3. 神の娘、名を得て、知識を得る
こうして私は異世界で、神の娘として新たに生まれ変わった。
それに名前も新しく神様に付けてもらった。
元の世界での名前は確か、佐々木里奈だった。
その名になぞらえてくれたのだろう、私の新しい名前は【リラシナ】となった。
ちなみに神様の御名前はエケベリア。なんとこの御方、この世界を創られた張本人なんだって。
この世界での唯一神で、人間界に降り立つことはほぼ無いらしいけれど、ごくたまーに教会とかに天啓?とかを示すことはあって、人々には【創造神エケベリア様】とか【光の神エケベリア様】とか呼ばれているらしい。確かに神様、御体が発光してるもんね。
「ではリラシナよ。今からそなたに知識を与える。すぐ終わるゆえじっとしているのだぞ」
神様がそう言いながら私の額へと指を伸ばしてきた。あ、これはさっき、聖女となったみなさんにやっていたよね。
「あれとは異なる。聖女たちに施したのは我の印。世界に散らばった聖女たちがどこに居るかが分かるよう目印をつけたのだ。それが人間たちにとっては、印ある者は神ゆかりの者だという証ともなっているようだが」
へえ、そうなんだ。……って。
「神様、また私の心読んでますね!私もう話せるんですから、心は読まないでくださいよ!」
「すまぬ。そなたの思念は我に自然と入ってくるのでな。なにせ、そなたは我の一部だから仕方のないことよ」
ちっともすまなさそうに見えない感じで、そんなふうに言われる。
むむむ……。確かに私のこの体は神様の尊き御髪から創られたものだから、そうなっちゃうのも仕方がないのかな。仕方がないことなら、まあ仕方がない。
でもでも!神様が勝手に聞いちゃうんだから、私が何を考えても怒らないでくださいよね!
「あい分かった。我の一部だからとて、リラシナが何を考え思おうともそれはそなたの自由。怒りはせぬ」
なんだか神様、楽しそうですね。機嫌が良いっていうか?
とにかく、何思っても怒らないと言ってくれたのだから、ひとまずは安心かな。
「ほら。そなたに知識を与えると言ったであろう?この世界のことを何も知らぬそなたに、差し当たり基本的な知識を入れてやろう。すぐに終わるが、少々気分が悪くなるかもしれぬ。目を閉じておれ」
「へ?」
神様の指が額に触れてきたので、言われた通りに慌てて目をつぶる。
途端、頭の中に何かがぶわっと入り込んできた。
な、何……映像?音声?とにかく大量の画像と文字、そして音や声が、目まぐるしく脳内に流れ込んでいく。まるで映画を超高速で見るような、分厚い本をバラバラと超高速捲りしているようなーー。
「……シナ、リラシナ。どうだ。大丈夫か?」
神様の呼ぶ声が耳に届いて、終わったのかな?と、目を開けた。
あ。大丈夫じゃないな、これ。
頭が熱を持ったようにカッカしてるし、目の前がクラクラする。あとちょっと気持ち悪い。
「この世界のこと、神域のこと。必要最低限ではあるが知識としてそなたの頭の中に入れたおいた。なに、すぐに馴染んで気分も戻る」
そうは言ってもですね。思わず恨めし気に神様を見上げる。うっ、めまい!? おわっ、足がもつれるっ!
よろけそうになった私を、素早く神様が支えてくれた。
「ふむ。顔色が良くない」
よろけた拍子に顔に掛かってしまった神様と同じ虹色の長髪を、神様がすいっと後ろに梳いてくれて、私の顔を覗き込む。
ち、近いです神様!至近距離の超絶美形は目に毒です!
「ふ……。そなたの顔とて我とそうは変わらぬぞ?」
「そ、それでもです!」
「ふふ」
また、心読まれたし!
