1 収穫祭
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ここはフルーツの精たちが住む町、「フルーツェン」。オレンジ、バナナ、メロン、アップル、レモン……、いろんな種類のフルーツの精たちが暮らしている。
今日はお祭りの日。町の真ん中にある広々としたカージュ公園の広場にはたくさんのフルーツの精たちが集まっている。秋のはじめのさわやかな風にのって、さまざまなフルーツの香りが漂っている。
朝からとってもいい天気。「大収穫祭」との文字がおどるのぼりが広場のあちこちに立てられ、そよそよと、しずかにはためいている。
公園からは町の向こうの丘にそびえるお城が見える。白い壁にはたくさんのアーチ型の窓が並び、イチゴみたいなとんがり帽子をかぶったような塔が、いくつか立っている。
お城は巨大な体のすみずみにまで朝の新鮮な光をあびて、まぶしいほど真っ白にかがやいている。
また、目を反対方向に向けると、公園から下った先に青い湾が望める。豪華な大型客船が、これもまた、白く光を反射している。
広場の中央には、大きく両腕をひろげたジャンボハーベストマンがそびえたっている。豊作を祝うお祭りのためにゼリーでつくられた巨大人形で、まるでビルか怪獣みたいに大きい。
いろいろなフルーツがプリントされたカラフルなリボンが巻かれたスーパー特大サイズの麦わら帽子の下には、にっこり笑顔のみかんみたいなまるっこい顔。
暖色系のチェックのシャツの上に、今日の青空にも負けないあざやかな青いオーバーオール。風をふくんで、ゆらめいていて、ちょっと海みたいにも見える。そこからつやつやしたバナナみたいな腕やパパイヤみたいなふっくりした足が突き出ている。帽子のリボンとおそろいのスカーフも風にゆるやかになびいている。
吸い込まれそうなほど青い空には、あざやかな色のさまざまなフルーツの気球がいくつも浮かんでいる。それに負けないほど、つやつや輝くいちごの娘が、小さな腕をせいいっぱい空にのばして、ぴょんぴょんはねている。いちごの気球を取ろうとしているようだった。
「あれを取るのはちょっと無理かな……」いちごのお父さんが、まぶしそうに空をみあげた。
「もうちょっと大きくなってからね」
ほほえんで、娘をみおろす。
「お父さんったら、へんなこといわないでよ」
お母さんがわらう。
「大きくなるっていっても、気球にとどくほどの巨人にはなりませんよ」
「あ、そうか」いちごむすめはかなしそうに顔をふせる。
「そんなに大きくなったら、おかあさん、だっこできないじゃない」
おかあさんは、しゃがみこむと、いちご娘をだきあげる。
それから、何かに目をやり、顔を輝かせる。
「ねえ、気球はむりだけど、かわりにあれならどう?」
おかあさんは、顔を、噴水の向こうに連なる屋台に向けて、指さす。
そこにはたくさんの風船をかかえたデコポンがいる。はでなお化粧をし、だぶだぶのカラフルな服を着てピエロにふんしている。色も形もさまざまな風船たちはあかるい陽ざしをうけて。宝石のようにかがやく。
「だいぶん、ちいさいんだけど……」
いちご娘は、おかあさんのうでの中で、小さな指をさし、はねるように体をゆする。
「ほしい、ほしいっ!」
「こらこらそんなにあばれたら、おっこちちゃうよ」
お父さんが笑顔で、両腕を娘のほうにさしのべる。
いちごむすめはいちごの風船を買ってもらった。ひもの先の風船をみあげながら、とことこ広場を歩き回る。ひもを上下にうごかしたり、ゆすったりしてみる。いちご風船はおどるみたいにいろんな動きをする。
そのうち、花壇のへりにつまずいたひょうしに、むすめは風船のひもをはなしてしまった。
「あっ」
風船はゆらゆらと空をのぼっていく。
「ああっ」
おとうさん、おかあさんも、そろって悲鳴のような声をあげた。
赤い風船は、空の青さに溶け込むこともなく、くっきりとした赤をみせて空をのぼっていく。
いちごの家族はなすすべもなく、そろって口をあけたまま見上げていた。
風船はかすかにゆれながら、確実にどんどん小さくなっていく。