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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter4 破壊司る牛魔人
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告げられる開戦(2)

 俺達が全力で保護しなくてはならない漂流者の一部を掻っ攫ったアンブルート・タウラスが解放の条件として突き出した目的。

 それは久々に巡り会えた強者のキタザトと二週間前に打ち切られた戦いを最後まで実現させるというあまりにも自分本位な欲望であった。

 当然、キタザトは熾烈な怒りを示す。

 

「ふざけんな!!

 周囲を巻き込むような自分勝手な奴の指図なんて受ける訳が」

 

 真っ当な怒りを浴びるタウラスは溜め息を排出した後、口を開く。

 

『断って良いのか?

 てめぇが俺との勝負を放棄するって事は俺が攫った奴らを見捨てると同時にてめぇが無価値(・・・)だって証明する事になるぞ?

 ま、共感は出来るぜ。今この状況に身を置かれても尚、反撃を試みず助けられる事しか能の無い奴を助けたいとは思えねぇよな?』

 

 こいつ、キタザトの高潔を試すような問い掛けをしやがって・・・・・・

 口々にぶつける点在する社員達のタウラスに対する不満は霊獣である奴の耳にも届いているだろうが足下のアリが喚いているくらいにしか気にしてないのだろう。

 それくらいタウラスはキタザトに執着しているのだ。

 

『無垢な奴らがこんな目に遭ってるのはてめぇのせいなんだぜ? キタザト。

 ようやく骨のある相手と巡り会えて楽しい命のやり取りが出来ると思ったのにてめぇは尻尾を巻いて逃げやがった。

 夢中になってたご馳走が目の前で没収されたような気分。俺の内心がもやもやするには充分な要因だ』

 

 中途半端に強引に巻き込んでおいて自分は悪く無い言い分が成立すると思っているのか。

 そんな言葉を投げても聞く耳を持たぬであろうタウラスは得々と己の倫理を説き始めた。

 

『この世に生きる価値を創造出来るのは自分の足で立ち上がり自分の意志で前方を見据えられる勇敢な戦士だ。

 どんな理不尽や試練にも屈さず拳を突き立ててぶち壊し、最後まで自我を貫いた奴こそが称えられるべき存在なんだ。

 なのに最近の生者と来れば真っ向から立ち向かおうともせず怯え出した途端、すぐに逃げ出しやがる。

 実に弱くて無価値(・・・)な存在ばかり。

 キタザト、残念だが途中で俺との戦いを放棄したてめぇは戦士として相応しくない。

 悔しいか? 理不尽に感じるか? だったらよぉ』

 

『貴様如きが、他人の価値を決めつけるな!!』

 

 俺は衝動的に吠えていた。

 焚き付ける為とはいえ相棒を貶されたからでは無い。愛する人間も全ての存在も否定に近い形で定義したのが許せなかったからだ。

 

『はァ? いきなり何しゃしゃり出てんだてめぇ?』

 

『戦えないのは恥か!? 艱難辛苦に直面し立ち止まるのがそれ程おかしいか!?

 それでも必死に "生きている" 者は多くいるのだ!!

 "生きている" 以上に比肩する誇るべき事が他にあるか!?』

 

 生物兵器として拉致に近い形で戦争に強制的に参加させられた経験のある俺だからこそ断言出来る。

 この世で最も尊く強い行為は怪我を刻まれ血を流してまで前線に立つ事では無い。

 必死に心臓を脈打ち、息が詰まりそうな現実に耐え忍ぶごく自然な行為であると。

 戦争の渦中で逞しく生き抜く人間を見てから俺は懸命に生きる彼らに精悍な軍人よりも強さを見出していた。

 そんな彼らを侮辱すると言うなら俺は理性を投げ捨ててまで怒りを爆発させよう。

 

『 "生きている" かぁ・・・・・

 けどよぉ、目的も作らずに生きているんじゃ死んでるのと変わらねぇんじゃねぇか?』

 

『だからこそ繋がりを作るのだ。

 難局に共に立ち向かう為に過ちを盲目し過ぎて道を踏み外さぬように。

 孤独に慣れ過ぎた貴様には理解出来ぬ感覚かもしれんがな』

 

