魂魄行軍(3)
打って変わって隅々まで見渡せた広大な大橋から一階建ての家屋や高層の建物が入り組み、人工的な死角が点在する市街地エリアでは狭いフィールドでも動きやすく単体の敵を連続で撃破出来る戦法を得意とするフェリティア殿とウィリアム殿が救護にあたっている。
存在すらも一時的に殺し、標的に理解を与えぬまま沈黙させる一瞬の動きが自慢の両者は目にも止まらぬ速さで敵を翻弄しつつ粛々と個別撃破して行く。
フェリティア殿は刃の色が相反する黒と白の双剣と瞬間移動にも良く似た足運びや柔軟性の高い体術を以ってたった一撃で双剣携えしスカルウォリアーの急所を引き裂いて影に還してゆく。
僅かばかりに戦いの極意を知る俺が例えるならば "暗殺者" といった方がしっくりくるかもしれん。
む、スカルウォリアー共が徒党を組んでフェリティア殿の背後を斬りかかろうとしている。
だが案ずる勿れ。既に察知している彼女は振り返りざまに双剣を真っ直ぐ投げつけ、刃の回転を利用した連続攻撃を与える中距離向けの技、 "ループ・ザ・ジェミニルナ" で一匹残らず骨の上に鎧を被せただけの義体を半分に刎ねた。
意図はしていないだろうが寡黙ながら魅せるフェリティア殿の戦法に避難誘導する社員も観戦していた漂流者も口々に沸き上がり、中にはフェリティア殿の本心には絶対届かぬ感謝や賞賛を直接訴えかける者もいた。
ま、その中には不埒な目的の者も紛れていたが。
「お姉さん、めっちゃカッコいいねぇ〜。
今度一緒にご飯行かない? てか名前教えてよ」
ブーメランの様に戻って来た双剣をキャッチし、柄を回して安定の持ち方に変えるフェリティア殿に馴れ馴れしく話しかける軟派な男だが奴は数秒後に背筋が凍り付く思いをする事になった。
「貴方を安全に保護して街まで送るUNdeadの社員。私の身分を知りたいならそれだけ覚えてれば良い」
これ以上、あなたと話したくは無いとストレートに察知出来る鋭く冷たい言の刃が男に突き刺さった。
我らUNdead社員から見ればいつも通りの人と必要以上に触れ合いたくない態度だが事情を知らぬ者には辛辣な拒否を隠さない愛想の無い印象を与えるかもしれない。
「へぇ・・・・・・
中々、見所の有る女じゃねぇか」
嗜好を改造されて逆に癖になったのか頬が高揚したところを見るにこの者にはどうやら好印象だったらしい。
一方、ウィリアム殿はコートの右袖に掴む十字架にも見える銀剣を振るう優雅な剣術で真正面からねじ伏せつつ、遠方にいて若干油断している敵には物を飛ばした先にワープする瞬間移動の技、トラベリング・レイで距離を詰めてはすぐさま斬る。
彼が少し顔をずらすと別の敵の存在が認知された。
一瞬で把握した後は悟られないようすぐに顔を元に戻し、効率良く優位を取れる軌道を計算。敵の距離が離れぬ内に結果を実現させるとなると投擲の調整の猶予は長くて二秒くらいだろうか。
躊躇いなく投げた剣は寸分の狂いも無く直接、敵に向かうかと思いきや逸れて建物の壁にずれる特殊な投擲となった。
あの投擲には見覚えがある。キタザトと共にウィリアム殿と同じ仕事にあたった時、彼が説明してくれたトラベリング・レイの応用技術。
その名も "トラベリング・レイ、縦横無尽の幻像" 。
常軌を逸したウィリアム殿の頭の回転で瞬時に障害物を経由しながら敵の予想を裏切るコースを組み立てるこの段階に明確な特殊能力は無いが、彼の底知れぬ才知の片鱗を知るには充分。
宙を舞う剣はコンクリート製の壁を数回反射しながら敵の間近に迫る。
剣を投げた先にワープするウィリアム殿の能力は知能の低いエッセンゼーレにも刷り込まれている。
ここで剣を強く弾けばウィリアム殿を明後日の方向に転移させる事が出来ると足りない頭で考えたスカルウォリアーは剣の片割れをぶっきらぼうに振るが当たったのは剣の柄。
