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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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羨望の海王(3)

 タクトは豪丸を倒す為に自らの覚悟を貫き通したクラジの頑固さをとあるバンド仲間の姿と重ねていた。

 祖父母はクラシック楽団の一員、その娘である母は世界を股に掛けるバイオリニスト、父は有名なバンドのベースボーカル、姉はクラリネット奏者、妹はブロードウェイのスター歌手。

 血を分けた全ての家族が音楽を生業にするアレイフ家で長男として産まれたタクトは両親の希望で成形された幸せで穏やかな音楽に満ち溢れた一般家庭と変わらない生活を送る。

 物心付いたある日、庭でのティーパーティーをしている時に父がくれた言葉は彼の中でずっと生き続けている。

 

『いいかい、子供達。人の唯一の原動力は夢だ。憧れた職業、なりたい理想の自分を定める事で日々を大切にでき、人生を有意義に過ごせるようになる。

 後悔しない人生にならないよう今の内にやりたい事を思う存分やって、夢を見つけるんだ』

 

『私はお父さまやお母さまみたいに音楽の道に進みたいのですが、駄目ですか?』

 

 当時十二歳のお淑やかでしっかり者の姉、リィンがそう尋ねると父は嬉しそうに感心していた。

 

『駄目では無いよ。リィンがそれを目標に決め、やりたい事と自分の意思ではっきり言えるなら僕も応援しよう。

 だが、これだけは心に留めてくれ。

 おじいちゃんにおばあちゃん、お母さんも僕も音楽で成功し君達に今の生活を提供する事が出来た幸運な人間だ。

 だけど僕達は名声や血筋の誉れの為に君達に音楽の道を強要させるつもりは無い。

 他にやりたい事や目標を見つけたならそっちを優先して突き詰めなさい』

 

 何にも縛られず好きな事をしろ。

 船の進路を指し示すコンパスの様にタクト達の生き方を示した父の言葉は後に他人を勇気づける時や窘める時にも参照にする程、深く感銘を受けエクソスバレーにいる今でも片時も忘れた事は無い。

 しかし目の前に複数の選択肢が用意されても尚、自分の興味を引く物を探求し続けた結果、タクトは早い段階で父のベースに興味を持ち姉妹達と共に音楽の道へ進んだ。

 それからロックという魂を揺さぶる音楽の真髄とそれを一緒に作るバンドの存在から始まったタクトの音楽教育は尽きない探求心と音楽を楽しめる才能の開花によって木の根が水を吸収するようにみるみる功を奏しハイスクールに入学する頃にはベースは勿論、父と一緒に演奏出来るようにと別途で身に付けたギターの腕前も作曲のセンスですらプロのバンドにも通用する才能に成長していた。

 そしてユニバーシティに在籍する間に気の合う仲間とバンドiron bond(アイアン・ボンド)を組み三年間校内で活動するものの諸事情によりボーカルが脱退した為、休止を宣言し卒業まで活動を再開する事は無かった。

 それから三年後。二十七歳になったタクトはCD関係の企業で会社員をしながら残ったディモンとガラドーマと一緒に遊びの演奏をしていたタクトは取引先のライブハウスで運命的な出会いを果たした。

 歌唱に必要な技量も。

 解釈した歌詞に秘めた感情を観客に伝わりやすいよう洗練された表現の仕方も。

 表面上では前のボーカルも申し分無い実力だと思っていたのに無意識にあっちの方が上手いと比べてしまうステージ上の男性の歌声は静かに押し寄せる浜辺の波の様に穏やかなバックバンドの演奏の中で一際輝いていて大きな雨粒の様にタクトの顔に降り注ぎ、過剰なほどに心を掴んで離さなかった。

 あまりに素晴らしいパフォーマンスだったものだからタクトは取引の途中である事を忘れ、個人的な興味で目の前の相手に尋ねていた。

 

『・・・・・・なぁ、オーナー。ステージで歌ってるあの子は誰だい?』

 

