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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter4 破壊司る牛魔人
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銀雪を彩る友の朱色(1)

 フィアレスは俺とは正反対の出自と性格を持っていた。

 獲物を狩って腹を満たし、自分の気持ちのままに舵を取る。

 誰の庇護も受けず、自力で逞しく生き抜いた彼女は、その場の空気を察せる程に利口で、多少の困難では物怖じも動揺もしない大胆な精神の持ち主であった。

 同時に誰彼構わず強気な口調で真意を偽装せずに伝える為、周囲に誤解を与えやすく、当初は俺も喧嘩を売られているのかと錯覚した。

 

『大方、親元から離れて寂しくなって悲しんでたってとこかい。

 甘ったれの坊やと同室なんて反吐が出るね』

 

 毛並みを整えながら平然と言い放った雌猫に気弱な坊やの俺は萎縮しながら答えた。

 

『そ、そんなに言わなくたって良いじゃないか・・・・・・

 それに、俺に帰る家はもう無い・・・・・・』

 

『だったら、ここの連中にもっと忠実になった方が良いよ。

 命令も訓練もまともに遂行しない出来損ないは処分されるらしいからね』

 

 貧相なカンテラが照らす底冷えの薄暗い部屋に冷酷な一言が重く木霊する。

 動物を使い捨ての手駒にする為、強力な兵器と肉体を合体させる非人道的な開発は世間一般には公表されていない。

 中途半端に対処を怠り、機密が口外されれば愛護団体だけでなく市民による大規模なデモにまで発展する未来が目に見えている以上、使えない兵器の廃棄は確実な殺処分を採るだろう。

 考えるだけで身震いしてしまう末路の想像を遮るようにフィアレスは冗談交じりに話を続ける。

 

『ま、アンタの場合は今の性格を改善しなきゃ戦死する前に飢え死にしそうだけどね。

 メソメソしたまま部屋に居られちゃ適わないし、あたいが腑抜けた根性を叩き直してやる』

 

『お、俺に拒否権は・・・・・・?』

 

『ある訳無いだろ。

 明日からビシバシ(しご)いてやるから覚悟するんだね』

 

 それからの毎日は通常の訓練の後、フィアレスの指導による自主練もこなす過酷な日々となった。

 兵器として求められた条件は俊敏性、持久力、そして死をも恐れず敵に突撃する蛮勇である。

 他の動物よりも幾ばくか評価を得ているフィアレスはこれらの要素を猫特有の体躯や自力で衣食住を賄わなければ生きられない野生下に身を置いた事で習得しており、大型犬である俺にも近い水準に到達させる為、厳しいトレーニングメニューを課してきた。

 最初の内容がランニングと言うから家の広大な庭で駆け回っていた頃を思い出し、余裕だと高を括り心すら弾んでいたが、それが甘い幻想だと思い知るのに時間はかからなかった。

 

『ふん、今日はこのぐらいにしてやろうかね』

 

 顔の表情だけで "だらしない" と言いたいのが分かるフィアレスは四足歩行で立ち上がる自分よりも低い位置で伸びた俺を見ていた。

 

『お、思ったよりきついね・・・・・・

 道もなだらかじゃないし、速度が落ちるとフィアレスに怒られるし・・・・・・』

 

『戦場を駆けるのは快適なドッグランと一緒だと思うんじゃないよ。

 どんな悪路でもペースを落とさず走り続け、一人でも多くの敵の命を屠らきゃ、兵士としての価値は無いのさ』

 

 こういう戦場の鉄則や存在意義などを聞かされる度、俺はいつも理不尽を感じる。

 兵士として志願した覚えは無い。貴様らが無理矢理巻き込ませたのに、どうして服従を強要されるかのか。

 ・・・・・・ 一度、その本音を訴えた事があるが、奴らからセルフ・アイデンティティすらも否定する形で激しく叱責されたうえ、兵器としての自覚を再認識させる目的として訓練の量も倍にされたので、改善の申し出は無駄だと思い知ったのだが。

 

『フィアレスは嫌じゃないの?

 俺達、動物を替えの効く道具にしか思ってない身勝手な奴らに命を握られて方針や命令に従うなんてさ』

 

 フィアレスだって俺と同じように悪どい口車に乗せられたり手荒な拉致で運ばれたり、ここに来るまでの経緯は強引だったはず。

 今は表面上、完璧な忠誠心と成績を見せていても多少の不満を抱いていたっておかしくない。

 彼女も内心では僅かにそう考えていたらしいが、俺の問いに煮え切らない態度を示しつつもどこか達観した考えも含んでいた。

 

『・・・・・・あたいだって内心ではこんな戦争は馬鹿げてるって思ってる。

 今のままでも政治的にも経済的にも不自由無い領土を持ってんのに、更に欲を出して隣の国に殴り込むなんて馬鹿げてる。

 けどね、必死に知恵搾って体を酷使して逃走しても、あたいはあの職員共には適わなかった。

 野生に生きる奴らは敗北した以上、勝者に従わないといけない。

 それが唯一の矜持なのさ』

 

