4 火熊
ウィルがルインズで冒険者を始めて何日か経つと近隣の村々から冒険者に憧れた若者たちが続々とルインズに流れ込んだ。ウィルがこの数日、狩場にしていた草原も新人で飽和状態になりホーンラビットも満足に狩れなくなった。
ウィルは早々にホーンラビット狩りを切り上げ別の依頼をするべくギルドに戻った。
ウィルは迷宮に入りたかった。しかしウィルが登録をした時の受付嬢、マイアに迷宮に入ることができるのは銅級以上の冒険者だと説明された。ウィルが初めて聞いたと驚くと、マイアは初日に説明し忘れたと謝っていた。
ウィルの当分の目標は銅級に昇格することに決まった。
そうと決まれば貢献度の高い依頼を受けよう。
ウィルは掲示板で最も貢献度の高い依頼を取った。西の森の調査依頼、これは外からの依頼ではなくギルドが依頼主となっているものであり、報酬が低い代わり貢献度が高い。依頼書に書かれた貢献度によればこの調査を一回するだけで【鉄 II 】に昇格出来る。ウィルはマイアに調査依頼を受けることを伝えた。
なぜかマイアがハッとした顔をしている。
「ええっと……………。調査依頼は【銅 Ⅲ 】からなん です……………。
ごめんなさい、調査の事言うのも忘れてました」
「え……………」
「ごめんなさい」
「………じゃあ別の依頼にします」
ウィルが再び掲示板に向かうと後ろでマリアが先輩の受付嬢に怒られている声が聞こえた。
ウィルは討伐依頼の中で最も貢献度の高かった火熊の討伐依頼書を受付に持って行った。ウィルの対応は先程マイアを叱っていた先輩受付嬢がしてくれた。マイアは受付の奥で冒険者登録の際に説明する内容を繰り返し唱えさせられていた。
彼女も新人なのだな。とウィルは思った。
依頼書によると火熊はウィスプ村に繋がる道の近くで目撃されたようだ。
ウィルが周辺を探りながら道を歩いていると道の脇の林から火熊がノソノソと出てきた。
この火熊という魔獣は少し大きめのクマに赤い毛の混じったような見た目をしており火の魔法に対して強い耐性を持つ。その代わり水を一定量以上かけると鮮やかな赤い毛がその色味を失い、弱って簡単に狩ることができる。
ウィルは革袋の水を火熊に浴びせた。しかし革袋に入った水では足りなかった。火熊は弱るどころか怒り狂ってウィルの方に大きく跳んで、右前脚でウィルの頭に殴りかかった。
ウィルは咄嗟に十文字槍の柄で受け止めたが、火熊の力には勝てず、槍ごと頭を横殴りにされて吹き飛んだ。奇跡的にどこも骨は折れていない。
ウィルは立ち上がって槍を構え、目眩しに〈火球〉を火熊の顔に撃ち込んだ。火熊が〈火球〉に驚いて目を閉じた、その隙にウィルは火熊の側面に回り込み十文字槍を熊の心臓めがけて突き刺した。
しかし、火熊が体を捻ったために槍は心臓には至らず火熊の肉を抉るだけであった。それからもウィルの槍は今一歩致命傷を与えられない。戦えば戦うほど互いに傷が増えていった。
ウィルはどうやら戦いの中で左腕の骨にヒビが入ったようで満足に左腕を動かせなくなっていた。火熊もウィルの槍の穂先で右目を切り裂かれ血を流している。
ウィルの十文字槍は柄まで金属で、片手で扱うには重過ぎる。ウィルは槍を捨てて剣を抜いた。両者は睨み合っている。
その時であった
「おーい、ウィルー大丈夫かー。
〈水球〉! もう一発!」
男がウィルの方に走ってきて大きな二発の〈水球〉を放ち、二発とも火熊に命中した。
「バスタ!」
「おう、早く止めをさせ!」
水を浴びた火熊は毛の赤みがなくなり先程までの強者の雰囲気がなくなったように見えた。弱った火熊は逃げようとした。ウィルはすかさず脚を切り落とし火熊の動きを封じて首を刎ねた。
「はぁはぁ。ありがとう、助かったよ」
「なんでよりによって火熊と戦ってんだよ。ウィルが一番苦手なタイプの魔獣じゃねぇか」
バスタはウィルの左腕に〈回復〉をかけだした。
「あ、回復ありがとう。火熊、一応革袋の水はかけたんだけどね」
「どう考えても足りないだろ」
「そうか、次からはもっと用意する」
「いや、火熊と戦うなよ。苦手な相手なんだから」
「貢献度が高いんだ……」
「貢献度、か。ちゃんと冒険者やってんだな。もう銀級くらいにはなったか?」
「そんな数日でなれるわけないだろ。まだ鉄の1だよ。そういうバスタは騎士団の入団試験はいけそうなのか?」
「ああ。親父にしっかり扱かれたからな」
「親父さん元ルインズ騎士団だったよな」
「そうそう。親父の現役時代の訓練をさせられてたんだ」
「それなら入団試験くらい余裕だな」
「そういうこと」
ウィルとバスタは火熊の皮を剥がして解体しながら話を続けた。
「ウィル、お前はバーリさんの薬師は継がなくて良かったのか」
「うん。父さんが自分の跡を継ぐ必要はないって言って冒険者になるのを応援してくれたんだよ。結構初期費用もくれたしね。この金がなかったら今頃死んでた」
ウィルは頑丈な鎧の胸についた大きな火熊の爪の跡をなぞった。もし安物の鎧をつけていたら鎧を突き破ってウィルの体を切り裂いていただろう。
二人が火熊の解体をし終えてルインズの街に行きウィルがギルドで報酬を受け取った。
そしてその足で酒場に行って数日ぶりの再会を祝し、バスタの入団試験合格とウィルの冒険者としての前途を祈って乾杯した。