9 下水道
下水道に繋がる門が開き、いよいよ討伐が始まる。
下水道の水路は〈浄化〉の魔法が付与された石が一部に使われているが付与された石によって浄化されるのは石が当たる端の方だけであり、中央部分は茶色く濁った汚水が流れていた。それでも入り口付近の水はかなり浄化されている方である。しかし下水道内を漂う空気はほとんど浄化されておらず、その匂いは分厚い布越しでも強烈だった。
討伐が始まると、まずゴルテスが上級攻撃魔法である〈火竜の咆哮〉を下水道内に撃った。炎が下水道の通路いっぱいに満ちて入り口から見える範囲のスライムは全滅した。
冒険者達はその威力に驚いた。
上級攻撃魔法や最上級攻撃魔法は高位の冒険者やクランさらには、騎士団つまり国家がその技術を開発し、所有する。大抵、その技術は秘匿され一般人はおろか魔法を所有するクランのメンバーすらも存在を知らないこともざらにある。
ほとんどの上級以上の魔法には普通の魔法には無い詠唱が必要で、その詠唱をトリガーに発動する。
今回、ゴルテスが放った〈火竜の咆哮〉は存在自体は広く知られており"天馬の翼"が多くの冒険者を集める理由になっている。クランで幹部になるとこの魔法を手に入れられる、そう思った冒険者達が加入するのだ。そんなクランの財産である魔法を撃つ為に、ゴルテスは事前詠唱を済ませて入り口まで来ていた。
事前詠唱をしているとその魔法を撃つまで他の魔法は使えなくなるので大変危険な行為であるが、上級魔法というのはそれだけのリスクを冒してでも詠唱を知られてはいけないものなのだ。
下水道に入ると冒険者達は〈点光〉をつけた。ウィルとユースも松明に火をつけた。周りの冒険者達は二人がなぜ〈点光〉を使わないのか不思議がった。
下水道に入ってしばらく進むと分かれ道が増え、騎士と冒険者はそれぞれバラバラになって進んだ。進むにつれて下水道はさらに複雑に分岐して、一つの通路に入る人数は減っていき最終的には数人ずつのグループになって下水道でスライムを探した。
ウィルとユースは〈魔狼の牙〉という名前の二人組パーティと一緒の通路になった。〈魔狼の牙〉のリーダーはポーブという名の【鉄 Ⅱ 】の剣士、もう一人はソーウェルという同じく【鉄 Ⅱ】の魔法使いだ。ポーブは腰に剣を吊っていた。
奥の方まで行くと透明で潰れた球体のような形をしたスライムが大量に集まっていた。
四人が一斉に〈火球〉や〈火矢〉を撃った。下水道通路は外と見紛うほどの明かりに包まれ、大量のスライムは全て死滅した。
それから先は大群のスライムを見ることはなく、スライムを発見するたびに誰かが火魔法を撃った。10分も続けているとスライム狩りに慣れ、どんどん下水道を進んでいった。
スライムを探して地面を見ながら歩いていると突然、ウィルとユースより前を歩いていたソーウェルの後頭部にスライムが落ちてきた。スライムはそのまま顔まで包み込んだ。ソーウェルは急いで〈点火〉を使って焼き殺そうとしたが、スライムに近づけた指先からは放出した魔力を吸われるだけで一向に火はつかない。ポーブも仲間の頭に攻撃魔法を当てることは出来ない、慌てて手でスライムをソーウェルの頭から剥がそうとしていた。
ウィルは走って行って、松明の火でソーウェルの顔を炙った。たちまちスライムは液体になって死んだ。顔に少し火傷を負ったがソーウェルは自分で〈回復〉を使って治した。
「なんで松明を持ってるのかと思っていたが、こういうことだったのか。仲間の命を救ってくれてありがとう。今度お礼をさせてくれ」
「良いんだ。目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いからな。礼は言葉だけで結構だよ」
「そうか。本当にありがとう。スライムがこういう攻撃をしてくるって知ってたのか?」
「いや、剣が効かないって聞いたからな。魔力が切れたりしたらと思うと手に持って戦えるものがないと不安でね」
「確かにそうだ。〈火球〉が使えれば誰にでも倒せる魔物だと思ってつい油断していた。魔法に頼りすぎるのも考えものだな」
そういうとポーブは剣に持っていた布を巻きつけ火をつけた。
「それじゃあ長くは保たないぞ」
「え? あっもう燃え尽きそうだ」
「予備をもう何本か持ってきてる。一本売ってやろう。二本が良いか?」
「いいのか?」
「ああ。キュクロさんの商店で一本200レタだった。二本なら400レタだ」
「そのままでいいのか?」
「ああ」
「ありがとう。ええっと銀貨一枚と大銅貨三枚、ちょうどあった」
ポーブはウィルから二本の松明を買った。
「キュクロさんは一時間半、保つと言ってた」
「分かった」
そこからは四人とも片手に松明を持ってスライムを探した。下水道の入り口に戻ったのはちょうどポーブの松明が切れそうになる頃だった。
入り口に戻ると冒険者は少し減っていた。どうやらソーウェルがくらったあの方法でやられたらしい。騎士団の方を見渡すと騎士も数が減っているようだった。バスタが隊列の中にいるのを見つけてウィルは安心した。しかしバスタはひどく落ち込んでいるようだった。ウィルは話しかけようかと思ったが、なにやら隊長のような騎士が部隊に弁舌していたので結局話しかけられなかった。
ギルドに戻って報酬を受け取った後、先ほどの四人で打ち上げをした。店は "魔狼の牙" がよく行っている[パイクの鍋蓋亭]という酒場。エールで乾杯をして名物だという川魚料理を食べた。初めて食べる魚だったがあっさりしていてとても美味しかった。
食べ終わった後でポーブは奢ると言ったがウィルとユースは断った。それでもポーブがどうしても礼がしたいというので結局エールを一杯ずつ奢ってもらった。