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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter4 破壊司る牛魔人
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銀雪を彩る友の朱色(2)

 鉱山での作戦が収拾した後、俺達は数時間の休暇を許された。

 といっても水温マイナス二度の川で遊ぶだけで、軍人の監視下も付いている最悪のプランだが、訓練を休止し羽を伸ばせるだけでもマシだ。

 触れるだけで身体の一部分が凍りそうな水がかからないよう、俺とフィアレスは新雪が被さる岩場に腰を下ろしていた。

 川を隔てた向こう側にあるのは幼少期から代わり映えのない白銀の森。

 しかし、木々の隙間を改造手術で底上げされた目で覗けば、僅かな熱を帯びた陽光と共にかつて家族と過ごした街の一部の景色が見えてくる。

 身勝手な戦争に動員されてから三年の月日が経ったが、主要人物しか利用出来ない派手な宮殿、雪にも負けぬ精力を感じさせる花壇の植物に年代を感じるが今も尚、正確に刻む時計が並ぶ散歩道も全く変わっていない。

 ・・・・・・不思議なものだ。軍人としての矜恃や使命を強制的に刷り込んで己の心を抑制していても故郷を眺めれば、思い出が心の底から湧き上がり、暖かい気持ちに包まれる。

 あの頃に戻す為にも一刻も早く平和を取り戻さないとな。

 

『よくあんな街に愛着を持てるもんだね』

 

 隣のフィアレスが冷めた目で俺を見てきた。

 確かに誰も手を差し伸べてくれず、冷遇される惨めな体験しか経験していない彼女にとって楽しい街とはお世辞にも言えないか。

 

『五年間も育まれ、周囲の住人からも愛情を貰えば自然と湧くものだ』

 

『良いご身分だね、家持ちは。

 美味いメシも食えるし、暖かい環境で伸び伸び過ごせる。

 あたいに言わせりゃ恩寵の世界で大事に育てられた箱入り野郎共だ。

 苦労に直面した事ないから多少の困難にぶち当たったくらいで、すぐに怒ってアランバラの領主みたいな事をしかねない』

 

 大抵の国が野生動物の保護に尽力するのがほとんどの中、動物嫌いの領主の意向を反映したかのようにペットや家畜以外の動物には見向きもせず邪険に扱うアランバラの街にそんな慈愛は存在しない。

 故に見かける野生動物は毛並みがボサボサで痩せていたり路地裏や街の片隅では命を落とした者も少なくない。

 今日を生きるだけでも過酷なフィアレスの境遇を考えれば、恵まれている者が不貞腐れて立ち止まる様を不甲斐なく捉えるのも仕方あるまい。

 アランバラ領主が家の財力や侍らせた有能な執事と給仕の力を行使して、欲しい物をなんでも容易く手に入れていたのはアランバラでは有名な話。

 順風満帆だった人生の中で唐突な試練や拒否が与えられ、すぐ糧に出来る者など多くない。

 略奪しようと躍起になるくらいなのだ。チェタブから横暴な態度を指摘されたうえ、資源を貰えなかったのは今まで経験した事の無い屈辱といえよう。

 だがそんな悩みはペットショップの商品としての基準に満たしていない、飼育者がいない、そもそもの生まれが野生だったなどの様々な理由で自力で生きる事を強要されたフィアレスのような者達にとっては贅沢であり、寧ろ怒りを覚えるものである。

 

『反吐が出てくるのさ。

 どんなに苦しくて厳しい状況にあっても、目の前で仲間が力尽きようとも、あたい達は手を取り合い必死に前を向いてるってのに、救いを差し伸べない傲慢な人間共は、ちょっと躓いただけでいじけて不遇の原因を他人や別の物に擦り付けようとする。

 これを不甲斐無いと呼ばずなんと(たと)えるよ?』

 

 俺はフィアレスの嫌味に率直に答えた。

 

『気持ちは理解できる』

 

 実際、フィアレスに鍛えて貰う前の俺も似た感じだったからな。

 弱音ばかり吐く若輩者を育成するのはさぞ大変だったろう。

 てっきり恨まれていると考えていた面食らったフィアレスは、その過去も考慮して意外そうに呟く。

 

『・・・・・・意外だね。無理矢理しごかれたアンタが共感を示すなんて』

 

