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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter4 破壊司る牛魔人
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大仕事前のひと時(1)

 戦争は嫌いだ。

 一度(ひとたび)始まれば生まれるのは物言わぬ生物と崩壊の後の灰だけ。

 それだけでこの行為が如何に酷くくだらないかが実感出来るだろう。

 非効率の殺戮を繰り返し願いを成就させたとしても付き纏う代償は重過ぎる。

 しかしどれだけの犠牲を排出しようとも醜い矜持を正当化した上位存在は他の都合を顧みず、無関係の者を巻き込み、更なる忠誠者を死出の行進へ駆り出させる。

 そんな事、あってはならない。起こしてはならない。

 違いがあるだけで憎悪をぶつけて大事な命を散らすなど愚の骨頂。

 だからこそエクソスバレーで霊獣になり強大な力を得ても俺は戦場に踏み入れないよう細心の注意を払っていた。

 いや、逃げていたと表現した方がしっくり来る。

 戦う事に疲れた俺は誰にも遭遇せぬようひっそりと山奥に隠居していた。

 俺も敵も闘争の果てに待つ苦痛を充分過ぎる程、味わったのだ。常世でも同じ体験をする必要はあるまい。

 しかし俺が人前に姿を見せぬよう心掛けても遠慮も礼儀も知らない無知なエッセンゼーレは度胸試しでもするが如く俺の魂を奪おうと土足で乗り込み静かな平穏を乱してきた。

 火の粉を振り払う程度に力の片鱗を見せびらかせ、警告を表示しても記憶力も学習する意欲すらも無い奴らは懲りずに恐れずに噛み付いてくる。

 嫌気が差した俺は断腸の思いで気に入っていた場所を離れ、誰の目にも映らぬよう放浪するようになった。

 幸い霊獣になってからは不死身に近い体質となり何もせずとも欲は常に満たされ病や飢餓も跳ね除けるが、それでも気疲れは発生する。

 俺も生体兵器に改造される前は飼い主に引っ付いていた体躯に似合わぬ甘ったれた犬だった。

 戦争で好き勝手に扱われ相対した事で多少、人間に対する猜疑心はまだ心底に残ってはいたが未だ人間と寄り添い暮らしたい本音も共存している。

 だからこそ早く信頼出来る者を見つけたかったのだ。

 

 (安住の地は、いずこに・・・・・・)

 

 そんな時に通ったのがポピューケイ泥林の真上だった。

 俺は橋の上で戦っていたとある少女の不器用な勇姿に惹かれた。

 時間なら腐る程、あるのだ。退屈凌ぎも兼ねて戯れを覗いてみる事にした。

 少女は戦場では通じない稚拙な力で背後にいる誰かを守る為に戦っていた。

 

 (カエル一匹すら斬れぬとは・・・・・・)

 

 ラバーフロッグの緩い反撃を受け彼女の華奢な霊体が転がされる。

 直接的なダメージに繋がる訳では無いが立ち上がるのが難しいくらいの麻痺は喰らう。

 今、彼女がカエル共に目を覚ます程度の一撃も与えられないのは恐らく奮起の精神が力に直結するエクソスバレーでの戦闘に慣れていないのだろう。

 この様子ではラバーフロッグ共に気の済むまで蹂躙されるだろうな。

 自力では立ち上がれなくなっている少女を眺めながらそう考えていた俺だが彼女の泥臭い行動で予想を裏切られる。

 

「絶っっ対・・・・・・助け、ますから・・・・・・!!」

 

 叫ぶ決意は安っぽい揺るぎなき意志。されど荒んだ俺の心を震わすには充分。

 領土拡大を目論む尊敬し難い輩の手駒だったとはいえ、 "失いたくない物を守る為" に真摯に戦っていた初心が想起された。

 残った力を振り絞ったような素早い動きでラバーフロッグ達の前に立ちふさがった少女は真剣な眼差しで睨みつける。

 そして少しの間、集中し透き通る輝きを持った氷で作られた細い剣を振るうとラバーフロッグ達はおろか奴らの住処になっていたであろう濁流の一部も人を助けたい一心だけで凍らせてしまった。

