第二羽 刻まれた瞬間
「俺はルカノール、ルイーグ国27代目国王ルカノールだ。」
空いた口が塞がらない。一体どういうつもりなんだ。全く意図が読み取れない。
ーーー国王?国王がなんで他国の辺境にいる?何が目的なんだ?わざわざ僕に名乗ったのはなぜだ?怪しい。怪しすぎる。
もし、もしも本当にこいつの言ってることが本当なら………運命は残酷だな。
乾いた唾を飲み込み、本題に入る。
「すっかり元気になったようなので聞きますけど、あんたその髪、赤の民ですよね?」
目の前の男の髪を指差した。自分の緑色の髪とは違う、その真っ赤な髪を。
場に緊張が走る。赤髪の青年はにやりと笑って答えた。
「そうさ、俺は赤の国<ルイーグ>から来た。」
「そんな……!」
僕は動揺していた。答えは一目瞭然。その髪を見ればわかる。ただ僕はなにかの間違いだと思っていた。いや、そう思いたかった気持ちを見事に裏切られた。
「大昔にバディという怪物を生み出し、大陸を追放されたという……。まだ滅んでいなかったのか……。」
言い伝えには赤の民は恐ろしい蛮族で、緑の国は一度赤の民に滅ぼされかけたとされている。大陸を追われたあとは海の彼方に住んでいて、2年前各地で起こった厄災も赤の民が手を引いていると言われていた。
「あんた一体なにを企んでーーーー」
「安心してくれ、危害を加えるつもりなんてないさ」
そいつはまるで僕の考えていることを見透かしているように僕の言葉を遮った。だが、油断はできない。こいつは赤の民だ。何をされるか……
「出てけというならすぐに出ていくよ。一応言っとくけど、バディを呼ぶなんて無理だからな」
「それよりも、あんた一体何しにここへ来たんですか?」
その飄々とした男を睨みつける。
「それは……」
ドンドンドン!
いきなり扉が叩かれる音がした。
「なぜまだ村を出ていないんだ!!!!早く出てけといっただろう!!!!このろくでなしが!!!」
家の外からはいつもの罵声が聞こえる。
「……村長か」
いつの間にか夜が明けていたのだ。全く気づかなかった。
僕は一呼吸ついてから扉を開いた。
外には顔をしかめた老人が待っていた。
「もう期限の時間は過ぎただろう!!」
「昨日、今日の夜までって言ってたじゃないですか。今まだ日も落ちてませーーーー」
「オセルのお前に村の家を貸してやってるだけでも感謝するべきだ!!それをいつまでも甘えおって!!自分の立場を理解していないのか?!」
「理解してますよ……」
僕は苦虫を嚙み潰すような思いで言葉を絞り出す。
「理解しているならもう行動に移しているはずだ!!それをいつまでもうじうじと……」
村長は心底呆れているような冷めた目で僕を見た。
「オセルなんて迎え入れてやるんじゃなかった。まぁでも、オセルの中でもお前ほど落ちぶれている奴はそういないか……。族長の孫だかなんだか知らんが、自分の役割も放り投げ、身内の仕送りで生きているようなろくでなしが。いつまで人様に縋るつもりだ??」
「…………」
ーー知ったような口を聞くなと言ってやりたかった。ただどこかで「そうだ」と認めている自分もいて、悔しくても返す言葉がなかった。
途端に涙が溢れてきた。
ーーダメだ、泣くな、泣いたってどうにもならないのに。惨めさに拍車がかかるだけなのに……。クソッ……
「おいおい、泣きたいのはこっちだよ。縋られる側の身にもなってくれ。」
ーー正しさを振りかざす人間は強い。間違っているこちらはただ黙って下唇を噛み切っているしかない。
でもそれじゃ……それじゃあ僕みたいな弱い人間はどうしたらいいんだ。
唇から血が垂れ、床に落ちたそのとき後ろから肩を組まれた。家の中にいたのは1人だけだ。
「まぁまぁ、ここはこの俺の顔に免じて勘弁してくれないか?」
「赤、髪……?ぎゃあああ!!赤の民?!?!何故こんなところに?!?!」
村長はそいつを見た途端腰を抜かして倒れた。
男はその村長のその様を特に気にせず言葉を続けた。
「老いも若きも存分に間違えたらいいだろう。一度や二度、いや、百度の間違いがなんだ。人生は、決してそれだけじゃない。そうだろう?」
「なんなんだ!!お前は、一体、何者なんだ!!」
「……」
そいつの言葉はいとも簡単に胸の中心に入ってきて、心がほんの少しだけフッと浮かんだ気がした。
その男、ルカノールはニヤリと笑い、口を開いた。
「俺は、ルカノール。赤の国ルイーグ国第27代目国王ルカノールだ。」
「は、はぁぁぁぁ?!」
村長は衝撃の言葉に唖然とし、空いた口が塞がらないようだった。
「今ここにバディを呼んだっていいんだぜ?」
村長の額に冷や汗が流れる。
僕からはルカノールの表情は見えなかった。まぁ見たところで何を考えているかわからないだろうが。その言葉の真偽を確かめたかったが、なんとなく後ろを振り向くことができなかった。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
村長は抜けた腰を叩き、ニ、三度こけながら逃げていった。
「悪いな~、巻き込んで。」
腕を解かれ、振り向くとそこには申し訳なさそうに頭を掻くルカノールの姿があった。
「ふふっ、ははははは!!謝らなくていいですよ。むしろ、清々しました!こんな村もとより出ていきたかったんですから!」
久々にこんなに笑えた気がする。
ふと見た空は今までで一番澄んで見えた。
ーー同じだった。僕が村長にされたことと、僕がさっきルカノールにしてしまったことは。「○○だから」って、大衆の正義を盾に相手を悪と決めつける。僕だってずっと、ずっと皆に「僕」を見て欲しかったのに……。
「……さっきの態度すみませんでした。勝手にあなたを悪人だと決めつけてしまって」
「なぁに、お互い様ってやつだよ」
その屈託ない笑顔に安堵した。
「あなたに聞きたいことが山ほどあります。まず、バディを呼び出せるってやっぱり本当なんですか?」
一応確認しておこうと思い、意を決して聞いてみた。
ルカノールはニヤリと笑った。
「いいや、真っ赤な嘘だよ」
直感した。この男は信用できない。でも、同時に想像もできないこれからの生活に、胸がどうしようもなく高鳴っていた。