10 試験
ウィルが登録をしてから約半年が過ぎた。"愛の槍"の二人は昇級するために必要な貢献度を獲得して、銅ランクに上がるための試験が受けられるようになった。
試験はギルドの裏にある訓練場で行われる。訓練場は普段は冒険者が訓練をしたり模擬戦をするのに使われ、多くの冒険者で賑わっているが、試験の日には試験に関係のない冒険者は立ち入りが出来なくなる。
ウィルとユースの他にも十人が試験を受けるようで訓練場に集まっていた。やがて、ギルド受付のエレナとジャンボとグローブという【銅 Ⅲ 】の冒険者二人がやってきた。
試験内容は対人戦。ジャンボが剣士などの前衛、グローブが魔法使いの相手をするようだ。
前衛の試験が先に始まった。エレナが呼んだ順に受験者が木製の武器を持って二刀流のジャンボに挑む。
ジャンボは名前の通り大きな体をしていたが動きは素早く両手に持った二振りの木剣で受験者達を打ちのめしていく。受験者達はジャンボに勝つ必要は無いが銅級相当だと思わせるだけの戦いをしなければならない。無策に突っ込んで行って頭に強烈な一撃を食らった最初の受験者はその場で失格を言い渡された。失格になった受験者は訓練を積んで再受験になる。普段の訓練場ではそういう人に他の冒険者が指導したり訓練している。
三人目の受験者がジャンボに蹴り飛ばされ、ついにウィルの名が呼ばれた。ウィルは木で出来た十文字槍を持ってジャンボに挑んだ。
ジャンボはウィルの鋭い槍捌きを受けて、自身に全力の〈身体強化〉をかけた。これでウィルとジャンボのスピードは互角になった。ウィルが槍を突き出すとジャンボは両手の剣を巧みに操って槍を避け、一気にウィルに近づく。ウィルは槍を起こしてジャンボの剣を受け、後ろに跳んで距離を取り、ジャンボめがけて槍を振り下ろす、ジャンボが受ける。そんな応酬を5分ほど続け最後にはリーチの有利があったウィルが一本を取った。
「君、強いね。負けちゃったよ。文句なしの合格だ。でも迷宮によっては槍を満足に振るえない狭さのとこもあるから剣も使えた方がいいんだけど、剣は使える?」
「はい、使えます」
「そうか、君が言うなら大丈夫だろう。またやろうよ、今度は剣でも」
「ぜひ!!」
「次は僕が勝つよ!」
ウィルは試験を終えても訓練場に残り、他の受験者の試験を見学した。前衛はウィルを入れて五人だけで最初の一人以外はみな合格した。
続いて魔法使いの試験が始まった。グローブと受験者達は〈無垢の腕輪〉をはめ、前衛の時と同じような対人の試験をした。その戦いを見ながらウィルは〈無垢の腕輪〉を付けた対人戦であればグローブさんにも勝てそうだなと思った。
実際、ウィルはウィスプ村を出る少し前には、シフル先生にも勝てるようになっていたため、その対人戦での実力は【銅 Ⅲ 】の冒険者であるグローブを凌いでいた。
しかし、ウィルは〈火球〉だけで魔獣に挑もうとして、大したダメージを与えることができず結局、槍で戦うということを何度か繰り返し、魔獣に対して〈火球〉を使わなくなっていた。今はユースが魔法を専門で使っているのでさらに〈火球〉は攻撃としての出番を無くし、牽制や目眩し、火起こしにばかり使われるようになった。
最後の受験者はユースだった。グローブは今までの受験者を全員倒していた。ユースは見学しているウィルに向かって微笑み、杖を抜いた。この杖はユースが一ヶ月ほど前に4000レタつまり金貨一枚で買ったもので、トレスの若木で作られている。トレスの木は魔力伝導性が高く、その若木はさらにその質が高まる。
戦いが始まった。ユースは〈身体強化〉を使ってグローブの攻撃を避けつつ得意の〈石弾〉で攻撃した。二人はしばらく撃ち合っていたが初めの位置から一歩も動かなかったグローブが勝利を収めた。それでも受験者の中ではユースが一番粘っていた。
魔法使いの受験者はみな合格していた。
銅級の冒険者票は翌日以降ギルドで受け取れるという事だった。
ウィルとユースは宿で昇級を祝って乾杯した。
料理も宿に金を払っていつもより豪華なものにしてもらった。