『最初は不満を抱いていた事もあったが、あの特訓で性根を鍛え直して貰ったお陰で今、実在しているんだ。

 感謝しているし、だからこそ断言できる。

 思い通りにいかないから、困難に直面したからと一人で悩み立ち止まるのはもったいないとな』

 

 生まれ変わったように至った考えを述べた後、俯く暇も与えられず、一日でも長く延命する事だけに貫徹した強さの裏に危うさも秘めているフィアレスに俺は彼女にも訪れるかもしれない危機を提言する。

 

『だがあまり悪く言ってやるな。

 どんな環境に身を置いていても、様々な経験を経ていても、誰もがフィアレスのように自力で前を向けないのも事実としてある。

 それに強いお前とて自力では覆せぬ苦難で自信を喪失し、立ち止まる時が訪れるかもしれない。

 その時、お前はどうやって対処する?』

 

 いかに高い塔の如き強さを磨き上げた者でも今までとは比べ物にならぬ絶望を叩きつけられ、支柱を揺るがされれば、築いた自信と矜恃は音を立てて倒壊し、修復が難しくなる。気丈なフィアレスも例外では無い。

 しかし立ち止まれば死が接近する野生の世界で生き抜いたフィアレスが俺の忠告を簡単に受け入れるはずがなかった。

 

『あたいがそんな簡単に挫折するとでも?』

 

『もしもの話だ。

 それにお前はアランバラの領主と違って恵まれている。

 近くに俺がいるのだからな』

 

 アランバラの領主は常に激怒と命令を振りまき、臣下や給仕達に絶対服従を促進させていたらしい。

 そんな暴君に毅然と過ちを指摘できる奴など生まれるはずもなく、結果的にアランバラの領主は自分を省みる機会を与えられないまま自分の望むままに世間が回ると勘違いして我儘な人格が形成された。

 だが権力と威圧で周囲を歪めた裸の王様と違い、フィアレスは恵まれている。

 徹底的に鍛えあげ、かつての仲間のように簡単に死ぬ事がなくなった俺という友人を味方に付けた。

 彼女が道を踏み外そうとしたら止める事ができ、困難に直面すれば隣に立って活路を開く手伝いが出来る。逆も然りだ。

 そんな意味を含めた俺の言葉に懐疑的ではあったがフィアレスがようやく笑ってくれた。

 

『ふん。まだまだ半人前の癖に、このあたいを支えようだなんて大きく()やがったね』

 

『力不足なのは重々承知だ。

 だからお前も俺が真っ当な道を進み続けられるよう付き添って欲しい。

 互いの孤立を埋めあった一人の戦友としてな』

 

 少し出過ぎた願いかと思ったが、フィアレスは満更でもない様子で顔を背けた。

 

『ふん。仕方ねぇから付き合ってやろうかね』

 

 突き刺す冷温と些細な陽だまりが共存する森林の中で永遠の口約束が誕生した。

 それと同時に俺達を監視していた軍人が、木々の積雪を落としそうな程の振動を宿した大声を発した。

 

P2ー49C(レギン)P6ー11O(フィアレス)!!

 そろそろ時間だ、帰還するぞ」

 

 こうして束の間の休息は幕を閉じた。

 しかしフィアレスとの距離が縮まったようにも感じた貴重なひと時だった。

 

 

 1年後、環境を激変させる凶暴な虹色と命を奪う轟音が "ザギュラス氷原" で巻き散る。

 アランバラ領主の逆ギレにより決行されたチェタブ領の侵攻作戦は本格的になった訳だが、さすがに向こうも黙ってやられる訳にはいかないから、広範囲で殲滅出来る兵器やプロの兵隊達を動員した抵抗を見せ始めた。

 その結果、衝突は恵みを蝕む寒波に彩られつつも逞しく根付く大地の自然だけでなく、民間人が住む街にも影響を及ぼし始めた。

 死者や物資も含め、両国既に払った犠牲は少なくない。補給も底を尽きそうな困窮の状態。

 それでもアランバラは鉱石資源を我が物にし、侮辱(アランバラ領主本人が思ってるだけ)された国と領主の強大さを証明する為、チェタブは犠牲になった戦友の弔いと大事な市民を護る責務を遂行する為、共に降伏を宣言するつもりは無く、戦況は僅かにでも根負けした方が大部分を失う瀬戸際の攻防を繰り広げていた。

 

『バースト・エアリアル』

 

