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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter4 破壊司る牛魔人
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魂魄行軍(1)

 戦いは本能だ。

 破れぬ枷だ。

 身体に巡る紅き血潮のように生者全てに与えられた宿命だ。

 受験、仕事、オーディションもそうだ。

 例え血は流れずとも人々は自分が優秀だと証明する為に常に他者と競り合っている。

 戦う以外に "価値" を示す方法など存在しない。

 傍観を決め込む臆病者が世の中に変革を齎す道理などあるはずが無い。

 俺は闘牛時代から熾烈な戦いを繰り広げる日常を過ごす内に闘争を好み、他の奴らもそう生きるべきだと考え始めるようになった。

 目の前の奴をぶっ潰し強い自分の価値を証明しながら弾ける痛みと滴る液体の熱さで生きてると実感する。

 そうして生者は刺激と生きる有難みを獲得する。

 それなのに人は良く平和や穏便と言った二文字や争わずに済まないかとか綺麗事を抜かす。

 その摂理に目を背けるのは善性の証明では無い、ただの甘えだ。

 そんな腑抜けは徹底的に叩き潰す。

 上辺で誤魔化さずちゃんと自分の意志を伝えられ、自分の足で立ち上がり理不尽に拳を突き立てる。

 世界はそんな奴らだけがいれば良い。

 

 

 魂魄行軍。

 それは八月のお盆と同じ時期に迷い込んだ全ての霊体が何の因果かエクソスバレーの中で選ばれた一か所に集まる不思議な現象。

 嗜虐心と生気を満たす為に絶好の餌場とみなして押し寄せるエッセンゼーレの群れと外部の助けを借りてまで全ての霊体を保護する為に抵抗する私達UNdeadがぶつかる戦場はさながら陣取りゲームに良く似ていると先輩達は言っていた。

 魂が導かれる舞台に法則性は無く、かつては熱帯雨林や海の中など過酷な場所で行われた事もあるそうだが事前の調査により今回は比較的居住地に近い自然領域、 ”タレンザ石塔街(せきとうがい)” だと綿密な会議で伝えられたので地形で苦労する事は殆ど無いだろう。

 そして当日。先に登録しておいた地点にワープして割り当てられた担当エリアに向かうと灰色の砂に満ちた小さな窪みに塗装の剥げた遊具が点在する荒地と会議で事前に説明されていたUNdeadが開発したエッセンゼーレにささやかな対応が出来る特注ユニフォームを着た社員の人達が待ち受ける。

 

「皆さん、これからUNdeadの社用車にご案内致します!!

 道中、怪物が襲いかかって来ますが皆さんの安全は必ず保証致します!!」

 

「ですので決してグループから離れて単独行動をしないようお願いしまーす!!」

 

 誰一人、エッセンゼーレに食わせないと意気込んで声を張る社員さん達の目の前には数日前からエクソスバレーに漂流したばかりで混乱する老若男女様々な霊体がいて、半信半疑で社員さん達の話を注意深く聞いていたりパニックになり過ぎて直情的に疑問をぶつけまくったり色んな反応を示している。

 既に最低でも千人はいるとされている上、逃げ出したり好奇心を満たそうとしたりで勝手な行動を取りかねない霊体を戦いながら護衛するなど流石に無理だからね。

 魂魄行軍の時は怪我の手当ても出来て霊体を統率しつつ安全な場所まで避難誘導してくれる社員さんとエッセンゼーレの相手だけに専念する私達って感じで役割分担をしなければ完璧に円滑に大仕事は進まないのだ。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

『ご苦労』

 

 私とウィンドノートが一足先に現地にやって来て準備してくれた社員さんに挨拶すると代表の男性が目元が薄ら見えるフェイスヘルメット越しに報告してくれる。

 

「報告致します。

 グループ内での欠員、被害共に無し。

 このエリア周辺に漂流したと思われる霊体、四十八名全て保護完了しております。

 地形データも事細かに制作しましたので後ほど共有させてください」

 

「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」

 

「おや?

