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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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羨望の海王(4)

『・・・・・・来たか。

 我を止めんと意気込む目障りな反逆分子よ』

 

 海の底に封じられたかつての一大文明の象徴だった神殿が眠る地でおぞましい声が響く。

 姿は見えないけど人を狂気に引き込むような底知れぬ迫力とその場にいるだけで深海に沈んだような暗闇が生まれる影響力だけで今まで遭遇したエッセンゼーレの中でも明らかに規模が違うと本能が警鐘を鳴らす。

 

「観念せよ、昏海王。

 貴様の欲望を満たす為だけに蔑ろにされた人々と街並みに変わり、然るべき報いを与えてやる」

 

『ほう。貴様らは我の行動を悪と定義するか。

 目指す理想の為に出来る努力を積み上げる事の何が悪いと言う?』

 

「ふざけないでください!!」

 

 反響だけで返って来たクラジさんの言葉への返答にフィオナちゃんが怒る。

 

「人々が護り、時間をかけて育んできた大切な命や文化、世界を簡単に踏み躙って悲しませて何が努力ですか!?

 人と同じ知恵や感情を宿しながら何故、心が痛まないんです!?」

 

『全てが世界の掌握に必要な要素なのだ。

 そんな安価な同情はふつりとも湧かないし必要も無い。

 逆に我も貴様らに一つ問おう』

 

 メランアヴニールは重苦しい雰囲気をより一層強めて聞く。

 

『貴様らは他人を踏み台にして自分の夢が成就している自覚はあるのか?』

 

『・・・・・・どういう意味だ?』

 

 ウィンドノートの鋭い言葉に反応してメランアヴニールが語る。

 

『思い返してみろ。

 領土を賭けた戦争ならば勝国が敗れた国の上に立ち支配する。

 本命の役を掴み取った演者のすぐ側では作品への出演すら叶わなかった者が嫉妬を注ぐ。

 争いを展開すれば必ず雌雄を決しなければならないように他人のその後も慮らず容赦無く蹴落とし、たった数席しかない椅子に座る。

 数多の敗者の上でしか成り立たない栄光。それが夢を叶えるという事だ。

 つまり、我も貴様らも本質は変わらないという訳だ』

 

 私は絶句していた。

 こいつにとって世界一つを潰すのは全世界を手に入れる自分の夢を叶える為の一環でしかないと言い切ったのだから。

 

「非道を犯した怪物が何を偉そうに」

 

 道徳も理性も無い害悪が私達と一緒などふざけるな。

 私が言い切る前にメランアヴニールは形容し難い威圧で遮る。

 

『我に一矢報いようと反論の言葉を紡ぐあどけない女。貴様なら身に覚えがあるだろう。

 数百人以上が参加した氷上の競技の大会で好成績を手に出来たのは貴様が他の者を圧倒し、敗者に変えたからに過ぎない。

 夢に届かなかった他者がいたからこそ貴様の努力と恩師の悲願が認められ目標が達成されたのだ』

 

 心をぐさりと抉る言葉の数々。

 生前の頃を想起させられた私はいつしか力無く霊体を滑らかな砂地の上に半分沈めていた。

 

『揺らぐな、キタザト。

 全てお前を混乱させる為の表面上の言葉だ。

 俺が敬愛する人間はこいつみたいにむやみやたらに殺生を行う腐った種族では無い』

 

「そ、それは分かってるけど・・・・・・」

 

 ・・・・・・あいつが言ってた通り、スポーツやオーディションなんかの勝負の場では最適な人材を比較して選出する為に受け継いだ歴史を重んじた方法で勝敗を着けないといけない。

 でもその方法を取れば夢が叶わず悔し涙を浮かべる人達が必然として溢れる。

 それは別の視点で見れば他人を蹴落として勝利を掴み取ってるように見えるかもしれない。

 私が三位になったフィギュアの全国大会を思い返しても勿論、一位になれなかったのは悔しかった。

 けどギリギリの入賞の下にも約九十人以上の負けた子達がいて親愛なる家族や一緒に戦ったコーチなどと悔しさや悲しさを共有していた。

 ただ努力だけでも理想の自分に近付く事が出来る。自分を誇れるようになれるって証明したい競合の姿勢で挑んだフィギュアの大会はただマウントを見せ付け、彼女らの心を踏み躙っただけで彼女らの夢を食い潰しただけなのか?

 なにか、なにかが違うはずなのに芯を突かれ少し動揺している私はウィンドノートの助言すら話半分で聞いていた。

 

『金髪の稚魚も後ろで控える稚魚共もだ。

 虎視眈々と狙っていた組織の長の座をぽっと出の人間に奪われて憎悪は湧かないのか?

 奴が来るまで次のリーダーは最年少ながら輝かしき武勲を立てた金髪の稚魚にしようと事前に決めていたのに』

 

「おちょくるのもいい加減にしなさい!!

 クラジさんの就任は総意の納得で決めた事で」

 

 メランアヴニールの指摘にフィオナちゃんの怒りが更に沸き起こるけどメンバーの方は言い淀んでいる。

 

「た、確かにいきなりクラジさんがリーダーになったのは今でも腑に落ちないけど・・・・・・」

 

「あんた、心の奥底でそんな事を思ってたの!?」

 

「君だって疑問に思わなかったのか!?

