2.泣き疲れ現実逃避したら、妖精が湖に行こうと誘ってくれました
衝撃の告白を実の姉から告げられた後、私は何を話したのか記憶がおぼろげである。
幼い頃から体が弱く、一緒に走り回ることもできなかった3歳年上のお姉様ミルティは、どんな時も私とダリオと一緒に遊んだ。
私たち姉妹は周りが羨むほど仲が良かったし、2歳歳上のダリオだって私を裏切る人にはとても思えない位優しくて喧嘩だってしたことなかった。
私が5歳の頃から頻繁にザインのエルガディオ伯爵邸へ訪れていたダリオは、馬車で2日はかかるであろうメイシャス領地から時間をかけて遊びに来てくれていたのである。
父親同士が幼なじみであり仲もよかったし、私が3歳にして水魔法を自在に操るようになったから・・というのもまぁ・・大人の思惑の中に何かしらあったのではあるのだとは思う。
お姉様とダリオが13歳で王都のハーディング魔法学園に入学するまでずっと一緒だったのに、私がお姉様たちが学園入学した後、暑い日差しの照り付ける日々に寂しさで気落ちしていたのを気遣って、「気分転換に2週間ほどプルシャにあるルウェラ湖へ涼みに行こう」と、お父様が誘ってくださったことが私の人生を大きく変えることになったのだ。
朝の弱いお父様は放っておいて、朝早くからルウェラ湖の散策に私は1人で出かけることにした。
3歳から水魔法で遊んでいた私は正直怖いものなんてなかったのだ。
だから私の護衛だって役にはたたない。
難しい移動魔法だって、お母さまから遺伝された魔力量を高めるルビーの瞳を持った私なら、ちょっとやそっとじゃ魔力切れなんか起こさないし、難しい魔法を使うことだって簡単!!
昨日プルシャに到着して早々に、ルウェラ湖には一度来たから行きも帰りも移動魔法で簡単に移動できてしまう♪
私って本当に天才なんだわ♪ふふっ
私は心の中でルンルンと鼻歌を歌うように心躍らせていた。
昨日も訪れた湖にもう一度来たかったのにはちゃんと理由がある。
本当に小さな囁きだったのだけれど、誰かに呼ばれた気がしたのだ。
湖は澄み切った綺麗な魔力が湧き出るような感覚を感じる。
皆は癒しの湖と呼んでいるようだけど、綺麗な魔力が沢山湧き出ている感じがするから体も自然に癒された気持ちになるのだろう。
どこも具合が悪くない私だって凄く気分が良いのだもの。
でも小さな囁きは確かに聞こえるのに場所が定まらない。
湖の周りを散策しながら歩みを進めると、前方の草むらが少し揺れた気がする?
近寄っていくと、囁き声も次第に良く聞こえるようになってきた。
『お願い!この子を助けて!かわいい子!』
姿は見えないのだけど近づくほどに囁き声は鮮明になり、明らかに私に話しかけているのがわかる。
誰かが助けを求めている?
小走りで草むらに近づき草むらをのぞき込むと、そこには大きなお兄ちゃんが血だらけで気を失って倒れていたのだ。
「お兄ちゃんっ?!大丈夫???」
息も絶え絶えの様子は明らかに眠っているのではなく、内臓など裂傷している様子で痛みのあまり重傷で気を失ってしまっているのだろう。
すかさず私は自分の水魔法で治癒を行ったが、こんな重症の怪我は普通の水魔法使いには治癒できないだろう。
あくまで水魔法使いの治癒は重症であっても外傷を塞ぐ事まではできても、内臓裂傷や半分切れかけているような腕などまで治すことは、恐らく上級魔法使いでも無理な話だ。
どうしよう・・・どうしよう・・・・
手からは魔力が少年の体に流れ込んでいくのに、何の手ごたえも感じられない。
自分の震えるからだを必死で心で抑え込むのに、涙が両目からぽろぽろ零れ落ちて少年の姿がぼんやりしか見えない。
普段怖いなんて思うことはない。
階段から落ちたって・・
木から落ちたって・・
剣で切られたって・・
ある程度なら自分で即座に治癒できてしまうのだから。
だからこんなにも今にも死にそうで、自分の魔法が意味をなさないなんて状況は、戦争でもあるまいし初めての経験だったのだ。
自分の無力さを痛感して心が痛い・・体が痛い・・
でも諦めたくない!!
お願い!!死なないで!!死なないで!!
意味がないと思っても無我夢中で祈るように治癒魔法をかけ続ける。
『魔力に愛されたかわいい子。この子を助けたいと思ってくれるの?』
姿は見えないのに明らかに私にどこからか誰かが話しかけてくる
「助けたい!!このお兄ちゃんを助けたいよ!!どうしたらいいの?お願い教えて!!!」
私が叫び声を上げた直後、背後の湖は突然白く光り輝き、魔法をかけていた私の手からも呼応するかのように白く光り輝いた。
『フルリピスト』
一瞬眩しすぎて両目をぎゅっと閉じてしまった私が目を開けると、先ほどまで血だらけで瀕死だった少年は傷1つない状態で気を失っている。
「ふるりぴすとって何???助けられたの???」
『そうよ♪私たちの【愛し子】ちゃん』
ふいにこぼれた私の独り言に、先ほどまで囁いていた声音の存在がしっかり聞こえる声音で話けて来た。
びくっと私は反射的に体を震わせた。
愛し子???
『そうよ~あなたは私たち水の妖精の祝福を受けた特別な子よ♡』
声に出さなかった言葉に返事が返ってきたことに私は動揺が隠せない。
「私はもしかして妖精さんと心でお話しているの????」
子どもとは単純なもので、物語に出てくる【妖精】に瞬時に反応してしまった。
『そうよ♪私は水の妖精!
