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アイゼイアに何を言ってその場を離れたか、エヴァリーは覚えていない。
ただ部屋に着いて気付いたのは、ジャージに加えてジャケットまで借りて帰って来てしまったということだ。
不意に思い出すアイゼイアの表情、声、仕草……その全てがエヴァリーの頬を赤くさせて脳の活動が鈍くなる。
誰かと話してても上の空で、体育のバスケットボールは頭に当たり、昼食は口から零れ落ちた。
まるで、本の中のような……いや確かに現実なのだが……––––
その様子を心配したリリアンに無理矢理病院に連れて行かれそうになって、初めてエヴァリーはダンスパーティーの夜あったことをポツリポツリ、とリリアンに説明する。
あの日から、自分は何かおかしいと……
「エヴァ、それは……好き、なのよね、先輩のことが」
リリアンが深刻そうな顔でエヴァリーに言った。
首を思い切り左右に激しく振りたい。
だが、振っても、もう誤魔化せない。
「……」
顔を真っ赤にしてエヴァリーはこの先の無い恋の存在を認める。
「何か、どうにかならないのかしら……だってきっとその変な魔法だか呪いが解ける方法ってあるはずなのよ」
リリアンは腕を組んで、しばらく黙り込んでいた。
「……ちょっとツテを当たってみるわ。 その間絶対アイゼイア先輩に触っちゃダメよっ」
リリアンはそう言うと、エヴァリーに釘を刺す。
エヴァリーとて、一目、後ろ姿でもアイゼイアを見たくなる。だが、ダンスパーティーの夜の気まずさと、逃げ出した罪悪感で合わせる顔は無い。
なので、エヴァリーは手紙をしたためた。手紙なら、それでも素直な態度で接する事が出来る気がした。
借りたジャケットとジャージをクリーニングに出して紙袋に入れ、そこに手紙を入れる。
そして、ブライトンの門に居る守衛に渡した。
逃げる様に帰った事を、謝りたかった。
嫌で逃げたんじゃ無い、とアイゼイアに知って欲しかった。
エヴァリーの予想に反して手紙はすぐさま返事が来た。
当たり障りの無い内容が続いて、
〝本好きの割には、君は全然免疫が無いね。ジャケットもジャージも、君が直接返してくれるのを期待して貸したのに〟
そう手紙は締めくくられている。
手紙に綴られた綺麗な文字を、エヴァリーは指でなぞる。
アイゼイアの文字は、お手本の様に美しかった。
「風邪?」
昼食時、オースティンは隣に座ったエヴァリーの顔を覗き込んだ。
「え?いや、元気だよ」
エヴァリーはサンドイッチを大口で頬張って見せて片眉を上げる。
「最近エヴァぼーっとしてるし、顔も赤い……」
オースティンはそう言ってエヴァリーの額に手を添える。
「熱無いでしょ?」
エヴァリーがそう言うと、オースティンも確かに無いと言って手を退けた。
「それより、リリ遅いな」
オースティンは食堂を見渡す。
リリアンは昼休みが始まって早々用があるから先に食堂に行っててと言ってどこかに消えた。
早く食べないと午後の授業が始まってしまう––––
エヴァリーもオースティンの様に食堂を見渡した。
「エヴァ!オー!」
食堂の入り口に、パッと咲いた華のようにリリアンは現れた。
そして凄いスピードでエヴァリーとオースティンの元へ駆けてくる。
「2人とも、週末の休日は暇よね?私は知ってる、暇でしょう?ここに行ってきて!」
リリアンはそう言って小さなメモを2人の前に差し出した。
エヴァリーには馴染みの無い地方の住所がそこには記してある。
「なんでこんなど田舎に行くんだよ……」
オースティンはどうやらその地方を知っているらしい。
「失礼ね、私の遠い親戚がそこで大きな牧場をやってるの。その辺りに、昔から良く当たるって占い師の人が居るのよ。 なんでもご先祖は偉大な魔女や魔法使いを出した家柄で、今は魔法は使えないけど占い……?は出来るらしいの」
リリアンはそう言いながら、エヴァリーを見た。
「……占い?」
状況が読め無いオースティンが顔を歪めて、エヴァリーとリリアンを見る。
「エヴァリーの魔法を解く糸口が、見つかるかもしれないわ!」
リリアンは1人興奮気味にそう言った。
エヴァリーとオースティンは、呆気に取られお互いを見つめる。
「いや、だから呪いだろ……」
状況が分かったオースティンは一言、そう呟いた。