 タウラスは数秒の沈黙を貫く。

 恐らく弱者の詭弁とみなした俺の話にこれ以上の興味を示さなくなったのだろう。

 しばらくして口を開いたのは桐葉殿だった。

 どうやらタウラスからの挑戦状に対する回答をUNdeadを代表して突き付けるようだ。

 

「アンブルート・タウラス。

 お見受けしたところ貴方には躊躇も温情も不要なようだ。

 望み通りそちらの用意した舞台に足を運び、漂流者を奪還する為の勝負に応じよう」

 

 待ちかねた返事にタウラスが呆れながらも歓喜を示す。

 

『へっ、やっと了承したか。

 だったら』

 

「相手は僕達UNdead全員(・・・・・・・・)でだ」

 

『あぁ? 全員だァ?』

 

「勝負に応じさせる為とはいえ既に貴方がルールを破っているんだ。

 こちらにも多少のハンデを与えられて当然だと思うが?」

 

 キタザトと俺が報告した貨物車の顛末も織り交ぜて考慮された合理的な判断だ。

 霊獣である時点で有力な戦士が束になって拮抗の勝負になるかどうかの戦力を持っているが、アンブルート・タウラスの場合は好戦的な性格や異次元の肉体、それに見合った運動能力も相まって真正面からぶつかろうともいかなる策を駆使しても擦り傷すら与える事は叶わん。

 それが前回の戦いでキタザトと俺が体感した埋め難い実力差だ。

 だが俺達を凌ぐ強さを持つUNdeadの先輩達も加われば僅かな希望は見い出せる。

 キタザトと戦いたいが為に人質を利用したタウラスの不正を利用して集団戦に持ち込む。

 桐葉殿はそう考えているようだ。

 しかしタウラスは横暴にもその条件を良しとしなかった。

 

『ふざけてんのか、優男?』

 

 短い苛立ちの後、放送機器の向こう側から建物の一部が崩れる音と捕らわれた漂流者の悲鳴が聞こえて来る。

 いとも容易く行われた卑劣な行為にクレイストン殿が激しく指摘する。

 

「ちょ、約束と違うじゃん!!」

 

『少し驚かせただけでピーピー騒いでんじゃねぇよ。先に破ったのはてめぇらだろ? 話聞いてたのか疑うぜ。

 俺が指名してるのはキタザトだけだ、余計な添加物が引っ付いてくんじゃねぇよ』

 

 そこまで言い切った後、タウラスは少し考えを改め、言葉の矛先を俺に向けた。

 

『そこの唸ってる犬っころだけでも良いぜ。

 そいつもある意味、キタザトみてぇなもんだしな。

 とにかく俺が求めるのは最高の相手と果たせなかった戦いを最後までやり遂げ、どちらの命と矜持が上なのかはっきりさせる事だ。

 本能が沸き立つ崇高なこの行為を端役が邪魔すんじゃねェヨ、クソが』

 

『貴様、いい加減に』

 

「もう良いよ。ウィンドノート」

 

 何故だ、キタザト。

 何故、そんな諦めのついた悲痛な声で俺を止めるんだ。

 

「ねぇ、タウラス。

 私があんたとの勝負に応じたらちゃんと漂流者の人達を返してくれるんだよね」

 

『あぁ、てめぇが勝とうが俺に負けて今の記憶が剥がれ落ちようがちゃんと返してやるよ』

 

「早く場所を共有して」

 

『決まりだな』

 

 タウラスの腹立つにやけが想像出来そうな喜悦が響いた後、キタザトのスマートフォンとやらに一瞬の振動が走る。

 どうやら現在地の共有を思念波で電子の地図に記し人間でも目に見える形で表現したようだ。

 同じグループのフジナミ殿が画面を覗き込んでいるが目を凝らしているところを見るに特定の人間にしか映らないよう施しているな。

 

『なるべく早めに来いよ。でなきゃ大事な人間達が泣き叫んで煩くて仕方ねぇからな。

 釘を刺しとくが余計な奴は連れて来ねぇで必ず一人で来いよ』

 

