3.感傷に浸っていたら偶然?彼と再会しました?
久々に訪れた心地よい魔力。
少しずつ陽が沈み始め、湖の周りには人はほとんどいない。
大きな湖は静かにそよ風をまといながら、心地よい魔力を感じさせてくれる。
魔法の勉強や領地運営の勉強も、婚約内定後から強制的に厳しく始まってしまったため時間に追われていた・・
それでもディーンお兄ちゃんとの別れ以来、来たいと思うことはなかった。
心地よい風に乗って気持ち良い魔力を感じるのに、私の心は喪失感でいっぱいだ・・
やっぱり・・・悲しいね・・
心の中の呟きにもアシュはきっと寄り添ってくれているんだろうな・・
言葉は聞こえなくてもなんとなく今はそう感じる。
この場所は悲しみの場所になってしまったけれど、素敵な出会いと思い出の場所だったのにね。
水妖精のアシュに出会えたこと。
そして、ディーンお兄ちゃんに出会えたこと。
フルリピストを使ったのはあの一度限りだった。
瀕死の傷を負って気絶していた背の大きかったディーンお兄ちゃんを、私は必至で助けたいと願い、その願いに妖精のアシュが力を使えるように祝福をくれたから、特殊回復魔法フルリピストを習得することができたのだ。
あの出会いがなかったら私は、【覚醒者】にはならなかっただろうし、きっと婚約者もいなかったのかもしれないけれど・・
それでも彼との出会いは、私にとって人生で最高の甘酸っぱい思い出だった。
傷が回復して目覚めたお兄ちゃんはディーンと名乗って、私と約1週間湖でよく遊んでくれた。
私の色味が変わったグラデーションの髪の毛をかわいいって褒めてくれた。
一緒にお散歩して・・野生動物と追いかけっこもした。
私はこっそり特殊魔法で速く走れるようにしたから、絶対負けないと思ったのに、そういえばお兄ちゃんには一回も勝てなかった気がする・・
なんでだろう??
ディーンお兄ちゃんは5歳も私より大人だったのに、子供みたいに私と一緒に遊んでくれたし、あんなに全力で遊んだのはあの時だけだったかもしれない。
不思議なお兄ちゃんだった・・
でも毎日かわいいねって褒めてくれて
大好きだよってすっごく優しい微笑を向けてくれた気がする。
私とディーンお兄ちゃんは、恐らく当時20㎝以上の身長差はあったと思う。
それに前髪が長くて瞳があんまり見えなくて、何色かもよくわからなかったから笑顔かなんてわかりにくかったけど、ディーンお兄ちゃんはいつも私に微笑んでくれていた気がする。
最後に会えた日に私は急遽領地のザインに戻ることになってしまったけれど、あの時ディーンお兄ちゃんは「ずっと一緒にいたい。ルーが成人したら結婚しよう。」そう言ってくれた。
私だってそのつもりだった。
婚約さえなければ・・・・
悪いのはダリオじゃない。
お姉様じゃない。
家の為と政略結婚を勧めた大人たちだ。
お父様だって、お母様だって私を愛してくれているのはわかってる。
グレイダスおじ様だって、ヒストリアおばさまだって、私をかわいがってくれていた。
でも子供の気持ちよりも家を優先させたのだ・・・
私は家の為に自分の子供の気持ちをないがしろになんてしたくない。
そんな大人になんてなりたくない。
そんな世界・・・・私が壊したい。
・・・でも一人で頑張るの・・・もう疲れちゃったよ・・
タウンハウスに戻ればきっと新しい婚約者を探されるんだろうね・・
はぁ・・・・
私は言葉にならない想いを心の中で呟いて、湖からあふれ出る心地よい魔力を両手を広げて感じながら、あふれ出る涙を拭うことなくどのくらい時間が過ぎたのだろう?
あたりは次第に夜の暗さを纏い始めていた。
ふわっと違う魔力の気配を感じる。
この場所に移動魔法を使う上級魔法使いが私以外にも来たの?