『ずっと自由に生きてきたのに、自分を上回った奴の言いなりになるの?』

 

『はぐれ者は負けたら全て失うって考えりゃ良い。さ、帰るよ』

 

 あくる日。

 ふとした会話の最中、突然、フィアレスが俺の顔を訝しげに凝視した。

 

『アンタ、その話し方・・・・・・』

 

『え? 何か変な事、言った?』

 

『いや、気になるのは言葉のチョイスや文法の誤りじゃなくって、口調だよ。

 仮にも軍人になったってのに、なんでいつまでも子犬みたいに気弱な声で鳴いてんのさ。

 絶対、奴らから指摘されるよ。皆の士気を下げる腑抜けた返事をするな、ってな具合に』

 

『て、て事はご飯とか水浴び抜き?』

 

『改善が見受けられなかったら有り得る』

 

『そ、そんなの嫌だ!!

 お願い、フィアレス。俺にかっこいい話し方教えて!!』

 

 体感、六ヶ月以上は継続したフィアレス主導の自主練や勉学を続けていく内に、いつの間にか気に食わない軍人から酷く怒られる事は減っていった。

 更に飼い犬時代を超越した身体能力を手にして、体内に埋め込まれた俺の風の機巧は、最新鋭の軍事兵器のセンサーにも察知出来ない速さを宿し、敵対する命を刈り取れる鋭さに研ぎ澄まされた強さが評価され、フィアレスと共に上位の成績を飾っていた。

 能力の成長に伴い、甘ったれた性格を抑制出来るようになると俺の口調や思考も自然と改められたが、それでも俺と同じく無理矢理兵器にさせられたのに出来損ないの烙印を押された同胞が処分の為に連行されていく一幕に心苦しさを押し殺す事は出来なかった。

 

『悲しむなとは言わない。

 けど、あいつらの分までちゃんと自分の命を燃やしてやれ』

 

『・・・・・・分かっている』

 

 俺はフィアレスの耳打ちに低く答えた。

 

 

 三年以上の訓練を終えて、生き残った俺達は遂に実戦に駆り出される事になった。

 襲撃を仕掛ける前夜、軍人共の命令に従い、作戦に参加する全員が規律良く並んで楽な姿勢を取った後、指揮官から威圧的な声が叫ばれる。

 

『これより明日から実行に移すチェタブ領域制圧の作戦概要を説明する!!

 我らが祖国に勝利を捧げる為、心して聞き、完璧に理解するように!!』

 

 年間を通し若干の肌寒さを感じる程の冷気に満ちた北方の大陸。

 所々でうっすらと雪や薄氷が残る広大な陸地は平等に三つに分かたれ、各領主の統治により独自の生活や文化を確立している。

 その中にある俺達がいたアランバラ領域は大陸の中で最も広い領土を獲得しており、各地から一般市民の他、優秀な技術職が押し寄せた事であらゆる分野において群を抜いた大都市に発展した。

 しかしそれだけでは飽き足らない現領主の若い男がチェタブ領域で豊富に採取出来るレアメタルを手に入れようと自ら交渉に赴いたものの ”チェタブの貴重な特産品を貴殿のような強欲な王がいる国には渡せない” と性格の難を指摘されたうえで丁重に断られ、それに憤慨した事が戦争の発端となったと伝えられた。

 今、思えばチェタブの領主はとても聡明な方だったのだろう。

 アランバラの領主の欲の深さは留まるところを知らぬうえ、深く自分の思い通りに事が運ばなければ子供の様に癇癪や八つ当たりを起こす短慮な人間だったと伝えられている。

 実際、レアメタルの売買を願い出る交渉の場においても、奴はチェタブの領主を見下し、命令口調で強要したそうだ。そんな奴と取引するなど国の発展を抜きにしてでもやりたくはなかろう。

 提示された作戦についてだが、目的は戦力補強の兵器の製造阻止、そして経済力を弱体化させる為、チェタブが商業利用する巨大な鉱山の占拠。

 起用された作戦は必要に応じて欲しい鉱石が取れるよう種類ごとに管理された三層構造になっている鉱山の地形を利用し、銅や鉄がある幅広い洞窟型の低層から俺のような大型の動物、水晶やダイアモンドが純白に輝く手狭で複雑な高層からフィアレスのような小柄な動物が追い立て、金やルビーなど色鮮やかな鉱石が眠る中層で挟み撃ちするというものだ。

 山を丁寧にくり抜き、安全に働けるよう整備された施設には従事する鉱夫や管理する領主直属の兵士などの関係者が千人以上いると判明。アランバラ領主の怒りを体現させる為にも遭遇次第、如何なる者であろうと殺せと命令された。

 

『出発は明日の早朝五時。

 そして領主様より言伝も預かっている。

 "偉大なる俺様を侮辱し刃向かった業の深さを思い知らせてやれ" との事だ。分かったな!?』

 

 返事代わりの多種多様な動物達の短い鳴き声が響くと解散となった。

 

『いよいよこの時が来たね。覚悟は固めたかい?』

 

 フィアレスの窺いに、俺は弱気に答えた。

 