 その時俺は確信したのだ。

 手に持つ氷剣の様に決して溶けぬ鋭く清純な心を掲げるあの少女なら俺の力を正しく扱える。

 彼女の隣に立ち、今度こそ高潔に正しく戦えると。

 そして意図せず俺の口は呟いていた。

 

『ふむ、あの者ならば俺の力を・・・・・・』

 

 

『最近、調子が良さそうでは無いか』

 

 仕事が終わり、寮の廊下を歩いているとウィンドノートが話しかけて来た。

 

「もうじき ”魂魄行軍” だからね。

 準備も兼ねてあの程度の仕事くらい、簡単にこなさないとね」

 

  ”魂魄行軍” 。

 現実では八月のお盆にあたるこの時期は家族に挨拶を終えたり天からの評定を終えた多くの魂がエクソスバレーに漂流する。

 当然、そんな眉唾物の状況をエッセンゼーレが逃すわけもなく魂達が現れる不定の地域に出没しては大量に襲ってくるのでUNdead社員全員にとっては外部からの協力者を募って魂達の護衛を務める連日の仕事、いわゆる繁忙期となる訳だ。

 初めての大掛かりな仕事でへまをする訳にはいかないし明日も軽い仕事があるから今日は早めに休もうかな。

 自室に続く道の先から慌てた話し声が聞こえる。見やると一匹のゴーストが電話していた。

 

『そ、そうでアールか。

 いや、無理を言ったのはこっちでアール。気にしないで欲しいでアール』

 

 チャームな髭を着けた一頭身のゴーストが耳(? )に当たる部分でスマホを挟みながら腕を組んで焦っている。

 ここまで思い詰めるゴーストを見るのは初めてだから湧いたある種の興味を解消しつつ、助けになれるかもしれないと通話を終えて落ち着いた頃を見計らって話しかける事にした。

 

「お疲れ様です。セバスさん」

 

『おや、北里様にウィンドノート様。お帰りなさいませ。

 本来ならば給仕側が先に出迎えねばならぬものをお声掛けが遅れ申し訳ありません』

 

「気にしないでください。

 お取り込み中だったのは遠目からでも分かりましたし私達も今、帰って来たばかりですから」

 

『ところでセバス殿。

 先程の貴殿の電話での話し方や表情から察するにかなり大々的な問題を抱えているのでは無いか?

 良ければ自分達で抱え込まず俺達にも共有して欲しい』

 

 困ってる状態をピタリと当てられたセバスさんは一歩下がってしまう。

 

『そんな恐れ多い・・・・・・

 御二方は他の方よりも奉仕に熱心だと聞き及んでおりますのに私達の問題に関わって貴重な安息の時を奪う訳には』

 

『何を言うか。

 給仕長を含めゴースト達の献身が無ければ我々の生活は成り立たないのだ。

 故に貴殿達の目の前の問題を解決する事で膨大な恩義に報わせてくれ』

 

「相棒の言う通りです。

 給仕達の問題は私達の身の回りにも関わるんですから深刻になる前に一緒に手を打たせてください」

 

 私達の熱意に負けたセバスさんは解決を委ねてくれた。

 給仕長である彼を困らせる程のアクシデントとは一体、なんなんだろう。

 

『実は定期的にお願いしている食材の貨物車がまだ来ておらず先程、業者に電話で様子を尋ねると何やらエッセンゼーレの襲撃を受けてるようで・・・・・・

 このままでは我々の食卓どころか贔屓にしている友すら危うい状態なので援助を派遣したいのですが生憎、腕っ節に自信のある知り合いは手が離せないのでどう助ければ良いかと悩んでいたのです』

 

 セバスさんはUNdeadの給仕達の中でも頭一つ抜けた振る舞いと能力で給仕達のみんなをまとめ指導する一流の人材だ。

 当然、彼と関係を持つ知り合いも他の業界や著名人からも引っ張りだこのプロフェッショナル。

 友達の緊急事態だからと簡単にその場をほっぽり出して助けに行ける立場では無いだろう。

 加えて内容が会社の食材を載せた貨物車の襲撃。

 確か、エマさんと一緒に仕事した時に教えて貰った貨物車が通るルートはエッセンゼーレが滅多に出没しないから護衛も基本、付けないはずだ。

 なるほど。確かに死活問題と言える。

 これは助けに行く以外の選択肢は無いでしょ。

 

