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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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潮騒の余韻(1)

 まる一日かかったメランアヴニールとの死闘が終わり、エクソスバレーに平穏を取り戻した私達は蒼白の恩寵に戻り勝利を報告した。

 避難したみんなは各々、安堵と喜びの涙を流し脅威が排除された事に喝采を上げていた。

 リコルト諸島がメランアヴニールによって蹂躙され帰る家を失ってしまった人魚族は暫く蒼白の恩寵で生活する事になるけどクラジさんを筆頭に彼らは強く宣誓した。

 

「皆からは海の底よりも深い恩を貰った。これ以上、手を貸して貰っては返し切る事が出来ない。

 長い時間は要するだろうがリコルト諸島は俺達の手でかつての美しさを蘇らせてみせる。

 なに、お前達には及ばないが人魚族は皆強いからな。心配は不要だ」

 

 フィオナちゃんも私の手を握りながら約束してくれた。

 

「もし陸でスイさん達の手では解決出来ない事態が発生したらいつでも言ってください。

 私達、マーメイドレンジャーが必ず駆け付けます」

 

 そうそう。メランアヴニールに都合よく扱われていたガルヴァンさんは被害に遭った乗客や人魚族に頭を下げ続け、贖罪を誓った後にペティシアタウンで住む事になったよ。

 巻き込まれたシュトラール号の乗客は私達、UNdead社員も一緒に人魚族の力を借りて海上へと送られた。

 久々に陸に戻った私達を出迎えたのはメランアヴニール達が倒された事で雲の切れ間から光を取り戻した空と事前通報によってやって来てくれたUNdeadの救助ヘリや船の数々。

 護送の途中で怪我の手当や軽い事情聴取なんかも受けてみんなが健全な状態を取り戻したところで乗り物はペティシアタウンに戻って来た。

 人魚族の手を借りても縛りを設けられた不慣れな海中で戦っていたからか一日しか経ってないのに久々に出来る呼吸と自由に霊体を動かせる解放感が嬉しくて私は思い切り伸びをする。

 

「はぁーっ・・・・・・

 せっかくの休暇なのに働いちまった。

 どうやってシューイチから追加の休暇をせびってやろうかな」

 

『優しいキリノハ殿でも一週間の休暇の内の代替の一日は流石に用意してくれないのでは無いか?

 それに世界の命運がかかっていたのだ。

 これほどの困り事を我らUNdeadが休暇だからと断っては名折れだろう。恨むならこの慈善事業を選んだ己だな』

 

「だよなぁ・・・・・・」

 

 キンキンに冷えた瓶コーラを親指で蓋を開けたタクトさんは溜め息を付きながら中の液体を流し込む。

 ガイドブックで目星を付けていた観光名所も全部行けてないしシュトラール号の航行の途中に寄るはずだったパテレーナタウンに行けなかったりやり残した事は多いけど日程の都合上、私達は明日の午前中にはペティシアから離れなければならない。

 出来る事は朝ご飯を食べてお土産を買うくらいだ。

 そう考えるとメランアヴニールに貴重な休暇を台無しにされたのは間違いでは無い。

 けど幸いにも帰るまでまだ十八時間もある。

 大仕事も終わった今はこの猶予を最後の一秒まで楽しく充実した思い出になるよう、余ったエネルギーをプランを練り直す労力に充てよう。

 ・・・・・・まずはゆっくり休みたいな。

 なんて考えてる私の傍にヒール特有の甲高い足音が接近する。

 心当たりの無い人影が近付いても私とは正反対に警戒しないタクトさんは思い出したかのように一拍置いてから言う。

 

「そういえば伝えるのを忘れてたな。

 スイ達に頭も心もリラックス出来る特別なサプライズがあるって事を」

 

「何がサプライズよ。

 私のコンサートで三人分のチケットを確保するのは本人の権限を以てしても難しいのよ?

 私が客人の期待を裏切ったらどう責任取るつもりつもりだったのかしら」

 

 そう苦言を呈す女性は白を基調とするワンピースの上に結んだカーディガンを巻いたペティシアタウンの風景に良く馴染む涼しげで上品な出で立ちをしている。

 良く見れば金髪だったり何となく顔の雰囲気が似てたりとタクトさんと共通点が多いこの人、一体何者なのかな?

 

「紹介するよ、姉さん。

 こっちはUNdeadの後輩のキタザト スイとウィンドノート。

 で、スイ達。この人はリィン・アレイフ。簡単にいや俺の姉貴だ」

 

「お初にお目にかかります、北里 翠さんにウィンドノートさん。いつもうちの弟がお世話になっています。

 タクトの姉のリィンです。普段はクラリネット奏者として数々のイベントで演奏しています」

 

「・・・・・・姉さん? 世話してるのは俺の方なんだが?」

 

「あなたの事だから例え、会社での身分が上がったとしてもその怠惰な性格を直す気は無いのでしょう? だったら振り回されてる皆さんには迷惑もかけてるんだしお世話になってるのは間違いないと思うけど?

 昔からいつもそうよね。あなたも妹のテトラも音楽に夢中になると他の事がおざなりになる癖、お父さまやお母さまに使用人さんに注意されても改善しないんだから」

 

「い、いや・・・・・・

 ほら、人って集中したりゾーンに入ったりするとつい何もかも忘れがちになる、ってか・・・・・・」

 

 こんなにたじたじなタクトさんは初めて見た。

 きっとお姉さんには頭が上がらないんだろうなぁ。

 

「今だから言えるけどディモンさんが家に遊びに来てた時に愚痴ってたわよ?

