17
服を脱ぎ、暖かいシャワーを浴びると酷い臭いが消えていって気持ちが良い。
エヴァリーはおずおずと、しかし図々しくボディソープとシャンプーをお借りした。
––アイゼイアはいつも纏う香りと一緒だ…––爽やかで、香水のような上品な香りが湯気に乗ってシャワー室に立ち込める。
高級そうだ…––私には縁が無い…––そう思いながらも、エヴァリーはその香りに浸る。
体を洗い流すと、タオルで水滴を拭い、バスローブを身に付けた。
幸い下の下着は無事で、心底ホッとした。
残りの衣類を洗面台に水を貯めて洗う。 臭いが少しでもマシになるように–––
エヴァリーが衣類を洗っていると、遠慮がちなノック音がした。
「大丈夫…?」
アイゼイアだ。
「大丈夫ですよ。洗面台使いたいですか?もう出ますね」
「いや、気にしなくて良い。ゆっくり使って」
「先輩、ハンカチは買って返しますね。 臭いが取れるか分からないので、捨てちゃいますけど良いですか?」
「返さなくて良いし…気にしなくて良いよ、そんな事」
アイゼイアはどこか呆れたような、やるせ無い声を出している。
「エヴァ……本当にすまない」
アイゼイアのか細い声が、悲し気にエヴァリーに届いた。
「先輩がバケツを投げた訳ではありません。先輩が悪く無いのに、謝らないで下さい」
エヴァリーは努めて軽い調子で返す。
アイゼイアは悪く無い、気にされるのはこちらが気まずい––その思いからだ。
「ブライトンの生徒がやった事だ。
僕もブライトン生だ、謝って済む事じゃ無いが。謝らせてくれ、本当にすまなかった」
んー……とエヴァリーは暫し黙り込む。
自分より落ち込んでる人が居ると、自分はこれ以上落ち込めない。
エヴァリーは大方洗い終えた服を渡されていたビニール袋に入れて、アイゼイアのジャージに袖を通す。胸は絶壁なので心配はしてなかったが、大きめのジャージなら胸元は全く気にならない。
エヴァリーは勢い良くドアを開けた。
「……アイゼイア先輩、顔色が悪いですよ」
エヴァリーが見たアイゼイアは、怒ってるのか悲しんでいるのか分からない、予想よりも深刻そうな表情だった。
「悪くもなるさ」
それだけ言うと、アイゼイアは濡れたバスタオルとバスローブをエヴァリーの手から掴み取る。
「エヴァは、怒ってないの?なんでそんなに冷静でいられる?」
なんで……––––
そう尋ねられると、浮かぶのはエヴァリーの生まれ育った家と家族だ。
幾ら怒っても仕方が無い事が世界中には沢山ある。
誰かに感情を揺さぶられるだけ、悲しんだり怒ったりする事は無駄なのだ。
逃げるか忘れる……––それに尽きる。
「怒っても、もうどうにもならないので…」
エヴァリーはそう言って目を伏せた。
「僕は、ブライトンのクソッタレが君にした事を許さない。怒ってるよ、とてもね」
アイゼイアの声は、確かにそれを裏付けるように怒気をを含んでいた。
ブライトンは、ブライトンだ–––
オースティンの言葉がエヴァリーの頭の中に繰り返される。
確かに、悪意を持ってエヴァリーに汚水をぶっかけきたブライトン……
でも、今目の前に居るブライトンは、良い奴に見えるよ、オースティン…–––
悪魔の皮を被った、善人に––––