大仕事前のひと時(2)
貨物車の脅威を退けた私達を見下すそいつは簡単に言えばミノタウロスって奴だ。
巨大なネックレスのみで着飾り見せ付ける人間の男の上半身と牛の下半身が合体した鋼の肉体はかつての芸術家達が大規模の偉業を成し遂げた神話を聞いて勇ましい男神の姿を想像しながら彫った彫像の様に何者も寄せ付けない異次元の筋肉量を有した荒々しい巨体。
牛の様な頭部に付く鬼の様な鋭い目はお眼鏡にかなう存在を選別出来て嬉しそうなのに底知れぬ狂気も伴っていて初対面でありながらも研修期間に遭遇したヒステリック・ラブポーションとは違う意味で関わったらヤバそうなオーラを感じる。
「知り合い?」
『俺と同じ霊獣だがこんな奴は知らん』
同族の本能で正体を掴んだウィンドノートがあっさりと言い捨てる。
霊獣はウィンドノートによって存在を証明されたが人前に出る事を好まず頻繁に目撃されない幻の霊体って認識は拭えていない。
それなのにこの霊獣が姿を現した目的はなんなんだろう。
私の危機感を察知してくれた相棒は相手がどんな行動を取ってきても咄嗟に反応出来るよう、いつでも霊獣の力を行使する準備は出来ている。
牛の霊獣が動き出す。
座っていた崖から地面に降りるだけの単純な動作だけど蹄を晒した足から着地地点に軽く亀裂が入る衝撃は霊獣が只者では無い事を証明していた。
品を感じない豪快な歩き方と不良がカツアゲでもしてきそうな威圧感で近付いて来た霊獣が発した言葉は遠慮なく剣で斬り込むようなお願いだった。
「なぁ、俺と戦えよ。
影の雑魚を潰しても得られない高揚を一緒に味わおうぜ」
物言いからしてこいつは戦闘に快楽を見出すタイプらしい。
だから強そうな奴を見かけたらこうやって手当たり次第、声をかけてるのか。
それにしても初対面の相手に対してこんなに図々しい頼み方が出来るってとんでもない奴だな・・・・・・
下から覗き込むように私の顔を睨んで来た霊獣にウィンドノートが不遜な態度に対して代弁する。
『人に頼む態度にしては随分と上から目線では無いか?』
『んだよ、かったりィ・・・・・・
本能のままに生きるべき獣が礼儀を身に付ける必要があんのかよ?』
『貴様も人と同等の知性を身に付けたなら獣の力が他の生物と共存するのにどれほど不向きか重々承知のはずだろう。
彼らに温かく迎え入れて貰い、慣れ親しんで貰う為にも最低限の制御くらいはしてみせろ』
『なら、俺には不要だな。
簡単に壊れるような価値のねぇ腑抜けと馴れ合うなど反吐が出る』
『人に価値が無いだと?』
昔から共存を送って来た大事な隣人を貶され、怒りで渦を作っていくウィンドノートの怒りも気にせず牛の霊獣は自論を語り始める。
『てめぇも近くで人間を眺めてきたなら知ってるはずだろ?
受験に就職、オーディションもそうだ。例え血は流れずとも人は常に自分が使える奴だって知らしめる為に他者と競っている。
生物が価値を証明するには ”戦う” 他ねぇ、その摂理は如何なる神でも捻じ曲げる事は出来ない。
てめぇらだってそうなんだろ? 俺と同じ様に目の前の奴をぶっ潰して強いって自分を証明して生きてるって実感するんだろ?
殺ろうぜ。俺と生きるか死ぬかの二択の結末しか残ってないヒリつく命のやり取りしようや』
『生憎、俺達が戦う理由は困っている者に手を差し伸べる為であって貴様と同じく私欲を満たす為では無い。
それと闘争を趣味にするのは金輪際、やめろ』
私達との戦いを望む牛の霊獣と野蛮な誘いを断りたいシベリアンハスキーの霊獣。
神の隣に立てる程の規模の力を持つ彼らの対峙はただ言葉に過剰な感情を乗せるだけで下手すればここら一帯を吹き飛ばせる力を持っている。
これ以上、刺激したらまずい。
直感で掴み取った私は強引に割り込む。
「えぇっと、申し訳ないんですがご期待に添える事は出来ません。私達この後用事があるんで・・・・・・
なにか頼みたい事がありましたらUNdeadっていう会社を通して直接、指名していただければと」
自分史上、一番丁寧にしたと思う真っ直ぐな指の指し方で護衛する貨物車を教える。
理屈が通じる常人なら忙しいんだなって察してくれるはずなんだけど牛の霊獣は隠す気の無い舌打ちをする程、明らかに不機嫌になってて不穏な空気が漂って来たけどこっちは面倒なクレーマーに丁寧に対応出来る暇は無いのだ。
「では私達はこれで」
最低限の誠意を振り返ってさっさと戻ろうとした時だった。
『キタザト、剣を出せ!!』
ウィンドノートがいつも以上に荒らげた声で咄嗟に警鐘を鳴らす。
振り返った瞬間、今まで戦ったどの敵よりも重い一撃が防御を貫通して私を遠くまで吹き飛ばした。
今のところは剣を持つ右手と腕だけじゃなく全身が痺れに支配されたような痛みだけで済んでいるけどウィンドノートの強化が無ければ確実に霊体が粉砕していた。
『へっ、初撃で潰されずに耐えた人間はてめぇが初めてだ!!