「事情は分かりました。

 貨物車の大体の位置は特定出来ますか?」

 

『はい。今すぐスマホに共有致します。

 お手数をお掛けしますが、どうか我が友だけでもお助けくださいませ』

 

『俺達が直接赴くのだ。

 択一ではなくどちらも救ってみせるさ』

 

 

 急ピッチで示された場所まで飛んでいるとウィンドノートが脳内で教えてくれる。

 

『もう少し真っ直ぐ進め。

 注意深く見ればまもなく保護対象が確認出来るだろう』

 

「オッケー」

 

 指示通りに進み、注視すれば目的の貨物車と応戦する乗組員の人達が見えた。

 現実でも良く見かけた古い年代の軽自動車型の荷車が横転し、いくつかの食材が投げ出された悲惨な現場を囲っているのは灰色の体毛に覆われた食欲旺盛なコウモリの義体を持つ悪魔型エッセンゼーレ、 "甘噛みのウルバット" の群れ。

 普段は暗い洞窟に遺跡、地下道などに潜むこいつらは度を超えた雑食性を持ち、身の回りの鉱物や同じ住処にいる動物だけでなく人間が食べる加工品や霊体その物まで平らげてしまう。

 同族以外はなんでも食べれそうなこいつらはお腹が空いたみたいな食欲関連の理由でお日様に照らされた屋外でも億さずに出没しては自然領域を行き交う旅人なんかを襲ったりする。

 今回はウルバット族の中でも最下級の奴だから霊体まで襲う事は無いだろうが食べ物の匂いが消えるまではしつこく付き纏われるだろう。

 

「UNdeadの為に用意した至高の食品を貪るな、このコウモリ共!!」

 

 怒号を飛ばして必死に上着を振り続ける乗組員の努力も虚しく、甘噛みのウルバット達は冷凍したベーコンや魚の切り身、ブロッコリーなどの野菜の美味しい部分やお菓子を欲望のままに食い散らかす。

 これ以上、被害が広がらないようウィンドノートの巻き起こした嵐に氷剣の冷気を混ぜてから着地。

 冷たい衝撃波を浴びればエッセンゼーレの中でも弱い部類の甘噛みのウルバットは大半、消滅する。

 

「き、君達は一体?

 もしやセバス殿が援助を派遣してくれたのか?」

 

『あぁ。この羽虫共を殲滅しすぐに窮地を乗り越えるぞ』

 

 甘美な食事を邪魔された甘噛みのウルバット達は無造作に飛び込んで小さな牙を剥けながら迫るが今までの仕事で培った剣技やグレールエッジ、バームネージュで的確に撃破する。

 大した時間もかからず残党がまばらになってきたところで奴らが変な動きを見せる。

 生き残った甘噛みのウルバット達が慌てて逃げ惑う様を見て乗組員は助かったのかと戸惑っているが、過去の経験からしてあれは逃走では無い。襲撃に対抗する為に私達を呼んだように向こうももっと強力な戦力を呼びに行ったのだ。

 そして予感は的中した。

 手下達が大きめに引き千切った高カロリーな人間の食べ物だけを厳選して蓄えた巨大なお腹を揺らす度に地響きがなるこの影響力に当てはまる個体は一体だけだ。

 灰色の体色から一変し野菜やお菓子を好んで食べた結果、緑色に近い体毛を手に入れた桁違いの大きさを持つ甘噛みのウルバットの王、 ”青菓選りのキングウルバット” である。

 

「な、なんだこの巨大なデブコウモリは!?」

 

 対峙した乗組員が驚くのも無理は無い。

 体格も危険度も普通のウルバットとは違うキングウルバットは外に出てくるだけで小さな山を平らにし池に浸かれば全ての水を押し退け干ばつするレベルで地形を変えてしまう破壊力があるから普段は巣の奥深くで手下が持ってきた食べ物を食べるだけで屋外で遭遇する事が稀有。

 戦闘にあまり慣れていない乗組員さん達には下がってもらうようお願いして私達は攻撃を開始するが、剣の攻撃は分厚い脂肪で止められる。

 この見た目でちゃんと早く飛ぶ事も出来る俊敏性もあるし徹底的に作られた豊満な義体との戦いは力押しが通じにくいから他の雑魚と戦うよりも骨が折れる。

 なによりウィンドノートに頼りっきりになってしまう空中戦になるのが嫌なんだよな。

 