 私が様子を聞いた時、タクトの遅刻癖が酷いとか食事のマナーが奔放過ぎるとか」

 

「遅刻に関しては自分が納得いくまで曲作ってたからで・・・・・・」

 

 止まらないリィンさんの的確なお説教にタクトさんがどんどん縮小してるように見える。

 お姉さんの指摘通り会議の時、ほぼ毎回遅れてきたり自室が散らかってる話を聞くし見かける度に音楽のアイデア作りに没頭していたりする生活がだらしない一面を多く見受けられたしやっぱりタクトさんのいい加減な所って生前から変わって無いんだな。

 自分を省みないタクトさんも悪いけどバカンスに来てまでこのまま実の姉からお小言を言われ続けるのも可哀想なので、私が助け舟を出そう。

 

「そういえばリィンさんは何か本命の用があってここに来たんじゃないんですか?」

 

「あぁ、そうでした。

 北里さん、ウィンドノートさん。良ければ受け取ってくれませんか?」

 

 リィンさんが手渡したのは綺麗な赤いチケット。

 紙の表面から察するにコンサートを閲覧する為のチケットらしくオーケストラのメンバーの他、クラリネットを演奏するリィンさんの写真が使われている。

 

「今から二時間後、近くのホールで開催されるオーケストラのコンサートにゲスト出演させて戴く事になりまして。

 よろしければぜひタクトと一緒にお越しください。忘れられない時間になる事を約束します」


『チケット代とかは良いのか?』


「ご心配なく。代金はタクトから前持って受け取ってますので」


「姉さん、それ公表したらカッコつかねぇじゃん・・・・・・」

 

 タクトさんのお姉さんの演奏かぁ。

 さっきリィンさんが ”自分のコンサートで三人分のチケットを確保するのは本人の権限を以てしても難しい” って言うくらいだからかなりの人気を博してるんだろう。

 だったらこの機会を逃す手は無いでしょ。

 オーケストラの壮大な音楽を直に感じられる時が今から楽しみだ。

 

「なぁ、姉さん。

 コンサートが終わったら俺と飯でも行かないか?」

 

「申し訳無いけど今日は先約があるの。

 それにあなたが選ぶ店って大体、ファストフード店だから勘弁して欲しいんだけど。

 では皆さん、私は準備がありますのでこの辺でお暇します」

 

 綺麗なお辞儀をした後、リィンさんは私の傍に寄り耳打ちする。

 

「実は毎年、休養地をペティシアタウンにしてるの私のコンサートを聞きに行く為でしてね。

 収入は自分の為に使いなさいって何度も言ってるのに生活に必要な分以外はほとんど他人の為に使っちゃうんですよね。

 もしあの子が自分を蔑ろにし過ぎなところが出たら止めてください」

 

 軽い足取りで去って行くリィンさんを見つめながらお説教を喰らって憔悴するタクトさんはやれやれと頭を搔く。

 

「姉さんめ。日本の旦那に嫁いでから厳格さと指摘の鋭さに益々磨きがかかってやがる・・・・・・

 昔会った姪っ子にも厄介な血が遺伝してたし。

 ま、チケットを受け取ったって事はスイ達に俺のサプライズを慎んで受け取る気があるって事だよな?

 じゃあ会場まで一緒に行こうぜ」

 

 ・・・・・・こうして潮騒をBGMにして海と共存する美しい街並みを歩く時間もあと少しか。

 最初はタクトさんのご厚意で随伴させて貰ったペティシアでのリゾート旅行。

 綺麗な景色や常夏の気候が齎した海産や果物の恵みも味わえ、華仙さんと一緒に遊ぶ事も出来たけど陶芸家の夢を目指す為に不登校気味になっていたハシェット君を放っておけずお節介をかけたり、シュトラール号で遊覧をしてたらメランアヴニールに襲われて海の底に住む人魚族と共闘したりと完全にリラックス出来たとは言えない旅行だったけど楽しかった事に変わりない。

 今回収穫した思い出を反芻していると先頭を行っていたタクトさんが立ち止まる。

 

「なぁ、あれハシェットじゃねぇか?

 ほら、オレンジのリュック背負ってとぼとぼ歩いてる奴」

 

 タクトさんの言う通り、バスターミナルから特徴がハシェット君にピタリと当てはまる男の子がいた。

 いつもと違ってリュックだけじゃなく服装も私服になってるし今日は学校やバイトも無いプライベートな状態なのだろう。

 でも元気が無いのか落胆の表情に包まれてる彼は千鳥足になってて下手すれば柱や人にぶつかりそうで怖い。

 悪い予感が的中し躓き体を傾き掛けた彼を急いで補助すると私はいつも通りに声をかける。

 

「よっす。お疲れ」

 

「ね、ねぇちゃん・・・・・・?

 それにチャラいにいちゃんもハスキーの霊獣まで一緒なんて・・・・・・」

 

 ハシェット君の声は生気でも抜かれたのかと疑う程にか細い。

 なんだか深い事情がありそうだしもっと腰を落ち着かせられる場所で話すべきかもしれない。

 タクトさんもそう思ったのかハシェット君に提案する。

 

「なぁ、ハシェット。時間があるなら軽く何か食いながら話さないか?」


「え。オ、オイラ、今はそんな気分じゃ」


「まぁまぁ、そう言わずについてこいって」


 ハシェット君、思い切り肩を組まれちゃった。

 ・・・・・・ こんなに強引に引き込んだらナーガ達と変わんない気がするけど。

 

 潮騒の余韻(1) (終)

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