昨日からあなたに呼び掛けていたのも私よ!
祝福を上げる前だったから上手く聞き取れなかったみたいだけど、祝福を受けていないのに私たちの声が聞こえたなんて、あなた本当に魔力に愛されるかわいい子なのね!』
姿は全く見えないのに、妖精の声はしっかりと私の耳に聞こえてくる。
「やっぱり昨日から聞こえた囁きは、私を呼んでいたんだわ♡」
私は思わず倒れた少年を放置して、有頂天になって声に出してはしゃいでしまった。
『かわいい子。あなたのことはなんて呼んだらよいかしら?私のことはアシュでよいわよ♪』
「私はルーシア!ルーシア・エルガディアだよ!ルーでよいよ!アシュ♪」
私とアシュは仲良くなり、アシュはいろんな事を教えてくれた。
特殊魔法フルリピストのこと。
この王国で私が特別な存在だということ。
私の特殊魔法は他の人に知られたら悪用される可能性があることまで。
それはそうだよ。フルリピストって状態異常でも死にそうな状態でも、死んでなければ救えちゃう最高の万能回復魔法なんだから!!
絶対争ってでも取り合うだろうし、もしかしたら暗殺者が連日連夜押し寄せてくるかもね・・
人間って・・こわぃ・・
『ルー!!・・・っねぇルーってば!聞こえてる??』
あまりの絶望感から過去の記憶に沈み込んでいた私は、ハッと我に返った。
「アシュごめんね。ちょっとショック強すぎて、心がどこかに飛んで行っちゃってたわ・・私どうやって馬車に乗ったかすら思い出せないもの・・」
また現実に戻ってしまったことで悲しみと絶望が私に襲い掛かってきて、止まったはずの涙がまた溢れそう・・
『まぁあんなこと突然言われたらそりゃ泣きたくもなるよね。
私との出会いまで思い出しちゃうなんてよっぽどね~』
アシュの姿は未だに見えないのだけれど、いつもそばにいてくれるみたいで、先ほどのあの2人とのやり取りの最中もいたらしく、アシュなりにオブラートに包んで聞かせてくれた。
そう・・・私は妊娠を告げられた後、婚約者であるダリオとお姉様から涙ながらに謝罪と婚約解消のお願いをされたのね・・
なんとか私も承諾の言葉はしていたようだけど・・・記憶にないよ・・
私はダリオに恋をしていたか?と聞かれたら首をかしげてしまうかもしれない。
でも、家族のように兄のように慕ってきた人からいきなり裏切られたのだ。
体の関係も3か月以上前からあっただなんて・・
ダリオだけじゃなくお姉様にまで・・
お姉様の為なら私は何でもしてあげたいと思っていたけれど・・
私の気持ち・・知っていたのに・・
なんで卒業目前の今?
なんでデビュタントを控えた今?
なんで結婚目前だった今?
なんで?なんで?
疑問しか頭には思い浮かばない。
私が婚約解消することは構わないけれど・・
私は・・
私は・・
婚約を受け入れるために・・
あの頃の私は自分の気持ちに蓋をしたのに!!
そう。私が悲しいのは婚約解消ではない。
10歳に【覚醒者】になった後、勝手に私の気持ちお構いなしで婚約者を決められてしまった。
他に好きな人がいなかったなら、私だって気にもしなかったかもしれない。
でも・・
私はあの場所で・・・ディーンと・・ディーンお兄ちゃんと結婚しようって約束をしたのに・・・
幼い頃の甘酸っぱくも優しい想いは、1週間たたずしてガラスのように砕け散ったのだ。
私は政略結婚という鎖につながれてしまった。
私がディーンお兄ちゃんが好きだと両親に告げたところできっと変わる事はなかったのだろう。
政略結婚とは子供の為ではなく
家の為のものなのだから・・・
何が安全の為よ・・・私の魔法なら誰にだって負けはしないのに・・
お兄ちゃんだって守ってみせたのに・・・
心の叫びは届くことはなかった・・・
【覚醒者】に覚醒した私の髪の毛は、淡いストロベリーピンクから、淡いストロベリーピンクと水色のグラデーションの色味に大きく変化した。
そのためあっとゆう間に【覚醒者】だと知れ渡り、婚約が内定したこともきっとディーンお兄ちゃんに知られたことだろう。
彼とあれ以来連絡が取れなくなったのがその証なのだろう・・
この想いを8年かけて乗り越えて、いざ結婚目前で今度は婚約解消である。
泣きたくもなる。
『ルー・・せっかくだからこれから湖に行ってもいいんじゃない?移動魔法ならすぐでしょう?』
「え?」
アシュの言葉に一瞬思考が止まる。
『過ぎた過去はどうにもならないけどね?あの子もいないけどね?湖は思い出の場所でしょ?泣きたくなるかもしれないけどさ、あそこは特別な場所じゃない。きっと今のルーの心に湖も寄り添ってくれるんじゃないかな?』
いつもは冗談や揶揄うようなことしか言わないアシュが珍しく私に寄り添ってくれている。
「そうだね・・・それもいいかもしれない」
散々泣いたから。癒されるべきだよね!!!
気持ちの切り替えも早い私だけど、きっとアシュはわかっていたんだよね。
私のことを大切にしてくれていたのはわかっていたけど、アシュがいてくれて本当によかったって
私今思っているよ。
『私もよ。ルー』
ー私は幸せだね
私は馬車を降りると移動魔法を発動させた。