておくと金運アップするって言われてたかな」
エミリーちゃんが身震いしながら、両腕をこする。
「珍しい国だな。あたしは爬虫類はちょっと苦手なんだよね」
「うーん、確かに私の国でも苦手な人はいるんだけどね。私は大丈夫かな。白ヘビさんに会えたし、今日はいいことあるかもしれないね」
「……サラが好きならよかったよ」
滅多に見ることのできない白蛇に興奮して、エミリーちゃんに話しかけてしまったら、ちょっと遠い目をされた。あんまりヘビが好きじゃなかったのに、ごめん。
「サラ、おはよう」
優しい声が鼓膜を揺らし、私の心拍数が上がる。
「っ、ハルトさん! おはようございます」
「楽しそうな声が聞こえてきたけど、なんの話?」
「白ヘビさんに会ったって話です。あっ、ハルトさんの結界の中にいたから大丈夫なんですよね?」
「もちろん大丈夫だよ。サラは、蛇が好きなの?」
窺うような瞳に自信満々に頷いたら、あまりにも嬉しそうに微笑むから、王子様スマイルに拝みたくなった。
「ふふっ、ハルトさんもエミリーちゃんと同じこと聞くんですね! 私のいた国は蛇は幸運の象徴で、白蛇は特に縁起がいいって言われているんですよ」
「そっかあ、サラは白蛇が好きなんだね。でも、結界の中にいる白蛇は触っても大丈夫だけど、他の蛇は絶対に触らないようにしてね」
「ハルトさんの結界の中に入れるなんて、やっぱり白蛇はここの世界でも特別なんですね……っ」
蛇は臆病だと聞くし、私も蛇に触ったことはないから触るのは難しそう。だけど、幸運の象徴だからまた会えたらいいなあと思った。
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「白ヘビさん、おはよう」
私を見つけると金色の丸い目を向け、二股の舌をチロチロ動かして挨拶をしてくれる。蛇の瞳ってキュルンとしてて可愛いなんて初めて知った。
なんと初めて会った日から、ほとんど毎日、白ヘビさんと会っている。たぶん、同じヘビだと思うんだけど、異世界のヘビは進む速度が違うのかな? 異世界は神秘に満ちている。
「えっ、今日も採ってきてくれたの?」
木苺みたいな小さな果実が沢山ついている枝を咥えて、見上げられる。こくん、と頷く白ヘビさんを見て目の前に手のひらを差し出すと実のついた枝を置いてくれた。よくこんなに沢山持ち運べたな、と感心するくらいの枝の実たち。
白ヘビさんは、なぜだかわからないけど、いつもなにか私にプレゼントしてくれる。最初に貰ったのは、白ヘビさんの抜け殻。ご利益がありそうだから小さな袋にいれて、首からかけてお守りにしている。
「白ヘビさん、こんなに沢山! 重たかったでしょ? いつもありがとう」
お礼を伝えるとにょろにょろと去っていく。白色の鱗はうっすらした朝日で煌めいて銀色に見える。あまりの神々しさに思わず拝んだ。ありがとう、白蛇さん。
「ふわああ、っはよ。サラ、なにやってんだ?」
「あっ、リックおはよう──あのね、白ヘビさんが赤い実をくれたの。これ食べられるかな?」
「っ! うっわ、これラズバーリーじゃん! めっちゃいっぱいある! 俺も食べたい」
リック曰く、ラズバーリーは体力回復させてくれる貴重な実で、甘酸っぱくて美味しいらしい。狼獣人の紺色の尻尾がぶんぶんと左右に揺れはじめた。ものすごーく期待の眼差しで見つめられている。
「じゃあ、みんなで分けて食べ──」
「駄目ですよ、リック」
私の言葉を遮るような声がして、振り向けばハルトさんが立っていた。
「リック、これはサラがもらったものでしょう?」
「おう! でも、サラがみんなで分けようって言ったし、俺、ラズバーリー食べたことないから食べてみたい!」
「──リック、場所は教えてあげます。あなたはエミリーと一緒に自分で採ってきなさい。ここまで順調に進んでいますから今日は出発を遅くしましょう」
「いいのか? っしゃー! エミリー呼んでくる!」
尻尾をぶんぶん振ったリックとエミリーはラズバーリーの場所を聞くと、あっという間に出発。嵐の去った後は、ハルトさんと私だけが残された。
「サラ、あーん」
ハルトさんがラズバーリーを手に持ち、私の唇に近づける。
「……へっ!?」
「白蛇はサラに食べて欲しくて持ってきたんですよ」
「そ、そうですね……? でも、すごい沢山の実だったからみんなで食べようかなって……?」
「サラ、蛇の筋肉は人間の約十倍はあるから、体より大きな枝を運ぶのはそこまで大変じゃない。でも──」
ハルトさんは言葉を切って私を見つめる。