『俺に、人を殺す事など出来るのか?』

 

 逆らえない命令が下り、何も知らない他人が相手とはいえ数年前までは当たり前に人と接してきたのだ。

 いざ、目の前にすれば俺が竦んで兵器を出せないかもしれない。

 そんな心配にフィアレスは理解出来ないと言った具合でそっぽを向いてしまう。

 

『あたいは寧ろスカッとするねぇ。

 救いを差し伸べるどころか見向きもしなかった人間共に下克上出来るみたいでワクワクするのに』

 

 アランバラで野生の動物や放棄された動物に構う優しい人間はそう多くいない。

 大半は店の商品を盗んだり、騒音の原因に扱われ、厄を齎す不吉な存在として見られている事が多いからだ。

 きっとフィアレスも選ばれた動物だけが集うペットショップから引き取られた俺なんかでは想像も出来ない苦労や鬱憤を重ねてきたのだろう。

 だからこそ彼女は人を殺める事に抵抗が無い、というより自己暗示をかけやすいのだろう。

 

『そこまで気負うな、レギン。

 アンタはあたいの厳しい特訓を乗り越えたんだ。もっと堂々としてろ。

 躊躇いを捨てれば、誰もが目を見張る戦果を得られる』

 

 激励と少し力強い肉球を俺の身体に残した後、フィアレスは去っていった。

 翌日の十二時頃。俺達は呆気なく奇襲に成功していた。

 フィアレスの言う通り、躊躇いを捨てれば人を殺すなど鍛錬の成果と兵器を搭載された俺達にとっては、息をするように簡単だった。

 俺達は動物の皮を被った兵器だから警戒心を抱かせずに接近でき、相手の恐怖を煽る瞬足で走れば思いのままに行動を操れる。

 大型の軍勢の先頭を切っていた俺が捨て犬を装って接近した後は、刃の形に凝縮した風の塊で直接、相手の好きな部分を両断する事も天井に生えている岩石を切り落としてぶつける事も思いのまま。

 慌てた人間達はトロッコに乗り、備えていた銃で応戦するも俺達には通用しなかった。

 改造されたせいで適当に撃たれた銃弾がスローモーションに映る為、避けるのは簡単だし、それぞれが搭載された炎やミサイルなどを指示通り鉱山を傷付けないように連発すれば、先程まで生きていたはずの人間を物言わぬ屍に変えてしまう地獄絵図となっていた。

 俺は大柄な身体を運んだり敵を攻撃する手段にしたりと肺に埋め込まれた巨大なファンから吹き出る風を望んだ形で再現出来る機巧と後ろを着いてくる同胞達を利用して生き残った人間達を中層に誘導する。

 色とりどりの宝石が揃う眩い空間に誘いこめば、作戦通りに上層からやって来たフィアレス達と残りを挟み撃ち。

 

『さぁ、仕上げといこうか!!』

 

 フィアレスは左右の足に埋め込まれた異なる機巧を起動させる。

 左側の足には黄色く透き通る氷、右側の足には迸る水色の雷。

 本来とは真逆の色を交換させられた二つの自然現象を纏った足は、フィアレスの音速の動きによって人間達の周りを駆け回り、刀の真髄に辿り着いた侍の見えない太刀筋を再現したような攻撃を描き終えると同時に人間達の身体はあっという間に凍り付き、間髪入れずに流れた雷で砕氷されると見るも無惨な姿で人間達を倒してしまう。

 

『ご苦労だ、貴様ら。

 目的は完遂された。帰還を許可する』

 

 作戦終了の合図である忌々しい軍人の声が流れるまでにかかった時間は、およそ十三分。

 後はアランバラの関係者が処理する為、御役御免となった俺達が手っ取り早く鉱山から抜け出す途中で、フィアレスが話しかけてくる。

 

『やったじゃないか。これでまた一日長く生き延びられたね』

 

『・・・・・・これで俺も外道の仲間入りか』

 

 正直、達成感も高揚も感じられない。

 残るは罪悪感と鼻につく血の鉄臭さだけである。


『ふん、恨むなら研究機関に目を付けられた己の不幸だよ。

 それよりここまで育ててやった恩師に感謝の一言すら無いのかい?』

 

『・・・・・・そうだな。

 俺が今、幸運にも生きているのはお前の親身な指導のお陰だ。

 ありがとう。そしてこれからも頼む』

 

『な、なんだい。その照れ臭い感謝は。

 あたいら、いつ死ぬかも分かんない身なのに "これから" を使うのはどうかと思うよ?』

 

『暗い未来ばかりに囚われるな。

 この戦争も永遠に続く訳ではあるまい。

 俺達は必ず生き延び、殺戮が不要となる世を見届けるぞ』

 

 こうして最初のチェタブ領域侵攻の第一歩である鉱山の占拠は好調の一歩を踏み、身勝手な男によって引き起こされた戦争は更に苛烈になっていくのである。

 しかし、俺はフィアレスと共に歩む事が出来るならば、この醜い惨状を乗り越えられると本気で信じていた。

 

 銀雪を彩る友の朱色(1) (終)

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