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 またブライトンに来た。

 頼まれてた資料を持って生徒会室に届け、エヴァリーは直ぐにパーベル・アビーに帰る。

 

 気をつけろよ、とオースティンに言われてから、なんだか浮き足だっていたエヴァリーの足も地についた感触がした。

 

 改めて周囲の目線に気を配ってみると、確かになんだか良く無い感情を向けられている時もある。

 それが噴出しないのは、学校長のお達しが厳しく行き届いているのと、争いを望まない生徒達のお陰だろう。

 

 

 

「エヴァ––ッ」

 争いを望まないのか、パーベル・アビーを支配下に置きたいのか分からない魅惑的な悪魔の声がエヴァリーの耳に届いた。

 

 エヴァ…その呼び方がさも親し気で、エヴァリーの体のどこかがくすぐったい。

 

 建物を少し出た開けた中庭で、エヴァリーは足を止めて声の主の方を振り返る。

 

 

「アイゼイア先輩、お疲れ様です」

 余所者の後輩らしく、エヴァはしっかり頭を下げた。

 

「……なんか他人行儀だな。もう帰るの?」

 

「用は済んだので」

 仕事が済めば、エヴァリーはブライトンに用は無い。

 

 

「生徒会室に来たなら、声掛けてくれれば良いのに。こないだも気づいたらもう帰ってたじゃないか」

 

 何を仰いますか、私のような余所者がアイゼイア 様 に……––と皮肉を言いたいが、ここはブライトン、完全にアウェーだ。

 

 

「お忙しい所を煩わせてしまうので…」

 口から適当な言い訳が出るのは、エヴァリーのお得意だ。

 

「……」

 アイゼイアは何故か不満そうにエヴァリーを睨みつける。

 

 なぜ、麗しいお顔をそのように…––

 

 と思った時、エヴァリーの頭上にそこそこの大量の水がバケツと共に降ってきた。バシャッ–––!と水が地面に叩きつけられる音の後に、ガシャンッ–––!とバケツの落下音が追いかける。

 

 呆気に取られて、自分は頭からずぶ濡れになったと気付くのに、エヴァリーは時間が掛かった。

 

 

 エヴァリーの目には、これ以上無いほど大きく、青く美しい目を見開いていくアイゼイアしか映っていない。

 

 だが、エヴァリーの長い睫毛が水を弾き切れなくなると、水はエヴァリーの目にも流れ込んだ。若干に痛みが目に走る。

 

 その水は、腐ったような、汚水の臭いがして、エヴァリーは今直ぐ鼻を摘みたくなった。

 

 目が炎症を起こしたら、最悪だ–––

 

 エヴァリーの頭にはそんな事が思い浮かぶ。

 

 

 

「エヴァッ––!」

 血相を変えたアイゼイアがハンカチを取り出す。エヴァリーは汚水がアイゼイアに掛かって無いか目を少しだけ開けて確認し、そのハンカチを受け取るとアイゼイアから離れた。

 

 2度目があるかもしれない––と薄ら目を開けたまま上を見上げる。

 

 建物には開け放たれた窓があって、そこからバケツを投げられたのが見て取れた。

 

「最適な場所に私が足を止めてしまったみたいです。アイゼイア先輩、ハンカチは新しく買って返します。ちょっと今日は急いで帰りたいので、これで失礼っ––––」

 

「何言ってるんだっ!早くこっちに来て」

 アイゼイアはエヴァリーが汚水を被ったと気付いた時に咄嗟に放り出された鞄を持って、エヴァリーを促す。

「早くっ––!」

 そうせっつかれて、エヴァリーはアイゼイアの後へ続いた。

 

 

 

 通されたのはアイゼイアの部屋だ。

 驚いたことに、ブライトンにはそれぞれの部屋にシャワー室が完備されているらしい。やはり、資金力の違いだ。

 

 男子寮なのに、良いのか…––?とエヴァリーも最初思ったが、放課後の学生寮は人がまばらで、管理人のおばさんにアイゼイアが事情を話すと、酷い匂いに同情し、バスタオルとバスローブまで貸してくれた。

 

 アイゼイアに信用があるのか、エヴァリーが警戒されなさすぎなのか、管理人のおばさんは呆気なくエヴァリーをアイゼイアの部屋へ通す。

 

 同部屋の生徒は居ないようだ。

 

 

 

「……これ、大きめかもしれないけど、僕の着替え」

 アイゼイアは視線を向けずにエヴァリーに着替えを渡す。

 

「あっ––いや、でもやっぱり大丈夫です。

 乾けばどうにかなるし、臭いは酷くて申し訳ないですがバスも立って乗れば……」

 エヴァリーは綺麗に折られたジャージを見て腰が引ける。

 そもそも部屋に入ったのさえ、臭いを考えれば申し訳なかった。

 

 

「風邪引くよ。汚水だから早く流した方が良い。……あと、言いづらいけど–––下着、透けてる」

 アイゼイアは一切エヴァリーに視線を向けない。顔を斜めに向けているせいで、耳はよく見える。その耳は、ほんのりと赤く染まっているようにエヴァリーには見えた。

 

 エヴァリーも、自分のシャツを見る。

 確かに濡れて、下の下着が透けていた。

 

 これで帰るのは……確かに平面ではあるけれども……––とエヴァリーも納得する。

 

 

「それでは、お言葉に甘えて…」

 エヴァリーはシャワー室へそそくさと入っていった。

 


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