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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter4 破壊司る牛魔人
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魂魄行軍(4)

 私達、公園エリアはグレールエッジや万度祓日輪などの遠距離攻撃をメインに人喰い魚共を追い払い、睡蓮が咲き誇る湖上を乗り越えて遂に社用車が止まっている駐車場まで後一歩の所まで迫った。

 少しばかり長かった道中だけど進む度にエッセンゼーレの出没頻度も減ったお陰で少し楽出来たし、ここが最後の踏ん張りどころだ。

 

「皆さーん、見えてきましたよ!!

 この坂を下りればまもなく目的地の駐車場でーす!!」

 

 双剣携えしスカルウォリアーの精密な攻撃を押し止め、生じた隙に反撃を叩き込む最中、社員さんが示した方向を横目でちらりと見ると植木に囲まれた坂から伸びる数メートル、まさに目と鼻の先にある丘陵の麓。

 石畳が広がる床の上に多くの車を収容するだけでなくバスでの送迎も可能にしたターミナルまで設置されている広めの駐車場が確認出来た。

 差し込まれた光明に安堵したのは私達、UNdeadだけでは無い。

 生前にいた現実世界では有り得ない姿形や能力を持つエッセンゼーレの脅威に怯えながらずっと窮屈に護られていた漂流者の人達もようやく解放されるのだ。

 

「やっと化け物がいない場所に行けるのか!?」

 

「も、もう足も心も、限界・・・・・・」

 

「お家に帰りたー、っへ?」

 

「あ、あれ? ぼ、坊や、どこ行ったの?」

 

 全方向から襲いかかって来る化け物共を安全に刺激だけを味わえるライド型アトラクションの様に見ながら移動する漂流者達の心労は痛い程、理解出来る。

 私もエクソスバレーに来た当初は驚愕と不安で満ちていて大変だった事を昨日の事みたいに思い出せるから。

 途中で慌てる声が聞こえたから念の為、漂流者の方を振り返ってみるけど問題は無さそうだ。

 

「翠ちゃん。こっちは大丈夫だよ」

 

 前線を受け持っていた藤波さんが華麗な一閃を披露しながら報告してくれる。

 フィギュアをやってた頃と変わらない振り向きざまの煌めく笑顔を眺めていると休憩中に交わした彼女との会話を思い出す。

 

『もしかして自分には不釣り合いだと思ってる?』

 

『だ、だって突拍子も無く授かった力ですし。

 それに常識じゃ測れない力を秘めてるなんて言われたらますます不安になっちゃいますよ・・・・・・』

 

 私が心の奥深くに隠していた悩み。

 私はウィンドノートの相棒として本当に相応しいのか。

 神にも匹敵する力を持つが故、人の目に触れない場所でひっそりと暮らし、空想上の存在とまで疑われた強力な種族に選ばれた以上、周囲からも自分にも納得出来る資格と責任を手に入れる為、いつだって鍛錬も勉強も重ねてきた。

 互いに認め合ったのだからどれだけの力量があっても対等な立場で接しようと表面上で約束しても、仕事が終わる度にいつも考えてしまう。

 今日の剣は私一人でも届いたのか、今日の冷気は鋭く澄まされていたか、今日の姿はあの子(ウィンドノート)の隣に立っていても遜色ないか。

 またあの子に助けられただけじゃないのかとか。

 それを最初に痛感したのはサリッサと戦った時だった。

 あの時は正社員になったばかりで未熟だったってのもあるけど、研修期間を伸ばして貰った癖に一人で戦える力を持っていなかったから結局、相棒に助けられた。

 いくら空虚な身体を鍛え剣を振り動きを洗練させて、その後の戦いで少しはマシな戦績を挙げても私はウィンドノートのオマケ感って自虐を拭えずにいる。

 そんな気持ちを吐露した時、藤波さんが優しい声色でこう答えた。

 

『私ね、力は頑張った人に与えられるご褒美だと思っているんだよね。

 ほら、勉強やスポーツだって必死に努力を積み上げれば大概は良い成績となって返ってくるでしょ?

 勿論、全部が結果となって実るなんて言い切れ無いけどその為に費やした時間や工夫は反省点として糧になるんだから決して無駄にはならないって保証する事は出来る。

 翠ちゃんも生前はいっぱい不幸な事に巻き込まれちゃったけど一度も下を向かずに頑張ったんでしょ?

 だったら霊獣に見初められるくらいの幸運はあってもおかしくないと思う』

 

 だから自分なんかになんて思わないで。あなたには充分、霊獣と並んで戦う資格があるんだよ。

 藤波さんは私の背中にそっと手を置きながらそう締め括った。

 その時、私は思い出した。

 不運が降り掛かった度、わんわん泣いていた弱気な自分を変えてくれたのは藤波さんの不屈の上で成り立ったオリンピックの銀メダル。

 実はオリンピックに出場する前に大怪我を負ってしまった藤波さんだったが、それを乗り越えて名誉を手に入れた旨のインタビューを聞いて期待が生まれたのだ。

 私もあの人みたいに頑張ればあんな事が出来るのかもと。

 そうして()を向く力を身に付けた。

 そんな過去を思い出した休憩時間を経て任務を全うしていると前方に巨大な存在を感知する。

 地中を揺るがせながら急速に飛び出たエッセンゼーレは一見、複数本の巨大な蔦が結集された姿を模っているが義体の中心である太い部分の中央には目を閉じ、胸の前で手を組んで祈りを捧げる童話の姫君が彫られている。

 恐らく行軍の足音を地中から辿り、次に向かうであろう目的地を割り出した事で待ち伏せ出来たのだろう。

 種類、特性に関する知恵を持ち合わせていない新参者の漂流者は初めて人型の部位を持つエッセンゼーレを見て、社員さんに慌てて聞く。

 