「白蛇の贈り物を他のオスと食べようとするなんてイケナイ子だね、サラは」
ハルトさんの言葉に面食らったけど、確かに言う通り、白ヘビさんの気持ちになったら、他の人に渡してほしくないかも。そう思って、「ごめんなさい」と謝った。
「未遂だったからいいよ。ラズバーリーは、採れたてが美味しいから──サラ、口をあけて」
「えっ、えっと、あ、……あーん?」
戸惑いながら口をひらけば、ラズバーリーが入ってきた。甘酸っぱくて美味しい爽やかな味に思わず目を見開いてしまう。
「んっ、美味しい……っ!」
「ふふっ、サラよかったね。はい、あーん」
「あーん」
久しぶりに食べるフレッシュな甘さが美味しくて、ハルトさんの言われるままに口をあける。すべてを食べ終えて幸せに浸った。
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魔王城まであと少し。瘴気は濃くなり、凍るような寒気が魔の森を覆う。
「白ヘビさん、っ、おはよ……っこほ」
咳をしてしまったら、くりくりの金色の目に心配そうに見つめられた。
「ごほ……っ、ごめんね。朝から喉が痛くて……。お花、素敵だね、いつもありがと──あっ」
いつものように手のひらを伸ばしかけた途端に白ヘビさんがしゅるしゅると勢いよく去っていく。白ヘビさんが消えた茂みをぼんやり眺めていたら、ガサガサと茂みが動きはじめて肩が跳ねた。
「──っ、ハ、ハルトさん……!」
突然現れたハルトさんに驚く。私を射抜くように見るハルトさんがものすごい勢いで近づいてきて、私の額に手を置くので、目を瞬かせた。驚く私に構わず、ハルトさんが首筋で脈をはかりはじめる。
「えっ、あの、ハルトさん……こほっ、少し咳が出るだけなので大丈夫ですよ」
「瘴気が濃くなったからな……瘴気咽頭炎の可能性が高いね。もうすぐ熱が出てくる。風邪の症状に似ているんだけど、この先まだ長いから、しっかり治してから出発しようね」
「え、でも、私なら大丈夫ですよ……!」
まだ熱はないのに、私のせいで進めなくなるのが申し訳なくて俯いた。
「サラ──担ぐのとお姫様抱っこと魔法で浮かぶなら、どれがいいかな?」
またハルトさんの選択肢がおかしい。絶対におかしい。
「それなら苦くて酸っぱい回復薬を飲むのとテントで休むの、どっちがいいですか?」
妥協された選択肢に目をぱちぱち瞬かせていると、「回復薬は不味すぎて気絶する人もいるけどね」という物騒な囁きが聞こえてきた。
「──っ、て、テントで休む、でお願いします」
「ふふっ、いい子だね」
頭をさらりと撫でられて、恥ずかしくて下がった視線がハルトさんの花を握っている手に集まる。白ヘビさんが持っていたものと同じ花に、思わずハルトさんを窺う。
「あれ? ハルトさん、その花って?」
「ああ、これは白ヘビからだよ。風邪を治してほしいと願っていたよ」
「えっ! ハルトさん、白ヘビさんの言葉がわかるんですか?!」
「わかるというか話せるね」
「わあ、凄い! いつも白ヘビさんが色々贈りものをしてくれるんですけど、なにかお礼がしたくて……! 今度、なにがいいか聞いてもらえませんか? ごほ……っ」
「サラ、テントに戻ろう」
ハルトさんにテントへ連れられ、横になるように促された。
「あっ、ちょっとだけ待ってください」
私の荷物の中から薄めの本を取り出す。本当はもっと厚い本がいいけれど、この一冊しか持っていないので仕方ない。
「ごほっ、あの、ハルトさん、白ヘビさんからのお花もらえますか?」
「? どうするんだ?」
「綺麗なお花なので、……こほっ、いつも押し花にしているんですよ」
押し花にしているページをひらきながらハルトさんに話していたのに、ハルトさんの返事がなくて振り返る。なぜかフリーズしているハルトさんが立っていて、首を傾げた。
「あれ? もしかして、この世界に押し花ってないですか? こうやって綺麗な花をそのままの状態で残せるんですよ──綺麗でしょう?」
押し花が並んでいるページをハルトさんに広げて自慢する。
「あ、ああ……。サラは残したいくらい蛇の贈り物が嬉しかったの?」
「はいっ! いつも寝る前に白ヘビさんのお花を眺めているんです」
「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」
まるでハルトさんが贈ったような返事を不思議に思った途端、急に身体がふらりと傾く。地面がグラグラ不安定になったみたいで、立っていられないと思ったらハルトさんの腕の中にいて、身を委ねる。押し花の本も閉じた状態で引き抜いてくれていて、安心した。