 敵の攻撃を躱しながら風の刃で反撃する。

 人の視力では絶対認知出来ない兵器は瞬く間に相手の四肢や首、胴体を切断し、俺達と同じ血を流しながら絶命していく。

 

「化け物がっ・・・・・・!!」

 

 銃で向かってくる兵士も静かに殺した。もう何年にも渡って誰かにとっての大事な人を奪い続けているのに、殺しの感覚は完全に慣れないが淡々と殺さなければ、常識の通じぬこの場所で死ぬのは俺の方だから。

 同じ価値のある命は尊重すべき。当然の倫理に背いた罪悪感を一旦捨てる為にも、軽く目を瞑り黙祷をした後、火の粉が舞う戦場を再び駆ける。

 無我夢中で敵を薙ぎ払いながら進んでいると、木々の多い場所で俊敏な動きと共に黄色の氷と水色の雷をばら撒きながら敵を殲滅しているフィアレスを改造された目で捉えた。

 だが、彼女の優勢という訳では無さそうだ。

 これまで百戦錬磨の活躍を見せてきたフィアレスには似つかわしくない傷だらけの疲弊を負っていたのだから。

 

 

『・・・・・・はっ、こんなもんかい』

 

 フィアレスは息を弾ませながら倒した敵に対して強気を装う。

 フィアレスがこのような窮地に陥ったのは罠に引っかかったからだが、自発的にでもドジを踏んだからでも無い。

 自然に自生していたマタタビが、チェタブの軍師が仕掛けた罠のトリガーになっていた事を露知らず起動させてしまった別の猫の兵士を庇ってしまったのだ。

 その結果、フィアレスは普通の個体であれば死に至りそうな感電を喰らい、戦えるのが不思議な状態に陥ってしまった。

 しかし野良猫時代の矜恃が、満身創痍の彼女を奮い立たせる。

 

 (この程度の策略で、あたいを超えた気になってんじゃないよ・・・・・・!!

 野生時代はもっと陰湿で苦しい経験をしてんだよ、こっちは・・・・・・!! )

 

 周囲の助けを跳ね除け、目にも止まらぬ速さで冷凍したり感電させたりして敵を倒すフィアレスだが、一時間戦い続けたところで改造された小さな肉体が悲鳴をあげる。突如、動かなくなり敵を打ち倒す絶好の機会を前にチェタブの兵士達がにじり寄る。


「油断するなよ。報告によると、この猫の黄色い氷は銃弾を弾く程の硬度があるらしいからな。無闇に遠くから発砲するなよ」

 

 巨大な絶望が目前に迫り、フィアレスの積み上げてきた信念や自信が崩れ去ろうとしている。

 今、自分が死にかけているのは罠にかかったあの間抜けのせいにも出来たはずだが、そんな言い訳をすればフィアレスの嫌っている温室育ちの人間と同等に成り下がってしまう。彼女が取る行動は目前の失敗の事態を誤魔化すのではなく、現状を乗り越える為の奇策を発想する事だった。

 

『お、おいっ。なんで動かねぇんだよ・・・・・・

 中の機械がショートでもしやがったか・・・・・・?

 なんでも良いから、打開策を考えろよあたい・・・・・・!!

 今までもそうやって生き抜いてきたじゃないか・・・・・・!!』

 

 人相手では決して意味が通じない敵意剥き出しの威嚇で自分自身を罵るフィアレス。

 もはや万策尽きたかと思われたその時、聞き覚えのある声に顔を上げる。

 

『バースト・エアリアル』

 

 風の刃が敵の攻撃を食い止めた。

 物語の英雄と同じ良いタイミングで荒々しく登場を果たしたシベリアンハスキー、フィアレスの()であるレギンは戦況の主導権を握り返すと、機械を埋め込まれた体をぶつけ、フィアレスの体を一時的に動かせるようにした。訓練で行った電力シェアによる軽い充電だ。

 

『レ、レギン・・・・・・』

 

 目を丸くするフィアレスに、レギンは凛々しく鋭い目を向けるだけだった。

 

『まだ、動けるだろう』

 

『・・・・・・当たり前だ!!』

 

 この日からフィアレスは身を持って体験した。

 友という存在がどれだけ頼もしく、有難い存在なのかを。助けを借りる事は決して恥では無いのだと。

 

 銀雪を彩る友の朱色(2) (終)

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