破壊司る牛魔人(3)
『……中々、ドラマチックな参上じゃネェか』
『キタザト…… 何故、ここに?』
グレールエッジで戦いに介入した私を様々な反応で示す二人。
それも当然か。どっちも私が来るなんて思ってもいなかっただろうからね。
特にそこの無鉄砲で走っていった頑固者は。
「カッコつけてる馬鹿を止めに来たんだよ」
『思慮が足りていないのはお前だろう、キタザト。
自分の実力を客観視出来ない程、愚鈍では無いのに何故、死地にやって来た……?』
自分とタウラスの強さの溝を埋め切れてないのは重々承知。
しかも既にウィンドノートがいて、約束が果たされている状態だと客観的に分かっていながら決闘の場に赴くのは、わざわざ殺されに行くような物であり合理的な行動では無い。
じゃあなんで助けに来たのか。私は迷わずウィンドノートの目を見据える。
「そんなの決まってんじゃん。君を見捨てられないからだよ」
『……おかしな奴め。せっかく安全に生き延びられる確約がその手にあるのに何故、俺を切り捨てない?
命がある間に早く去れ。そして出来れば俺を忘れて欲しい。
お前程の強さと高潔な精神を持っている戦士ならば、補助しか出来ぬ俺よりももっと相応しい者が……』
なんでここでお別れしようと思ってるんだこの子は。
普段から頭が固いと思ってたけど、ここまでとは思わなかった。
ウィンドノートは個人の感情や背景を別に置いて、あくまでどうすれば当人にとっての最善の状況を作れるかを合理的に考える事が多い。
だから自分の本心を無視したり、自己犠牲に走りがちになる。
今だってそうだ。
私を巻き込まずにタウラスの願望を叶える方法を模索し、自分だけが苦労を背負って頼るべき相棒の私を遠ざけようとしてる。そんなの心から通じ合えてないみたいで寂しいし何より悔しい。
「私は……!!」
拳を胸元に作りながら叫ぶ声が震える。
でも今、はっきり言わなきゃ永遠の別れになっちゃう。
北里 翠、覚悟ならここに来てる時点で固まってるでしょ。
「私は有益性だけで君を連れ戻しに来たんじゃない。
確かにウィンドノートは規格外の力を持つ霊獣だよ。
現世ではフィギュアスケートが好きで意地汚い頑固さだけが取り柄の小娘の私が今、多くの敵や困難を打ち破って色んな人の希望になれてるのは君のお陰。それは揺るぎない事実」
でも、と一旦強く区切る。
そして本当に思い出して欲しい事を強く叫ぶ。
「私達が経験したのは仕事や戦闘だけじゃないでしょ!?」
ウィンドノートと出会ってから七ヶ月。
短い期間だけどその内容は濃密に詰まっている。
アーテスト地方では隔絶された聖女の陰謀を止め、迷い込んだサメノキ地方では侵略者の暴走を鎮圧し、ペティシア地方では虎視眈々と世界を狙う海の怪物を協力して打ち破った。
そんな大規模な仕事の合間も私達は常に一緒だった。
一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、一緒に刺激に触れて、エクソスバレーの新たな知見を得られた。
自然領域の厳しくも雄大な光景や現世と変わらない社会や文化を形成して生きる人々が共存する未知の世界を一緒に回った思い出は、戦友の一言では片付けられない関係になっていると私は思っている。
戦いの時も何気ない日常の時も私が本当に隣に寄り添って欲しいのは風を操る霊獣でも強力な武器でも無い。種族の壁を越えて唯一相棒と言えるただ一つの存在だけ。
「ウィンドノート、私は君が必要なの。
肩書きも能力も全てを抜きにしてありのままの君が。友達でも家族でもある相棒が」
また変な理屈を捏ねて私の助けを拒む前に強引にウィンドノートの傍を通り過ぎて前に出ると、タウラスに剣を向ける。
「ほら、立って。どれくらい殴られたか知らないけどそれで倒れる程ヤワじゃないでしょ?
