告げられる開戦(1)
両腕に装着したガントレットと一体化した巨大な刃を振り回し、一騎当千の力で数多の敵を薙ぎ倒しながら笑うヘル殿に戦闘を経験していない漂流者は勿論、社員達も軽くドン引きしていた。
タレンザ石塔街唯一の観光地、神殿密集地にて漂流者の救助に努めるキリノハ殿のグループは別の意味で戦慄が起こっていたが敵を寄せ付けないヘル殿の活躍とキリノハ殿の冷静な判断力によって漂流者達は特段危うげな事態に直面する事無く、社用車が待つ僅かばかりの位置まで順調に避難が進んでいた。
「ヘル、少しは凶暴性を自制しろ。
君が漂流者の人達を怯えさせてどうする?」
「楽しい時に楽しいって感じるのの何が悪いの?
それにちゃんと倒してるんだから問題ないでしょ〜?」
「やれやれ、UNdeadの一員としてどう振る舞うべきかは常に教えているはずなんだが・・・・・・
不安を与えてしまい申し訳ありません、皆様。
これでも我が社の中では一番の戦力ですので、どうか身を委ねて戴けると」
「お、お気遣いはいりませんよ。
逞しい女の子だなぁと思ってただけで」
漂流者が気を遣い始めてしまった。
これでは納得を無理強いさせているようではないか。
ヘル殿の奔放は相変わらずだ。
倒すべき敵を目の前に捕捉すれば嬉々として突撃し積極的に血の華を咲かせるが、戦闘が関わらなければ誰か(主にキリノハ殿)が引きずってでも連れていかなければ他の業務に参加しない。
戦闘だけに限って言及するならUNdeadの中でも無類の強さを秘めているのは確かだが前々から俺は思っていたのだ。
何故、キリノハ殿はこれ程まで協調性の薄い者を社員として雇っているのだろうか。
それとなく探ってみた事はあるが彼は申し訳なさそうな困り眉を残しながら適当にはぐらかしていた。
反応を見るにヘル殿には深い事情があると思うのだが選考基準に関して違和感を感じていたのは俺が入社する時もだ。
キタザトと契りを交わした状態で仕方無いとはいえ世の事象を震撼させる畏怖すべき力を持つ未知数の霊獣を躊躇いなく受け入れていたのは何故だろう。
勿論、コントロールは習熟しているが下手すれば仲間を巻き込みかねない爆弾の様な存在である俺を手元に置くなら慎重に考慮を重ねるべきなのに会って数時間で生活環境まで用意してくれるなど大胆過ぎる。
彼の中の先見の明が発揮したという説明だけでは足りない。寧ろ憐れみでも向けられたのでは無いかと疑う程だ。
恩義を戴いたとはいえこの疑惑が晴れない限り、俺はキタザトにもUNdeadを心から信用するなと忠告せねばならない。
『・・・・・・っくっ!!』
俺の中に鋭く突き刺す強大な察知が走った。
市街地エリアと同じ隠す気の無い気配が神殿密集地にも現れたのだ。
漂流者の周囲を不可解に動くそいつの存在は意図せずとも信号機の明滅の様に姿を表したり消したりしており俺でも補足し続けるのが難しいが、戦い終えたヘル殿も僅かに感じ取れたのか奴がいた場所を振り返って指差す。
「ねー、シューイチ〜。あそこら辺になんか通らなかった〜?」
「・・・・・・? 誰もいないぞ。見間違いじゃないか?」
「そんな事無いもーん!! シューイチのバカー!!」
駄々っ子の様な怒りを解放しながら別の存在を訴えるヘル殿をキリノハ殿は呆れながら無視してしまった。
流石の強者のキリノハ殿でも霊獣と思しき存在を気付けないか。
このまま流されてはキリノハ殿も漂流者も危機に陥るかもしれない、俺も助言するとしよう。
『ヘル殿の証言は妄言では無い。
彼女が察知した敵対存在は俺も感知している。
奴が何を仕掛けてくるか不明な以上、より一層、警戒を強めて欲しい』
「そ、そうか。
ウィンドノートさんもおっしゃるなら気に留めるよ」
「なんでアタシの言う事は信じないでウィンドノートの言う事は信じるの~!?」
恐らく日頃の行いが与えた印象の差だろう。
しかし俺ですら数秒毎に見えるかどうかの超常の気配を僅かでも察知出来るとは彼女は本当に純粋な人間なのか?