 このエリアには戦闘可能なメンバーを二人派遣すると聞いていたのですが、北里さんは一緒じゃないんですか?」

 

「い、いえ、会ってま、せん・・・・・・

 てっきり、現地にもういる、かと、思ってました」

 

 ・・・・・・明らかに歳上の人から堅苦しく敬語を使われるのは慣れそうに無いな。

 桐葉さん曰く、エッセンゼーレに屈さず退ける力を持っていても謙虚な態度を貫く時点で反発する社員はいないと言ってたけど、内心でこんなガキにぺこぺこ頭下げるのが苦痛だったりしないか心配になってしまう。

 

「まず、この地域に生息するエッセンゼーレで特に気を付けないといけないのは ”双剣携えしスカルウォリアー” と ”パストスラッシュウルフ” ですね。

 どちらも基礎能力が高く組織的行動を取れる為、徒党を組んで襲い掛かって来る可能性も高いです。

 今回、保護対象の霊体の中には子供やご年配の方など自力で動けない方も多くいるので我々のグループは避難までに少々時間が取られるかと・・・・・・」

 

 もし表立って反発する人がいるなら私の氷剣を握らせれば良いって言ってた気もするけど、幾ら危害が侵食しないように研究所で安全に作られたとはいえプカク峰でたまたま遭遇したボス級のエッセンゼーレの氷の牙を媒体とした剣を普通の人が握ろうとすれば手を伸ばした時点で発狂しそうな負の感情が流れ込んで来て一時的に気絶してしまうからあんまり触らせたくはない。

 それだけエッセンゼーレと戦うには弱さを付け狙った誘惑に負けない人並みから外れた心の強さが必要になるって事なんだろうな。

 

「北里さん、聞いてます?」

 

「あ、す、すみません!! ボーっとしてて。

 今回のエッセンゼーレは双剣を携えしスカルウォリアーとパストスラッシュウルフが中心で協力の意識が強いから群れで襲ってくるかもとか保護対象に体力に不安を抱える子供やお年寄りがいるからちょっと避難に時間がかかるかもとは聞きましたけど、他に聞き漏らした事はあるでしょうか?」

 

「おぉ。流石、北里さん!!

 深刻そうに悩んでいらしたので私の話に構う暇など無いのかと思っていましたがちゃんと覚えていらっしゃるとは!!

 これも救護の前線に立ちエッセンゼーレに立ち向かい続ける者が成せる技なのでしょう!!」

 

 なんとか威厳は保てたがウィンドノートが呆れながら興奮気味の社員を冷まそうとする。

 

『謙虚なこいつの事だ、年上の者から丁寧に接される事に違和感を感じていたのだろう。

 人生の先達者を尊ぶ精神も大事な事だがこの会社において俺達は恐ろしきエッセンゼーレを跳ね除けどんな霊体にも手を差し伸べるUNdeadの象徴でもあるのだ。堂々としていないと慕って付いて来てくれる者が不安に陥るぞ。

 心配せずとも彼らの忠誠は霊獣の力で見透かさずとも本物だと分かる』

 

「う、うん。精進する・・・・・・」

 

 桐葉さんから託された役目と身分の意味を再認識したところで打ち合わせを再開する。

 社員さんから今回担当するエリアの地形データをスマホに送って貰い、確認すると公園エリアとでも言うべきこの場所はタレンザ石塔街の代名詞である石造りの塔や公園っぽく安らぎの場所を作る為に植林されたであろう樹齢ウン百年超えていそうな木々に遮られない比較的開けた場所が多く、グレールエッジも当てやすいしエッセンゼーレからの奇襲も心配しなくて良さそうだ。

 それと肝心な目的地も聞いておこう。

 

「社用車はどこに停めてあります?」

 

「公園の駐車場らしき場所を発見しましたので、そこの一角にございます。

 事前の調査でポジティブな感情を撒き散らすスプリンクラーが機能する事が判明したので駐車場内にさえ入れば安全です」

 

 勝負は駐車場までか。

 公園エリアは高い丘陵に建っていて私達が今いる公園は丘の頂上にある。

 そこから丘に沿って回りながら麓の駐車場までとなると相当時間はかかりそうだ。

 社員さんの調査結果によると公園から駐車場までは運動に苦のない成人男性が歩いて三十分。

 ここにいる三百人の霊体達を引き連れてとなると早くても二時間半は要しそうだな。

 

『では手筈通り俺は配置に就いてくる』

 

「分かった。また後で会おうね」

 

 一旦別れを告げるとウィンドノートは周囲を流れる風と同化して空に登って行った。

 スマホで時間を調べると魂魄行軍が開始されるであろう十二時まで後一分だった。

 私が脳裏で葛藤してる間にも進行していた社員さんと打ち合わせが思ったより長かったからいつの間にか敵が右も左も分からない新参者から甘美な恐怖と魂を搾り取ろうと襲って来る時間が迫っていたのか。