ふとその気配の方へ視線を向けると、私よりもかなり背丈の高い男性が私のそばに歩み寄ってくる所だった。
私は黙って様子を伺っていると
「久しぶりだね。ルー」
その男性は瞳が見えるか見えないか位の長い前髪を、整えもせず微笑んでそう告げた。
慌てて移動魔法でやってきたのか、少し汗をかき息を切らしているような感じがする。
私は夢を見ているのだろうか?
表情は長い前髪でよくわからないのに・・私に微笑みかけてくれているように見える
声音は少し低音が効いて大人の色気すら感じるのに・・懐かしい声音に感じる
もう8年時間は過ぎ去ったというのに・・・
なんでだろう・・・
涙が止まらない・・・
前が見えない位視界がぼやけているのに・・
その姿を、気配を感じるだけで歓喜で涙が止まらない。
「・・・・お兄ちゃっ・・」
どの位時間がたったかわからないけれど、確かに私は呼ぼうとした。
呼びかけたその瞬間呼びきる前に、ディーンお兄ちゃんは私を引き寄せてぎゅっと抱きしめてくれていた。
言葉なんていらなかった。
あの微笑は間違いなくディーンお兄ちゃんだったから。
ひっく・・ひっく・・
しゃくりあげながらも喜びで泣くことが止められない
言葉を紡ぎたくても言葉にならない
ただただ泣いて・・泣いて・・・
ディーンお兄ちゃんは、私が泣き止むまで抱きしめながら背中をトントンしたり
頭をなでてくれた。
もう子供じゃないのに・・・
そう思っても拒否なんてしたくない。
触れてくれるそのぬくもりが私の望む全てだった。
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「もう大丈夫・・」
俯きながら泣き顔を見せたくなかった私は、絶対に腫れているであろう瞼を見られたくなくて
こそっと治癒魔法で回復させた。
「ありがとう!」
まるであたかも最初から泣いていなかったかのようなそぶりで私が笑顔で見上げると、
ぷはっ
くくっく・・・
ディーンお兄ちゃんは何故か堪えきれないとばかりに笑い始めた。
「え?・・なに?・・なんで笑うの??」
「泣きはらした顔見られたくないからってかわいい事するなぁって思って。
ルーは本当にかわいいね!」
笑っていたかと思いきや突然甘い微笑で私に甘く蕩けるような言葉を投げてきた。
甘い!!甘すぎるよディーンお兄ちゃん。
色気のある声音で更に胸が苦しすぎる!!!
胸元をきゅっと両手で抑えつつ身もだえていると、
すっと私の握りしめた左手に優しく触れて、彼の方へ私の左手を引き寄せた。
「もう離したくない。ルー。今度こそ私と結婚してほしい。」
言い終わると掴んでいた私の左手の薬指にちゅっと優しく口づけを落し
私の返事を静かにディーンお兄ちゃんは待っている。
「え?・・・求婚されてるの?・・夢?!・・これは夢なの?!」
気づくより前に心の声が口から洩れていた。
「夢じゃないよ。今までが寧ろ悪夢だったけどね・・」
そう苦笑いを浮かべながら何度も優しく左手の指や甲に口づけていく。
きゃーーーーーっっっ!!!!
恥ずかしいのに嬉しくて照れくさくて言葉が今度は出てこない。
待ちかねたのかディーンお兄ちゃんは口づけを一度止めると
「返事はくれないの?」
首を少しだけかしげながら私の顔に近づいてきた。
慌てて耐え切れなくなった私は
「っし・・・・っしたいです!!結婚!!」
淑女らしからぬ態度をとってしまい、耳まで真っ赤に染め上げて俯いた。
「よかった。もう決して一人にしないからね。今度こそ待っていて。」
優しく告げると俯いた私の額にチュッと口づけを落し
ぎゅっと私を一度強く抱きしめると
「このまま離したくないけど・・・そうゆうわけにもいかないから。また会おうね」
微笑みながら告げられる次の約束に心震わせて
「・・はい♡」
私は笑顔でそう答えた。
ディーンお兄ちゃんが移動魔法で消えた後、ふと思い出す。
・・・そういえばアシュはどこに行ったんだろう??
途中から気配を感じなかったような?
そう疑問に感じつつも、私は移動魔法でエルガディオのタウンハウスに戻ったのだった。