4.エスコートの申し込みを断ったらだめですか?
はぁぁぁ・・・・・
明らかにながぁい溜息を吐いたお父様は、執務室のソファに腰掛けながらこめかみに手をあてて疲れ切ってうなだれているようだ。
それは仕方ないことだと思う。
あの婚約解消を告げられて、タウンハウスに戻った後それはそれは大騒ぎだったのだから。
お姉様は私より先に戻っていて、涙ながらにお父様とお母様に報告し謝罪していたので、私たちは事実確認を4人で行った。
お父様は婚約解消だけでなく、お姉様がずっと12歳の頃からダリオのことが好きだったこと、更にお姉さまが体が弱かったにも拘わらず妊娠できたことに驚きが隠せず、座っているのに倒れそうに顔面蒼白であった。
「すまなかった・・・ミルティ・・・ルーシア・・お前たちには辛い時を過ごさせてしまったようだね・・
私たちが政略結婚を決めなければ、ミルティもこんな強硬手段はとらなかっただろうに・・・」
私は自分の行いを顧みることができるお父様を尊敬している。
されたことは許せないけれど、私たちが悩んでいたこと、辛かったことをちゃんと受け止めてくれるのは、お父様だからできることなのだと思う。
・・・本当はもっと早く気づいてほしかったけれど
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私のハーディング魔法学園卒業後、婚約解消の手続きを速やかに行われた。
メイシャス侯爵家とも話し合いの上で1週間で私の婚約解消は確定となった。
その後ダリオとメルティの婚姻について、半年後には結婚式を行う事が決定した。
メルティが出産前に安全に結婚の儀を執り行うことができるであろう安定期を見計らってのことだそうだ。
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私とお姉様はあれ以来会話という会話はできていない。
解消が許せないのではなく、どうしても裏切られたという気持ちを拭うことができなかったからなのだと思う。
本当は妹としてお姉様の幸せを祝福したい。
赤ちゃんが生まれてくることを一緒に喜びあいたい。
私がもっとお姉様とダリオを信じられたらこんなに苦しくなかったのかな・・
きっと時間が解決してくれる
私はそう思う事しかできなかった。
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その後困ったのはデビュタント・ボールのエスコート探しである。
元々はダリオがエスコートしてくれる予定だったので、相手がいない状況なのである。
婚約解消はあっとゆう間に知れ渡ったものの、もうデビュタント・ボールは目前。
あと3週間もないのに全く決まらない。決められないのだ。
私は【国唯一の水魔法の覚醒者】それだけでも誰もがてにほしがる逸材であるし、王国にとっても重要な案件である。
王家に叛意を起こそうなどと企む家に嫁がれたら国が亡ぶ危険性さえあるのだから。
お父様の意志だけで決められるような案件ではなく、婚約解消後も頻繁に移動魔法を使って王国の方や、メイシャス侯爵がエルガディスのタウンハウスに訪れ話し合いが繰り返されていた。
エルガディス家だけでなく、メイシャス家や王家の気に入る相手など早々決まるはずもなかったのだ・・
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「旦那様!大変です!至急こちらをご確認ください」
デビュタント・ボールまで1週間となった今日。
私とお父様とお母様はエスコートはお父様に決めようと話を進めていた最中、
冷静沈着いつもなら淡々とスマートに話す執事長のルスターが、突然ノックもなく入室し一通の手紙をお父様に差し出した。
不躾な態度ににお父様はルスターに一瞥するも、手紙の差出先を見て驚愕した。
「・・・・ま・・・まさか・・」
震える声でその手紙を開封し、静かに読んだ後
がたんっ
力が抜けたかのように椅子に乱暴に落ちるように座った。
「・・・読んでみなさい」
しばらくしてお父様は、力なくそっと私に向けられた手紙を受差し出した。
「え????・・・・第1・・・・王子様???・・・・戻られていたのですか?!」
驚きを隠せない私はそんなことしか呟けなかった。全てが衝撃ではあったが、空想の人物の様な方の名前に一番驚いてしまったから仕方ない。
メルリド王国第1王子サーディン・メルリ殿下といえば、体が弱いという理由で15歳ころまで全く公の場に出たことはなかった。
体調が回復されたと情報が回ったときには、今度は西の隣国ノスラホート王国に留学されたと拝聴していた。
その後は誰もどうなったのかは知り得ず、
(もしや第1王子様は存在すらしていないのでは?)