そして一緒に願って抗ってよ。 "窮地を切り抜けてもう一度、キタザトと生きたい" って」
『望んで…… 良いのか?
誰かに必要とされて…… 良いのか?
例え、俺が止むを得ない事情を背景に抱えてたとて多くの命を奪った大罪人だとしてもか…… ?』
「その過去については後で聞くとして……
言ったでしょ? 必要なのはウィンドノートって名前の友人だけ。
どんな生を過ごしてたとしても私は受け入れるし、真摯に向き合う。
だから一人で背負おうとしないで」
短い付き合いの中で知ったてこでも動かない私の意地の強さを察知したウィンドノートはやれやれと言わんばかりにゆっくり立ち上がる。
覚悟の裏側にはやっぱり易々と終われないって意思がまだ残っていたんだ。
『……不思議な奴だな。他人の苦労を背負いたがるなど』
「喜んで背負うよ。一番信用出来る相棒の物なら。
私達は一人と一匹で一人前、でしょ?」
『……その選択、後悔するなよ』
する訳無いでしょ。好きで選んだんだから。
戦意を喪失したはずの私達が一緒に立ち上がった姿を見て、予想外の享楽が提供されたタウラスは完全に喜びに支配されて狂乱気味に笑う。
『ッアッハハハハハハアハハハッハハ!! イイナイイナァ!!
どれだけの苦境に立たされようと目の前の敵の脅威を体感しても、目の殺意を灯し続け、震える脚で立ち上がり、諦めずに剣を抜く!!
そうやって力尽きるまで抗う奴を完全に叩き潰してこそ、俺は生をもっと強く感じられル!!
さぁ、始めようゼ。俺とてめぇら、どちらが生きるに相応しいか決めようじゃねぇカ!!』
ウィンドノートが私に纏ういつもの感覚に安心を覚えて戦闘態勢を構えると最初に攻撃を仕掛けたのは大剣を振りかぶったタウラスだ。
漂う塵埃を突っ切り、私達に鋭い斬撃を重く打ち込むが、高確率で縦方向に叩き付けて来ると予測していたので横に飛んで回避する。
貨物車の件でまともに受け止めるのは避けた方が良いと分かってたから極力、タウラスの攻撃を直接、防御するのは控える。
けどカウンターを狙えるなら別だ。
「唸れ、氷傷」
タウラスの攻撃を躱し、いなしながら奴の屈強な霊体に幾多の凍傷を素早く確実に刻む。
これで多少のダメージは……
『間怠っこシイんだヨ!!』
霊体を抉るような大剣の重い一撃を浴びた後、冷静に振り返る。
嘘っ!? こいつ、シャープネス・バイトを受け止めながら無理矢理、突破した!?
反撃の手応えは間違いなくあった。なのに体温を奪われる苦しみを感じて尚、平然と動けるなんて。
『霊獣のスペックというのもあるだろうが、一番の要因は恐らく内で煮え滾る闘志の強さだろう』
口頭を介さないウィンドノートの説明でハッと気付く。
エクソスバレーの戦闘において最も重要視されるのは感情、精神の強さ。
タウラスを強者たらしめるのは単純な霊獣の天性や磨いた技術じゃなくて、絶えず燃え盛る炎のような熱い闘志と生への執着心。
それだけで体を蝕む冷温をものともしない所に純粋な戦士としての凄さを感じる。
ウィンドノートの風によって脆弱になっていた石柱を見つけたので刻んで相棒にぶつけて貰う。
巨大な破片はタウラスの剣さばきや屈強な肉体を使った打撃によって呆気なく破壊されるが想定通り。
だって目的はタウラスに近付き、二人の強力な一撃を叩き込む為の撹乱だから。
切っ先がタウラスの首筋を捉えたが、剣を向けられても堂々と佇むタウラスは高く左足を上げて力強く地面を打ち鳴らす事で強力な衝撃波の壁を生み出し、私達を仰け反らせる。
『俺の "慄く一喝" は身体能力だけで生み出す衝撃波をドーム状発動者周辺の、勇敢な斬撃も卑劣な飛び道具もその場で停滞させるように迎え撃つ防御技。
そして今、俺の威圧に阻まれたてめぇらは無防備!!』
キッと網に掛かった標的を睨みつけるタウラスは|サン・スプレッド・カンターレ《散れる喜びを歌え》の構えを取る。このままだと直撃は免れない。
『全てから解放してやる!!