『俺に負い目を感じる必要は無い。さっさと乗れ』


「うん、お願い。

 踊れ、氷刃」

 

 鉄球が飛んで来るようなお腹の打撃と着地の際に発生する衝撃波に当たらないよう生み出した氷の刃は巨大なお腹にダーツの如く刺さるが本体の痛覚を刺激していない。

 けど無意味に刃に直進を命じてる訳では無い。

 こうやって何度もお腹に刺さり剣先を通して脂肪に低温を伝えさせればキングウルバットは次第に異常に気付くだろう。

 なにせ真っ赤に腫れてちくちくと痛みも感じて感覚が麻痺している自分のお腹の様子を見れば、見る見るうちに脂肪が体外から排出され自分の義体が痩せていっているのだから。

 これは私の現世にあった脂肪冷却を参考に生み出した対キングウルバット用の戦法である。

 本来なら脂肪冷却の効果が表れるまでには少し長い時間がかかってしまうらしいけど負の感情を用いて構築されたエッセンゼーレの粗雑な義体であればしっかりと作られた人間の身体と違って簡単にぽろぽろと剥がれ落ちるみたいだ。

 こうすれば強さの要になっている脂肪細胞は機能しなくなって破壊力は激減するし防御だって薄くなる。

 変貌する自分の義体に悲鳴に似た驚愕の声を上げながら私の追撃で墜落したキングウルバットに最大級の冷気を纏わせ狙い済ませた渾身の一撃を浴びる準備は整えた。

 凍っていく道標を製氷したら後は思いっきり突いて剣の反動に身を任せるだけだ。

 

「写せ、氷鏡」

 

 アイシクルロードが発動し凄まじいスピードでキングウルバットの腹部を突くと走った周囲は氷の橋を創造し、刺さった対象は一瞬で巨大な氷像となる。

 剣を引き抜くと氷漬けだったキングウルバットの義体は破砕し、還った影はどこからともなく吹いてきた風によって遠くに運ばれて行く。

 頼みの綱だったボスがやられた事で残りのウルバット達は急いで退散。

 これで襲撃は完全に凌げたって訳だ。

 脅威が無くなって安堵の表情で出てきた乗組員の人達にも怪我は無さそうだし。

 

「ありがとう、お嬢さん。

 これでUNdeadに美味い食材を届けられるよ。セバス様にも直接、お礼を伝えて貰えると嬉しい」

 

「とんでもないです。

 ところで被害の方は・・・・・・」

 

「問題無いよ。

 君達が早く駆け付けてくれたお陰で食われたのはほんの一部だ。

 いつも通り二ヶ月の注文を満たせると思うよ」

 

 今回は相手がウルバット族の中でも最下級である甘噛みのウルバットだったのが幸いだったと思う。

 あいつらの興味は人間の食べ物が中心で余程の事が無い限り霊体には怪我すらさせない事が殆どだから被害は抑えられたが、もし上位の奴だったらきっともっと悲惨な事態になっていたかもしれない。

 この自然領域も最近はエッセンゼーレの脅威と頻出の確率が上がってるって聞くし護衛を申し出てみようかな。

 

「あの。差し出がましい提案なんですが私達も同行して良いですか?

 このまま一緒にいればUNdead本社に帰れますし、これ以上、食材を台無しにされないよう睨みも効かせます」

 

「勿論だよ。

 UNdead本社のお二人に護衛して貰えたら心強い事この上無いよ」

 

 快く承諾も得られたし霊獣の風の力で横倒しの車も散らばった食材も元通りになったところで早速乗り込もうとした時、ウィンドノートが待ったをかけた。

 

『キタザト。崖に怪しい奴がいる』

 

「怪しい奴って一体・・・・・・」

 

 私の目線にいたのは頭と脚が牛の部分で上半身が人間の上裸の筋骨隆々の謎の存在。

 不遜な態度を隠さない不良みたいな姿勢で座るそいつは私に向けて楽しそうに凶悪に笑った。

 

『てめぇ、中々強ぇみたいじゃねぇか』

 

 大仕事前のひと時(1) (終)

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