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帰りのバスは、3人一緒に街のバスで帰った。1番後ろの席に、リリアンを真ん中にして並んで座る。
「練習場どうだった?」
オースティンがリリアンに尋ねると、リリアンは小首を傾げて2人を見る。
「それが、そんなに悪く無かったのよね。 何か言われるかなーとか嫌がららせされるかなーって思ってたけど、向こうのフェンシング部の人も良くしてくれて。学園長とか教授達が凄く気を遣ってるらしいのよ。なんでか知らないけど」
「…へー」
エヴァリーはリリアンの言葉に安心したが、なんだかそれも不思議だなぁと考える。まぁリリアン相手なら、リリアンを喜ばせようと気を遣ってもおかしくは無いとエヴァリーも思い直す。
「良かったな」
オースティンはそう言って微笑むと、目を閉じた。どうやら疲れて少し寝たいらしい。
今までエヴァリーはリリスティンを推していた。今も勿論推している。その気持ちに揺らぎは無い––
ただ、2人には自分が入れない世界が存在していて、なんだかそれが少し寂しかった。
「無いっ…」
「どうしたのー?」
就寝前にエヴァリーは今日ブライトンに持って行った鞄を漁る。
だが幾ら探しても、お目当ての物が出てこない。
「…」
ブライトンの練習場に、小説を置いてきてしまった。
あの小説は確かに恋愛小説だ。表紙もシンプルで一見すると小難しそうに見える恋愛小説だが、内容的には大人寄りで、表現は勿論…綺麗に言って官能的だった。
読まれて困るか?と聞かれれば、読んでた人が誰か聞かれると困る。
「…小説、ブライトンに置いてきちゃったっぽい」
エヴァリーが青い顔をしてリリアンにそう言うと、リリアンはベッドに寝転んでいた体の上体を起こす。
「小説ってまさか、今読んでるやつ?あの下品な?」
呆れた顔で、リリアンはエヴァリーを見る。
「下品じゃ無いよ、……大人なだけ」
エヴァリーが気まずさにしどろもどろになると、リリアンは余計大きな溜め息を吐く。
「明日聞いてみる。忘れ物無かったですかって」
「ダメ!」
リリアンの提案をエヴァリーは直ぐ様却下した。
「リリアンがあんなの読んでるって思われたら何が起こるか…大丈夫、明日自分で探してみるし、聞いてみるから」
エヴァリーの言葉を聞くと、リリアンは肩を小刻みに震わせて笑いを堪える。
「エヴァ、さっき大人なだけって言ったのに、あんなのって自分で言っちゃってるじゃない」
リリアンは相変わらずの笑みで、エヴァリーの心臓を射抜いた。
昨日と同じように、エヴァリーとオースティンはリリアンを追う。
昨日と同じように、ブライトンの生徒は練習場でリリアンを目で追い続けていた。
昨日と同じように、エヴァリーとオースティンは人を掻き分けて同じ場所へ辿り着くが、小説はどこにも見当たらない。
あの薄い水色の装丁がされた上品な本は、どこからどう見ても無かった。
やばい…––とエヴァリーが落ち着きなくキョロキョロするので、オースティンはエヴァリーに目を遣る。
「どうした、エヴァン」
昨日エメレンスがエヴァリーをそう呼んだように、オースティンもエヴァリーをそう呼んだ。
「昨日読んでた本、ここに置いてっちゃったんだけど…見当たらなくて…」
「本?」
オースティンも軽く辺りを見回すが、勿論その片鱗さえ見えない。
「また買えばいいじゃん」
オースティンはそう言って、リリアンに視線を戻す。
「いや…買うのもちょっと…」
買うにもそこそこ勇気が要ったのに…とエヴァリーは気まずそうな笑みを浮かべる。
「…誰か教授にでも聞いてみれば?落とし物なら届けてくれるだろ。ブライトンの生徒に良心が残ってれば」