『あぁ、シアン君か。

 お父さんのビール会社を継ぐ為に今、大学で勉強してるんだけどバイトと同じ扱いでたまにうちのステージに出てくれてるんだよ。

 彼、上手いよね。ジャズバーで歌ってたお母さんと一緒に口ずさんだりジャズのステージに立ったりしたんだって』

 

『彼、今バンド組んでんのか?』

 

 思考を介さず飛び出た疑問だった。

 彼の今の状況によってはバンドから引き抜こうと画策してる狡猾で失礼な疑問になるがオーナーは嬉しそうに答えてくれた。

 

『随分ご執心じゃないか、バンドマン時代の血が騒いじゃったのかな。

 確か今はフリーで活動してたと思うけど、まさかスカウトするつもりかい』

 

『いきなり誘ったりしねぇよ。

 勝手にメンバー連れてきたら特にディモンがやかましいからな。

 けどオーナーの力でお近付きになれたりしないかい? いつも定価よりちょっと安めに売ってるお礼だと思って』

 

『はぁ、ステージが終わってからね』

 

 タクトは仕事関係なく毎日ライブハウスに通い詰めシアンのライブがあった日限定で地道な交流を続けた結果、彼とライブの感想を交えながら雑談で私生活を窺う事が出来る仲にまで親交を積み重ねた。

 大学での過ごし方、初めての一人暮らしで生じる悩み、好きな音楽まで。

 人生においても音楽においてもちょっとばかり心得のある先輩として役立つ知識を共有したり真剣に悩みに答えたりする内にシアンの気の良い兄ちゃんに近い存在となった一年後、バンド仲間の紹介も終えたタクトはロックを好きになってくれた彼に本題を切り出した。

 

『シアン。もしお前さんがまだロックに興味があるなら俺達と一緒に活動する気はないか?』

 

『活動って大学時代に休止したiron bond って奴? 再開させるの?』

 

『それはお前さんの返事次第だ。

 だがシアンが了承してくれるならプロに挑戦する事も視野に入れている』

 

『・・・・・・指名してくれるのは嬉しいけど、俺で本当に良いの?』

 

『何も歌の才能だけでシアンを選んだ訳じゃない。

 勿論、最初から技術を持ってるに超したことはねぇがバンドを長く続ける事を視野に入れてメンバーを考慮するなら人間性がそれ以上に重要だと俺は思っている。

 シアンは礼儀正しいし細やかな配慮が出来る人間だ。

 俺は色々といい加減な所があるしディモンは頭が固すぎ、ガラドーマは滅多に意思表示をしないから考えが読めない。だから歌だけじゃなくてその人間性でバンドの調和を助けて欲しいんだ。

 だがこれは人生のかかった重大な選択だ。勿論、すぐに返事は求めない。

 一週間後くらいにまた聞くからその時まで』

 

『・・・・・・やりたい。やらせてください』

 

 自分の会社を継ぐのは大学にいる間に他にやりたい事が見つからなかった時で良い。

 父からそう言われていたシアンは楽しかったタクト達との演奏に人生を預ける決断をその場でした。

 シアンを迎え再始動したiron bondに待っていたのは目まぐるしくも楽しい日々の連続。

 タクトが一人で作った楽曲と全員の尋常ではない技術は徐々に人気を広げ早い時期で単独ライブを複数開催し、大規模な野外フェスにも出演を果たす。結成して僅か二年目で事務所の所属も決まりプロとなったiron bondはその後も順風満帆の活動を続け、次のステージは事務所の後押しによって実現可能な世界進出を見据えた物になっていた。

 まさに絶頂そのもの。しかしiron bondとして築き上げた幸せはまたある日を境に崩れ去る。

 それは入院していたシアンの父の葬儀を終えてから十日経った日の事である。

 その日は家族であるシアンの気持ちと忙殺を落ち着かせるついでにこれからどう活動するかをメンバーが冷静に考えた期間が終わり久々に練習をする日だったのだが、タクトは作曲を仕上げてからの参加の為、少し遅れてスタジオに着いた。