前以てちょっと本気の入った奴を仕掛ければ殺されるかもしれない防衛本能でやる気になんだろ?
事情があろうがなかろうが、俺の前から逃げる事なんざ許さねぇ!!』
私から戦闘意欲を無理矢理引き出せて嬉しそうな牛の霊獣は規格外の剣を振り回す。
奴が肩に担いだそれは黒い鉱石の塊を力任せに掘り出した後、大剣として物を斬って破壊出来るように鋭利な先端や取っ手に滑り止めの布を巻いて調整し、僅かな赤の飾りをあしらった程度の粗雑な造りで見栄えは悪い。
しかしさっきの一撃から推測するにその大きさや重量は神殿を支える一柱と同じで人間では種族の限界を超えなければ持つ事さえも適わない業物。
それを軽々と振り回せ盾ごと破壊出来そうな連撃を生み出せるのは霊獣の力が宿っているからだろう。
興奮気味の鼻息を排出してから大地を蹴って牛の霊獣の猛進が飛んで来る。
さっきのダメージからの教訓で刃同士の接触も危険だと感じた私は出来る限り回避に専念するが、命を賭けた戦いを積極的に申し込んでくるあの自信を裏付けるように親切に真正面ばかりに打ち込んではくれず、撹乱の末に打ち込む一撃を覚悟を固めて剣で受け止めても一撃が降りかかる度、骨が軋みそうな程の反響が体内に流れ込んでくる。
震えが止まらない霊体で振るった剣じゃ気迫の籠る正常な一撃も牛の霊獣の剛腕だけで簡単に無効化。文字通り、手も足も出ない苦戦に陥っている。
『おいおい、もっと殺意を向けて来いよ!!
でなきゃ蹂躙になって萎えるだろうが!!』
キックが剣越しのお腹に直撃し遠くまで吹き飛ばされる。
しかし逆に考えればこれはチャンスかもしれない。
さっきまで接近戦中心だったから奴の攻撃を間近で受け続けてきたが私には遠距離でも使える技がある。
相手が近付けない距離から撃ち続けるのは戦士から見れば少し狡い戦法かもしれないが女である以上、体力や筋力の差は埋められないし技量もまだまだだから致し方無し。
私の体力次第でいくらでも生み出せる剣の冷気を材料にありったけの氷の短刀を作り、冷たい剣先を牛の霊獣に向けたら全員に命令する。
「 “踊れ、氷刃” 」
氷の短刀を射出する飛び道具、 ”グレールエッジ” が一糸乱れず牛の霊獣に襲い掛かる。
これが刺されば霊獣でさえも多少の熱を奪うくらいの凍傷は刻めるはずだが、奴は無数の刃を目の前にしても上等な殺意として追加された喜びで笑っていた。なんだか不穏だ。
熱を纏うごつごつの霊体と氷の短刀が衝突した事で溶けた冷気に包まれて向こうの状況が分からなくなる。
さて、今の内に相棒に使い走りをお願いしよう。
「ウィンドノート、貨物車の人達にこっちの状況を伝えに行って」
『お前一人で対処出来るのか?』
「多分無理だから早めに戻って来て!!」
『・・・・・・持ち応えろよ』
私に力を分け与えていたウィンドノートが離れ、風と同化して走る。
数秒もすればそろそろ再送の準備を終える間際の貨物車に辿り着けるだろう。
大した手応えも感じられず剣を構えたまま待機していると予想以上の悪夢が凄まじい速度で飛んで来る。
『BlAaaaaaaaaAAhhhh!!!!』
闘志剥き出しの雄叫びをあげながらラグビー選手のタックルみたいに突っ込んで来る牛の霊獣。
残ってるグレールエッジは霊体に刺さっていないし冷気の影響も受けていない。
奴の肉体は鋼鉄の鎧か何かなのか?
自慢の投擲技が進行の妨害として一切役に立っていない事実は私に少しばかりの絶望を与える。
氷の短刀を跳ね除けながら急接近して来た牛の霊獣はそのまま巨体を私にぶつけると剣よりも強力な打撃が私を打ちのめし、高く掲げた剣を見せる。
『どうした?