 そして大仕事が始まると告げるようにタレンザ石塔街全域に時計塔の鐘の音が鳴り響く。

 一定のリズムで威圧感のある金属音が刻まれる度にエッセンゼーレが続々と増加していく嫌な感覚が伝わって来る。

 公園にも早速、障害が現れた。

 高い木の上から襲撃の準備を出来るのはパストスラッシュウルフだけだ。

 枯れた葉の残骸を震わせる灰色の毛並みに見せかけた鋭い風の塊に瞳孔の無い鋭い目のオオカミの義体を持つ幻獣型エッセンゼーレは通り過ぎるだけで最後の癒しを取り除いた鎌鼬の様な攻撃を受ける。

 喰らえば痛みを感じる暇は無くいつの間にか倒れている事が殆ど。

 油断せず敵が通過する前に倒す。

 

「さ、行きましょう。道は私が拓くので下がってください」

 

 四十体以上はいるオオカミ擬きの群れに剣先を突き立てた時だった。

 凛々しくもどこか幼さが残っている女性の声が緊張したこの場に亀裂を入れた。

 

「 "寒色の絢霜(けんそう)" 、フロストヴェール」

 

 突如、空中に青い小さなオーロラがカーテンの様にパストスラッシュウルフ達の目の前にかかる。

 ただの綺麗な光の幕だと油断して通過した個体は徐々に凍りついていき氷の塊になった義体の四肢は地面との衝突で折れながら本体を離れ、深部まで生命活動を停止し影に還っていく。

 光の妙技によって数秒も経たずに群れを壊滅させた主は右手に秘めた煌びやかさを持つホワイトゴールドの装飾のショートソード、逆の腕で小さな男の子を抱えながらスマートに着地する。

 

「さ、あの戦闘スーツを着てるお兄さんの所に行って。離れない限り安全だからね。

 遅れてすみません。あの子以外にもはぐれた子がいないか確認してたら約束の時間を過ぎてしまいました」

 

 救護対象の輪に入って行った男の子を眺めながら爽やかに答える二十代後半の女性は透明なストールを巻いた薄紅のシャツ、長い足を美しく引き立たせるテーパードパンツと裸足の足首が見えるレースアップシューズを合わせた全体的に引き締まったファッションをしていてドレスの様に上品さを醸しつつもスタイリッシュな印象を受ける。

 両手にはめている手袋は戦闘向けにデザインも手首の先から覆う長さも異なっているが現代風のファッションにしっかりフィットしている。

 代表の男性が驚きを交えながら凄まじい戦績を見せた女性に声をかける。

 

「藤波さん、あなたでしたか。このエリアに派遣された戦闘可能メンバーというのは。

 我々の調査不足でお手を煩わせてしまいすみません」


「気にしないでください。

 もしかしたら今日、漂流してしまったのかもしれませんし」


「しかしUNdeadウルディア支部のリーダーに霊獣と一緒に戦う北里さん。

 この二人がいるとなれば敵無しですね」

 

「へぇ。あの女の子、霊獣と友達になったの? 凄いですね」

 

 爽やかな受け応えをする度にカールをかけた丁寧な女性の金髪の毛先がふわりと揺れる。

 ん? 藤波?

 どこかで聞いた事のある名前だったはずなんだけどエクソスバレーに漂流した後は生前の記憶が朧気になっちゃうから毎回、必死になってきっかけとなる見出しを探すのは大変だ。

 少し考え、ようやく該当しそうな記憶の一冊を手に取ると無意識で人前で出すには恥ずかし過ぎる態度を取ってしまう。

 

「も、ももももしかして、オリンピックに出てた藤波(ふじなみ) 衣織(いおり)さん!?」

 

 藤波 衣織は冬季オリンピックにも出場し銀メダルを獲得した事もあるプロスケーターである。

 子供の頃はビデオに録画して繰り返し見るくらい憧れの選手でそれが今、目の前にいるなんて・・・・・・

 仕事じゃなかったら卒倒してたかも。

 かつては銀雪の光妃なんて呼ばれていたトッププレイヤーがまさかUNdeadで戦闘業務、しかもリーダー(本社のテツカシティでは桐葉さんがこの役割を担っている)をしていたとは思わなかったな。

 人生ってほんとに何が起こるか分からないね、もう死んでるけど。

 

「さっきはごめんなさい。手柄を横取りしちゃったかしら?」

 

 藤波さんが女神の様な微笑みを私に向けてくれた。

 影になったオオカミの事など既に忘れかけていたので勿論、全力で "とんでもありません!! " と言わせて戴いた。

 

 魂魄行軍(1) (終)

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