(病気でお亡くなりになったのでは?)
(醜い王子だから公の場に出れないだけだろう)
様々な憶測が国中で噂されていた、謎しかない王子様。それがメルリド第1王子サーディン・メルリド殿下なのだ。
手紙には、私のデビュタント・ボールには第1王子がエスコートする旨が王命によって記されていた。
「私が・・王子様にエスコート・・・されるのですか???」
意気消沈しつつも祈るようにお父様を見つめる。
お父様は先日私とお姉様に強引に進めた婚約の件を謝罪してくださったわ!
王命でも・・・・もしかしたらなんとかしてくれるのでは・・
祈る瞳で見つめる私をじっと見つめ返すお父様の瞳は、何を考えているのだろう
「この王命。断れば謀反と受け取られる可能性はあるだろう。」
しばらく沈黙の中、お父様は私から目をそらさず淡々と更に告げる。
「最悪の場合・・わが家紋は王国から消されるのかもしれん」
「・・・・・」
私は察しつつも返事ができず見つめ返す。
「しかし断らなければこのエスコートを受けた後、婚約を申し込まれることはおおよそ確定事項だと私は思う。」
「・・・・・」
「不甲斐ない父親ですまないと思っている。
今回は私の独断で判断することはしない。
しかし、私が王家を拒否したとしてもお前たちを守れるかどうか正直わからない。
王命はよほどのことがない限り下されることがない。
今回はそれだけ重要だと王家は考えていることなのだろう。
それを拒否するのは謀反を疑われてもおかしくない。
それでも・・・ルーシア・・お前がどうしても断りたいのであれば
私はこの命を捧げよう」
静まり返った部屋の中で、お父様の言葉だけが部屋の中に響き渡った。
返事を返していた私にはこの空気は重過ぎる。
私が拒否してもお父様は私を責めない。ということなのだろう。
しかし、拒否すれば私たちはこれからどんな悲劇が起こるかわからない。
お言葉の通りお父様は命を差し出さなくてはならないかもしれない。
お母様も・・お姉様も・・この家の使用人たちも・・領地の民たちも・・
私の返答次第なのだろう・・・重い・・重過ぎる・・
・・・でも私はディーンお兄ちゃんを諦められるのだろうか?
あの日再会しなければきっとこんなに苦しくはなかっただろう。
でも私は知ってしまった。
私のディーンお兄ちゃんに対する恋心の大きさに
再会しただけで涙が止まらない位嬉しくて嬉しくて幸せな感情。
あんな幸福は8年生きてきて感じたことのない喜びだった。
どこに住んでいるのかも、平民なのかも、貴族なのかも、どんなお仕事をしているのかだって知らない。
でも間違いなく私はディーンお兄ちゃんに恋をしている。
・・・でも私は知っている・・・私自身の心を。
私に与えてくれた周りからの親切や愛情を、私は返したい人間なのだ。
自分の幸せの為だけに家族や皆を見捨てることはできない。
・・・・ごめんね・・ディーンお兄ちゃん
「私は第1王子殿下のエスコートをお受け致しますわ」
沈黙がどの位続いたかわからなくなるほど葛藤し、私は心の中でディーンお兄ちゃんに深く深く謝罪して、エスコートを受け入れたのだった。
まわりの視線を察したくない。
今は自分を保つだけで精一杯なのよ・・
私は私の決断に従うことにした。
あ