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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter4 破壊司る牛魔人
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銀雪を彩る友の朱色(3)

 熾烈になっていく戦場に身を投じて何十年も経った。

 アランバラとチェタブ、両国の拮抗は未だに残っている。戦争は終息に向かう兆しはなく、寧ろ無駄な消耗によって注いだ液体が波紋を生み出しながら乾燥した地面を塗り広げるように、大地の上に更なる地獄を拡大していた。

 

『いつまで続くんだろうな……この戦い』

 

『さっき相対したチェタブの奴らも、みんな疲弊した状態だったぜ……』

 

 侵攻の為のキャンプ地で俺達と同じ動物の兵士達が、人間には分からない鳴き声で抑えきれない戦争への不満を呟く。

 生きていた当時は想像もつかなかったが、戦争の発端になったアランバラの領主の若き男の目には、この大惨事はどう映っていたのだろうか。

 もしかすれば自分の我儘とチェタブの完全な屈服以外の勝利を認めないつまらん意地が無駄な戦いを長引かせているのも知らず、のうのうと高みの見物をしていたかもしれんな。

 広大なエクソスバレーで当時の事情や背景を知る者と知り合った事が無いので、死んだ今でも知る由もないが。

 

『いよっ、レギン』

 

 最も親愛なる戦友であるフィアレスが俺に話しかけて来る。

 咥えた夜食用のジャーキーをフリスビーを投げるかの如く、俺に渡すとフィアレスは器用に細長い乾燥肉を噛み始める。

 

『戦いが不要となる未来になるまで、まだ時間がかかりそうだね。

 寧ろ、悪化している気がするよ』

 

『あぁ……』

 

 俺はフィアレスの会話に虚ろげに答えた。

 当時の俺も終わらない戦争に終結があるのか疑問を感じ、精神的に参っていた。

 だがフィアレスは違う。彼女は最初の鉱山襲撃で俺と約束した無情な殺戮が無くなり、醜い世の中の変革の見届けを果たそうと常に前を向き続け、力強く奮迅していた。

 

『……覇気が無いねぇ!!』

 

 フィアレスが少し強く俺にタックルした。

 

『ぬおっ!? な、何をする!?』

 

『アンタがいつまでも湿気た面してんのが気に食わないからだよ!!

 それともなんだい? あたいと交わした平和になった世界を一緒に見るって約束は、実現の確信も無いただの空想かい?

 あたいはアンタを口先だけの男に育てた覚えは無いよ!!』

 

 彼女の声は顔は俺を鍛える時に見せていた厳たる顔だった。

 しかしただ厳しいだけじゃない。

 兵器となった動物を服従させる為に童のように感情を剥き出して押し付けようとする稚拙な軍人共と違い、俺の永遠の家族であるお爺様とお祖母様にも劣らぬ愛情を注ごうと本気で俺と向き合い、必要な試練を与えてくれる優しさの裏返しである。

 そんな真摯な姿を見せられたら、憔悴していた俺とて俯いたままではいられない。

 

『……違う。俺は、本気で見たいんだ。そして生きたいんだ。

 全てが安定した世界で地に足をつけ、あらゆる脅威が排斥された美しい街並みで笑って平和を享受したい。

 ……その隣にはお前がいなくては駄目だ。フィアレス』

 

 俺の言葉を聞いたフィアレスは一瞬、呆気にとられるも、すぐに顔を背けて凛々しい表情を立て直した。

 

『良く恥ずかしげもなくそんな事が言えるねぇ。あたいはただ唯一の相棒が立ち直ればと思って発破をかけただけなのに、あんな小っ恥ずかしい宣言聞かされるなんて想定してなかったよ。

 ……けど、不思議と心が奮い立った。あたいまで気が引き締まった気分だ』

 

 残っていたジャーキーを口に放り投げたフィアレスは俺の隣から去ろうとする前にぶっきらぼうだが、不器用な優しさを秘めた言葉を背中越しに投げる。

 