「サラ、熱が上がってきたね。押し花はやっておくから大丈夫だよ」
「ん、ハルトさん、ありがとうございます……あの、もし白ヘビさんに会ったら、熱が下がるまで会えないって伝えてください」
「ああ、わかっているから安心して」
横になったら一気に眠たくなってきた。まぶたが下がる先にハルトさんの金色の瞳が見えて、白ヘビさんと重なる。
「白ヘビさ、んに……会えないの寂しいなあ」
ポツリとこぼした言葉に、私は自分が思っていた以上に白ヘビさんのことが好きなんだなと思って、笑ってしまった。
ハルトさんの言うとおり、あっという間に発熱して熱が高くて節々が痛い。ハルトさんの調薬してくれた薬湯を飲んだら、かなり寒気は治まってきた。まだ熱は高いけど、熱が引けば大丈夫だと言われている。
────しゅる……
微かな気配に、目が覚めた。
エミリーちゃんに咽頭炎を移しては大変だから今日は一人でテントを使わせてもらっている。いつも二人で使っているテントに一人だと広く感じて、熱のせいでなんだか寂しい。
──しゅるしゅる
「っ?!?!」
寝袋の上になにかが這い上がる感触に驚いて固まる。にょろにょろ動く感覚に驚いていると、白ヘビさんだった。薄明かりに金色の瞳がキラキラ光っている。白ヘビさんだとわかった途端に嬉しくなってしまう。
「もしかして、ハルトさんに聞いてお見舞いに来てくれたの?」
こくんと頷く白ヘビさんがすごく可愛い。指でそっと頭を撫でると二股に分かれた舌をチロチロ出して挨拶してくれた。
「白ヘビさん、冷たくて気持ちいいね……っ」
手のひらに擦り寄られ、そのままにょろんと巻きつかれた白ヘビさんのひんやりした感触に思わずつぶやいた。高熱の体温に、白ヘビさんの温度がとても心地いい。
「……あっ、待って……」
白ヘビさんがお見舞いを終えたと言わんばかりに帰ろうと動きだしたのを見て、咄嗟に声が出た。不思議そうな白ヘビさんに嫌々と首を振る。
「やだ、行かないで……あのね、エミリーちゃんもいなくて寂しいの……もう少しだけ一緒にここにいて……」
にょろにょろ白ヘビさんが動いて枕元にとぐろを巻く。一緒に寝てくれる様子に本当に賢いヘビなんだなあと思いながら嬉しくて頬がへにゃりと緩む。
「白ヘビさん、ありがとう」
安心したら一気に眠気が襲ってきて、まぶたがくっついた──。
⋱⚘⋰ ⋱⚘⋰ ⋱⚘⋰
「魔王封印お疲れさま! 乾杯!!」
ほどなくして瘴気咽頭炎も治り、魔王城に辿りついた勇者一行こと私たち。聖女として魔王城で眠り続ける魔王に手をかざし、教わった通りに「魔王封印」と詠唱。キラキラする光が私の手から溢れて魔王の封印はものの数分もしないうちに終わり、拍子抜けした。しばらく魔王は復活しないと聞いて安堵している。
魔王封印が夜になってしまったので、明日の早朝に転移魔法で王城に帰ることに決まった。戻ったら凱旋パレードがあり、このメンバーでゆっくりできる最後の夜に祝杯をあげる。
「ハルトしゃん……このおしゃけ、おいひい、です」
「そっかあ……サラはお酒弱かったんだね」
「そんにゃこと、ないです……っ! シャラ、よってましぇん……」
「うんうん、酔っ払いは必ずそう言うんだよ──ほら、おいで。ここなら、いつ寝ても大丈夫だよ」
ひょいと持ち上げられてハルトさんの膝の上に座らせられた。細いのに力持ちなところにもときめきが降りつもるけど。
「むむむ〜よってましぇんってば〜! リックぅ、エミリーしゃん、なんとか言ってくだしゃい……っ」
まだ一杯目のグラスを飲み終わっていないから、そんなに酔っ払っているわけがないのに。ハルトさんなんて、スイスイお酒を飲んでて、ずるい。横抱きは嫌じゃないけど、むしろ最後のご褒美だけど、リックとエミリーちゃんに援護射撃を求めた。
「いや、酔ってるから!!」
「いや、酔っぱらいだ!!」
息ぴったりで二人に見捨てられて、口がとんがるのがわかる。ハルトさんの鍛えた胸に思いっきり頭をぐりぐりした。慰めるようにハルトさんが頭をよしよしと、撫でてくれる。
「みんな、の、いじわるぅぅ〜やさしい白へびしゃんに会いたい〜〜〜!」
白ヘビさんと声に出したら無性に会いたくなってきた。そろそろいつもの寝る時間だからやって来るかもしれない。瘴気咽頭炎の夜以降、寝る時はいつも一緒の寝袋で寝ていた。
「ハルトしゃん……今日こそ白へびしゃんに会えるといいれすね?」
いつもハルトさんと白ヘビさんはニアミスで会えていないので、今日が会えるラストチャンス!
