3 フルーツ風船
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広場からは、つんざくような悲鳴がひびきわたる。迫りくる巨大人形の影に覆われたデコポンピエロの風船売りは、あわてて、ものすごい数の風船の束をはなして逃げだした。みるみるうちに何百ものいろとりどりのフルーツ風船が、青空と、鮮やかさを競いあうように、ひろがっていく。まるで青空のはるか向こうにある本当の居場所、ふるさとに帰ろうとしているかのように……
ライムは、ジャンボハーベストマンとともに地面に向かいながらも、それを見逃さなかった。ちょうど近くに漂うように飛んできた赤い風船のひもをひっつかむと、巨大人形から飛び降りた。
次の瞬間、ハーベストマンは、すさまじい地響きをたてて広場に倒れこんだ。その勢いで、腕は完全に胴体から切り離され、大きくバウンドしたあと、地面にたたきつけられた。土煙をたてながらころがる。
あたりには、砂嵐におそわれた砂漠みたいに、もうもうと土煙がわきあがった。悲鳴が一段と高まる。
フルーツの精たちは、ひどくせきこんだり、うずくまって頭を抱えたりした。
ライムは、巨大人形が地面に激突する寸前に飛び降りていた。
赤い風船を持って、なんとか着地したライムは、土ぼこりにむせながらも、すばやく、あたりを見回した。
すごいいきおいで転がるハーベストマンの巨大な麦わら帽子から逃げまどう人々。あたりは悲鳴や泣き声に満ちていた。そんななかでも、横倒しになったジャンボハーベストマンは、乱れ切ったわらの髪の間から笑顔を見せていた。
ライムは、ベンチのかたわらにしゃがみこんで、三人かたまってふるえているいちご家族を見つけると、ジャンプしながらかけよった。
お父さんにだきかかえられるようにしている娘にむかって、血のように真っ赤なドラゴンフルーツの風船をつきだす。
「いちごじゃないけど、おんなじ色だよ。はい、これ! 」
ドラゴンフルーツは血走った目をかっと見開き、きばをむきだしている。毒々しい炎のような赤や緑のナイフみたいにとがったうろこが、ゆらゆらとうごめいていた。
「きゃあーーっ!」
イチゴむすめは悲鳴を上げる。
「え? 」
ライムはとまどいながらも、むすめにむりやり風船のひもを握らせた。
「礼はいいってことよ、こまったときにはお互いさまだぜっ!」
ぎこちなくウインクすると、いちご家族に背を向け、走り出した。
広場は騒然として、パトカーのサイレンがひびいている。
何人かが、ライムに気がつき指さす。口をあけて、何か叫んでいるようだ。
なんだかまずい感じがして、ライムは勢いをました。
ゆらゆらと空をのぼっていくドラゴンフルーツ風船にはまったく気づいていなかった。
ライムはスピードを加速して、どんどん、まるで逃げるように公園を駆け抜けていった。
(しかし、まったく、なんで突然、あのでか人形、倒れやがったんだ……)
公園はほんとうに広い。小高くなった芝生の丘の上に立つ美術館や博物館のわきをすりぬけ、スワンボートなんかがうかぶ池のふちを回ったりして走りつづけた。
(まさか、みんな、おれっちが、でか人形をこわしたって思ってるんじゃないだろうな……)
でもさすがに疲れてきて、スピードが緩んだ。息切れがひどくなってきて、速足くらいになる。そのうち、ほとんど歩くのと同じくらいになった。
突然、あたりに高い笛のような音がひびいた。ライムは立ち止まった。少しぼんやりしてきた頭が、いっぺんに、はっきりしたような感じだった。
人々のざわめき。緩やかにカーブした遊歩道の先に、大勢のひとが集まっている。背伸びしたり、首を伸ばしたりしている。
(なんだろう……)
ライムは近づいていった。やがて彼らがなにかがやって来るのをじっと心待ちに待っているらしいことに気づいた。みな木立の向こうに、じっと目を凝らしている。