 人魚になったばかりの得体のしれない存在を一度、エッセンゼーレを退けただけで貴重なマーメイドレンジャーのリーダーの座を任せるなんて、普通に考えれば軽率だろう!!」

 

 男女のメンバーの口論を皮切りに抱えていた不満が放出され、メランアヴニールの好物である疑心や憎悪が蔓延する。

 総意の納得の上で重要な任を託してくれ、リコルト諸島と一緒にずっと護ると誓った大事なメンバーから初めて聞く言葉の数々にクラジさんは無気力を晒している。

 これ以上、本音を発言し過ぎたら奴の思う壺だと止めても栓の壊れた蛇口みたいにとめどなく溢れ雰囲気は最悪だ。

 

『くはは、これだけあれば侵略の多少の疲れを癒せるというもの。矮小な存在は少し心の隙を突くだけで軽食を漏洩させてくれて楽だ。

 これで実感しただろう? 貴様らの夢が叶ったのは他人を踏み台にしたからだと、世界を掌握する為に邪魔な目の前のミニチュアを潰す我と勝負を生き抜き大願を果たした貴様らの本質は同じだと』

 

 小腹を満たして少々上機嫌な奴の声が暗闇から聞こえた後、数本の太い触手が新幹線が直接突っ込んで来た様なスピードを錯覚させる速さでマーメイドレンジャーのメンバー全員を拘束し力を込め始める。

 身動ぎ一つも取れない彼らに変わって触手からの解放を試みるもタコの何倍も太い触手に武器も属性も通らず、苦しむメンバーを救う事は出来ない。

 それどころか一度、捕縛されたら絶対に振り解けない魔の手は手こずる私にまで迫っている。

 

『我が欲望の為、貴様らも糧となれ!!』

 

 メランアヴニールが数多の触手を巨大な剣を掲げる様に直立させると掴んだメンバーを両断させようと振り下ろす。

 その時、海中に轟く雷鳴が迫る触手を阻害した。

 独特の機械音と一瞬だけ見えた橙色の鮮明な色から誰が発動させた物かはすぐに分かった。

 

「はぁ、あまりにも理解が浅すぎて呆れちまったよ。

 やっぱ模倣するしか能の無い影の化け物に人間様の崇高な考えなんて理解出来る訳ねぇよな」

 

 放電し終えたフェローチェが一息付いてから割り込んで来たタクトさんにメランアヴニールが若干、イラついた声を発する。

 

『我の唱える世の理を否定するか』

 

「いや、根本自体を否定するつもりは無い。

 夢を追うってのは誰かと戦うのを避けずに向き合う事だからな。

 同じ夢を追う同業者や自分のセンスを中々理解してくれない観衆、或いは自分自身とかな。

 実際、ミュージシャンとして活動していた俺も音楽で大成を目指してた奴らを超えて人気になったんだから、その理を否定するのは熱戦を交わした彼らの存在をうやむやにする無礼に当たる」

 

『ふん、我の考えは何も間違って』

 

「思い返してみろ、スイ。

 その大会ってのは生涯で一度しか参加出来ないような厳しい晴れ舞台だったか?」

 

 鼻を鳴らすメランアヴニールを無視しいきなり話を振って来たタクトさんに困惑しつつもすぐに答える。

 

「そ、そんな制約はありませんでした!!

 地区大会で上位三位に入れば誰でも何回でも出場出来たはずです!!」

 

「マーメイドレンジャーのお前さんらもだ。

 クラジが先頭に立ってるのが気に入らねぇなら内心で不満を燻ってねぇで直接、言って挑んだらどうだ?

 それでクラジがどれだけ偉大なリーダーなのか実感出来るし、彼が資格に至らけりゃ自分で奪い取れる一挙両得って奴だ」

 

 さっきの落雷で触手から解放されたメンバーがはっとする。

 

「そ、そうだよな。

 言いたい事を黙って隠す間柄なんて本当の仲間、って胸張って言えねぇもんな」

 

『おい、派手な様相の男。先程から貴様は何を問うている?』

 

「人間様とお前さんの顕著な違いを見せてやったんだよ」

 

 タクトさんが頭を掻きながら先の見えない暗闇に啖呵を切る。

 

「夢を賭けた勝負で必要なのは互いを思いやる ”敬意” だ。

 例え夢敗れて挫折したとしても敗北側には ”次” がある。

 立ってもう一度、夢に挑戦する権利や見切りを付けて別の道に進む活力を勝った側には残す義務があるんだ。

 命、記憶を丸ごと奪って本来の夢すら忘れさせるお前のやってる努力はそれすら踏み躙ってる暴虐だ。UNdeadとしても俺個人としても絶対許す気はねぇ。

 さっさと闇から出てきて真っ向から勝負しやがれ、タコ野郎!!」

 

 タクトさんの言葉を遠目に聞き、再び奮起したクラジさんが槍を構え直す。

 

「・・・・・・たとえ、好意的に賜っていない役割だとしても託されたのは事実だ。

 ならば夢を託された者として本来以上の役目を全うするのみ」

 

『・・・・・・ふぅ。

 矮小な存在が後の世界の支配者となるこの我をイラつかせるとはな。

 良いだろう。二度と生意気な戯言を吐けぬくらい徹底的に地獄を見せてやろう!!』

 

 海底を揺るがす地響きと共に暗闇が晴れていく。

 一定の光が差されそこに現れたのは十本以上はある漆黒の巨大なタコの足とそこから十字架に磔にされたキリストの様に首を俯かせる上裸の男が一体化した異様な魔人である。

 なるほど、フィオナちゃんが聞いてた男の人型ってのは本物の人間だったとは。

 メランアヴニールが尋常じゃない力を披露したり、呼吸の為に体が微かに揺れ動いてるところを見るに男は現世で生きたまま取り込まれたと思って良いだろう。さながら病院の人工呼吸器に繋がってる状態とでも言うのかな。

 

「・・・・・・やりましょう。

 こいつのせいで酷い目に遭った人魚や人間さん達の為にも、奴の力の増強の媒体となって苦しむ彼を解放する為にも」

 

 フィオナちゃんが槍を掲げ、戦闘の開始を告げる高揚の光を齎した。

 

 羨望の海王(4) (終)

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