神様が私の髪を梳きながら優しく頭を撫でてくれる。神様の掌からは特に温度を感じていないのに、撫でられて温かくてぽかぽかするような、逆に冷たくて気持ちいいような……。
しばらくそうしてもらっていると。うん。なんか頭がスッキリした。
「もう大丈夫か?」
「はい。もう大丈夫みたいです」
「上手く馴染んだようだな。ではさっそく、頭の中に入れた知識をちゃんと引き出せるかを確認しよう」
「え?あ、はい!」
「そうだな……まずは、この世界に生きる人間とは?どのようなものたちがいる?」
問われた瞬間、まるで脳内に百科事典があってそれが瞬く間に開くような感覚があった。
「えっと。この世界で人間と呼ばれる者は、幾つかの種類があります。まずは1番数が多いのが人族で、元の私と同じなのがこの人族です。次に多いのが獣人族で、人族と獣と両方の特徴を持っています。獣人族にはまた細かく種別があります。他には森の民と呼ばれるエルフや、土の番人と自負するドワーフがいて、かれらは数は少ないですがその分長寿種です」
自分の口からすらすらと説明が出てくる。凄い。これが神様に与えられた知識なんだ。
「また、大気中の魔素を上手く魔力変換できる者は、種族に関係なく魔法を操ることが出来ます」
魔法!そっか。魔法のある世界なんだ。これまた凄いな。
もっと言えば、人間の括りじゃないけれど、精霊とか妖精とかも存在するって。これはもうファンタジーの極みだよね。
もちろんごく普通の動物もいるみたいだから、そこはなんか安心するよね。
「そうだ。そなたが居たかつての世界では人間は唯1種であったが、この世界は多種多様でより複雑だ。その点を考慮しておくのだぞ。では次。この世界の魔素と瘴気との関連は?」
新たな問いに、また私の脳内の百科事典がパラパラと捲られる。
「この地の大気は魔素で満たされ、魔素は生きるすべてのものの活力の源となっています。魔素は活力となりまた魔力とも成り得る、人間にとって無くてはならないものです。ですが魔素は場所によっては澱みが生じることがあり、長い年月を経てそれが濃縮されてしまいます。それを瘴気と呼び、生き物にとって毒となります。つまり瘴気とは、魔素が年月を経て変化してしまった毒素のことです」
「そうだ。今のそなたならば、我がなぜ100年周期で聖女を呼び寄せるのかが分かるな?」
「……はい」
さっき映像で見た。
はるか大昔ではあるものの、この世界の過去の惨状。
大気中が黒いもやに覆われて、草木は枯れ果て、生き物は苦しみもがいていた。中には狂うものや凶暴化するものもいて、地獄絵図のような殺戮を繰り広げていた。
しかし結局、苦しみながら皆死に絶える。
まさにこの世の終わりの光景。それを食い止める、そのためだ。
100年周期で深く濃くなった瘴気。神様はその発生源に自ら降り立ってはその場を浄化していく。これは神様にしか出来ないこと。
そして聖女は、瘴気に当たって穢れた土地と人々を浄化し癒していくのだ。これは、神様を除けば異世界の乙女だった聖女たちにしか出来ないこと。そうなのだ。
「瘴気の発生源はこの世界の四隅にあり、そこはすべて我が浄化していく。聖女には、穢れたものたちを救う助けをお願いしているのだ」
「はい」
正直、きつい話だ。でも、誰かがやらなければ、この世界は滅んでしまうのだ。
「知識は会得したな。ーーでは、リラシナよ」
「え?あ、はい」
しばしの沈黙の後、神様が私をまっすぐに見つめて口を開いた。
「もはや時は一刻を争う。これからその瘴気溜まりの四隅へと向かい、我らそれぞれで浄化をしていくぞ」
「はい……。え?我らそれぞれ?」
神様は大きくうなずいた。
「そうだ。東、西、南の隅は我が受け持つ。リラシナ、そなたには北の隅を浄化してもらおう」
……。
「えええっ……!」
名前に思うところのある読者様はタニラーですね?