エッセンゼーレを排除し社用車が待つ地点に到着した一行。
残る作業は助けた漂流者達を点呼し全員の所在を確認した後に社用車の乗車を手助けするだけだが、人数を確認する手順でキリノハ殿は異変を感じ、ヘル殿の言葉が噓では無いと思い知った。
「ひ、ふぅ、みぃ・・・・・・
おかしい、漂流者の人数が合わない。
どなたか集団から外れた行動を取った方とか目撃して、ませんか。どういうことだ?」
「ほらー!! アタシの忠告を真摯に受け止めないからー!!」
「とりあえず僕がするべき最優先の行動は戦闘を請け負う主要社員への共有だな。
ウィンドノートさん、現地の様子見を頼めるかい」
『あ、あぁ・・・・・・ 承知した』
漂流者が忽然と消えた原因は間違い無く霊獣らしき奴が近くを通った時だ。
つまり奴が出没した市街地エリアでも同じ現象が起きている可能性が高い。
嫌な予感がした俺は迅速に視界を市街地エリアに移す。
そこでは有料パーキングエリアとして使われたであろう古びた中規模の敷地に停まる社用車の付近で行軍を終えた漂流者がフェリティア殿の監視下に包まれ待機している。
タイミングが良かったのか見始めてから数秒後、トラベリング・レイで戻って来たウィリアム殿が合流を果たしていた。
珍しく気が逸る二人がその直後に始めた会話はこんな内容だった。
「駄目です。市街地エリアを隈無く一周しましたが気配すらも感じ取れません」
ウィリアム殿の報告を受け、フェリティア殿もいつも通りの態度を崩している。
「他の漂流者からの証言から考えるにいなくなったのは推定数分前のはず。
歩いて行ける範囲で見つからないなら誰かに遠くに連れ去られたとしか。
でもUNdeadの社員達の警備をどうやって掻い潜って」
やはりこのグループでも一部の漂流者がいなくなってしまっているのか。
続いてクレイストン殿とアレイフ殿が戦う大橋エリアへ。
こちらも件の事態に見舞われ、自分の足だけで泥臭く走り回って来たアレイフ殿が息を切らしてクレイストン殿に駆け寄る。
「くそっ、こっちにもいねぇ・・・・・・」
「さっき聞いたんだけど漁港エリアにいる碧櫓達のグループも漂流者の何人かがいなくなってるって」
クレイストン殿の発言から聞き取れた漁港エリアを見れば僅かなエッセンゼーレを始末する碧櫓殿とドローンを用いて懸命な捜索をする白波殿がいる。
残念ながら状況は芳しく無いようだが。
「私達のグループに属する方だけでなく他のグループの方の反応もありませんね」
「そうか。一体どこのどいつがこんな不可解な悪戯を」
碧櫓殿の心底気味悪がる顔を見た後、キタザトが担当する公園エリアも様子を窺ったがこちらもフジナミという女性が連絡を受けて消えた漂流者の異変を感じ取り、現地の仲間と共有しようとしていたところだった。
俺もタレンザ石塔街全域にサーチをかけてみるがはぐれた漂流者はどこにもいない。
焦る俺に霊獣にしか通用しない思念波がかかってくる。
『そんな必死こいて探したって探し人は見つかんねぇぞ』
嘲笑を全面的に押し出した野性的な男の声。
魂魄行軍が始まる二週間前、食料を運ぶ貨物車を護衛する最中に己の闘争を求める情熱だけで妨害を施したこいつの声を俺は嫌でも記憶している。
『ア、アンブルート・タウラス・・・・・・!!』
『ご挨拶だな。出会って早々そこまで牙剥くか普通?
そんだけ殺意に溢れてるなら無理に焚き付けずとも本気で戦ってくれそうだから手間が省けっけどよ』
多くの物が失われる闘争を好む危険思想の持ち主に好意的な態度を向けるお人好しがどこにいる。
俺はUNdeadの皆、四臣の二人や清廉潔白な漂流者に向けてすぐさま警鐘を鳴らす。
『全員、今すぐこの場から離れろ!!
このままでは皆、死ぬぞ!!』
『おいおい、冷める事言ってんじゃねぇよ。臆病な犬がよぉ』
霊獣同士の会話が破られた。
タウラスはどうやらメガホン等の放送機器を通じてタレンザ石塔街に自身の内心を拡声しているようだ。
だが高性能の代物を使っていても奴が話しかける相手などただ一人しかいない。
『よォ、キタザト。
せっかく熱を帯びた接戦の途中でよくも姑息な手段を使って逃走しやがったなァ?
決着をつけてねぇのに俺から逃げられると思ってんじゃねぇぞ』
「な、なんで私の名前を? あんたに名乗った覚えは無いはずなのに。
てかどうしてここにいる事が分かって」
キタザトの疑問にタウラスが淡々と答える。
『ンなもんシンプルな方法だ。
てめぇが逃走の為に使った動く鉄の箱から会話を盗み聞きした。
防音加工を施した部屋の音すらも筒抜けに聞こえる霊獣の聴力なら赤子の手をひねるくらい簡単な事だ。
ま、俺は魂魄行軍なんてイベントは知らねぇからUNdeadの活動を各地で聞いて事業内容を大まかに予想した後、魂の濃い匂いを探っただけだが的中出来て良かったぜ』
「一つ質問の許可を戴けないだろうか」
キリノハ殿が慎重に礼儀良く尋ねると "気になる事があるなら何個でも聞いていい" と謎の懐の深さを見せながらタウラスは発言を促す。
「それぞれのグループで忽然と消えた僕達の大事な少数の漂流者。
この重大な事態は貴方が関係しているのだろうか?」
『あぁ、悪ぃが攫わせて貰った』
「悪びれずに自白するんだね。
この時点で君を看過する事は出来なくなったのだけど」
『てめぇが許そうが許さまいが俺には関係ねぇ。
安心しろ。暇潰しにも事足りねぇ貧弱な奴らと戦う趣味はねぇ。
目的が遂行されれば怪我も血の一滴も出さずに送り返すと約束してやる』
「目的? なんだよそれ?」
アレイフ殿の遠巻きの呟きの後、タウラスは元闘牛らしく若干、鼻息を荒くしながらこう言い放った。
『キタザト、俺と戦え。
最も相応しい舞台で命と矜恃を賭けた最高の命をやり取りを今度こそ、最後まで、やり遂げんだよォォ!!』
告げられる開戦(1) (終)