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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter4 破壊司る牛魔人
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破壊司る牛魔人(1)

 タレンザ石塔街(せきとうがい)

 ギリシャの街並みを彷彿とさせる建造物の中に名前の由来となった石造りの塔が随所に連なる色褪せた自然領域のその中心には、断崖にも似た階段の上にある巨大な石造りの神殿が聳え立つ。

 かつては崇拝する神へ賛美と宝物を捧げる格式高かった神殿の最奥部には、堂々と神像らしき石像の上に座るという当時の信者が見れば殴りたくなる程の激昂を抱かざるを得ない不敬な態度を取りながら苛立ち待つアンブルート・タウラスと彼が連れ去った老若男女ばらばらの漂流者達が部屋の片隅で怯えている。

 

「こわいよぉ、お母さ〜ん……」

 

「泣かないで…… すぐに助けが来てくれるから」

 

 とある母親と娘のやり取りは、自身の弱さを言い訳にし、自ら奮起しようとせず別の誰かが手を差し伸べてくれるまでひたすら待つしかしない弱者特有のマインドを嫌うタウラスの内心の怒りを更に助長させる。

 

 (なんでコイツらは誰一人抗おうとしねェんダ?

 自分を苛立たせるような無茶や理不尽が襲って来たら罵倒や拳の一つでも浴びせようって気概になんだろ、普通)

 

 北里が自分との再戦に応じたくなるよう交渉材料として彼らを魂魄行軍の最中に連れ去ったのはいいものの、どいつもこいつも不気味な程、縮こまり、すすり泣き、自分の無事や奇跡を望む独言しか呟かない為、タウラスには息苦しい環境になっていた。

 漂流者達にはUNdead社員へ約束を反故にするとどうなるかを知らしめる為に、彼らの近くにあった柱を拳の風圧で一本壊したくらいの事はしたが、あの程度の破壊で戦意を喪うなど有り得ないとタウラスの中では考えていた。だからこそ更に怒りが溜まりやすくなっていた。

 本来ならばすぐにでも解放して自分から遠ざけたかったタウラスだが、交渉材料が無事だと知れば北里達はこちらの要求に応えようとせず、すぐにタレンザ石塔街から離脱しようとするだろうし、北里が約束を果たした際、代価として提示した "怪我も血の一滴も出さずに送り返す" という果たすべき責任をタウラス自身がかなぐり捨てる訳にもいかない。

 

 (俺の本望は純粋な死闘だ。

 何の制約も不安も抱えてない全力の相手が繰り出す策を凌駕し、力を押し返し、気迫を掻き消し、真正面から相手を叩き潰して、俺の強さを証明する事が生き甲斐…… イヤ、存在証明だ。

 だガ勝利の為に卑劣な小細工や手段を使って戦意を削ぐなんて愚かな真似はしねェ。

 そもそも、そんな煩わしい事を仕掛けルなんて自分が弱イって言ってるようなもんだからナ)

 

 北里が来るまでの長時間の待機中、弱者の泣き言を浴びて今にも堪忍袋が切れそうなタウラス。

 顔の表情はエッセンゼーレも震え上がらせる鬼気を宿している。

 そんな恐ろしい彼に、背丈も筋肉量も正反対な少年が勇敢に近付く。

 

「お…… おい、ミノタウロス!!」

 

『んァ? なんだ坊主?』

 

「い……いつまで、俺達を、閉じ、閉じ込めるつもりだ?

 もう、一時間も経ってるんだ…… そろそろ気は済んだろ」

 

 少年の言動には震えが伴っていた。

 傍から見れば頼りなく、対立すれば蹂躙されるのが目に見えている化け物に無謀に物申そうとする姿に映るだろうが、タウラスの心は僅かばかり心が踊っていた。

 

『悪ィが、まだ解放は出来ねぇ。

 てめぇらも聞いてたとは思うガ、待ち人が覚悟を決めてここに現れるまでは待機して貰う』

 

「か、勝手、過ぎんだろ……

 お前の願望のせいで、みんな、こんなに萎縮してるのに……」

 

『あァ? てめぇらが勝手にビビってんだろ?

 心配せずとも無傷で返してやるんだからギャーギャー騒ぐな。大人しく待っとケや』

 

 タウラスが面倒臭そうに手で払い除けるジェスチャーをした瞬間。少年が反骨心を迸らせ、烈火の如く怒号の言葉を散らす。

 

「……ふ、ふざけんな!!

 俺達がお前に何したって言うんだよ!?」

 

『別に何もしてない。

 てめぇらはエクソスバレーに漂流したばかりの霊体なんだから、俺とは言葉を交わした事も無い初対面。迷惑も不遜な態度もかけられてない』

 

「だったらなんで……」

 

 少年の強気な問答を向けられ、タウラスは苛立ち混じりのため息をつく。

 

『さっきも言ったろ?