『さっさと寝な。あたい達を待ってくれてる未来の為に早く休んで明日も武器を取って戦いな。

 ……おやすみ』

 

『……あぁ、おやすみ。フィアレス』

 

 

 場面は打って変わり戦火飛び交うチェタブ領のザギュートス氷食谷(ひょうしょくこく)

 心地好い低温の環境が育む氷水晶(ひょうすいしょう)という鉱石に覆われた透明な世界は割られた建物のガラスのように粉砕され、破片が天然の岩の床に撒き散らされている。

 地上では剣士や槍を携えた騎手。離れた崖からは銃の照準を真剣な面持ちで敵に向け、遠隔から敵を迎え撃とうとする狙撃手が祖国の繁栄を死守しようと俺達に立ち向かう。

 互いが全力を賭して武器や攻撃的能力をぶつけ、血と掠れた余声を流し、地に倒れて生命活動を止める。

 そんな負の連鎖の繰り返しによって両陣営に残った戦士達は五百匹と六千人から三十九匹と二千四百人程度になっていた。

 

『バースト・エアリアル』

 

 掛け声と共に放った風の刃を嵐のように炸裂し、多くの敵を巻き込んで切り裂く。

 その際、雪や薄氷が混じった周りの冷たい空気や氷水晶も風の刃に呑み込まれ、ただの緑色の旋風は凍てつく青色の吹雪に発達した。

 これで俺の前に果敢に飛び込んで来た大方の勇士は倒れた。百人百様の表情を浮かべ、異なる体勢で倒れた悲しき者達に俺は厳かに弔意を呟く。

 

『……すまない。願わくば次の邂逅は別の形である事を』

 

 一瞬の静寂の後、同じく敵を殺し終えたばかりのフィアレスが颯爽と崖から降りてくる。

 

『レギン、こっちも殲滅を完了した。手筈通り、このまま進んで行くよ』

 

『承知した』

 

 フィアレスと共に氷水晶がまだ現存する谷の荒い道を駆ける。

 今回、我々がザギュートス氷食谷を通っているのは、チェタブ領域を制圧する目的の成就に一気に近付く最終フェーズ、街の奇襲と占拠を実行に移す為。

 氷河の侵食によって生成された険しいこの谷はチェタブの中心街と領主の居城への最短距離だったのだ。

 当然、チェタブの者達もそれを把握していたうえ、斥候が偵察と予測を交えた俺達の襲撃タイミングを伝えた事で、今、人が闊歩するには厳しい辺境の地で激突が起こっている。

 俺は万物を切り裂く鋭い風で、フィアレスは黄色の冷気と水色の雷で未だ尽きぬチェタブの勇士達をねじ伏せ、横暴なアランバラの領主の野望の為に不本意ながら活路を拓いていく。

 

『レギン!! もうすぐ目的地のチェタブの街だよ!! 踏ん張れ!!』

 

 フィアレスに促され、目を見やると隙間から谷に降り注ぐ一筋の光が見えた。

 いよいよ谷の終着点、チェタブの街を見下ろせる切り立った崖に辿り着くのだ。

 このまま街に突入し、無垢な住人を人質にチェタブ領の無条件降伏の交渉材料とするまでが俺達の仕事。

 アランバラの領主が円滑に交渉を進め、向こうが条約の締結に踏み切れば勝敗は決する。

 つまり戦争の終結までもう少しという所だった。

 

『街への侵入方法は谷を抜け、直線で崖を下り、アランバラより規模の小さい塀を跳躍だったか』

 

『ちゃんと覚えてて偉いじゃないか。最後まで気を抜くんじゃないよ!!』

 

 フィアレスと共に光の先を目指そうとした時、壁に繋がっていたはずの氷水晶が予兆も無く崩落し始めた。

 俺達の頭上めがけて塊のまま降り注ぐ氷水晶は人間が携える兵器と同等に殺意を剥き出しており、俺達の行軍の進路を変更させるのに充分だった。

 