 しかし入室しても音の無い閑静な環境に違和感を感じた。

 

『うーっす、ってなんだよみんな。チューニングもしねぇで円囲んで座って』

 

『丁度良い、タクト。

 重要な話がある。お前も座れ』

 

 ディモンのお固い物言いに従いタクトは渋々、椅子に座る。

 

『んで? 話ってなんだ』

 

『iron bondを解散しよう』

 

『は?』

 

 簡単な意味のはずなのにその言葉を咀嚼するまで何時間もかかったような錯覚に陥った。

 辛うじて理解出来たタクトは突然の解散に振り絞って反対していた。

 ディモンはイギリス人の癖にジョークを好まない根っからの真面目でいつもよりも冷淡な語気から本気で言ってる事が分かったからだ。

 

『なんでだよ!? そんな大事な事、なんで今になって言うんだ!?』

 

『もう俺達は音楽を追える環境じゃなくなったんだ』

 

『だからって大事なワールドツアーを目前に解散するバンドがどこにいる!?

 ちゃんと納得出来る理由を説明しろ!!』

 

『父さんのビール会社を継がないといけなくなったんだ』

 

 そう話の主導権を取り替えたのはシアンだった。

 しかし父の会社はシアンがあくまで学生の期間の間に本気で好きになり挑戦したい物が見つからなかった時の保険であり、彼が無理に引き継ぐ必要は無い。

 それはタクト達が直接、病院に行って挨拶した時にも本人から言われていたし遺書にもそう書いてあった。

 

『このままだと父さんの会社が大事にしていた理念ごと無くなっちゃうんだ』

 

 現在、大病を患ったシアンの父に代わって取締役をしているのは彼に最も信頼されていた幹部の中年男性だったが格上の玉座に着いた瞬間、その男性は豹変したように目に余る振る舞いを始めたのだ。

 創業当時から本当に美味いビールを届ける為に家族の様な社員と一丸となって奮闘した父と違い、利益だけを最重要視するようになった男性は福利厚生も撤廃し容赦無くこき使う。

 そんな暴虐非道な日常が明るみに出なかったのは彼と繋がっている強力な人材が証拠を悉く潰し、社員に口外と自殺をしないよう圧力をかけているからだと告別式の途中で疲れ切った社員がこっそりと愚痴として零していたのを聞いて知ったシアンは唯一の血筋である自分が介入して大好きな父の会社を自分の懐を温める為の欲望のはけ口に変貌させてたまるかと決心し、iron bondを離れる事を決めたのだった。

 

『社員さんの中には俺が子供の頃から仲良くしてくれた古株の人達だっている。

 彼らがあの銭ゲバのせいで会社の居心地を悪く感じているのなら、働くのが楽しくないって思ってるなら俺は放っておく事は出来ない。

 父さんが目指していた環境を、社員さんを守りたい。

 だから・・・・・・ iron bondを辞めさせてください』

 

 音楽を離れざるを得ない状況に悔しさを滲ませた深々な謝罪をするシアンに続き、普段は滅多に話さないガラドーマもたどたどしく意思表明をする。

 

『お、俺も。他に、やりたい事、出来た。

 勿論、音楽、好き。タクトの作った曲、叩くと、最高に、楽しくなれる。

 けど、ほんとはパティシエ、目指したい。でかいケーキ、とか可愛いクッキーとか、作りたい。

 笑う、かもしれないけど、はっきり、言いたい』

 

『ガラドーマ、お前さんまでもかよ・・・・・・

 笑いはしねぇし練習の時、いつも持ってきてくれた焼き菓子も美味くてライブのグッズの一つにお前さんが監修したクッキーアソートも高い人気があったから充分見込み有りだとは思うがよ』

 

『ほ、ほら、俺達、最初の、無名の頃、あっただろ?