「サラは、王都に戻ってからも白蛇に会いたいのかな?」
「あいたいでしゅ……けど……こことは環境もちがうし……むずかしいのはわかってましゅ……うう、おわかれなんて、イヤなのに〜〜!」
高揚していた気持ちがしおしおと縮んでいく。あやすようにハルトさんに髪を撫でられて、こてんと頭を預けた。白ヘビさんに会えるのも、こうやってハルトさんに甘えられるのも今日が最後。
ただただ寂しくて、ぎゅっと抱きつく。今だけ、今日だけ──。
「サラ、これからもずっと白蛇と一緒にいられる方法がひとつだけあるよ」
「ふえ……?」
こてり、と首を傾げる。ハルトさんの魔法でどうにかできるのかな?
「サラが白蛇と結婚すればいいんだよ」
告げられたあまりに突拍子もない方法に、くすくす笑ってしまう。
「ハルトしゃんも、酔ってます……ね?」
「ふふっ、ちっとも酔ってないよ。サラは鈍感だよね」
「むう、そんなことありましぇん……!」
「そうかな? ねえ、僕と白蛇の色の特徴は似てない? どうして白蛇と僕は会わないのかな? 僕が蛇の言葉が話せるって不思議に思わなかった? それに、蛇はうわばみだって聞いたことない?」
くすくす笑いながらお酒の入っているコップを飲み干して、じっと白ヘビさんと同じ金色の瞳で見つめてくる。
「んんん〜? やっぱりハルトしゃん、酔ってますよ……? だって、その言い方だとハルトさんが蛇みたいですよね……?」
ぺちぺちハルトさんの腕をたたいて答えれば、ハルトさんが嬉しそうに笑う。
「それが正解だよ、サラ」
「へ?!」
「僕はね、ヘビ獣人なんだよ──見てて?」
優しく膝の上から下ろされる。すぐに、ハルトさんの身体が不思議なくらい縮んでいき、白ヘビさんになった。
「〜〜〜っ?!?!!」
チロチロな舌も、くりくりの瞳も間違いなく毎日会っている白ヘビさん。あまりの驚きに目を見開いていると、目の前の白ヘビがハルトさんに戻っていく。
「うん、驚いてるサラも可愛いね」
流れるようにハルトさんの膝の上に戻されて、頭を優しく撫でられる。思考が停止している間も、やわらかな手つきで髪を何度も撫でられて、梳いていく。
「えっと、白ヘビさんがハルトさんで、ハルトさんが白ヘビさん……ってこと?」
「そうだよ。驚いた?」
ハルトさんの問い掛けにこくこく頷いた。
「ふふっ、素直でかわいいね。それでサラ、ずっと白蛇と一緒にいられる方法はどうするつもり?」
「……っ!」
先ほどの「サラが白蛇と結婚すればいいんだよ」の言葉を思い出して、ぶわりと熱が頬に集まる。嬉しいのに恥ずかしくて、両手で顔を隠す。
「サラ……?」
「っ、ご、ごめんなさい……そ、の……、結婚なんて言われると思っていなくて……」
心臓の音がうるさいくらい鳴っていて、なんて答えていいのかわからなくて上手く言葉が出てこない。
「……っ!」
ハルトさんの大きな手がそっと私の手を引き剥がす。思わずハルトさんを見れば、まっすぐに熱のこもった瞳で見つめられていた。
「僕はね、頑張り屋のサラがずっと愛おしくてたまらない。素直なところも、照れるところも、ちょっと鈍感なところもかわいいと思っているよ──自惚れじゃなければ、サラも同じ気持ちだと思ってたけど、違うかな?」
ハルトさんの声が真剣で、私の手を握る力が、ぎゅっと強くなった。
「サラ──魔王討伐の褒章として妻に望まれるのと、不敬罪で娶られるのと、星空の下でプロポーズされるのと、どれがいいかな?」
もう、またハルトさんの選択肢がおかしい。絶対におかしいのに──!