『馬鹿な、なぜ急に!?』

 

『気にしてる場合かい。とにかく走れ!!』

 

 驚く俺と平静を装うフィアレスはひたすらに走って行く。

 まるで大地が意思を持って身勝手なアランバラの侵攻に怒るように、こちらを狙って落ちてくる巨大な鉱石は谷をどんどん呑み込んでいく。

 

『……まさかな』

 

 当時は必死過ぎて分からなかったが、フィアレスが何かを言っていた気がする。

 何か不安を仄めかす言葉だった事は覚えているが、彼女の杞憂はすぐに理解する事になった。

 必死になって谷を抜けた瞬間、待ち受けていたのは一斉射撃の構えを取ったチェタブの狙撃隊。

 俺達はまんまと袋小路に誘導されたのだ。

 チェタブの街から遠ざけると同時に一網打尽にすべく意図的に根元を何らかの手段で砕き、崩落するよう仕向けた氷水晶を用いた作戦だった。

 肉体改造が施されてなくともスローモーションで映ったであろう銃弾の雨を見て、呆然となる俺の目の前に飛び込んで来たのは。

 

『レギン!!』

 

 身を挺したフィアレスだった。

 敵を認識した瞬間に発砲され、能力を使って凌ぐ間もなかった攻撃を俺よりも小さな身体を盾のように捧げ、俺の代わりに銃弾を一身に受けた彼女は肉体に辛うじて残っていた赤い血と体内の機械を円滑に動かす為のオイルを散らしながらふらふらの体勢になる。

 他の同胞が狙撃隊をいくらか蹴散らし一時の安全を確保したところで、俺はフィアレスに駆け寄る。

 

『フィアレス!! お前、何故庇って……』

 

 鉛玉を埋め込まれた身体からは血液が流出し、雪の大地を染めていく。

 フィアレスは荒い息を吐きながら強がろうとするが、身体からは立つ気力が失われ、悔しそうに呟く。

 

『……どうやら情が移っちまったみたいだ。

 数十年経ってもいつまでも甘ったれなアンタに感化されて、らしくない事しちゃったじゃないか』

 

『おい…… まだ死ぬな。

 約束はどうするんだ? あと少しで戦争が終わるかもしれないというのに、ここで力尽きるのか?

 平和になった世界を共に見ようと言っただろう?』

 

『悪い、レギン。もうアンタの姿も、声も、掠れていてねぇ……』

 

『……そんなタチの悪い冗談止めてよ。フィアレスは俺より強いんだから、まだ立てるでしょ?

 ……起きてよ、お願いだから。フィアレスまで死んじゃったら俺、孤独になっちゃうよ』

 

 ……本当は頭では理解していた。

 あれだけの銃弾を受けて生きていられれば正真正銘の化け物に成ったという証明になる。

 それでも俺の心は彼女の死を拒んでいた。

 そんな俺を見て、フィアレスは最後に弱々しく微笑んだ。

 

『……やっぱりアンタは甘ったれの坊やのままだね。

 兵士には向いてないから、早く日常に戻り……』

 

 フィアレスはゆっくりと目を閉じると、二度と動く事はなかった。

 それから俺の具体的な記憶は一切残っていない。

 ただ吠えながら敵軍に猪突猛進した事だけは覚えている。

 そして気付けば、フィアレスと同じように銃弾を身体に撃ち込まれ、雪の積もった大地に倒れていた。

 

 

 今、霊体となった俺を突き動かすのはキタザトを巻き込みたくない直情の想いだった。

 かつて俺がフィアレスにして貰った事を今度はキタザトにする為に風と同化して空を走り、タウラスが待ち受ける神殿へ急ぐ。

 

『キタザトは…… あいつだけは絶対に失わせたりしない。

 死したこの身や僅かに残った記憶を費やしてでも、守ってみせる』

 

 銀雪を彩る友の朱色(3) (終)

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