 歪な切断音が流れた後、放送機器の電源が切られた。

 こうして独裁政治の大統領によるスピーチにも似た恐怖のタウラスとの遠隔通話が終わると桐葉殿の指示の下、各グループで残りの漂流者の避難を急がせる。

 だが俺にはその行く末を最後まで見届ける事は出来ない。

 あいつが馬鹿な真似をする前に急いで止めに行かねばならないからだ。

 

「あ、ウ、ウィンドノート・・・・・・」

 

 公園エリアに辿り着いた俺は息を整えずにキタザトを叱責する。

 

『お前、自分がどれだけ無謀な決断をしたのか自覚しているのか!?

 あの霊獣に戦いを挑むのは命を投げ打つのと同じなんだぞ!!

 タウラスに単身で挑めばどうなるか、貨物車の件で身をもって知っただろう!!

 今すぐ改めろ。奴の要求を呑んでお前自身を犠牲にせずとも他の方法があるはずだ!!』

 

「でも私があいつと戦わないと漂流者の人達は解放されないんだよ?

 タウラスに捕まってる彼らは今でも恐怖に怯えてるかもしれないのにこんな所で手をこまねいてるなんて嫌だ。

 大丈夫だよ。今度は負けないから」

 

 俺だってこいつの奉仕の精神は充分知っているし誇らしいと思っている。

 危機に陥り困った人間を決して見捨てず、粉骨砕身の勢いで自分よりも強大な敵に立ち向かう。

 生まれつき付き纏う不運に抗う内に身に付けた不屈の精神は一種の美徳でもある。

 かつて戦場で隣に並び戦い散っていった昔の勇士達を想起させるのだ。

 だからこそキタザトを送り出す訳には行かない。

 俺よりも強力な霊獣でしかも死闘を望む凶暴な奴。戦いに応じればキタザトは必ず死ぬ。現実で味わった喪失の悲しみをこの少女でも味わうのは嫌だ。

 

『駄目だ、行くな、考え直せ・・・・・・

 俺が言った事を、覚えているか?

 戦える者が強いのでは無く、生き抜く者こそが強いのだと。

 憂う必要は無い、逃げても誰も責めはしない・・・・・・』

 

「ねぇ、ウィンドノート。今日は変だよ?

 相棒として私の行動に付き添ってくれるんじゃないの?

 なんで一緒に立ち向かおうとしてくれないの?」

 

『お前を喪いたくないからだ!!』

 

 キタザトの何も知らない疑問の投げ方に寂しさと苛立ちを刺激された俺は普段の振る舞いでは有り得ない声で荒らげてしまった。

 

『大事な人々が、目の前で突然、生の幕を閉じる・・・・・・

 そんな経験は、光景は、もう御免だ・・・・・・

 お前まで俺の傍から離れるな・・・・・・』

 

「な、泣いてるの? ウィンドノート・・・・・?

 まずは一旦落ち着こう?」

 

 キタザトの滑らかな手が俺の毛並みに触れる。

 暫くして感情が安定した俺は落ち着いて思考する。

 

「そっか。色んな人との別れを経験してきたんだね、君は。

 ごめんね。私はそういうのに疎いから傷付いた心の底まで理解出来ないけど胸を貸すくらいなら出来るから気が済むまで泣いちゃってよ」

 

 頭部しか無い俺の全身がキタザトの体温に包まれる。

 思い出した心の傷がじんわりと和らいでいく内に俺は一つの考えを浮かばせた。

 タウラスは戦闘の相手は俺でも良いと言っていた。

 キタザトを喪うのが嫌なのなら俺があいつの闘争心を満たしてやれば良い。

 場所を探ればタウラスは存在感を隠さずに堂々と待ち構えている。これなら俺でも直接向かえる。

 

『アンブルート・タウラス。

 俺の相棒を奪わせはしない』

 

 キタザトの制止を振り切り、俺は一陣の風となって奴の居城へ向かって行った。

 

 告げられる開戦(2) (終)

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