「えっ、なんで、不敬罪……?」
「王弟の僕を毎夜寝所に誘い込み、同衾にして身体を撫でまわして、キスも散々してたよね。責任を取らないなら不敬罪になるんじゃないかな?」
「い、言い方……!」
エミリーちゃんに呆れられたような目で見られていた理由ってヘビだからじゃなくて、ハルトさんだって気づいていたから!? お、教えてよ……! そんな思考に浸っていると、「無理やり監禁はしたくないんだけどな……」という危険な呟きが聞こえてきた。
「──っ、ほ、星空の下でプロポーズされる、でお願いします」
「ふふっ、よろこんで聖女様」
金色の瞳が甘く細められて、頬に手を添えられる。
「サラ、愛してる。僕と結婚してください」
「……はい。わ、私もハルトさんのことが好きです」
勇気を出して伝えれば、頭をするりと撫でられる。
「サラ、顔が真っ赤だね。もしかして、まだ酔っ払ってる?」
「も、もう……びっくりしすぎて、酔ってないです……」
きっと顔が真っ赤だけど、この熱はお酒ではない。くすくす笑うハルトさんをじとりと睨めば、はちみつを溶かしたみたいな甘やかな瞳と視線がぶつかる。
近づくハルトさんの唇に自然とまぶたが落ちて、優しいキスを交わした。途端に──!
「ひゅー! おめでとうー!」
「きゃー! やったわねー!」
突然、リックとエミリーちゃんの歓声が響く。二人が近くにいたことを思い出し、両手で顔を覆う。恥ずかしすぎて、身体を羞恥が駆け巡っていたら、ハルトさんに抱きしめられる。
「まったくお前たちは……。ひと足先に王都に戻ってろ──転移魔法」
「えー! 俺たちが協力してたのにー!」
「えー! サラ、また王都で話を聞かせてね!」
二人のまわりだけ青い光がキラキラまといはじめ、あっという間に目の前から消えた。魔法、本当にすごい……。
「邪魔者はもういないから、サラは安心して僕にキスされて」
「っ……!」
言い終わると同時に、またキスが唇に落ちてきた。ハルトさんの手が私の髪を撫でながら、ついばむようなキスに胸が甘く震えていく。
「ハルト……さん……、っ!」
何度もキスを交わして、ちょっと息が切れた頃、ハルトさんが私の額に自分の額をくっつけて、囁く。
「サラ、好きだよ」
「うん、……ハルトさん、私も好き……」
金色の瞳が、愛おしそうに細められて唇が塞がれる。深いキスに酸素が足りない。クラクラして、ただハルトさんにすがりつく。平和になった星空の下で、流れ星みたいにキスが次々と落ちてきて、胸が幸せでいっぱいになった。
⋱⚘⋰ ⋱⚘⋰ ⋱⚘⋰
王都に帰還した私たちは、盛大な凱旋パレードで迎えられた。王弟と聖女の婚姻は喜ばれ、あっという間にハルトさんと婚姻を結び、彼の屋敷で幸せに暮らしている。
あれから数ヶ月。リックとエミリーちゃんは相変わらず元気で、私の大切な友達だ。ハルトさんは王弟の仕事をこなしつつ、毎朝白蛇の姿で私の枕元に「プレゼント」を置いてくれる。今日も小さな白い花があって、押し花のコレクションが増えた。
「ハルトさん、ありがとう」
「どういたしまして」
白ヘビから人間の姿に戻ったハルトさんの金色の瞳に見つめられる。
「サラ──キスと甘いキスと蕩けるキス、どれがいいかな?」
ハルトさんの選択肢は今日もおかしい。おかしいのに、胸が甘く高鳴っていく。
「…………ぜんぶ、でお願いします」
「ふふっ、欲張りなのも、かわいいね。サラ、今日はお休みだから覚悟してね」
にっこり笑うハルトさんの瞳には甘やかなゆらめきが灯っている。目を閉じれば、髪を撫でられ、キスがそっと落とされた──。
おしまい
読んでいただきありがとうございます♪
6/21になろう7年生になります(*´˘`*)
まさか7年も小説を書いているなんて、登録したときには思いもしませんでした。
これもすべて読んでくださる方がいるからです。
いつもありがとうございます!
これからも応援してるよ!7年生おめでとう!面白かったよ!と思った方は、広告の下にある星をクリックしていただけると嬉しいです。
これからも楠結衣をよろしくお願いします。
ちょっとバースデーには早いですが、
とびきりの感謝を込めて。
楠結衣