 てめぇらを拘束してるのは、この状況じゃなきゃ呼びつけられねぇ相手がいるから。

 再戦したい相手の焦燥感を刺激する為の材料。有り体にいやァ人質だ』

 

「た、淡々と言いやがって……

 お前に何の権限があって、こんな事してるんだよ!?」

 

 拙く不格好ながらも必死に巨躯の怪物に抗う少年の姿にタウラスは生前の記憶を思い返していた。

 現世で生きていた頃のタウラスは、闘技場で他を寄せ付けぬ強さとどんな敵にも毅然と立ち向かい死闘に臨む姿勢から "不滅の闘魂" という二つ名を命名された程、業界の著名人やファンに鮮烈な印象を与えた闘牛であった。

 真正面から鍛えた角と巨躯を衝突させ、相手の全てをねじ伏せ、勝利の咆哮をあげる。

 タウラスの日常は殺気と傷と血に塗れた光景の繰り返しだった。

 だが嫌気が差した事は一度も無い。本気の命のやり取りを制し、自分の強さと生が体内で循環する充足感を得られる生活は彼の嗜好に適合し、人生観を形成する程の魅力に溢れていた。

 今の目の前の少年の抗いは全身が震え、覚悟が決意出来ていない児戯同然だが、力量差を把握していながらも億さず立ち向かう姿勢には確かな強さと敬意を感じられる。

 だからこそタウラスは愉しく誇らしそうに笑った。

 

『決まってんだろ。強ぇからダ』

 

「はっ?」

 

 その場にいた全員が常軌を逸した思考に呆気に取られるが、タウラスは気にせず説明し続ける。

 

『今、この場を支配してんのは立場でも年長でもねェ。 "強さ" だ。

 誰よりも人の上に立ってるから。誰よりも長く生き長らえているから。そんな先人重視の秩序の束縛ナんざクソ喰らえだ。

 俺が支配する場においては強者だけがルール。拳を握りしめ、足を振り上げ、武器を手に出来る奴だケが遵守されるべき掟だ』

 

「……あぁ、そうかよ」

 

 少年の体の震えの原因は怯えから自分勝手なルールを押し付けてくる理不尽への怒りに変わっていた。

 タウラスから見れば小石サイズの右手が徐々に固く握られた後、少年は右手と同じように地を蹴る足にも力を込めた。

 

「だったら、そっちのやり方に合わせるだけだ!!」

 

 攻撃はさながら戦いに飛び込んだばかりの仔牛が考え無しに突進したかのような単調な攻撃。

 しかし、この場にいる人々を解放する為という理由と勇気を背負って放った非力な拳はタウラスの心を動かすに値した。

 

『やりャ出来んじゃねェか』

 

 向かってきた少年に、タウラスは顔面に向けた拳で返す。

 当然、北里との約束の手前、軽傷すらも負わさない攻撃にする為、人の動作で例えるならば窓辺の埃を指で掬い取る程の力加減で殴ったが、それでも成熟していない少年の身体には強力な一撃である事には変わらず、 "ベギッ" とでも形容すべき細い枝を折ったような鈍い音を響かせながら軽く吹き飛び、着地した後に顔の損傷を確認すれば鼻血は流れているし口の中も切れている。

 石材の床に一瞬で血溜まりを生み出せる程の出血を付与された少年の惨状を見て、タウラスの威圧にだんまりを決めていた周囲の大人達も抗議を決意した。

 

「ひ、酷い!! 子供相手に本気で殴るなんて!!」

 

『オッ? 火ぃ着いたか?

 気に食わねぇなら全員で束になってきても良いゾ?』

 

 乱戦に発展するかもしれない興奮が混じったタウラスの挑発に乗るなと制したのは殴られた少年だった。

 彼は鼻を抑えながらゆっくり立ち上がる。

 

「お、俺なら…… まだ、やれる……」

 

『立派だなァ、坊主。

 けど、次は本気で殺すかもしれねぇから向かってくんのはこれっきりにしとけ。

 俺は手加減に慣れてねぇンだ』

 

「な、情けを、かけるのか? 調子乗ってんじゃ」

 

『抑えよ。少年』

 

 場を制した軍人口調の男の声がした方向を見れば、再び得られた相棒を喪いたく無い気持ちが先走ってる単身で神殿に向かったウィンドノートが視線だけで射殺さんとばかりにタウラスに鋭い眼光を向けている。

 

『やっと来やがっタか。キタザトがいねぇのは残念だが』

 

『キタザトの手を煩わせるまでも無い。

 貴様の相手は俺が務める』

 

 破壊司る牛魔人(1) (終)

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