絡んだ過去の宿命からも生きる上での億劫からも!!
目の前の現状に満足せず開拓する強さと覚悟を宿した奴が生きる資格を手に出来る!!』
残酷な刃がタウラスの殺意と呼応して力を募らせる。
威圧に呑まれて霊体は動けなかったけど、絶対に生き抜く気持ちを前面に出して僅かに霊体を動かせるようにしたらウィンドノートが風を吹かせて私を運んでくれたおかげで間一髪で攻撃を避けられた。
「余計なお世話!!
こっちはまだ人生の全てに絶望して投げ打ってないから!!」
逆転を引き寄せる為に今度はこっちが攻勢に転じる。
ウィンドノートと一緒に回転を交えた剣技を正道の型で打ったり、逆にフェイントをかけたりして様々な攻撃でプレッシャーを与えていくが、神と同等の霊獣の身体能力と桁違いの闘志が備わったタウラスにはどれもつまらない殺気として映っていた。
『そんな小手先の技で俺が満足すると思っテんノかァ!?』
腕だけで攻撃を無効化されながら吹き飛ばされ、剣の風圧だけで出血を伴う裂傷を皮膚に刻まれ後退りしながら考える。
やっぱりタウラスは安易に戦ったら駄目な相手だ。
まるで巨大な山その物に立ち向かってるみたいにどんな攻撃を繰り出しても麓にしか影響を及ぼせず、山頂には全く届いていない。
お互いを犠牲にせず、一緒に日常に帰る決意と一人と一匹が力を合わせれば勝てると思っていたけど厳し過ぎるな。
『オラ、どうしたァ!? キタザト、ウィンドノート!! もっと来やがれよォ!!』
大剣を地面に打ち付け、威圧的な挑発をしてくるタウラス。
正攻法の技術も撹乱も効かない。どうすれば一矢報いる反撃が繰り出せるだろうか。
思索しているとウィンドノートがちらりと私を見てアイコンタクトを取る。
作戦の実行を決意した私は冷気を放出させた剣で地面を撫でて凍らせる。
『ハッ、また愚直に向かってくんのかァ?』
タウラスがこの攻撃を真っ直ぐ来ると思い込んでるなら好都合。
さっき凍らせた地面の上を滑る時、ウィンドノートに風の加速をして貰い、そのまま切り込む素振りを見せつつバームネージュで生やした氷の木を足場にして上に飛ぶ。
狙い通りタウラスは不意を突かれ、迎撃が数秒遅れる。
今いる空中から身体ごと剣を振り下ろせば、まるで氷柱が落ちてくるかのような鋭い落下攻撃を生み出す事ができ、一瞬、タウラスを怯ませる事に成功する。
『……さっきのは中々、効いタぜ』
初めてのダメージを受けて気味が悪い程、嬉しそうなタウラス。
状態から見るにさっきの一撃は痛覚を刺激したくらいで、かすり傷にすらなってないんだろうな。
『相手が全力の一撃を繰り出したらこっちも同等の技で返すのが闘争の礼儀って奴だ』
「いらないよ、そんな礼儀……」
私の言葉など聞く耳持たずなタウラスは突如、大剣を地面に刺して、体を解す為の柔軟運動をし始める。そして再び心底楽しそうな笑顔をこちらに向けるのだった。
『遠慮スンじゃねぇよ。
俺から逃げずに立ち向かい続ける好敵手への敬意を込めて、俺の全力を今から浴びさせてやる』
破壊司る牛魔人(3 (終)