予想に反する軌道で銀剣がふわりとスカルウォリアーの頭上を飛び越えたタイミングを見計らったウィリアム殿は唯一、視認出来るコートと共に背後に現れる。
「貴方の心に巣食う闇が気兼ねなく旅立ちますように」
敵に植え付けた先入観とそれに則って取ると思われる行動すらも計算に入れて一手先を越えたウィリアム殿は態勢を翻しながら剣を手に取り、そのまま敵の首を斬り飛ばした。
最後の障害かと思われた敵の消滅を嗅ぎつけて再び次々と寄ってくる別の軍勢。
しかし増援に対してもウィリアム殿は無精を見せずトラベリング・レイ、縦横無尽の幻像の更なる動きも披露する。
水辺に浮かぶ丸石に飛び移るように敵に剣を突き刺し拍動の停止を確認してからウィリアム殿が一瞬、姿を見せてはまた別の敵に矛先を変えて周囲に待機する奴ごと蹴散らす離れ業の移動は地上の者には落雷が地上を走ってるかのように映り、霊獣の俺でギリギリ捉えられる速度を誇る。
追加の敵を粗方倒し終えたウィリアム殿はこの場を突破する一時的な戦いに終止符を打とうと攻撃を仕掛ける数匹に向かって剣を振り上げる。
「これは痛いですよ。十字の罪架」
十字の形に結ばれた神聖なる光の二連撃は直接斬られた者にも衝撃波に巻き込まれた者も等しく浄化させ、抱える悪意を打ち祓う。
接近戦での頼もしい主力技で沈静化を終えたウィリアム殿は同じエリアで勤務するフェリティア殿にスマートフォンで報告する。
『もしもし、フェリさん。
こちらは脅威を完全に退けたところです。進捗はどうですか?』
『了解、こっちも大方片付いてるからもうすぐ漂流者を連れて貴方のグループと合流する。
ウィンドノート。比較的安全に使えるルートを教えて』
天へと飛び立つカラスの様に黒い刃を下から上へ振り上げる技、黒鴉翔天で敵を倒しながらフェリティア殿は淡々と報告する。
最後の要望に関しては既に検索済みなので急いで的確に伝えた。
『合流するなら路地裏がオススメだ。
エッセンゼーレも全くおらず社用車を停めている場所にも近いからな』
両者が理解を示した後、すぐに行動に移す。
俺も全体の動向の監視に戻ろうとした時、ふと違和感を感じてフェリティア殿とウィリアム殿に質問を投げた。
『二人共、漂流者の傍を何か通らなかったか?』
『・・・・・・?
いや、そんな気配は察知してないよ』
『僕の方も違和感は無いですよ』
二人は揃って首を傾けていた。その状況はさながら霊感の強い人間が幽霊を目撃している場所を指しても鈍感な友人は全く感じ取れぬように。
確かに通り過ぎたのは一瞬だが隠す気の無い濃厚な存在感を例え連戦での疲労が貯まってたとて気配に敏感な二人が気付けないのは変だ。
猛者の二人が見落としてもおかしくない唯一の要因となると奴の正体が霊獣である事が有力。
霊獣は別の種族に発覚されぬよう自由自在に存在を消す事が出来るからな。それならば同族の俺だけが気付けた理由にも合点がいく。
そう推察した時、俺が掴んだあの存在感に既視感が込み上がって来た。
常に荒い気性を噴出する理性の欠片も無い動き、輪郭のみしか分からなかったが異様な筋骨隆々のあの霊体。
不安に更なる確信を形成させる根拠として提示されたのは釣り合わない全グループの討伐速度とエッセンゼーレが湧く頻度の比率。
エッセンゼーレの軍勢は今も急速に減少しているが、これはメンバーの尽力では無い。
そもそも毎年半日費やす程度の大仕事がたったの二時間で全グループが終わりかけている事に疑問を感じるべきだった。
この摩訶不思議な現象の正体など一つしか無い。謎の霊獣が一掃しているのだ。
本来、霊獣は命の危険を脅かされた非常時のみに限って火の粉を振り払う事はあるが好んで戦闘を仕掛けたりなどしない。
だが、俺はつい最近キタザトと共に異質な霊獣と遭遇した事がある。
まさか、奴が・・・・・・?