 客、がタクト、の大学の、友達、数十人しかいなかった、奴。

 その時、俺、フランス留学、製菓の、応募した。そしたら、受かった』

 

『良かったじゃねぇか。出発はいつだ?』

 

『来月の、初旬。

 音楽、やってたら、間に合わない』

 

『・・・・・・言い分は理解出来たけどよ。それならワールドツアーが終わってからでも遅くはねぇだろ?』

 

『それじゃ遅いんだよ。

 今も社員さんは劣悪な環境の中で楽しくない労働を強いられているんだ。

 一秒でも早く助ける為にはツアーを終わらせてからじゃ間に合わないんだよ』

 

『じゃあ、俺達の夢はどうなる?

 雑誌のインタビューが終わったあの日、誓ったよな? 俺達の音楽で世界中の人々を熱狂させようぜって。

 お前ら、遊びのつもりでやってたのかよ!? 本気で取り組んでたのは俺だけなのかよ!?』

 

『そんな訳無いだろ』

 

 冷静なディモンとは思えない珍しく崩れた感情だった。

 それだけ自分達が歩んで来た道筋を生半可だと断定されたくなかったのだろう。

 

『音に敏感なお前だからこそはっきりと理解しているだろう。志の欠けたメンバーはiron bondにはいない。だからプロを名乗らせて貰えたって。

 この場にいる全員、みんな真剣に音楽と向き合い悩んで今日まで楽しく演奏してきた。

 ただ、進むべき道が別れただけだ』

 

 ディモンの手から一枚の冊子が手渡される。

 それは受診者に難聴の症状が現れている事を証明する診断書であった。

 

『・・・・・・お前さん、いつから患っていた?』

 

『一か月前から異変は感じていたが昨日、医者の所に行ったらこう診断された。

 長期間の治療を以てしても完治は厳しいらしい。音楽活動の再開はほぼ不可能だろう』

 

 全員が果たさなくてはならない義務や自覚したやりたい事を定めてからも音楽に未練があるのは充分理解出来たタクト。

 自分が音楽の道を進む事を両親に認めて貰いここまで来れたように、ここで仲間達の見出した新たな道を否定して閉ざすのは父の教えと自分の考えに反する行為だ。

 だからこそ彼は一緒に音楽をしたい寂しさを抑え、背中を押す決断をした。

 

『・・・・・・十年以上、付き合ってお前らの頑固さは理解してるからな。

 挑戦するなら徹底的に頑張れよ。じゃあな』

 

 

『・・・・・・アレイフ殿!!』

 

 ぼーっとしていたタクトさんにウィンドノートが喝を入れたらタクトさんがわざとらしくサングラスを調整する。

 

「悪ぃ。豪丸みてぇな規模の奴と長時間打ち合ってたせいで疲れが出ちまったようだ」

 

「まぁ、あれだけ骨の折れる相手はそうそういませんし無理もありませんよ。

 メランアヴニールの所に着くまでもう少し猶予がありますし休むべきだと思います」

 

 私がそう助言するとタクトさんは首を振る。

 

「気遣いはありがてぇが、今ので充分休めた。

 そろそろ敵さんと会うなら体をあっためておかねぇと。

 寧ろ休むべきはクラジだろ。エッセンゼーレを生身で吸収するなんて無茶しやがったんだからよ」


「ウィンドノートの助けもあって既に傷は癒えている。

 メランアヴニールとの戦いの際は命令通り補佐に徹する故、心配は無用だ」

 

 そう言ってクラジさんはみてくれだけなら完治している霊体を見やすく動かす。

 ウィンドノートの力を以てしても蝕まれかけた精神までは完治出来ていないはずだが、フィオナちゃんやタクトさんの厳しい言い付けで前線に出るようなでしゃばりはしないはずだけどそうなったら首根っこを掴んででも止めるしか無い。

 人魚と並走するウィンドノートが霊獣の探知で獲得した情報を教えてくれる。

 

『もうすぐ敵と邂逅するぞ。準備は良いな?』

 

 こうして私達は暗闇が広がる洞窟の中へ入っていく。メランアヴニールとの決戦は間近に迫る。

 

 羨望の海王(3) (終)

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