「なぁ、あの蔦の中に女の人捕まって無いか? 助けなくて良いのかよ?」

 

「落ち着いてください。

 あれは ”安眠の揺り篭” と名義されたエッセンゼーレで人の部分は云わばタトゥーの様な物。実際に霊体は入っていません」

 

 質問した男性は軽く引いていた。

 まぁ、予習していなければ普通の人は騙されるくらい精巧に再現されてるから無理もない。

 エッセンゼーレ達はそういう人の善意を利用した狡猾な特性で人の生気を奪う奴もいるんだから質が悪い。

 安眠の揺り篭は戦闘非推奨って程ではないけど気を引き締めなければすぐに養分にされてしまう。

 触手代わりの蔦を張り巡らせ、漂流者に牙を剥いてきたので私の氷剣から冷気を生み出し動きを停止させた後、藤波さんと一緒に斬る。

 こいつの蔦は半端に傷を付けてしまうと本体の怒りに触れてしまって適当な悪影響が出てしまうからある程度無力化しながら処理出来てるのは良い傾向だ。

 漂流者を狙った奇襲から守る為に一本だけ半端に斬ってしまうと姫君が赤く開眼しルーレットが回る様にどんな報復を齎すか吟味する。

 選んだのはそこら一帯を焼け野原にする炎熱地獄。

 私の冷気で遮断したり社員さんが手に持つ銃から出る特殊な消火液により火の手がこちら側に及ぶ事は無かったが、劣化に負けず存続していた周囲の環境は表面を焼かれた事で根こそぎ奪われてしまった。

 植物の義体を持つ安眠の揺り篭も火は苦手であるが焦げた部分だけを代謝で削ぎ落とせば無傷に早変わり。

 蔦に刺激が走れば他にも落雷を召喚したり安眠の揺り篭を強化する赤い木の実を自生したりと徒に攻撃すればこっちが不利に追い込まれていく。

 睡眠に使う栄養を奪取する蔦を張り巡らせる監視下を掻い潜る為、藤波さんがまた新たな戦闘スタイルに変える。

 

「暗色の冷夜、忍び寄る波涛」

 

 蔦に当たらないように目にも止まらない速さで鋭い衝撃波が地を走ると剣先に戦闘スタイルが変わった証明である深い紫と青が混ざった暗めの光を宿す。

 隠密性と俊敏性に優れたこの形態は奇襲を中心とする自分の存在を簡単に認知させない撹乱の戦法を多用する。

 実際、安眠の揺り篭は藤波さんを捉える事は出来ず蔦を斬られても誰にやられたのかを理解出来ていないので反撃を発動出来ない。

 影を縫うように誰の目にも映らずに蔦を経由し、遂に中心部まで辿り着き姫君の眼前に剣を突き立てようとする藤波さんをサポートしようと貫通を遮る蔦にバームネージュを生やし拘束する。

 傍から見れば祖国の平和の為に荒ぶる竜の生き餌になろうと身を捧げる聖女のような構図で本体部分に剣を深々と刺された安眠の揺り篭は生命活動を停止し物語の淡い退場を気取った義体の崩れ方で影に還っていく。

 これで最後の障害は取り除かれた。

 私達は誰一人欠ける事無く魂魄行軍を乗り越えたのだ。

 

 

 真っ直ぐ坂を下りて駐車場に辿り着いた私達はこれまでの非現実な冒険や無事に生き延びられた事について談話したり社用車に乗り込んだりして、みんな安堵した表情を浮かべている。

 

「ふぅ、なんとか乗り越えられた。

 後は助けた人達と一緒に帰るだけだよね」

 

 バスターミナルのベンチに座ってようやく一息つきながらこの後の予定を思い返す私に漂流者の女性を引き連れた社員さんが深刻そうな顔をしながら声をかけて来た。

 

「あの、キタザトさん。

 こちらの女性が困り事を抱えていて、その内容がこの現場の責任者であるあなたにも共有したくて」

 

「ど、どうされましたか?」

 

 女性は命を賭して働く私達の迷惑にならないよう普通を取り繕うとしていたけど言動から不安は隠し切れずにいた。

 

「実はお姫様みたいな女の模様があった蔦の魔物と戦ってる時から、一緒にいた私の息子がどこにもいないんです。

 他の漂流者の人達も社員の人達も見てないって言われて私、心配で・・・・・・」

 

「その方の息子さんだけじゃないよ」

 

 乗車の案内の補助を終えた藤波さんもやって来てそう告げる。

 

「公園エリアも含む全ての担当場所で子供だけじゃなく成人済みの男も女も無差別にいなくなってる。

 しかも誰もがどこかに行く瞬間を目撃してないって口を揃えて証言してる。

 ただの迷子で片付けられる単純な問題じゃないよ」

 

 藤波さんの言う通りだ。

 行軍の最中、漂流者達は常にお互いの位置を確認出来る陣形で固まっていたから誰かいなくなったらすぐに気付けるはずだしずっと社員さん達に護られていたから連れ出す隙も無かった。

 そんな厳重な配置を掻い潜った正体って一体、なんだ?

 だが慎重に考える暇など与えられなかった。

 ウィンドノートが激しい警鐘を鳴らしたからだ。

 

『全員、今すぐこの場から離れろ!!

 このままでは皆、死ぬぞ!!』

 

『おいおい、冷める事言ってんじゃねぇよ。臆病な犬がよぉ』

 

 ウィンドノートの警鐘に続いて響いたこの粗暴な口調は聞き覚えがある。

 間違いなくアンブルート・タウラスだけどなんであいつがタレンザ石塔街に?

 

 魂魄行軍(4) (終)

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