もしかするとタレンザ石塔街に暗雲が立ち込み始めているのかもしれない。
「轟断」
魚港エリアで奮闘する碧櫓殿の巨大な盾が展開され、そこから放たれる碧の光線で主導権を握られたエッセンゼーレ共の注目を集める。
国を永久の繁栄に導く偉大なる盾に如何なる脅威も徒労に終わると知っていても挑発に近い強制的な拘束によって牙や剣を突き立てる哀れな敵達。
碧櫓殿が鉈の様な大剣と大柄な体躯で細々と押し寄せる敵の圧力に耐え忍ぶ間、盾の前に集約された敵達の間に霊魂が淡い線を引いて走る。
そいつが刀に宿ると主は他人からは決して目撃する事が出来ない速さで引き抜く。
「記せ、刀の切っ先。 ”陽閃航路” 」
霊魂が示した道筋を刀で辿り黒い鞘に納刀した後、碧櫓殿の守護に手間取っていたエッセンゼーレ共は一部の海を激しく荒ぶらせる程の白波殿の斬撃によって一匹残らずまとめて影に還っていった。
この二人はキタザトと俺が仕事中に偶然迷い込んだサメノキ地方有数の人工領域、栄遠の銀峰で四臣に属する頼もしき者達だ。
本来ならば多忙に追われる重要な役職に就く彼らが故郷を飛び出し、魂魄行軍に協力してくれているのは暴雨の囚獄の囚人との縁を取り持ち御造 桃八や宝石のエッセンゼーレを跳ね除けサメノキ地方に尽くしてくれた恩義に報いる為との事。
「瑣末な障害がこちらに向かっていますね」
白波殿が刀に手をかけながら競りの舞台となっていたであろう広い空間にはパストスラッシュウルフの群れ。
跳躍する準備をするが碧櫓殿が対処の名乗りを上げた。
「ここは私が行こう。
"紺青灼然砕牙" !!」
少し気合いを注入した後、大剣を振ると同時に顕現するは熱を帯びた青い巨大な幻影の牙。
碧櫓殿の戦闘スタイルである攻防一体を体現した強力な技は敵の攻撃を受け止める度に鋭利を研ぎ澄ませ、その威力は実態を伴っておらずとも今は岩盤すらも肉の様に引き裂くまでに肥大化し例え分厚い毛皮や頑丈な骨まで再現されていようと容赦無く内側から焼き尽くし義体を噛み砕く。
彼らの勇猛な活躍によって脅威が退けられた魚港エリアでは二人の強さに惹かれた歳も性別も国籍も異なる子供達が無邪気に駆け寄る。
「おじちゃん、おねーちゃん、すごーい」
「お力になれたなら何よりです」
柔和な応答に適応する白波殿と違い、かつて統主の意向に従って拒んでいた種族の子供が称賛や興味を含ませて輝かせる目を自身に惜しみなく捧げる姿を見て、碧櫓殿は少し呆然としていた。
「おじ、ちゃん? 私の事か?」
一瞬でステージ終わりのアイドルを囲むファンの様な構図になった場に保護者と思しき成人の人間達が連れ戻しにやって来た。
「こら、会ったばかりの人にそんな口きいちゃ駄目でしょ!!
すみません。助けて貰ったのに戸惑わせる言葉を与えてしまい」
「い、いや。気にしないでくれ。私は不快などとは思っていない。
さぁ、早く子供達と一緒にUNdeadの社員の下に戻ると良い」
碧櫓殿、会った当初と比べれば少しだけ態度が柔らかくなった気がするな。
統主が閉鎖からの解放を宣言してからサメノキ地方も外の地域との交流に精を出していると言っていたからな、観光や事業の参入を望む外部の者と交流した事で自然と軟化したのだろう。
故に白波殿の応答にも潜めていたような嫌悪感は一切見受けられない。
「碧櫓様。
未だ、他種族との交流には慣れておりませんか?」
「いや、既に他種族と出会ったというのに北里様以外の人と言葉を交わしている奇跡を恥ずかしながらまだ実感できていなくてな。
種族の垣根を越えた触れ合いがこんなにも温かく楽しい物なのかと噛み締めていた」
「良かったです。おじちゃんと呼ばれたのがショックかと心配で」
「誰よりも歳を食っているのは既に自認している。そんな些細な事を他人に指摘されても事細かにキレたりはしない。
さぁ、仕事に戻るぞ。四臣に相応しき功績を立て、統主に胸を張って報告するぞ」
「はっ」
こうして二人は再び戦場へ赴いて行く。
今度は獣人族の為では無く全ての愛すべき種族の繁栄を守る為。
魂魄行軍(3) (終)