14 娼館
次の日、進行方向右側の空が夕焼けに染まる頃、ダグラスと護衛の一行はリヴァンデルに辿り着いた。
リヴァンデルはエルヴ川に面する大都市で交易の要所である。その規模は迷宮都市として発展したルインズの三倍以上で、ウィルとユースはその門と城壁の大きさに目を見張った。
「どうだ、リヴァンデルはデカいだろう。サンフィリア王国で二番目にデカい街だ、迷宮が無くてもルインズに負けてないと思うぜ」
レオニスがウィルに得意げに言った。ウィルはそれに何も返すことができなかった。ただ目を見開いてそびえ立つ城壁に感嘆の声を漏らすだけだ。
門には数人の騎士が居たが特に検問はなかった。
門をくぐると、五階以上ある建物が多いのがウィルの目に付いた。ルインズでは五階建ては領主館だけである。遠くに見える高い建物の連なりはさながら小さな城の城壁のようであった。
馬車はダグラスの部下が港の方にあるという倉庫に運んで行った。槍や旅の荷物を別の部下に預け、一行はダグラスの案内で高級なレストランに入った。そして、見たこともないような料理を楽しんだ。
「今日、本当は昼頃にリヴァンデルに着く予定だったんだけど盗賊の件もあって遅くなったから"愛の槍"には宿を用意させてもらったよ、どうかな。この時間から空いてる宿を探すのは大変だよ、ユース君。もちろんお代はいらない」
「ありがとうございます! でも宿代は払います。こんなに美味しい料理までいただいてるので」
「いやいや、良いんだよ。うちの所有してる宿だから。その代わり今後ともダグラス商会をご贔屓に」
「そういうことならありがたく泊まらせていただきます」
「良かった良かった。この建物の三階に二つ部屋を用意してあるから。従業員にはもう言ってるから。いつでも、言えば部屋まで案内してくれるよ。さっき預かった荷物も部屋に届けさせるから」
「良いなあ、俺もここ泊まりたいなあ」
「レオニス君はこないだ愛の巣を格安で買ってたでしょう」
「ああ、あの幽霊屋敷か。幽霊は結局どうなったんだ、レオ」
「まだいるよ。でももう慣れたかな」
「ガハハハ、やっぱり"花園"は狂ってるぜ」
「私達を入れないでください。狂ってるのはレオだけですわ」
「おいおい、街中で〈雷撃〉ぶっ放すお嬢ちゃんがよく言うぜ」
「ハッハッハ、雷撃少女リリィは有名ですね。
さて私はここらで退席させていただきますね。皆さんはごゆっくりどうぞ。また仕事を依頼した時はよろしく頼みますよ」
ダグラスはそう言って退席した。その後も九人で食べて飲んだ。皆の腹が膨れ、ブライトがそろそろ解散にしようかと言ったので解散となった。ユースは疲れていたようで早々に部屋に案内してもらっていた。
ウィルも部屋に行こうとするとノアとヴィクターに呼び止められた。
「おい、ウィル。レオに聞いたぜ、昔の女が忘れられないんだろ。たしか、相手が結婚してるのにまだ引きずってるんだっけか?」
「俺たちが忘れさせてやるから来いよ」
「え?」
「良いから良いから」
「ブライトも待ってるぜ」
ウィルは店の外で待っていたブライトとヴィクター、ノアに連れられて歩いた。
「どこに向かってるんですか」
「もう着くぜ」
「ほら、あれだよ」
それはこの辺りで一際目立つ建物だった。高さは三階建てだったが重厚な石造りに妖しげな光を放つランタンがいくつも吊り下げられている、その存在感は異様に大きい。
「こ、これは」
「〈楽園の小屋〉、娼館だ。お前童貞だろう。一発やれば見える世界が変わるぜ」
「え? でも僕お金が……」
「今回の報酬があるだろう。命かけて仕事した後はその報酬で酒と女を楽しむ。それが冒険者だ」
「じゃあ俺たちはもう行くからお前も楽しめよ」
"蒼鱗"の男三人は意気揚々と〈楽園の小屋〉に入って行った。
ウィルは、小屋とは似ても似つかないその建物の前に一人残された。
この広い街で知らない道に取り残されるのは危険だ。今ならまだダグラス商会の宿への道を覚えているような気がする。
引き返すなら今だ。
ウィルはドアを開けた。
入ってすぐのところに受付があった。美人なお姉さんが座っている。
「ブライトさんが言ってた子かな?」
「……」
「緊張してるのね。初めてなの?」
「はい」
「そう、じゃあ優しい子にしないとね。自分で選ぶ? おまかせもあるけど」
「お、おまかせで」
「じゃあ優しい子にしとくね。部屋番号は203。二階の奥から三番目の部屋ね」
「は、はい」
ウィルは203と書かれた金属の板を貰い階段を上がった。二階の廊下を進むたび、通り過ぎる部屋から微かに漏れる声に心臓が高鳴った。
203、ここだ。
コンコン
「はーい、開いてるよー」
ノックをすると中から明るい声が返ってきた。
ウィルは震える手でドアノブを回した。
ドアを開けると甘い匂いがウィルの肺に満ちた。部屋には大きなベッドがあり、そこには栗色の髪の美少女が座っていた。
「初めての子だっけ? ドアの鍵閉めてこっちおいでよ。剣はそこに置いてね」
「は、はい」
「緊張してるね、可愛い。私はエレナ、君は?」
「ウィルです」
「ウィル君、ずっと立ってるの? とりあえずここ座りなよ」
エレナは自分の横をポンポンと叩いた。
ウィルは恐る恐るそこに座った。エレナが肩に手を回しウィルのシャツのボタンを外し始めた。
一時間後、ウィルは楽園に行った。
体を拭き、服を着た。
楽園の代金は1000レタ。護衛の報酬の八分の一である。
外はもう真夜中だ。冬も近い秋の夜は少し肌寒かったがそんなことも感じないほどウィルの心は熱かった。
初恋の未練も微塵も無くなっていた。
道を間違えながらもなんとかダグラス商会の建物を見つけた。一階のレストランにはまだまだたくさんの客が料理を楽しんでいた。ウィルは若い男の従業員に声をかけ、部屋に案内してもらった。剣を外し外套を脱ぐと、ベッドに飛び込んでそのまま眠った。