銅級になればついに迷宮に入れる。迷宮では外と比べて魔獣が段違いに強くなる、それに伴って手に入る素材の価値も大幅に上がる。何より迷宮というものは全ての少年が一度はそこで活躍する自分を夢見る、憧れの場所だ。
さらに迷宮の主を倒せばごく稀に加護を授かる。加護とは特殊な能力のことで神によって与えられるが、実際には迷宮から加護を得た冒険者はほとんど居ないと言われている。それだけ加護を得られる確率は低いのだ。
たとえ加護を得たとしても迷宮を踏破するような冒険者は自分の能力を人に言いふらしたりするような愚かな事はしないため、迷宮由来の加護持ちを見つけるのは非常に困難な事である。
迷宮の主を倒して得られる加護は創世の神ロゴスではなく迷宮を作った邪神の加護であるとされ、迷宮で得られる加護を汚らわしいものだと考える人もいる。それもまた加護を得た冒険者が名乗り出ない理由になっている。
昔まだウィルが小さかった頃、迷宮で加護を授かれば〈火球〉以外の魔法が使えるようになるかもしれない、と祖父バジュードがウィルに言った事があった。バジュードはウィルを励ますために軽い気持ちで言ったのかも知れなかったが一つしか魔法が使えない事が判明して一人ひそかに苦しんでいたウィルには唯一の希望の光となっていた。
それは、〈火球〉しか使えない事を受け入れている今でも、ウィルの心に燻っていた。
ユースと酒を飲みながら迷宮の話をしていて、この言葉を思い出したのだ。それを皮切りに祖父と過ごした懐かしい日々がどんどん思い出された。
そしてウィルはユースに自分の魔法について話そうと思った。なぜこのタイミングで話そうと思ったのかはウィルにもよく分からなかったが、ユースは仲間として信用出来るし、何よりこれからは地上とは比べ物にならないほど危険な迷宮に潜るのだ、お互いのできる事と出来ない事は最低限知っておくべきだ、とそう考えたのかもしれない。
「なぁユース」
「なに? ウィル」
ユースはかなり酒を飲んで赤くなった顔で答えた。
「俺、実はさ〈火球〉以外魔法が使えないんだ」
「ええ!? どういうこと?」
「そのままだよ。〈回復〉も〈水球〉も〈点光〉も使えない」
「そんな事があり得るの?」
「魔族と人の混血で時々そういう子が生まれるらしい」
「確かにウィルは目がちょっと赤いけど………親が魔族なの?」
「おじいちゃんがね」
「そうだったのか………」
「やっぱり魔法が一つしか使えないってのは気持ち悪いよな。ユースが嫌なら俺はパーティを出るよ」
迷宮の加護とは違い、魔法は神ロゴスが人に与えたものである。これが使えないとなると人ではないと思う者も多くいるのだ。ウィスプ村ではウィルは実力で自分を認めさせたが、村の外には寛容でない人もたくさんいると父バーリが言っていた。
さらに魔族は太古の昔、邪神の元にいた人々であり、国によっては酷い差別と迫害にあっている人種だ。この国でも80年ほど前に魔族の差別を法律で禁止するまでは同じような状況だった。ウィルは最悪ユースに罵倒されパーティを追い出されることも覚悟した。
「そんなことない!! 僕はどんなウィルでも受け入れるよ!! だから、お願いだからパーティを出て行かないで」
「良いのか?」
「もちろんだよ。今までそれで戦えてきたじゃないか。何が変わるっていうんだよ、魔法は僕に任せるんだ」
「ありがとう、ありがとう。ユースがどんな反応をするか怖かったんだ」
「これからも僕たちはずっと仲間で友達だ。それはウィルが魔族だろうと変わらないよ」
「ありがとう、これからもよろしく」
「うん。こちらこそ。ん………ちょっと待って」
「え?」
「〈火球〉以外の魔法は使えないって言ったよね」
「うん…………」
「え………〈身体強化〉は?」
「使えないよ……」
「ええ? 素の身体能力で今まで魔獣と戦ってきたの!?」
「うん」
「それ、凄いことだよ………マジで」
「そうかな」
ウィルとユースはそのあと、しばらく話して寝た。ウィルはずっと言っていなかった事を言えた安心感からかぐっすりと眠れた。