もっと本気出さねぇとこのまま殺しちまうぜ?
それとも、てめぇは弱者をいたぶるだけで満足する小心者か?』
指の一本すらも動かせない程のダメージに侵食され、霊獣を敵に回すのが如何に厄介なのかを身を以て知った私。
地に伏した私から見れば今の気分はギロチンが落ちる恐怖の時を待つ死刑人の気分だ。
『・・・・・・ちっ、反応なしか。割と楽しめただけに惜しいな。
聞こえてるかどうか分かんねぇが生まれ変わった際のせめてもの土産に俺の名を刻め。
”アンブルート・タウラス” 。
闘争を望む者だ!!』
剣を振りかぶったその時だった。
霊体が急激に回復し立ち上がるだけの気力が湧いた。
ギリギリで攻撃を躱し、再び戦う意思を見せるとタウラスは興奮を爆発させる。
『嘘だろ、まだ立ち上がれんのか!?
不死鳥の様に立ち上がるその執念!!
それでこそ命のやり取りの相手として相応しい!!
さぁ、第二ラウンドと行こうじゃ』
勝手な盛り上がりに水を差すように後ろから猛スピードで車が走って来る。
その音を聞いた私は剣を虚空に戻し、右手をそのまま上げると車内から差し出された手に捕まりタウラスからの逃走に成功した。
呆気に取られたあいつの反応はちょっと面白かったけどこれ以上、付き合っていたら流石に命が持たない。
乗組員の人達に引き上げられて無事に車内に避難出来た私は座席にもたれる。
「はぁ~、たすかった~」
『全くキタザトは無茶をし過ぎだ。
日々、俺と接していれば霊獣が如何に危険な存在なのかは良く知っているだろう』
ウィンドノートに秘密裏に頼んだのは貨物車に回収して貰う脱出。
貨物車にも全開のスピードを出してもらうようお願いはしていたが霊獣のタウラスなら追いつかれる可能性もある。
そこでウィンドノートの風で後ろから押して貰う事で更に速度を高め、自動車では出せないスピードを出して貰えばこの場を安全に去れるって寸法だ。
現実で車を動かせる程の風量ともなれば制御が利かず吹き飛ばされるけどウィンドノートのコントロール能力があればただの追い風になる。
ただし運転者や同乗者の精神は考慮しない物とする。
「お、おおおお、お嬢さん。
さっきまで酷い怪我を負っていたと聞くけど本当に大丈夫かい?
もうじき魂魄行軍なんだろ? 支障が出てないと良いんだが・・・・・・」
「あっはは・・・・・・
ちょっと危ないところ、でしたかね。
本番までには必ず間に合わせますので。
じゃ、このまま会社までお願いします」
「あ、あぁ・・・・・・
じゃ、安全運転で行こうか」
一方、その頃。貨物車の屋根にて。
『キタザト、魂魄行軍か・・・・・・
俺と決着付けるまで逃げられると思うなよ』
「あ、あぁぁ!!
誰だよ、揺らしたのぉぉ!!」
乗組員さんの過剰な怯えにウィンドノートが落ち着ける。
『・・・・・・恐らく誰も席を立ってないぞ』
『先程、一か月分の食材のチェックと納品が終わりました。
これも北里様とウィンドノート様の尽力のお陰です。
本当にありがとうございます』
「いえいえ、力になれて良かったです」
『また困ったら遠慮なく申してくれ』
給仕長のゴースト、セバスさんの報告を受け、これでアクシデントが巻き起こった人助けは終わり。
今思い返してもアンブルート・タウラスは死にかけになる程、本当に危険な奴だった。
出来れば二度と会いたくはないけど・・・・・・
「北里様、少しよろしいでしょうか。お伝えしておきたい事が」
私達を呼び止めたのは白猫の耳と尻尾が生えたお淑やかな長い髪の女性の給仕。
彼女はサメノキ地方と呼ばれる不思議な地域の神秘によって動物が人の体を持った獣人という存在で、私が仕事で関わった清華さんの娘さんである。
戻る前に顔を見せに来いと頼まれて伝えて以降、ちょっと親交を築き始めている。
「どうしたの?」
「母からの伝言です。
今年の魂魄行軍、四臣からは碧櫓様と白波様を遣わすとの事です」
「分かった、わざわざありがとね。ルイちゃん」
魂魄行軍まで後二週間。
着々と外部からの援助も充実し、緊張も徐々に高まってくる。
「絶対、守り抜かなきゃ」
UNdead入社当時から変わらない人を助ける精神が真に試されると言っても過言じゃ無い大掛かりな仕事。
再び決意を固めて私は自室に戻って行った。
大仕事前のひと時(2) (終)